第12話 オジサン・ミーツ・ガール
「それじゃ、乾杯っ」
「ホワワーイ」
工房の工事が始まって2週間。ブラウンさんたちのおかげで、何もなかった室内はあっという間にお店になった。
その間、俺は毎日商品のぬいぐるみを作ったり、備品を買いそろえたり、商品に使役魔法を付与してくれる提携店を探したりしていた。
すべて順調……とは行かなかったが、概ね片付き、いよいよ開店を数日後に控えて、今夜は街の酒場でホワとささやかな慰労会だ。
「うん、たまには外食もいいなぁ。うまい」
「ホワイ」
木製のジョッキに入ったビール。肉の煮込み。焼きたてのパン。
シンプルだがおじさんの夕食には十分だ。贅沢をいうと白飯が食べたいが、なかなか見つからないんだよな。ま、パンはパンでうまいんだけど。
ホワは元がぬいぐるみなので、基本的に食事をとることはしない。でも、いつも俺が飲み食いしている様子をジッと見ているので、試しに紅茶に付いていたミルクと砂糖を与えてみたら、ホワホワと大喜びで食べ始めた。
それから少しずつ、俺の皿からいろんなものを食べている。
何でも食べるが特にお菓子やパンが好きみたいで、今日もパンの欠片を小さな手でつまんでもぐもぐしている。
「おまえ、食べるのが好きなんだな」
それにしても摂取した食べ物、どこに行ってるんだろう。
綿の中に溜まって……たら怖いな。魔法的に消化されてるとか?
次にネイネイに会ったら聞いてみよう。
まだ夕暮れ時で酒場に客は少ない。常連らしいお年寄りが数人、カウンターでゆっくりと酒を飲んでいるのが見える。良い雰囲気だ。
「ホワ、もうすぐ俺たちも開店だぞ」
「ホワ!」
「ちゃんと看板娘、いや息子? うーん、とにかくよろしく頼むな」
「ホワワ~」
任されたとばかりに尻尾を振るホワ。
よし、いよいよ……
「キャッ、何するんですか!」
「うるせぇ! お前が悪いんだろうが!」
突然、叫び声と男の怒号が響いた。
店の中の空気が一瞬で凍りつく。
俺と同い年くらいの男が、若い女の子に向かって怒鳴りつけている。
茶色の髪をポニーテールにした女の子は18歳くらいだろうか。年相応の可愛らしいワンピースを着ているが所々擦り切れている。
おいおい、なんだなんだ。
「お客さん、店内で困りますよ」
騒ぎを聞いて店員が慌てて駆け寄った。
「関係ないだろ、ひっこんでろ!」
「まず落ち着いて」
「落ち着けるか! 俺はこのブラットに騙されたんだよ!」
ブラット?
どこかで聞いたような……
ああ、ネイネイが口を滑らせた言葉だ。移民を指す言葉で、最近は差別的に使われているとかいう。あの女の子がそうなのか。
「タダ飯を食った上に、財布まで抜き取ろうとしやがって!」
「やめてください!」
男が乱暴に女の子の腕を掴み、女の子は必死に抵抗している。
「ブラットのくせに、俺を騙そうとしやがって! 警備隊に突き出してやる!」
男は完全に逆上し、店員の制止にも聞く耳を持たない。
これ、ちょっとヤバくないか。
店内を見渡しても他の客はお年寄りばかりだ。
クソっ、俺が行くしかないか……!
