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冒険者と資本の論理  作者: 無虚無虚
リストラは追放じゃない
6/11

早すぎる転職

 ギルド本部正面の路上では、小さなトラブルが発生していた。大男が両腕に少年をぶら下げている。正確には暴れる少年たちの服の襟首をつかんで、ギルド本部に入ろうとしていた。帰ろうとして玄関を出たヨハンは、その光景を目撃した。そのとき大男が冒険者ギルドの教習所の教官だと気づいた。

 冒険者になりたいという人間は、全員が冒険者ギルドの教習所に入って、必要最小限の知識と技術を学ぶ。そういう人間のほとんどは、どこにも就職できなかった男の子供だった。この世界では親と同じ職業に就く子供が多い。その理由は親の伝手で就職することが多いからだ。数少ない例外は冒険者で、冒険者は自分の子供を冒険者以外の仕事に就けようとした(もっとも結婚して子供がいる冒険者は少ないが)。つまり冒険者になりたがるのは、親に支援してもらえない訳ありの子供がほとんどだった。教習所で問題を起こす子供は少なくない。これもそういう事案だろうとヨハンは思い、無視して帰ろうとした。

 ヨハンの予想は正しかったが、子供の一人が教官の拘束を振り切って(といってもつかんでいた襟首が滑っただけだが)逃げ出し、その進路上にたまたま自分がいたのは想定外だった。おいコラという教官の怒号とジジイどけという少年の罵声を聞いたヨハンは、面倒だと思いながらも顔見知りの教官のために一肌脱いだ。ちょっと横に動いて、持っていたステッキを突き出したのだ。走っていた少年は止まれず、自らステッキを自分の腹に突き立てることになり、体を二つ折りにして地面に転がった。そこにもう一人の少年を引きずって、教官が駆け寄ってきた。

「お勤めご苦労さん」

 そう声をかけられて、教官はヨハンの正体に気づいた。

「これはヨハンさん、とんだお手数をかけました」

「君の苦労に比べれば微々たるものだよ。今期も悪ガキが揃っているようだな」

「ええ、まあ。もう少し手助けしてもらえませんか? こいつらを一人で運ぶのは大変なので」


 ギルド長がギルド本部の集会所(実際は多目的に使用される部屋)に入ってきたとき、予想外の人物を目にして、そこで視線が止まった。

「帰るつもりだったんだが、玄関先でそこの子供に突っかかられてね。成り行きというやつだよ」

 視線の先の人物が、訊かれる前に答えた。

「それは災難でしたね」

 ギルド長はそう答えると、教官に問うた。

「エンリック、何があったんだ?」

 エンリックと呼ばれた教官は、二人の少年の悪行を列挙し始めた。内容は軽微なものが多かったが、数が多い。エンリックはこれらを理由に、この二人を教習所(つまり冒険者ギルド)から追放したいらしい。

 ギルド長は話を聞きながら思案した。さんざん手を焼かされたエンリックの気持ちもわかるが、できれば追放は避けたいと考えていた。ギルド長は博愛主義からそう考えたのではなく、もっと文字通り現金な動機からそう思ったのだ。

 冒険者ギルドは領主から下賜金(補助金)を受け取っている。冒険者ギルドの活動が都市に貢献していると認められているからだ。その理由の一つに不良少年の更生がある。だが領主が子供の福祉に熱心というわけではない。放っておくと犯罪に走りかねない犯罪者予備軍に職業訓練を施し、(社会的地位は低いが)まともな仕事に就労させるのは、治安と経済活動の両面からプラスになると考えられたからだ。それが下賜金を受け取れる理由の全てではないが、司直の手に委ねるほどではない問題で少年たちを放り出すのは体面が悪い。下賜金はギルドにとって必要な収入だし、下賜金を欲しがっている職業ギルドはたくさんある。他者から足を引っ張られることになりかねない材料は出したくない。冒険者ギルドの最高責任者という地位にいる人間にとって、それは極めて自然な思考だった。

 しかし教習所は未熟な冒険者に必要な知識と技術を教えるための施設であって、不良少年の更生を目的としたものではない。この二人を留めておくことによって、他の冒険者の教育に悪影響が出るのもまずい。なのでエンリックの(まだ口にしていないが)要請を無視するわけにもいかない。普段ならギルド長は悩むことになるのだが、今回はそうならなかった。問題を押し付けられる生贄が同席していたのだ。

 エリックの口上が終わったところで、ギルド長は生贄に問題を押し付けた。

「ヨハンさん、この二人を預かってくれませんか」

 ヨハンはこの状況は全く予想していなかった。

「俺が? なぜ?」

「はい。このまま二人を教習所に通わせるわけにもいきませんし」

「……職探しで忙しいんだが」

 ヨハンのささやかな皮肉は、多くの敵の嫌味に耐えてきたギルド長には通用しなかった。

「無償でとはいいません。臨時職員という形で報酬は支払います」

 ギルド長はそう言いながら、予備費から幾らひねり出せるか計算していた。

 ヨハンは迷った。自分は教育者に向いているとは思っていなかったし、やりたいとも思っていなかった。だが冒険者ギルドへの就職は諦めきれなかったし、たぶんギルド長はそんな自分の心情を見透かして上手く利用しようとしているのだろうと思ったが、断ることにためらいを覚えた。自分にも十分な利があるのなら、他人に利用されることを厭わない程度の処世術は身につけている。問題は、果たしてこの要請に利があるのか判断がつかないところだった。

