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冒険者と資本の論理  作者: 無虚無虚
非正規雇用の冒険者
8/11

五号の矜持

〈灰色森〉も爽月亭に部屋を借りていた。〈灰色森〉の面々は自分たちが借りてる部屋に戻ってきた。人数が多いこともあって、〈蒼穹谷〉の部屋より広い。

「ギル、あのヨハンという男はどういう人間か知っているか」

 アルバルドは瓜の収穫期について疑問を述べた男に訊いた。ギルと呼ばれた男はびっくりした顔をしたが、すぐに腑に落ちた表情に変わった。

「ああ、みなさんは元々は別の都市(まち)にいたんでしたね」

 ギルが言ったとおり、〈灰色森〉はハーヴェーン以外の都市で結成されたパーティーだ。五年前に冒険者に便利なハーヴェーンに本拠地を移したのだ。ギルはハーヴェーンに移ってから加入したメンバーだった。

「有名人なのか」

「俺は知りませんよ」

 暴言を吐いた男が言わずもがなのことを言った。彼もギルと同様にハーヴェーンに移ってから加入したメンバーだ。

「ヴァレオは知らないだろうな。事件があったのは十年前だからな」

 そう言ってギルはヨハンが有名になった事件について語りだした。


 先代の冒険者ギルドのギルド長は、あくどい不正を働いていた。様々な手段を用いてギルドの金を着服していた。そのことに気づいたある冒険者が密かに証拠を集め、仲間を集め、あちこちに根回しし、ギルド長の逃げ道を完全に塞いでから告発した。


「それがあの男か」

 アルバルドの問いにギルは頷いた。

「それだけじゃありません。ギルドの改革もやったんです」

「改革? それは新しいギルド長の仕事だろう」

「あのときは誰もがヨハンさんが新しいギルド長になると思ったんですけど、今はパーティーを抜けられないと言って、一緒に告発した今のギルド長に譲ったんです」

 アルバルドはヨハンの年齢を三十代半ばと推測した(実際は三十五なのでかなり正しい)。十年前なら冒険者としてピークの時期で、引退を決断するのは難しかっただろうと思った。またその年齢でギルド長になっても苦労するだろうとも思った。

「そのパーティーっていうのは?」

「確か〈蒼穹谷〉です」

「聞いたことがある。最近銀等級になったな。でも今は『五号』なんだろ、なぜ辞めたんだ?」

「そこまでは。他所のことですからね」

「ふむ。それで改革というのは?」

「腐敗防止制度の制定、保険制度の創設、教習所の開設。主なのはこの三つと言われてます」

「全然知らなかった」

 そう言ったヴァレオが冒険者になったのは四年前だった。

「ギルド長が今の地位にいられるのは、あの男のおかげか。そりゃ言葉遣いも丁寧になるはずだ」

 アルバルドはそう言ったあと、追加の質問をした。

「冒険者としての実力は?」

「一緒に仕事をしたことはないので、人伝に聞いた評判になりますが」

「構わん」

「専門は支援魔法ですが、どのポジションでも最低限の役割はできるそうです」

「小さいパーティーでは重宝されるタイプだな。良く言えば便利屋、悪く言えば器用貧乏か」

「実力的には中の中。贔屓目に見ても中の上ですかね」

「ウチで採用するメリットはありませんね」とエーベルト。これにはその場にいた全員が同意した。そして、その場にいなかった本人も、聞けば同意しただろう。


 その翌日、ヨハンは再びギルドに呼び出された。しかも武装した状態で来てくれという。考えられる可能性は、ギルドからそのまま冒険に行くことぐらい。よほど急ぎの依頼らしい。昨日のことを考えれば、〈不死蝶〉の捜索ミッションの可能性が高い。

