冒険者の品格(1)
イズナ村はハーヴェーンから徒歩で一日かかる。ヨハンが最初に行ったときは一日かかったが、今回は冒険者ギルドが馬車を用意したので半日ですんだ。
〈不死蝶〉の捜索ミッションは冒険者ギルドの依頼だ。〈不死蝶〉は冒険に行く前、ギルドの保険を利用していた。この保険というのは掛け金を払っておけば、メンバーの一部または全員が行方不明になった場合、ギルドが他のパーティーに捜索を依頼するというものだ。保険の掛け金は依頼内容の難易度によって決まる。〈不死蝶〉が引き受けたのは害獣駆除で難易度が低く、掛け金は安い。〈不死蝶〉が保険を利用したのは、その安さのおかげだったのかもしれない。
ハーヴェーンを朝に出立したので、イズナ村には夕方に着いた。村について早々ヨハンは顔見知りの農民を捕まえて、村長との面会を実現した。村長に〈灰色森〉のメンバーを紹介し、ここに来た目的を告げた。
村長の反応は斜め下だった。彼は〈不死蝶〉が行方不明になったことは知っていたが、心配するどころか怒っていた。依頼を引き受けたのに、害獣駆除の仕事を放り出して行方をくらましたのはけしからんというのだ。
「我々は彼らが不慮の事故に遭って、帰って来れなくなっていると考えています」
〈灰色森〉のメンバーが発言する前に、ヨハンが村長に訂正を試みた。
「依頼をバックレても、冒険者にはデメリットしかないんです。損をさせたら償わされる、信用をなくしたら、仕事を続けられなくなる、それは冒険者という商売も同じですよ」
そう言われても、村長は納得出来ないようだ。ヨハンは更に言葉を継いだ。
「冒険者という最底辺の仕事まで出来なくなったら、野垂れ死ぬか野盗に堕ちるかですよ。彼らはそこまで馬鹿じゃない」
そこまで言うと、村長は不慮の事故の可能性をようやく認めた。
〈灰色森〉は〈不死蝶〉が借りていた納屋を、そのまま借り続けることになった。ヨハンが村長と納屋の持ち主に話をつけたのだ。
「何か残ってないか調べろ。手がかりがあるかもしれん」
納屋にやってきて、アルバルドはさっそく指示を出した。メンバーたちは指示に従って納屋の中を探した。
「何もありませんね」
メンバーを代表してエーベルトが報告した。
「金目の物を置いていくとは思っていなかったが、本当に何もないのか?」
「そのとおりです。全部を持っていったのか、あるいは……」
エーベルトは言葉を濁して、村人が盗った可能性を匂わすに留めた。自分たちが村長から快く思われていないのは明らかだ。たぶん村人からも。不用意な発言をして誰かに聞かれるのはまずい。
「あのおっさん(ヨハン)は?」
ヨハンの姿が見えないことに気づいたヴァレオが疑問の声を上げた。
「情報を集めている。村人との折衝はあいつの仕事だからな」
アルバルドが答えるのとほぼ同時にヨハンが納屋にやってきた。
「情報を集めてきた」
ヨハンはそういうと脇に挟んでいた手書きの地図を広げた。〈灰色森〉のメンバーがその周りに集まる。
「〈不死蝶〉は害獣駆除のノルマを課されていた。最初の三日間は猟師と一緒に狩りをしていたが、ノルマが達成できそうにないので、森の奥に入って狩りをすることにしたようだ」
「確かか?」
アルバルドが確認する。
「三日目の夜、〈不死蝶〉が成果を報告したとき、村長にそう言ったそうだ。四日目の朝、何人かの猟師が〈不死蝶〉をここで目撃している」
ヨハンはそう答えながら、地図上の一点を指した。そこには印が付けてあった。
「やることは決まったな」
アルバルドがそう言うと、エーベルトがヨハンに質問した。
「やはり人手は期待できないのか?」
「村長と交渉してみたが無駄だった。どうしてもというなら金を出せと言われたよ」
「いくらだ?」
アルバルドは実費と謝礼程度なら払うつもりだった。ヨハンもそれは予想していたが、村長がふっかけた金額は予想外だった。その金額を聞いて全員が鼻白んだ。
「我々だけで何とかするしかないな」
エーベルトはそう言うと、メンバーに役割を割り振り始めた。それを見たヨハンは、やはりエーベルトがナンバー2なのだと確信した。
打ち合わせが終わったところで、アルバルドが再び口を開いた。
「ここじゃ全員は寝れないな」
