表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者と資本の論理  作者: 無虚無虚
非正規雇用の冒険者
7/11

フォーマット・ファイブ

 ヨハンは冒険者を続けていた。今は〈不死蝶〉というパーティーのメンバーだった。

 依頼を受けようとする冒険者は朝イチで冒険者ギルドに集まる。パーティーに依頼を割り振るマッチングは一日の間に何度か行われるが、最初のマッチングから参加した方がいい仕事にありつける可能性が高いからだ。依頼が豊富にあったときは掲示板に依頼内容を書いたメモを張り出して、パーティーが引き受けたい依頼のメモを受付に持参するという方法を採っていた。だがパーティーと依頼の数の差が縮まると、掲示板の前で小競り合いが起きるようになった。だから今は依頼を受けたいパーティーは受付で申し込みを行い、ギルドの方で依頼の振り分けを行うマッチング方式が採用されている。

 それに対し依頼の終了(成功した場合も失敗した場合も)の報告の時刻はまちまちになる。時刻によっては報告が翌日になることもあり、そういう場合は普段着姿で冒険者ギルドを訪れるのが普通だが、そうでない場合はギルドに直行するかどうかはケース・バイ・ケースである。今回は直行だったのでヨハンは武装した姿でギルドにいた(後衛なので軽装だったが)。

〈不死蝶〉のリーダーのローマンドはカウンターで依頼終了の手続きをしていたが、最後の一枚の書類を残してカウンターを離れた。

「じゃあな。あばよ、『五号』のおっさん」

 ローマンドはそう言うと、他のメンバーたちと話しながらギルドを出ていった。会話の中にはヨハンに対する悪口(「本当に銀等級にいたのか」とか「報酬の割に働かなかったな」とか)も含まれている。たぶん自分にも聞かせているのだろうとヨハンは思った。

 カウンターで対応していたギルドの職員はオルターだった。彼はローマンドとその同行者たちの背中に冷ややかな視線を送っていたが、ヨハンがカウンターに来たので声をかけた。

「大変ですね」

「さすがに慣れたよ」

 ヨハンはそう答えながら、残った書類を前にした。それはギルド内では五号書式フォーマット・ファイブと呼ばれる書類だった。


 パーティー制度の改革が行われてから、冒険者パーティーのメンバーはよく入れ替わるようになった。入れ替わりには長期的な影響があるものもあるが、一時的なものもある。既存メンバーが負傷などで冒険に参加できない、依頼を請け負ったものの戦力不足が明らかになった、そういった理由で一時的にパーティーの戦力を補強しなければならない場合がある。そのようなときに使われる書類が五号書式だ。パーティーへの入会と退会の手続きが一枚でできる書類で、一枚にまとめたことで記入箇所が少なくなっている。その一方比較的大きめの備考欄があり、ここに支払われる報酬などを書けるようになっている。五号書式ができるまでは最低でも二枚の書類を作成する必要があるうえ、報酬などは口約束になることが多くトラブルの原因になりやすかった。

 この五号書式を考案したのは、当時人気があった受付嬢で、受付で冒険者たちの愚痴を聞いて思いついたらしい。これ以外にも色々と功績があったらしく、その受付嬢は今では窓口業務の責任者になっている。人手が足りないときには自分で受付に立つこともあり、今でも年長の冒険者には人気がある。

 そのため五号書式は冒険者の間で評判が良かったが、一時的なメンバーのことを『五号』と呼ぶ隠語が生まれた。また特定のパーティーに長居せず、一時メンバーとしてパーティーを渡り歩く冒険者を指す隠語にもなった。

 ヨハンは冒険者は対等だという考えの持ち主だった。冒険における行動単位はパーティーであり、冒険者はパーティーに必要な役割を演じる。各々がパーティーに必要とされている以上、そこに上下関係はない。もちろん冒険の最中はリーダーの指示に従わなければならないが、それが冒険をしていないときまで適用される理由はない。貢献の度合いはメンバーによって違うが、それは報酬で差をつければよい。

〈蒼穹谷〉にいたとき、ヨハンはメンバーが他のメンバーに差別的な態度を取らないように注意していた(リーダーのセレスタンはそういうことには無頓着だった)。だがヨハンは今、自分が少数派であることを痛感していた。他のパーティーに入ってみると、どのパーティーでも理不尽な序列があり、中でも『五号』の地位は低かった。


 ヨハンは報酬の金額を確認すると懐に収め、五号書式に署名した。これでヨハンは〈不死蝶〉のメンバーではなくなった。

『五号』の報酬は通常は定額方式だ。依頼に成功しても失敗しても報酬の額は変わらない。それに『五号』の報酬は低くない。日当で比較すると通常メンバーより高い。これはパーティーがどうしても必要で『五号』を雇っていること、『五号』の冒険者は仕事にありつける機会が少ないことが主な理由だった。実際のところは、ヨハンは『五号』になって収入が半減していた。

 冒険者ギルドはパーティーを格付けをしているが、冒険者個人の格付けはしていない。ギルドが仕事を斡旋するのは個人ではなくパーティーだからだ。そのため『五号』の報酬の目安にはその経歴、つまりかつて所属していたパーティーの格付けが使われる。銀等級の〈蒼穹谷〉にいたヨハンの経歴は決して悪くはないが、年齢的にはピークを過ぎているため、その市場価値はあまり高くない。ヨハンに次の仕事が回ってきたのは十一日後だった。


 ヨハンは異例なことに冒険者ギルドに呼び出された。行ってみると集会所に通され、ギルド長と冒険者らしい(全員普段着姿だった)男性が九人いた。ヨハンはその中の一人に見覚えがあった。話したことはないが、確か名前はアルバルドで〈灰色森〉というパーティーのリーダーだ。〈灰色森〉は銀等級だが金等級への昇格が噂されており、銀等級になって間もない〈蒼穹谷〉よりはやや格上である。

