第13話 お財布
「……っ、痛っ……」
背中が痛い。腰も肩も首も痛い。
「なんだ……ここ……」
全身の筋肉痛のような痛みと、体を撫でる風で目を覚ます。ぼーっとする頭を振りながら目を開けると、そこは昨夜ルルに案内された屋台があった場所だった。
屋台は移動式だったのか跡形もなく消えている。
痛む体で起き上がると、どうやら俺は石畳の路上に寝転がっていたらしい。
「は……?」
なんで、なんで? 状況が理解できない。
なぜ、俺はこんなところで寝ているんだ!?
「ホワ? ホワ……」
隣を見ると、ホワも同じように石畳の上で丸くなって寝ていた。
「ホワ、起きろ」
「ホワ……ホワン」
軽く揺さぶると、ホワがゆっくりと目を覚ました。
「ホワ? ホワ……?」
きょろきょろと周囲を見回し、困惑している。
お前も訳が分からないのか。
「おい、あんたら、大丈夫か?」
声をかけられて振り向くと制服を着た男が二人、こちらを見下ろしていた。警察、いや警備隊だったな。この街の治安を守る組織だ。
「あ、はい。すみません……」
慌てて立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。
全身が痛い。
「ああ、無理すんな。ゆっくり起きろ」
「すみません……」
マラソン大会の次の日、って感じの痛さだ。警備隊の手をかりてなんとか立ち上がる。
「どうしてここに寝ていたか、自分でわかるか?」
「いや、それがさっぱり。屋台で夕飯を食べていて、それから覚えていなくて」
「誰かといっしょだったか?」
「ああ、はい! 酒場で助けた女性と」
「あんたら、見事に騙されたな」
「……え?」
騙された? 俺が?
信じられない言葉に一瞬耳を疑う。
「おおかた眠り魔法をかけられたんだろうさ。最近、この辺りで流行ってる手口だ」
「ね、ねむりまほう!?」
「食事に薬草を混ぜるか、魔法陣を仕込んだ器を使うか……まあ、どっちにしろ、寝てる間に金品を盗まれる」
警備隊の男が、慣れた口調で説明する。
「またか。最近多いんだよな」
もう一人の男が、ため息をついた。
「まさか……」
ぼんやりした頭で必死に昨夜のことを思い出す。
ルルに案内されて、屋台に行った。
焼き鳥、煮込み、パン、を頼んで。
ルルは楽しそうに話していた。
ホワも嬉しそうにパンを食べていて……
それからだんだん、眠くなって……
「まさか、ルルが……?」
「ホワワッ!?」
ホワが激しく反応した。怒っているらしい。
「いっしょにいた女だけど、移民の子じゃなかったか? 茶髪の」
「知ってるんですか?」
「ああ。常習犯だ。何度も被害届が出てるんだが捕まえられなくてなぁ」
「なんでですか?」
「移民の居住区に逃げ込まれると追いにくいんだよ。あそこは入り組んでるし、みんな口を閉ざすし。それにこういうのは現行犯逮捕じゃないとなかなか難しい」
警備隊の男が苦々しい顔をする。
「とりあえず、被害の確認をしようか。何を盗まれた?」
「え……あ……」
そう言われて『財布をとろうとした』という昨夜の男の怒号を思い出す。
そうだ、財布。
ポケットに手を入れる。ない。
反対のポケット。ない。
上着の内ポケット。ない!
「財布が……ない……」
声が震える。
「やっぱりな。他には?」
「いや、財布だけ……だと思う……」
「金額は?」
「えっと……銀貨が15枚くらい……」
国からもらった大きい金は店の金庫に隠しておいて、手持ちは少なかった。
不幸中の幸いと言うべきか。
「銀貨15枚か。まあ、悪くない稼ぎだな、あいつにとっちゃ」
警備隊の男が皮肉っぽく言う。
「被害届を出しますか?」
「いえ……いや、出す。出します」
少し迷ったが、これ以上被害が広まるのは良くない。
「分かった。じゃあ、詰め所まで同行してくれ。調書を取る」
「はい……」
ホワを抱えて警備隊の後をついていく。ホワは俺の腕の中で震えていた。
「ホワ……」
怒っているのか、悲しんでいるのか。裏切られたショックを感じているのか。
「俺もだよ」
小さく呟く。あの笑顔は嘘だったのか。
楽しそうに話していたのは演技だったのか。
ホワと仲良くしていたのも全部……




