第18話 なかなおり
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
留置所を出たルルは、その場で泣き崩れた。
「本当に、ごめんなさい……っ」
人目も憚らず泣きじゃくるルルを、俺はなんとか宥めようと背中をさすった。
ホワも困惑した様子でルルの周りをウロウロしている。
「いいから、いいから。とりあえず家に帰ろう、な?」
「ホワ……」
ようやく落ち着いたルルを連れて、商店街の工房兼自宅へと戻る。
道すがら、俺は考えていた。ルルは若い女の子だ。30過ぎのおじさんと二人暮らしなんて、世間体も良くないし、ルル本人だって気を遣うだろう。
できれば、近所で下宿か、住み込みで働ける場所を用意するべきなんだろうな。昨日の今日ですぐには無理だったが考えなきゃいけない。
「おじさんと一緒の家で悪いが、しばらく我慢してくれ」
「え……?」
工房の2階に上がり、2部屋あるうちの一つ、今まで物置として使っていた方をルルの部屋として案内した。
「わ、可愛い!」
室内を見たルルが目を輝かせた。昨日のうちに、ネイネイに手伝ってもらって急いで準備したんだ。
ベッド、タンス、小さな机と椅子と、最低限の家具は揃えたつもりだ。カーテンや寝具はネイネイに女の子が好きそうな生地を選んでもらってスキルで縫ってみた。
淡い花柄でレースがついたカーテンを、ルルは嬉しそうに開けたり閉めたりしている。気に入ってくれてなによりだ。
「それから、これも」
ベッドの上に置いていたエプロンドレスを数着手渡す。そういえばルルの服がボロボロだったのを思い出して、昨夜遅くに急いで縫ったものだ。大急ぎで作ったから生地は店にあったもので、全部同じピンク色なのは勘弁願いたい。
「新しい……服……」
ルルがエプロンドレスを胸に抱きしめる。
「タオルや下着はタンスの中だ。あっ、俺は見てないぞ! それはネイネイが選んだからな!」
危ない、セクハラだけはダメだ。公務員時代に散々研修を受けた。いまのはセーフ……か? 危なかった。
「これから、この近所で女の子が住み込みで働ける場所を探してみるから。決まるまでしばらくはここでよろしくな」
「うん。えっと、お世話になります」
ルルが慌てて頭を下げる。根は素直な子なんだな。
「ホワもよろしくね」
「ホワプーン!」
ルルがホワに握手を求めるとホワはそっぽを向いた。
「こらっ、ホワ!」
「ホワプン! ププーン!」
ホワは正義感が強い上に、生まれたての使い魔だから情緒が育ち切っていない。ルルに騙されたことを、まだ怒っているんだろう。
「ホワ……」
ルルは仲良くしていたホワに拒否されて、明らかにショックを受けている。しょんぼりと肩を落として、俯いてしまった。
ああ、もう、仕方ないな……おじさんが間に入るとするか。
「ルル、とりあえず着替えたらどうだ? その服、ボロボロだろ」
「あ……うん」
「ホワ、ちょっと来い」
俺はホワを抱き上げて、自分の部屋へ連れて行った。
「ホワプン!」
「いいから。女の子が着替えてる時に覗くもんじゃないぞ」
ドアを閉めて、ホワと二人きりになる。
「なあ、ホワ」
「ホワ……」
「お前、本当はルルのこと心配なんだろ?」
ホワが小さく頷く。こういうところは素直だ。
「でも、まだ怒ってるんだよな」
「プン……」
「分かった、分かった。じゃあさ、仲直りする方法を考えようか」
小さなホワの頭を撫でながら続ける。
「ホワは食べるのが大好きだろ? だから、なにか美味しいものを作ってもらったらどうだ」
「ホワ?」
「そうすれば、ちゃんと話を聞けるかもしれないだろ」
ホワは少し考えるような仕草をして頷いた。
「よし、じゃあルルに提案してみるか!」
自分の部屋にホワを残して、ルルの部屋をノックすると、新しいエプロンドレスに着替えたルルが出てきた。サイズがあって良かった。
「あのさ、ルル」
俺はホワに聞こえないように、小声で話しかけた。
「ホワと仲直りしたいだろ?」
「……うん」
「料理はできるか? ホワは食べるのが大好きだから、なにか甘いものを作ってやったら機嫌が直ると思うんだ」
そう言うとルルはパッと顔を上げる。
「それなら、キッチンと材料を使ってもいい?」
「ああ、もちろん」
ルルは目を輝かせて1階へ駆け下りていった。キッチンからは鍋がコンロに置かれる音が聞こえてくる。