「急に呼び出してすみません。実は〈不死蝶〉が行方不明になりましてね。こちらは捜索に当たる〈灰色森〉のみなさんです」

 ギルド長の言葉を聞いて、ヨハンは事情の半分を察した。最も直近に〈不死蝶〉にいた自分は、何らかの事情を聞かれるために呼ばれたのだろう。だが分からないこともある。〈不死蝶〉は一番下の青磁等級だ。引き受けた依頼の難易度は高くないはずだ。行方不明になったということは不測の事態が発生したわけで、二次遭難を防ぐために高ランクのパーティーを捜索を出すのはおかしくないが、青磁の遭難に対して金に近い銀を出すというのは明らかに役不足だ。

「自分でお役に立てるのなら」

 ヨハンはそう答えた。これは情報提供に協力するという意味だったのだが、勘違いした人間がいた。

「おっさん、アンタみたいな『五号』はウチには要らないんだよ」

 ヨハンは声が聞こえてきた方を見た。言ったのは軽薄そうな若い男だった。名前も顔も知らない。

「私はギルド長と話しているんだ」

 ヨハンはそう言うと若い男を無視して、ギルド長の方に向き直った。

「話の腰を折ってすまなかった。先を続けてくれ」

 ヨハンは視線だけを声の方向に向けた。発言したのはアルバルドだった。それを確認したヨハンは視線を戻す。

「ヨハンさんは十日ほど前まで〈不死蝶〉に参加していました。どんなパーティーなのか話してくれますか」

 ヨハンはどこから話すべきか迷ったが、最初から簡潔に話すことにした。

「パーティーの人数は四人、リーダーは経歴五年でリーダーの資格を取ったばかり。他のメンバーは経歴三年未満の出来たばかりのパーティーだ。自分が同行したのが最初の依頼だった」

「依頼の内容は?」

 訊いたのはアルバルドだった。

ハーヴェーン(ここ)から南にあるイズナという村での害獣駆除だ。今はイズナ瓜という特産品の収穫期で──」

「この時期に瓜?」

 口を挟んだのは先程とは別の男だった。

「普通の瓜より一ヵ月早く収穫できるのが特徴で、その一ヵ月が稼ぎ時なんだそうだ。だが獣害の被害が酷くて、猟師に頼んで駆除してもらうのが慣例になっていた」

「今年はその慣例から外れたのか?」

 今度はアルバルドの質問だった。

「いや、村人の間で近くの森で魔獣を見たという噂が流れたので、念のためにギルドにも依頼したそうだ」

「魔獣は出たのか?」

 引き続きアルバルドが質問する。他の男たちは黙っている。

「いいや、出なかった。五日間粘ったが猪を十頭以上狩っただけで、魔獣は姿どころか痕跡すら見つからなかった」

 ヨハンは質問に答えながら、なぜここを根掘り葉掘り質問するのか疑問に思った。

「〈不死蝶〉が行方不明になったのは、そのイズナ村なんですよ」

 ヨハンの疑問に答えたのはギルド長だった。

「イズナ村から追加の依頼があったんです。害獣が急に増えて、猟師だけでは手に負えないと」

「一回目の経験で魔獣はいないと判断して、二回目は四人だけで行ったというわけか」

 アルバルドが要点をまとめた。

「本当に魔獣が現れたのかもしれませんね。それで森から獣が追い出されて人里に出没するようになったのでは」

 今まで発言していなかった男の発言だ。〈灰色森〉の中では発言力があるらしい。その場にいた多くの人間が納得していた。

「ヨハンさんはどう思います?」

 ギルド長に訊かれてヨハンが答えた。

「魔獣が現れた可能性はあるが、断定はできない」

「おまえ、エーベルトさんにケチつけるのか」

 最初の男がまたやらかした。この男はどこまで自分を見下せば気がすむのか、そう思いながらヨハンは男ではなくアルバルドに視線を向けた。

「その場にいた人間に意見を求めるのは当然だ。おまえは黙ってろ」

 ヨハンは叱られた男の表情を確認することもせず、先を続けた。

「農民から聞いた話だが、イズナ瓜が特産品になっているのにはちゃんと理由があるそうで、鉄分が豊富な土でないと育たないそうだ」

 普段は持って回った言い方を好まないヨハンだが、二度も馬鹿にされてかなり頭にきていたので、聞き手の知性を試すような言い方をしてしまった。

 十秒以上経ってからアルバルドが訊いた。

「方位磁石が使えないのか?」

「全く使えないわけではないが、あてにならないこともある、という程度だ。だが土地勘のない人間が森の中で迷い、運悪く磁石が間違った方向を指したらどうなるかな」

 そう言われてその場にいた人間は全員が納得した。パーティーが行方不明になる原因は、戦闘より遭難の方が圧倒的に多いのだ。

「魔獣と遭難の両面で考えないといけないな」とエーベルト。「人手はあった方がいいが、現地でどれだけ調達できるかな?」

「あまり期待しない方がいい」とヨハン。「収穫期で農民は忙しいし、魔獣が出る可能性があっては誰も応じないだろう。猟師だって魔獣の相手をしなくても、猪が狩り放題だからな」

「人の命がかかっているのにか!?」

 暴言男がそう言ったら、部屋はなんとも気まずい雰囲気になった。冒険者の捜索に協力を得られないことは珍しくなかった。依頼人にとって冒険者は他所者だ。冒険者とは危険代行業であり、依頼人が危なくてできないことを金をもらってやる仕事だ。だから冒険者の命は金で買えると思われている(もちろん冒険者は労働の対価を受け取るのであって、命を売っているわけではない)。冒険者の社会的地位は低い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