〈灰色森〉の人数は〈不死蝶〉の倍以上だ。
「この村には宿屋はない。農家は害獣駆除に呼んだ猟師を泊めているし、納屋は道具置き場として貸している。悪いが半分は野宿してもらうしかない」
ヨハンがそう言うと、ほぼ全員が諦めを表情に浮かべた。
「〈不死蝶〉はここを借りれたんだろ」
ヴァレオが諦め悪く言った。
「彼らは害獣駆除のために呼ばれたんだ」
ヨハンがそう言うと、ヴァレオも諦めの表情を浮かべた。
「悪いが俺が決めさせてもらう」
アルバルドはそう言うと野宿するメンバーを指名した。その中にヨハンはいなかった。ヨハンが軽く困惑しているのを見て、アルベルトは言った。
「今日、一番働いたのはアンタだ」
翌日、〈灰色森〉の本来メンバーは森へ捜索に出かけた。だが臨時メンバーのヨハンだけは留守番をしていた。村人との交渉がヨハンの仕事だという約束をアルバルドが守った、という単純な話ではなく、〈不死蝶〉の荷物が失くなっているという事実に基づく当然の警戒措置でもあった。
ヨハンが納屋を物陰から見張っていると、若い男二人が周囲を気にしながら納屋に入っていった。そしてしばらくすると荷物を抱えて納屋から出てきた。こうなる可能性を検討済みだったヨハンは、あらかじめ仕掛けておいたトラップを発動させた。納屋の出入り口の地面に埋めてあった魔法陣が起動して、二人をその場で眠らせた。昏睡した二人に近づいて持ち出した荷物を検めると、見覚えがある〈灰色森〉の荷物だった。面倒なことになったと思いつつ、ヨハンは二人を拘束した。
日没前に〈灰色森〉のメンバーは戻ってきた。〈不死蝶〉のメンバーはいなかった。納屋で縛り上げられている男たちを見て、アルバルドは当然の疑問の声を上げた。
「こいつらは?」
「泥棒だ。納屋に盗みに入ったので、捕まえた。盗もうとしたのはこれだ」
〈灰色森〉のメンバーは自分たちの荷物を見て、次に盗人たちを睨みつけた。
「こいつら村の人間か?」とヴァレオ。
「いいや、渡りの猟師だ。村の連中はそこまで非常識じゃない」
村の住民のほとんどは農民で、土地に縛られている。簡単に引っ越しができないのだから、腹の中では見下していても、最寄りの冒険者の集団との関係を悪化させるわけにはいかない。本職の軍隊とは比べ物にはならないが、冒険者パーティーは立派な武装集団なのだ。農民から見れば冒険者は怖い存在だ。
「森の中で〈不死蝶〉を目撃したというのは、まさかこいつらか?」
今度はエーベルトが訊く。眼の前の盗人が目撃者なら、目撃証言は全く信用できなくなる。〈不死蝶〉の荷物も盗んだ可能性があるし、そうなら〈不死蝶〉が行方不明のままの方が、彼らには都合がいいからだ。
「違う。もしそうだったら、捜索の途中でも連絡してるよ。目撃したのは別の猟師だ」
「そいつらは信用できるのか?」
今度はアルバルドが訊いた。
「渡りじゃなくて、近くの村から来た猟師だ。共犯の可能性は低い」
猟師は二種類いる。定住して土地勘のある場所で狩りをする猟師と、定住せず一年中獲物を求めて移動する猟師だ。前者は専業ではなく兼業であることが多い。土地にもよるが、一年を通じて獲物を確保することが難しいからだ。それに対し後者は当然専業で、渡りの猟師と呼ばれる。
目撃したのは近くの村に定住している猟師なので、出稼ぎの最中に僅かな金のために冒険者との関係を悪化させようとはしないだろうし、盗人である渡りの猟師たちと深いつながりがあるとは思えない。だからヨハンは共犯の可能性は低いと見積もった。
「で、こいつらが〈不死蝶〉の荷物も盗んだのか?」
アルバルドがそう訊くと、ヨハンは〈不死蝶〉が残していった荷物を取り出してみせた。
「そうだ。事情を話して、こいつらを泊めている農家に協力してもらったら、これが見つかった」
「それじゃあ〈不死蝶〉が行方不明になったのも、こいつらが関わっているのか?」
エーベルトの質問に、ヨハンは初めて答えられなかった。
「そいつはまだ分からない。まだ尋問していないからな」
「なぜしなかった?」
アルバルドの言葉にヨハンは肩をすくめた。
「勝手にできるわけないだろう。交渉と尋問は違う」
「ふむ。こいつらは魔法で眠らせているのか?」
「そうだが、起こすか?」