ホワはというと、さっきまでプーンとそっぽを向いていたくせに、2階の部屋からソワソワとキッチンの方を気にしている。
「ホワ、気になるのか?」
「プン……」
素直だったり、素直じゃなかったり、ホワにはホワで思うところがあるんだな。
しばらくすると、甘い香りが漂い始めた。卵と砂糖の、どこか懐かしい匂い。
ホワは我慢できなくなったのか、階段を降りてキッチンの入口からこっそりと様子を覗き始めた。
「ホワワ……?」
小さな声で何かを呟いている。俺もそっと覗いてみると、ルルが真剣な表情で作業していた。その手つきは慣れたもので、まるで何百回も作ってきたみたいだ。
泡立て器で混ぜた液体をこして小さな器に注いでいく。それを湯煎にかけて、弱火でじっくりと蒸し始めた。
「……綺麗に作るな」
思わず呟くと、ルルがこちらに気づいて振り向いた。
「あ、見てた?」
「ああ、すまん。気になるか?」
「ううん、大丈夫。もう少しで出来上がるから」
そう言って微笑むルルは、さっきまでの暗い表情とは全然違う。料理をしている時は、本当に楽しそうだ。
それから30分ほど、ルルはじっと火加減を見守っていた。時々、竹串を刺して様子を確認をしたり、蒸気の上がり具合を見て火を調整する。
その真剣な横顔を見ていると、ルルがどれだけ丁寧に、心を込めて作っているかが分かった。
「よし、できた!」
ルルが嬉しそうに呟いた。器を取り出して冷水で冷やす。湯気が立ち上り表面がツヤツヤと輝いている。できあがったのはプリンだった。
「あとは冷やすだけ。20分くらいかな」
「随分手の込んだものを作ったな」
「ホワに、ちゃんと謝りたかったから」
ルルがホワの方を見る。ホワは慌てて入口から引っ込んだが、すぐにまた顔を出して様子を伺っている。
「ホワ、待っててね」
「ホワプ……ホワ……」
もう怒っているのも限界らしい。
しばらくして、冷えたプリンをルルがホワの前に差し出した。
「ホワ、これ……食べてくれる?」
ルルがホワの前に膝をついてプリンを差し出す。表面はぷるんと揺れて、カラメルソースの甘い香りが漂う。
ホワは少し迷ったような仕草を見せたが、プリンの甘い香りに負けたのか、小さな手でスプーンをつかみ、ひと口すくって口に運んだ。
「ホワ!?」
ホワの目が丸くなる。もぐもぐと味わって、次の瞬間、ものすごい勢いで食べ始めた。
「ホワホワ! ホワワワ~!」
美味しさにビックリしているみたいだ。
「ごめんね、ホワ。私、本当はあんなことしたくなかったの。でも……」
ルルが小さな声で謝る。ホワはプリンを食べ終えると、ルルの手をぎゅっと握った。
「ホワワ」
仕方ないな、という表情だ。
「ありがとう、ホワ」
ルルの顔にも安堵の色が浮かぶ。
よかったよかった。一人と一匹が仲直りする様子を見て、俺も安心した。
「あ、そうだ。ついでに昼食も作ったんだけど」
ルルがキッチンを指さす。鍋の中にはついでで作られたとは思えないほど、おいしそうなシチューが入っていた。
ほかほかと湯気を立てていて、すごく良い匂いがする。
ついで……!? いつの間に……!?
「いただきます!」
「いただきます」
「ホーワ!」
仲直りの後、二人と一匹で昼を囲んだ。
「うまい!」
「ホワーッ!」
思わず声が出る。うまい! 異世界に来てから一番じゃないか。
「これ、本当にルルが作ったのか?」
「うん。故郷で、母さんに教えてもらったの」
「ホワワ~!」
ホワも満面の笑みで食べている。さっきまで怒っていたのが嘘みたいだ。
「シロ」
食事の終わりかけ、ルルが真剣な顔で言った。
「シロはこれから仕事、忙しくなるでしょ?」
「まあ、それなりにな」
「私が住み込みで働くのってどうかな……家事は一通りできるし店頭にも立つよ」
「いや、でも、ルルは……」
「もう絶対に盗みなんてしない! お願い!」
ルルが真っ直ぐに俺を見る。
「金貨100枚なんて、私、一生かかっても返せないかもしれない。でも、少しずつでも返したいんだ」
「ホワ!」
俺が返事をする前に、ホワが賛成するように声を上げる。
「分かった。じゃあ、よろしく頼むよ。ルル」
「うん! 任せて!」
ルルが満面の笑みを浮かべた。
こうして、俺の工房に新しい仲間が加わった。
おじさんと女の子と使い魔の共同生活がスタートだ。




