第20話 ぬいぐるみ工房シロ
「えー、みなさん! 緊急です! 肝心な店の名前を決めておりませんでした!」
「えーっ!」
「ホワーッ!」
開店の前日、俺たちは工房の1階で木の板を前に頭を抱えていた。今からここにペンキで店名を書いていくのだが、開店準備に夢中で店の名前を何も考えていなかったのである。
かくして緊急会議を始め、急いで店名を決めることになった。
「可愛い感じ、とか、高級感を出してとか希望はあるの?」
「わかりやすくてシンプルな名前が良いな」
ルルにそう聞かれて俺は即答した。俺は正直、オシャレすぎて何屋かわからない店が苦手なんだ。
日本にいたころ、喫茶店だと思って入った店が床屋で、用もないのにカットしてもらったこともあったっけなぁ……こういうのはわかりやすさが一番だ。うん。
「シンプルね。うーん、シロ工房とか?」
「いや、それだとぬいぐるみの店だって分からないだろ」
「じゃあ、ぬいぐるみのシロ?」
「うーん……俺がぬいぐるみみたいだな……」
「ホワヌン……」
「だったら、シロのぬいぐるみ屋さん」
「可愛すぎる」
「ホワ、ホワ」
「もうっ、ふたりとも文句ばっかり!」
ルルを怒らせてしまい、俺とホワは慌てて謝罪する。そりゃそうだ。俺の店だから俺がもっと考えなきゃだよな……シンプルでわかりやすく……
「それじゃあ、今までの候補を組み合わせて『ぬいぐるみ工房シロ』はどうだ?」
「あ、それいいじゃん!」
「ホワ!」
やっと意見が一致する。
「せっかくだから看板もみんなで書こうか。俺が字を書くから周りに絵や装飾を入れてくれ」
「やった! 私そういうの大好き」
「ホワワッ!」
こうして『ぬいぐるみ工房シロ』という文字にルルの描いた花やホワの描いた犬? のイラストが添えられた看板が店の前に掲げられた。
翌日、開店初日。
「いらっしゃいませ、本日開店です! どうぞご覧ください!」
店の前に立つルルの明るい声が店内まで響く。
「ホワホワ!」
入口ではルルの呼び込みに合わせ、ホワがぺこりとお辞儀をする。
その仕草を見て、店の前を通ったお客さんたちは「可愛い!」「しゃべる使い魔だ!」と歓声を上げ、次々と足を止めていった。
「中には他にもいろんな子がいるんですよ。ご覧になるだけでも、ぜひ」
「そう? それじゃちょっと見せてもらおうかしら」
「ぬいぐるみは全て店主が手作りした1点ものなんです。なので使役魔法のかかりも良いですよ」
「へえ、それはすごいな」
そうして足を止めたお客さんたちに、ルルはどんどん営業トークをかけてゆく。
おお……ルルもホワもすごいな……呼び込みをするより効果抜群だ。
おかげで開店初日から店は大盛況だった。
開店から1週間。
ルルは接客と会計を担当。ホワはルルの手伝い。俺は店舗奥の工房でひたすらぬいぐるみを作る、という役割分担が自然と生まれた。
俺だけ接客をしないのは申し訳ないが、これには訳がある。
俺がぬいぐるみをひとつ作るには30分かかる。
スキルのおかげで手は勝手に動いていくが、完成までの間に手を止めるとスキルが切れてしまうのだ。
つまり30分、縫いっぱなしの集中しっぱなし。
ひとつふたつならまだ良いが、日に何個もとなると、これがなかなかにしんどい。ひたすら疲労がたまってゆく。
スキルは過集中状態みたいなもので、使いすぎると、その反動が体に出るみたいだった。いや、もしかしたら単に年のせいかもしれないが……
「シロ、休憩にしよう。昼も食べてないでしょ?」
区切りの良いところで手を止めて目頭をもんでいたら、ルルが紅茶とジャムを塗ったパンを持ってきてくれた。
「ありがとう。店の方、全部任せてすまないな」
「何言ってんの、どんどん売るから頑張ってよ! あ、オウロさま! こんにちは」
入店した女性客にルルが愛想良く駆け寄って行く。
本当に頼りになる販売員だ。
「前回お買い上げいただいたテディベアはいかがでしたか?」
「とっても良かったわ! 娘が気に入って毎日一緒に寝てるの」
「それは良かったです。今日は何かお探しですか?」
「実は、息子が僕も欲しいって言ってね。男の子向けのものはある?」
「こちらのライオンやドラゴンはいかがでしょう? どちらもしっかりとした作りで、長くお使いいただけますよ」
ルルが棚からぬいぐるみをふたつ取り出して、女性客に渡す。
「確かに良い作りね。こちらをいただくわ」
「ありがとうございます。ホワ、お包みして」
「ホワ!」
ルルが呼ぶとホワがやってきて、ぬいぐるみを受取りカウンターへ運ぶ。自分の背丈ほどのぬいぐるみを懸命に運ぶ姿が愛らしい。
「ホワホワ~」
「ありがとうございました」
会計を済ませ、商品を受け取ったお客さんをルルとホワが丁寧にお見送りする。
「また来るわね」
お客さんはルルとホワに笑顔を向けて店を後にした。
うちのぬいぐるみの価格は金貨1枚から3枚と決して安くはない。相場から言えばやや高額な部類だ。
だが、ルルとホワに接客を受けて、商品の品質を見たお客さんは次々と買っていってくれる。ありがたいことだ。
特に人気なのはホワと同じサイズのテディベアだった。茶色、白、黒、どの色も飛ぶように売れる。
「シロー、また売り切れそう」
「分かった、今作ってる」
俺は休む暇もなく、手を動かし続けた。
それからさらに1週間。
「申し訳ございません。こちらのテディベア、今は在庫がなくて……」
店頭でルルが申し訳なさそうに頭を下げている。
「そうなの? 残念ね」
「明日には補充できると思いますので、また来ていただけますか? よろしければ取り置きいたします」
「分かったわ。また明日来るわね」
お客さんが帰っていく。その後も何人ものお客さんがやってきてはがっかりして帰っていった。
「シロ……」
ルルが心配そうに工房を覗く。
この数日で店は大繁盛、だがその分、睡眠時間を削っても商品の供給が追い付かないでいた。店頭にはわずかなぬいぐるみしか残っていない。明日には完全に売り切れるだろう。
「分かってる。でも、手が追いつかなくて……」
垂れてきた額の汗を思わず拭った瞬間、スキル効果が途切れる。
「ああっ、くそっ、やり直しだ……」
「ホワ、ホワワ……」
「すまん、驚かせたな」
ホワにまで困った顔をさせてしまった。
「どうにかしないと……」
このままじゃ、せっかく来てくれたお客さんが離れてしまう。
でも、俺一人じゃもう限界みたいだ。
まだ開店して2週間だぞ!




