第32話 反省とこれから
「俺、全然ダメだ……」
あの後、グリさんのお得意さんが来店して、俺はバックヤードにいるように言われ奥で肩を落としていた。
俺は商売のことを何も分かっていなかったんだ。
ビギナーズラックで商品が当たって、それがずっと続くような気がして、自分にとって都合の良いことばかり考えていた。
情けなくて涙が出そうになる。
「シロさん」
背後から、接客が終わったグリさんに声をかけられる。
「グリさん……」
「ちょっと、ええか?」
グリさんが小さなスツールを持ってきて隣に座った。
「さっきは、きついこと言うてもうたね」
「いえ、その通りですから」
「……シロさん、聞いてな。シロさんには、最高の才能がある」
「え……?」
「お針子のスキル、あれはホンマにすごい。あんなに精巧なぬいぐるみ見たことないわ」
「いえ、そんな……」
急にスキルを褒められて、さっきまで苦しかった気持ちがふっと和らぐ。俺、やっぱり単純なんだな……
「せやからな、あれだけすごいスキルがあるんやから、無理に商売頑張らんでもええんちゃうか?」
「でも……」
「職人としてその道を極めるのも悪ないもんやで?」
グリさんは先ほどまでと変わって優しい声で穏やかに続ける。
「うちかて、経営と販売と職人さんは別枠や。みんな得意なことに集中して、それで商会が回っとる」
「別枠、ですか……」
「そうや。商売が向いてへん人に無理に商売させても、しんどいだけやからな」
グリさんの言葉が心に染みる。確かに商売は難しい。
時流を読んで、お客さんを見て、常に考え続けるなんて、俺には向いていないのかもしれない。
「職人としてならどこの商会でも大歓迎やと思うで。嫌やなかったら、うちにこのままおいで」
「え……?」
「縫製の職人さんとしてうちの商会で働いてほしいんや。給料も悪うないで。もちろん、お嬢ちゃんも使い魔の子も一緒に面倒見るよ」
「それは……」
「シロさんは作ることに専念して、販売はうちがやる。それが一番ええんとちゃうか?」
グリさんの誘いに心が揺らぐ。
確かにそれならすごく楽だ。商売のことを考えなくていい。
ただただ、作ることだけに集中できる。
「あのっ、俺……」
よろしくお願いします、と、喉まで出かかったその時。
ふと、前にも職人として誘いを受けたことを思い出した。
あの時、ゴールディ商会での帰り際、シアンに耳打ちされた
『あなたでしたらいつでも歓迎しますよ』
という言葉……
「俺は……」
俺は首を振った。
「……グリさん、ありがとうございます。でも俺は、自分の店を頑張りたいです」
「ほう」
「確かに、俺には向いてないかもしません。でも、ルルやホワと一緒に立ち上げた自分の店をまだ諦めたくなくて。だって、まだ何もやりきってないんです。良い仕事できたって、頑張ったって思えることがまだひとつも」
グリさんが、じっと俺を見る。
「今ここで、お誘いを受けて職人になれば、俺にとって職人の仕事が逃げになってします。そんなの、職人さんにも失礼です……」
しばらくの沈黙が流れる。
グリさんが、ゆっくりと笑顔を浮かべた。
「……ほな、お気張りやす」
「グリさん……」
「グリさん振られてもうたなぁー」
グリさんが俺の肩を叩く。
「これからは週に一回、自分のお店が終わった後にうちにおいで。毎日の売れたもの、記録につけとくんやで」
「……ありがとうございます!」
俺は力強く答えた。