 ヨハンはステッキに突っ込んで自爆した少年に訊いた。

「名前は?」

「なんで答えなきゃいけないんだよ!」

「じゃあ坊主──」

「誰が坊主だよ!」

「名前が分からんから坊主だ」

「……ジェイクだ」

「そっちは?」

 ヨハンはもう一人の少年に訊いた。

「……フランツ」

「ジェイクとフランツか。それで、おまえたちは何をしたいんだ?」

 そう言われて二人は少し戸惑った表情になった。

「教習所が嫌なんだろ。教習所を辞めたいのか?」

「ああ」

 ジェイクはぶすっとした表情で言った。フランツは黙っている。

「辞めたあとはどうするんだ?」

 二人とも黙っていたが、少し経ってからジェイクが言った。

「……冒険者になる」

 ヨハンは溜息をつきたくなったが飲み込む。

「冒険者っていうのは危険代行業なんだ。普通の人間なら命が惜しくてできないことを、金をもらって代わりにやるのが仕事なんだ」

 二人の表情が固くなったのをヨハンは見逃さなかった。

「怖くなったか?」

「怖くねえよ」

 ジェイクは強がったが、フランツは無言のままだ。

「十年くらい前は、新人の冒険者は最初の一年以内に二割以上が死んだんだ」

「『ニワリ』?」

 ジェイクのオウム返しを聞いて、ヨハンは言い直した。

「一年以内にドジを踏んで死ぬ新人は、十人のうち二人か三人だった。これが五年だと半分以上だ」

 さすがに二人の顔色が変わった。

「今はそれほど酷くない。五年以内に死ぬのは、十人のうち一人か二人にまで減った」

 ヨハンがそう言うと、意外なことにこれまでほとんど喋らなかったフランツが訊いた。

「なぜ減ったんですか?」

「教習所ができたからだ。教習所で新人は全員冒険に出る前に、必要最低限の技術と知識を叩き込まれるようになったからだ」

「教習所って、昔からあったんじゃないんですか?」

「いいや。できたのは……九年前だな」

 少年たちにとって九年前はじゅうぶん昔だが、十年前よりは最近だということは理解できた。

「おっさん、ずいぶん詳しいな」

 今度はジェイクが言った。ヨハンの言葉を疑っている部分がありそうだ。

「この人が教習所を作ったんだ」

 そう言ったのはエンリックだった。それを聞いた二人は明らかに驚いた顔になった。

「俺は教習所を作ることを提案しただけだ。実際に作ったのはギルド長だよ」

 ヨハンにそう言われて、ギルド長は少し困った表情になった。

「確かに必要な人と金と機材を用意したのは私ですが、言われなければ教習所を作ろうなんて思いつきもしませんでしたよ」

 話がそれ始めたので、ヨハンは話を先に進めることにした。

「重要なのは、教習所が出来たことで死ぬ冒険者は三割、つまり十人のうち三人も減ったということだ。そして教習所を辞めようとしているおまえたちは、その三人に入る可能性を自ら捨てようとしているんだ」

 そう言われて二人の少年の顔が、やや下向きになった。

「メンバーが死んだらリーダーの責任だ。自分から死にたがるような人間を雇うパーティーリーダーはいない。教習所を卒業できないようなやつは、冒険者にもなれない。他の仕事を探せ」

 顔には出さなかったが、ギルド長は渋い表情をしたくなった。この二人は更生させたいのであって、追い出したいわけではない。

 ヨハンはギルド長の心情を無視して言う。

「人生は自分のものだ。他人は責任をとってくれない。我慢して教習所に残るか、ここを出て別のどこかへ行くのか、よく考えて自分で決めろ」

 ヨハンは立ち上がってギルド長に告げた。

「俺は帰らせてもらうよ」


 翌日、ヨハンは冒険者ギルドを訪れた。求人票を閲覧するためだった。昨日と同じように『その他』の受付に行くと、昨日と同じようにオルターが気づいた。彼はまず出納係に行くと、いくばくかの現金を載せたトレイを持ってヨハンのところに来た。

「これは?」

「ギルド長から、ヨハンさんに渡すように言われてます」

 ヨハンはトレイにメモが載っていることに気づいた。それを手にとって読んだ。

『二人は迷惑をかけた人々に謝罪して教習所に戻ることを選んだ。臨時職員の報酬を受け取ってほしい』

 ヨハンは一瞬悩んだ。自分は引き受けるとは言ってないし、引き受けたつもりもない。だが多少まとまった金が入ったとはいえ、失業中の身である。これを突き返すのはためらわれる。でも悩んだのは一瞬で、すぐに言い訳を思いついた。冒険者ギルドの最高責任者が職権でそう決めたのだから、それでよいのではないか。この言い訳は完璧だった。事情を知ったとしても、この程度ならギルド長に逆らってまで異論を唱える人間はまずいない。

 ヨハンは有り難く現金を受け取ると、求人票を閲覧したいと伝えた。

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