アルバルドは掌でヨハンを制した。
「取り調べは一人ずつする」
村長も立ち会って取り調べが行われた。二人の供述はほとんど一致した。〈不死蝶〉が戻って来なかった日の晩、その話を聞いて盗みを思いついた。盗みを実行したのはその翌日の昼。結局〈不死蝶〉はそのまま戻ってこなかったので犯行はバレなかった。それに味をしめて〈灰色森〉からも盗もうとして捕まった。〈不死蝶〉がどうなったのかは知らない。動機は金に困っていたから。二人の供述が一致しなかったのは、どちらが先に盗みをしようと言い出したか、という点だった。
「彼らをどうするつもりかね?」
取り調べが終わった後、村長が訊いた。
「まだなんとも言えませんな。〈不死蝶〉の行方不明との関係もはっきりしませんし」
アルバルドの返事は率直なものだった。
「官憲に突き出すのかね?」
「〈灰色森〉としてはそこまでするつもりはありませんね。この程度の窃盗未遂じゃ裁判にもならんでしょう。せいぜい略式命令で鞭打ち刑だ。こっちとしては手間がかかるだけで、1ペニーの得にもならない。ですが〈不死蝶〉の件は別だ」
アルバルドはそう答えると、ヨハンに質問した。
「冒険者ギルドには報告したのか?」
「もちろんしましたよ」
「今日は村から出た馬車はないはずだが」
村長が疑問を呈する。
「自分は魔法使いでしてね、念話(テレパシー)が使えるんです」
それを聞いて村長の表情が変わった。
「なぜ報告した」
「この捜索任務の依頼主はギルドだからですよ。村長さんだって〈不死蝶〉に毎日報告させていたじゃないですか」
「それとこれとでは話が違う」
「どう違うんです」
村長は一瞬、言葉に詰まった。
「あいつらは仕事を放り出してどこかへ行ったんだ」
それは答えになっていないと思ったが、ヨハンはそこは指摘しなかった。代わりに盗品を見せた。
「荷物を残したままですか? これは捨てても惜しくないほど安いものではありませんよ」
ヨハンにそう言われて、村長は反論できなかった。
「こっちから伝えることがある」
アルバルドは爆弾を投下した。
「魔獣の痕跡を見つけた」
顔色を青くした村長は、アルバルドではなくヨハンに食って掛かった。
「聞いてないぞ!」
「自分も初耳でしてね」
ヨハンは素直に困惑の表情を浮かべた。
「あいつらのせいで、今まで話す機会がなかっただけだ」
アルバルドは村長の感情など気にする様子もなく、事務的な態度を崩さなかった。エーベルトが昨日ヨハンが用意した地図をアルバルドに差し出す。アルバルドがそれを受け取って広げてみせると、今日一日で書き込みが増えていた。その地図を使ってアルバルドは発見した魔獣の痕跡に関する説明を始めた。
魔獣というのは通常の野生動物とは桁違いの強さを持つ獣だ。魔獣は生態系の一員ではなく、突然発生する正体不明の存在で、倒さなくても突然消失する。野生動物というより天災に近い。倒すのが難しい場合は近づかないようにして自然消滅を待つこともあるが、一年以上も存在した例もあるので可能なら倒した方がよいとされている。
突然現れて突然消えるうえ、倒しても死骸は一日足らずで消えてしまうため、魔獣についてはほとんど解っていない。姿形や能力は様々だが幾つかのパターンに分類できること、排泄物らしいもの(食事をしているところが観察できていないので、排泄をするのかすら解っていない)に魔力が含まれることが辛うじて解っている。〈灰色森〉が発見した痕跡とは、魔力反応である。森の深いところで見つかったので村には直ちに影響が出る可能性は低いが、魔獣そのものは見つかっていないのでその能力は未知数であり、楽観はできない。
説明が終わったとき、村長の顔色は青を通り越して白くなっていた。
「わしはどうしたらいいんだ?」
「とりあえず、村人は森に立ち入らないようにした方がいいですな」
アルバルドはそう言ったが、村長は当然それでは納得しなかった。
「あんたらで退治してくれんのか?」
「我々が受けた依頼は行方不明の仲間の捜索なので、改めてギルドに依頼してもらうしかないですな」
