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「皇太子殿下!これはどういうことですか!?」
「ん?どうしたんだい?」
「どうしたって…!なんで私が殿下の秘書になっているのですか!」
「ああ。だってシルフィーが仕事が必要だって言っていたからさ。それに殿下なんて他人行儀な呼び方じゃなくてアレスと呼んでくれって言ったじゃないか」
「た、たしかに言いましたけど!それは自力で探さなければという意味で…!それに呼び方に関しては了承した覚えはありません!」
「バレちゃったか」
「当然です!」
「じゃあ一応聞いておくけど一体どんな仕事を探すつもりだったんだい?」
「え。そ、そうですね…。パンが好きなのでパン屋さんもいいですし、人と話すのも好きなので食堂で働くのもいいかなって思ってて…」
「…どちらにしてもその店の看板娘になって男どもが群がりそうだ」
「って!だから私には殿下の秘書など荷が重すぎます!」
「ダメだ。もうこれは決定事項だからな」
「ひ、ひどい!」
「ひどくないだろう?給金はどこよりもいいはずだ」
「それはそうですけど…」
「それにここなら家からも近い」
「た、たしかに用意してくださったあの家はすごく住みやすいですけど…」
「それなら何の問題もないじゃないか」
「いや、そもそも私は平民ですよ?平民が殿下の秘書だなんて…」
「我が国は優秀なものであれば貴賤関係なく採用しているぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだ。だから優秀なシルフィーが私の秘書になるのは当然のことさ」
「うっ…」
お世辞だと分かっていても褒められれば嬉しくないわけがない。私は言葉に詰まってしまう。すると皇太子、アレスレイド殿下が椅子から立ち上がり私に近づいてきた。
「で、殿下?」
一定の距離を保とうと殿下が一歩近づく度に私は一歩下がっていく。しかし殿下の執務室が広いと言ってもいつかは壁にたどり着いてしまうわけで。
――トン
私の背中に壁が当たる。
「ちょ、ちょっと殿下!ち、近いです!」
アレスレイド殿下の美しい顔が私の顔に近づいてきた。
「実はね、私がシルフィーを秘書に選んだのにはもう一つ理由があるんだ」
「え?も、もう一つの理由…?」
「ああ。…聞きたい?」
「っ!」
殿下が私の耳元で囁く。自分より年下のはずなのに色気が半端ない。それにこれは聞いてはならないと頭の中で警鐘が鳴っている。私は咄嗟に手で耳を塞ごうとしたが殿下の手が私の手を掴んだ。
「で、殿下…!」
(こ、これは一体どういう状況!?)
混乱する私をよそに殿下は微笑んでいる。そして私の返事を聞かずに口を開いた。
「私はね、シルフィーのことをもっと知りたい。だから私の側にいてほしいんだ」
「~っ!」
「…嫌かい?」
ずるい聞き方だ。皇太子殿下相手に嫌なんて言えるわけがない。初めから私が選べる答えは一つしかないのだ。
「…嫌じゃないです」
私はドキドキしながらも、精一杯の反抗のつもりで殿下から目を逸らさずに返事をした。今の私の顔は真っ赤だろう。恥ずかしいから早く離れてほしい。それなのに殿下は動かなくなってしまった。
「で、殿下?」
私は不安になりアレスレイド殿下に声をかけるが当の本人はぶつぶつと何かを言いながら動こうとしない。
「…どうしよう。シルフィーが可愛すぎる…」
「殿下!いい加減離れてください!近いです!」
「…可愛い」
「ちょっと聞いてます!?」
結局この後、殿下の従者が執務室にやって来るまでこの状況が続いたのであった。ただこの時の従者の視線が生温いものであったことは気づきもしなかったが。
こうして私は家族と共に生き延びることに成功したが、なぜか小説のヒーローであるアレスレイド殿下の下で働くことになるのであった。