第26話 甘々
「どうぞこちらへ」
シアンに案内された先は、店舗奥にある応接室だった。
中央に高級そうな革張りのソファがドンと鎮座し、壁には絵画が飾られている。
俺たちが着席すると、銀の盆のったコーヒーが恭しく運ばれてきた。
「ゴールディ商会の運営するメゾンドールへようこそ。こうしてお話するのははじめてですね、シロさん」
メイドさんが退室したのを見届けて、ゴールディが口を開く。
「どうも、ゴールディさん。ご丁寧に」
「どうぞ気楽にシアンと。さて、そちらのお嬢さんの『パクリ』という発言についてですが、シロさんもそういったご認識で?」
「ええ。シアンさん、あれは明らかにうちの商品を真似たものですよね」
俺は極力感情を抑えて丁寧に話しはじめた。
怒鳴っても意味がないし、下手をすれば暴力だと言われこちらが不利になってしまう。ここは理性的に話し合うべきだ。
「真似、ですか」
俺の返しにシアンが首を傾げる。
「それはフェルトで作った人形のことですよね」
「そうです」
「それではお尋ねしますが、フェルトという素材は貴店のオリジナルですか?」
「いや、それは……」
「フェルトはありふれた素材です。誰でも手に入れることができます」
言い淀む俺の言葉に被せるように、シアンは淡々と続けた。
「私共の商品を詳しくご覧になりましたか? 花の飾りやカラーバリエーション、尻尾のリボンなど、すべてうちのオリジナルデザインです。お疑いならデザイン書をお見せしても良いですよ」
「でも、基本的な形は……」
「手のひらサイズの丸いぬいぐるみ、ですよね? 一般的なデザインかと思うのですが。世の中には無数の丸いぬいぐるみが存在します」
「そんな! シロが一生懸命考えた商品なのに! それを真似して安く売るなんて卑怯だよ!」
「ホワッホワー!」
大人しく聞いていると思っていたルルとホワがとうとう声を上げた。
良くないことだが、ふたりが怒ってくれるおかげでその分俺は落ち着いていられる。
「こら、お前たち失礼だぞ。すみません、うちの者が」
「いいえ、そちらのお気持ちも分かります」
俺の口先だけの窘めを気にする風もなく、シアンは変わらず穏やかに微笑んでいる。
「しかし、ビジネスとは競争です。より良い商品をより安く提供する。それが企業努力というものです」
「企業努力……」
「私共の価格は銀貨1枚。貴店は銀貨3枚。私共がこの価格を付けたのは、開拓した仕入れルート、量産体制の確立、効率的な販売計画があるからです」
シアンが指を立てて説明する。
「決して不当な値下げではありません」
「でも、アイデアは……」
「そのアイデアに、法的な保護はありますか?」
「……ない」
俺は小さく答える。
この世界にそんな制度があるのかどうかも知らなかった。
仮にあったとしても、そんなこと思いつきもしなかった。
「つまり、誰が作っても構わないということです」
シアンが断言する。
「それに、お客様は自由に選ぶ権利があります。貴店で買うか、私共の店で買うか。それはお客様の判断です」
「……」
「貴店の商品の方が良いと思う方もいるでしょうし、私共の商品が良いと思う方もいるでしょう。それは市場の原理です」
シアンの言葉に俺は何も言い返せなくなった。
確かにシアンの言うことは正しい。
法的に問題がなければ誰が何を作っても自由だし、選ぶのはお客さんだ。
「シロ……」
「ホワワ……」
ルルとホワが揃って、心配そうに俺を見上げる。
「帰ります」
俺は立ち上がった。
「ここにいても、何も変わらない」
「もうお帰りですか? それは残念です」
「ええ。お時間をいただきました」
シアンがドアを開け、ルルとホワが先に部屋を出る。
最後に俺が出ようとしたとき、すれ違い際にシアンが俺だけに耳打ちをした。
「シロさんは大変腕の良い職人さんだとお見受けします。うちはご覧の通り常に人手不足でして……あなたでしたらいつでも歓迎いたしますよ」
「なっ……!」
「また何かありましたら、いつでもお越しください」
その笑顔は相変わらず完璧で、まるで作り物のようだった。
店を出ると、夕暮れの空が広がっていた。
「悔しい……」
ルルが呟く。
「ホワワ……」
「ああ、悔しいな」
シアンの言い分に俺は何も言い返せなかった。
正論で完璧に論破された。
法律も権利も商売のイロハも何も知らずに、ただ良い商品を作れば売れると思っていた。
「さあ、帰ろう」
俺たちは悔しさを静かに噛みしめながらその場を後にした。