「ホワワァーッ!」
俺が覚悟を決めた瞬間、俺が席を立つより早く、ホワが男の顔面に飛びついた。
「えっ、ホワ!?」
「っ、なんだ、このっ」
ホワは男の顔にぴったりと張り付き、白いモフモフで男の顔を完全に覆った。
「ホワ、ホワワ、ホワホワ~」
「くっ、ちょっと、とれねぇ、くっついてっ……」
男は両手でホワを引き剥がそうとするが、ホワは全身で抱きつき、男の顔をモフモフと撫で回す。
「ホワ、ホワ、ホワ~」
「顔にっ……ホワホワが……ホワ、ホワホワ……」
「ホワワ~」
「ホワホワ……ホワワン……」
数秒後。
男の手がだらんと下がった。さっきまで怒り狂っていた男が、大人しく立ち尽くしている。
「ホワホワ……」
表情が緩み、敵意は完全に消えたようだ。
「すごいぞ、ホワ!」
「ホワァ!」
ホワが男の顔から離れて、俺のもとに戻ってくる。男はその場にゆっくりと座り込んだ。
「お客さんっ」
「ホワホワ……」
店員が声をかけても、男はまだ何度もホワホワと呟き、目の焦点は合わず、完全に何かがリセットされたような状態だ。
「……え?」
その尋常ならぬ様子に店員は呆然としている。
女の子もカウンターのお年寄りたちも全員が凍りついたように動かない。
「ちょっとアンタ、その使い魔は一体……」
店員が、明らかな警戒の目で俺を見た。
「一瞬で……?」
「魔法か? いや、でも……」
その後ろでお年寄りたちがヒソヒソと囁き合う。
店内の空気がさっきとは違う意味で緊張している。
いやいやいや、俺も知らないよ!
ホワがあんな能力を持ってるなんて、初耳だ!
「す、すみません! ごちそうさまでした!」
面倒な気配を感じて、俺はテーブルに銀貨を数枚置き、ホワを抱えて酒場から飛び出した。
「あっ、待って!」
背後から女の子に呼び止められるも、振り返らずに走る。
久しぶりに全力で走って走って、商店街の終わりまで来たところで
「待ってってば!」
息を切らした女の子が俺に追いついた。必死に追いかけてきたんだろう、前髪が汗で額に張りついている。
「はぁ、はぁ……走るの、速いねっ……あの……」
なんだ。お礼を言いに来たのか? それとも、ホワのことで何か……
「ご飯、途中だったよねっ?」
「え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返す。
「良かったら食べ直しに行かない? お礼に私が出すから」
「いや、でも、あんなふうに乱暴されたんだから飯より警察に行った方が良いんじゃないか?」
「いいの、いいの。あんたとその子が助けてくれたし。それにあんなの酒場じゃ日常茶飯事だよ」
「ホワワ」
「私もちょうどお腹空いてて。あんた、肉の煮込み食べてたでしょ? お肉美味しそうだったなぁって」
そう言ってはにかむ笑顔は、さっきの緊張した場面とはまるで別人のようだ。
「いやでも、若いお嬢さんに出させるわけには」
「大丈夫大丈夫! 安い屋台だから。ね?」
赤井くんといい、この子といい、ずいぶんグイグイくるな。
最近の若者ってみんなこうなの?
「ホワ~」
ホワが俺の腕を引っ張り、女の子と俺を交互に見上げる。この子と一緒に食事したがってるみたいだ。
うーん、おじさんが若い女の子と出歩くのは良くないと思うんだが……せっかくの若者からの厚意を無下にするのも悪いしなぁ……
「分かった。じゃあ、少しだけ」
「やった! じゃあ、私の知ってる美味しい屋台、案内するね!」
女の子が先を歩き出し、振り返ってニッと笑う。
「あ、そうだ。私、ルル。ルル・アンバーって言うの。あんたは?」
「シロ。白田一鉄」
「シロだね。よろしく! あ、その子の名前は?」
「ホワ、俺の使い魔だ」
「ホワ! 可愛い名前ー!」
「ホワワ~」
ルルに頭を撫でられ、ホワが嬉しそうに尻尾を振る。
なんだか、あっという間にペースに巻き込まれてしまったが、悪い気はしない。
屋台の灯りが見えてきた。
とりあえず今は、この不思議な女の子ともう一度食事をすることにしよう。




