第17話 ルル・アンバー
私の名前はルシール・レジニア・アンバル。
故郷はここからずっと離れた東の国。
私はアンバル族の娘で、父は一族の長だった。
アンバル族は働き者で踊りと音楽が好きだった。昼は毎日畑を耕して、夜は家族で糸を紡いで、お祭りの日は一晩中踊り明かす。
お金持ちではなかったけれど、みんなで協力し合って平和に暮らしていた。
本当に、平和だった。
でもある日突然、東の国と北の国の戦争が始まった。理由なんて知らない。大人たちも知らなかったと思う。
私たちの集落は東の国の端にあって、あっという間に北の国から軍が押し寄せてきた。畑は荒らされ、家は占領された。父さんも母さんも、集落の大人たちはみんな子どもを逃がすために留まった。
「ルシール、行きなさい!」
姉さんに手を引かれて、私は逃げた。
逃げて、逃げて、逃げて……
それでも最後は逃げきれず、とうとう崖の先まで追いつめられた。
背後から迫る足音。罵声。剣が鞘から抜かれる音。
私は姉さんの手を握りしめて、震えることしかできなかった。
命乞いをしようと口を開いたそのとき
姉さんは私を崖から突き飛ばした。
落ちていく私に、姉さんは何か叫んでいた。でも、その声は風に消えて聞こえなかった。
崖の下には深い川が流れていて、私はそのまま下流の村まで流されて助けてもらうことができた。
私が姉さんの顔を見たのはそれが最後。
それから私がこの国まで逃げてこれたのは、姉さんが私のポケットに琥珀のネックレスを入れてくれていたから。
姉さんの嫁入り道具になるはずだった、綺麗なネックレス。
私はそれを路銀にして、なんとか平和な西の国まで逃げてくることができた。
私ひとりだけ生き残ってしまった。
恥ずかしくて、もうアンバルは名乗れなかった。
ルル・アンバー。
それが今の私の名前。
「久しぶりに……嫌な夢……」
留置所の寝台で目覚めると、鉄格子がはめられた窓から朝日が差していた。
石造りの壁に囲まれた狭い部屋。硬い寝台に粗末な毛布。
ああ、私もとうとうここまで落ちぶれちゃったんだ。
酒場にもぐり込んで盗みを繰り返して。悪い人は私よりずっと悪いから、返り討ちに遭うことだってあった。痛い目に遭ったことも一度や二度じゃない。
それでも、あの子たちを守るためにはそうするしかなかった。
最後に会ったシロとホワ。良い人たちだったな。すごくお人好しで、私を助けようとしてくれた。なのに私は、そんな人たちだって騙して、危ない目に遭わせた。
生きるために、守るために、なんて、言い訳にもならない。
私は結局、姉さんたちが守ってくれた命をこんなことに使っている。
「ルル・アンバー、釈放だ」
「……えっ?」
突然、独房の扉が開いた。
警備隊員は私を一瞥すると、ついて来いとだけ言って歩き出す。何も説明してくれないまま、長い階段を上がっていく。
昨日、取り調べで釈放の条件は聞かされていた。
でも、金貨100枚なんて大金、用意できるわけがない。保護者だって、私が知ってる大人はみんな身分証もない移民ばっかりだ。一体誰が……
まさか、あの男たちが? いや、そんなはずない。あいつらはとっくに……
「身元引受人で保護観察中の保護者、お名前は、シロ・タイッテツさんでよろしいですか?」
「いえ、いや、そうです。シロです」
「ホワ!」
「ああ、すみません。自分もだって言ってます……」
「ホワホワ」
「では、確かに金貨100枚領収いたしました。ご苦労様です」
階段の先から、聞いたことのある声が聞こえてきた。
嘘。そんな。まさか
「シロ!」
駆け寄ると、シロは何でもない顔をして笑っていた。
肩にはホワが乗っている。
「おお、お疲れさん」
なんで。どうして。言葉が出てこない。
金貨100枚なんて、私が何年働いても貯められるかどうか分からない額だ。
なのにこの人は私を、騙した相手に、私のために、そんな大金を……
本当に、本当に、お人好し。
父さん、母さん、姉さん、アンバルのみんな。
みんながこの人に会わせてくれたの?
視界が滲む。
涙が頬を伝って、止まらなくなった。




