第19話 教えてネイネイちゃん2
「よくきたねぃ! 少しは落ち着いたかい?」
「はは、まあそれなりに」
「上等上等ねぃ」
翌日、俺はホワとルルを連れてネイネイの研究室を訪れた。
突然の訪問にも関わらず、ネイネイは相変わらずのテンションで歓迎してくれる。仕事中だろうに、本当に良い奴だよな。
「今日は報告がふたつあって」
「おんおん」
「ルルなんだけど、うちで住み込みで働いてもらうことにしたんだ」
紹介すると、ルルは少し緊張した面持ちでネイネイに向かって頭をさげた。
「ルル・アンバーです。生活の準備ありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「あらあら、気遣わなくてよいねぃ! ネイネイちゃんはここの魔導士だよ。気軽にお姉様と呼ぶといいねぃ」
「お、おねえさま……?」
「ネイネイ、困らせるな……」
「ちゅーん、冗談が通じないねぃ~」
わざとらしく拗ねるネイネイを見てルルが笑う。そんなルルにネイネイはお茶とお菓子を勧めていた。緊張しているルルを和ませようとしてくれているのだろう。その気遣いが嬉しい。
「でもねぃ、店が始まったらシロちゃんひとりで生活は大変だと思ってたんだよ。お手伝いが入ってくれて良かったねぃ」
「そうなのか? ルルは納得してくれてるが、俺としては若い女の子を家に上げるなんて世間体が不安だったんだが……」
「何を心配しているねぃ! 家に住み込みさんやメイドさんを雇うなんて普通のことだよ。シロちゃんみたいな職人や商売人なら尚更ねぃ」
「そうだよ! 私は働くためにいるんだから!」
「おお……」
ネイネイとルルから同時に圧をかけられて思わずのけぞる。
なるほど。ここではそういう価値観なんだな。昔の日本みたいだ。ネイネイにそう言ってもらえて少し安心する。
「ルルちゃんも安全に暮らせるし、シロちゃんも制作に集中できる。それに家にはホワちゃんだっているだろぃ?」
「ホワ!」
ホワがその通りだ! というばかりに小さな手で胸を叩く。
「それもそうだな。すまなかった。それで、報告のふたつめっていうのがホワのことなんだ」
「ホワちゃんねぃ?」
「こいつ人間の食べ物が好きみたいで。最初はミルクと砂糖だけだったんだが、最近じゃパンも肉もスープも何でも食べるようになったんだ」
「ホワちゃんが、ご飯を?」
「ああ。それで食べたものがどこに行ってるのかわからなくて。綿の中に詰まってたりしたら……」
「いやいやいや、ちょっと待つねぃ! ホワちゃん、ちょっと失礼するねぃ」
「ホワワ?」
ネイネイはホワを抱き上げ、お腹の辺りを軽く押したり、ポケットから取り出したルーペをかざして見はじめた。なんだか、小児科の先生みたいだ。
「あー、これは魔力になっているねぃ……」
「魔力?」
「ホワちゃんは食べ物のエネルギーを魔力に変換できるみたいだねぃ。いろいろ食べさせてから、なにか変わったことはなかったかい?」
そう言われて俺は、酒場のホワが暴漢に飛びついた時のことを思い出した。
「そういや、ホワが暴漢に飛びついて大人しくさせたことがあことがあったな」
「無気力化の魔法か癒しの魔法か……どっちにしろすごいことねぃ」
「あの時の! すごいね、ホワ」
「ホワワ~」
ネイネイとルルに褒められ、ホワは嬉しそうに尻尾を振っている。
「すごいこと、か……なあ、俺が作ったぬいぐるみって売って大丈夫なのか?」
「ん? どういうことねぃ?」
「その、ホワみたいにご飯を食べる使い魔が増えたら、食費がかかるとは思わなかったってクレームが出ないかなと……」
「ホワシュン……」
「ああ、違うんだホワ! お前はいっぱい食べてくれよ!」
「そうだよ。私、おいしいご飯いっぱい作るからね!」
「ホワッ」
すまん、ホワ! 毎日いっぱい食べてくれ!
シュンとしたホワにネイネイが自分の皿からクッキーを差し出す。ホワはすぐに機嫌を直してサクサクとおいしそうに食べはじめた。
「シロちゃん、それは心配いらないねぃ。普通はホワちゃんみたいな使い魔は生まれないんだよ」
「えっ?」
「ホワちゃんがここまで優秀なのは、ネイネイちゃんの付与魔法がパーフェクトすぎたからねぃっ!」
ネイネイは胸を張って話を続ける。
「お針子スキルのあるシロちゃんが最高品質のぬいぐるみを作った、ここまでは大丈夫。その後にトップオブトップの大天才魔導士ネイネイちゃんがちょーっとお高い媒体を使って全力の付与魔法をかけた。この条件がそろったからホワちゃんはこんなに特別なのさ」
「なるほど……」
「そこらの魔法使いやスキル持ちが、普通の使役魔法をかけてもせいぜい首を振ったり単純作業ができる程度だよ。ご飯を食べるなんてまずないことねぃ」
ネイネイの言葉に俺は安堵の溜息をつく。よかったよかった。心配事は解決だ。
「それなら安心だな」
「おん! 安心して商売に励むねぃっ!」
商売、いよいよ店も明後日からスタートだ。本当に頑張らないと。
「それじゃあ、今日は挨拶と報告だけだから帰るよ。いつも悪いな」
「よいねぃ、よいねぃ。なにもなくてもまたお茶しにくるねーぃ」
明るいネイネイの声に見送られて、俺たちは研究室を後にした。
誰もいなくなった研究室で、シルビア・ネイネイは窓の外を見つめていた。王城の外へと向かうふたりといっぴきの姿が小さくなってゆく。
「とんでもないものを生み出したわね……」
シルビア・ネイネイは小さく呟いた。
ホワの魔力伝導率は平均を大きく上回る96%。通常のぬいぐるみの倍以上。言葉を理解し、感情を持ち、食事をしてエネルギーを魔力に変換する。そして、人の精神に干渉する魔法。
自身の使役魔法がどれだけ優秀でも、今までの常識では到底考えられないことだ。
さらに、ホワは日に日に賢くなっている。語彙や感情表現も豊かになり、まるで本物の生き物のようだ。
「成長する使い魔か」
引き出しから分厚いノートを取り出す。表紙には古代文字で何か書かれている。
「本当に、おもしろい子。大好きよ」
そう呟いて、シルビア・ネイネイは静かな部屋でペンを走らせはじめた。