〈灰色森〉は銀等級だから、ギルドを通さず依頼を受けられる。この場合は緊急性が認められるから、ギルドへは事後報告でよい。ヨハンはそのことに気づいたが、黙っていた。今のヨハンは臨時とはいえ〈灰色森〉のメンバーなのだ。リーダーのアルバルドが色々と理由をつけて断ろうとしているのに、その足を引っ張るような真似はしない。
「ヨハン、念話で明日の朝、ギルドに依頼を伝えてあげろ」
「わかりました」
「今日中にやってくれないのか?」
「もう夜ですよ。ギルドは閉まってます」
ヨハンにそう言われて村長はあきらめた。
村長が帰ったところで、ヴァレオがヨハンに疑問をぶつけた。
「おっさん、本当に念話が使えるのか?」
ヨハンが首肯すると、畳み掛けるように質問を追加した。
「なんで『五号』なんかやってんだ?」
今話題にすることじゃないだろうとヨハンは思ったが、疑問自体はおかしくない。この世界でもリアルタイムでの通信は高い価値を持っている。その一方、念話が使える魔法使いは数がかなり少ない。念話が使えるだけで働き口に困ることはないはずなのだ。
「念話通信士の資格が取れなかったんだ」
そう言うヨハンは渋い表情を浮かべていた。
「魔法ギルドによると、念話できる距離とか時間とか、色々足りないんだそうだ」
「どの程度の距離なら念話できるんだ?」
普段はメンバーのプライバシーを詮索しないアルバルドが珍しく訊いた。念話が使える人間は珍しいから、話を聞く機会はこれが初めてなのかもしれない。
「条件にもよるが、ハーヴェーンとここくらいの距離なら問題ないが、ハーヴェーンとゴスラント(ハーヴェーンに最も近い都市)だと無理だな」
それを聞いて一同は納得した。いくらリアルタイム通信が便利でも、イズナ村程度の人口では十分な需要はない。大きな人口を抱える都市間の念話ができないのでは、確かに職業として成り立たない。
「条件というのは? 天気か?」
「天気はあまり関係ない。むしろ体調の影響が大きい。念話を続けると体調に悪影響が出る。だから長時間は続けられない。自分は特に短いらしい」
「念話ができることをなぜ黙っていた? さっきは驚きを隠すのが大変だったぞ」
「あまり頼りにされても困るんだ。さっきも言ったが念話を使うと体調が悪くなる。魔法ギルドには『通信士を仕事にすると早死する』とまで言われたんだ」
その話を聞いた一同は大げさではないかと思った。
「それなのに資格を取ろうとしたのか?」
「通信士は慢性的に人手不足だから、魔法ギルドはときどき野良(正式な教育を受けていない)の魔法使い相手に講習を開いている。試しにそれを受けてみたんだが……才能はあったが十分じゃなかった」
「なるほど。では明日の方針を検討する」
納得したのかアルバルドがそう言うと、〈灰色森〉は捜索活動の打ち合わせを始めた。窃盗犯が行方不明に関与しているという証拠はなかったので、それは無視して捜索を行うことになった。捕縛した窃盗犯の監視は当然ヨハンの仕事になった。だがヨハンは次のように言って、割増報酬を要求しなかった。
「事前には想定できなかった事だし、あいつらを捕まえたのは俺だからな」
打ち合わせが終わった後、ヴァレオが疑問を漏らした。
「あいつら本当に〈不死蝶〉の行方不明に無関係なんですかね」
それは多少の違いはあっても、誰しも思っていたことだった。だがその次の言葉は誰にとっても予想外だった。
「おっさん、魔法で分からないのか?」
「俺は真問官(嘘を見抜ける魔法使い)じゃないぞ」
ヨハンは口ではそう言ったが、顔では「こいつは何を言い出すんだ?」と言っていた。
「真問官の講習とかいうのはないのか?」
「俺は聞いたことがないな」
「じゃあ真問官にはどうやってなるんだ?」
こう訊いたのはヴァレオではなくアルバルドだった。
「知らない。真問官に関しては、魔法ギルドは秘密主義に徹している」
「ふむ、真問官の立場を考えれば、無理もないか」
真問官は一部の権力者や豪商に雇われている。その能力があまりに強力なため、名前や所属はもちろん、人数すら公表されていない(念話通信士よりさらに少ないと言われている)。身元がバレたら誘拐や暗殺などテロの標的にされかねないからだ。
「俺が真問官なら、それこそ『五号』をやってるわけないだろう」
「それもそうか」
ヨハンがそう言うと、ヴァレオはあっさり納得した。