 ギルド本部について部屋に通されると、そこには昨日と同じ面子が待っていた。

「また急な呼び出しですみません」

 ギルド長がそう言うと、アルバルドが急ぐように次の発言をした。

「ヨハンさん、アンタを臨時メンバーとして雇いたい」

「それは〈不死蝶〉の捜索で?」

「そうだ」

「自分に期待される役割は? 自分を加えても戦力面でのメリットはないと思うが」

 ヨハンがそう言うと、その場にいた人間たちは驚きの表情を見せた(程度の差はあったが)。

「自己評価が低いんだな」とアルバルド。

「冷静かつ客観的な判断のつもりだ」


 冒険者ギルドは冒険者パーティーの活動実績を公開している。希望すれば誰でも閲覧できる。そうなっているのは、銀等級以上のパーティーは直接依頼を受けられるからだ。依頼人が適切なパーティーを選べるようにという配慮からそのような制度が設けられた。

 実際はこの制度の利用者はほとんどいない。活動実績を素人が見ても簡単には理解できないし、等級という分かりやすい指標がすでにあったからだ。にも関わらず公開を止めていないのは、止めることによるメリットよりデメリットの方が大きいからだ。公開を止めると、冒険者ギルドは何か後ろめたいことがあって隠そうとしているのではないかと勘ぐられるおそれがある。冒険者の社会的地位は高くないので、そうした風評には神経を尖らせる必要がある。それに閲覧希望者が少ないということは、それに応対する職員の負担も少ないということであり、公開を止めてもギルドの負担はほとんど変わらない。

 自分も捜索活動に参加する可能性を見越して、ヨハンはこの制度を利用して〈灰色森〉の実績を調べてみた。その結果、自分の出番はないと判断していた。


「やってもらいたいのは現地人との交渉だ」

 アルバルドはそう言った。予想通りヨハンは戦力外なのだ。ずいぶんあっさり認めたな、とヨハンは思ったが、考えてみれば彼らに自分の機嫌をとる理由はないし、こうしなければ話が先に進まない。

「これは捜索任務だ。時間が惜しい。現地人といちから信頼関係を築くのは面倒くさい」

 言っていることはもっともだが、どちらかと言えば面倒くさいが本音に近そうだ。

「これが条件だ」

 アルバルドはそう言って、記入済みの五号書式を出してきた。ヨハンは受け取って内容を精査する。備考欄に記載された報酬額は、〈不死蝶〉の一員になったときの半分だった。

「今回は交渉役だけだからな」

 アルバルドがヨハンの質問を先回りするかのように言った。それに対し、ヨハンはギルド長に質問した。

「今日ここには武装してくるように言われたんだが、それは誰の要請だったのですか?」

「〈灰色森〉です。合意が得られれば、直ちにイズナ村に出立する予定だそうです」

 ヨハンがアルバルドの方に向き直ると、アルバルドは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。交渉役だけなら武装は必要ないはず、その自己矛盾に気づいたのだ。

「わかった。相場の報酬を払うよ。紙を返してくれ」

 アルバルドはそう言ったが、ヨハンは言い返した。

「相場の倍だ」

「なんだって?」

 思わずアルバルドが聞き返す。

「相場の倍、払ってほしい」

「足元を見るのか!」

 ヴァレオが怒鳴る。

「最初にそうしたのはそっちだぞ」

 ヨハンにそう言い返されて、ヴァレオは言葉に詰まる。

「無条件に倍払えと言うつもりはない。交渉役だけだったら、最初の条件でいい。だが現地でそれ以外の仕事が発生した場合は、相場の倍を払ってほしい。一種の違約金だな。私も〈不死蝶〉の連中は助けたいと思っている。だから出来るだけのことはする」

 これを聞いて、アルバルドはヨハンのことを食えない奴だと思った。アルバルドにはヨハンのことを安くこき使おうなどという意図はなかったが、ここまでの自分の行動では相手からそう思われても仕方ないと気づいた。これなら最初から相場の報酬を提示しておけばよかったと思った。

 だがヨハンが出した条件は不合理なものではない。言葉通り交渉役だけやらせるなら、アルバルドが出した条件と同じになる。ヨハンが望む報酬を払うのは、アルバルドが予定外の仕事を命じたときだけだ。つまるところ、全ての権限と責任はアルバルドにあるのだ。臨時とはいえヨハンは〈灰色森〉のメンバーとして、アルバルドのリーダーとしての立場を尊重していることになるのだ。

「わかった。その条件を呑む。紙を返してくれ」

 ヨハンは五号書式をアルバルドに返した。

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