社畜軍師パウラ 後編
「出資のルールですが、現在のルールでは出資する人数は一人か全員のどちらかです。これを自由にしてはどうでしょうか?」
「つまり?」とギルド長に説明を促されました。
「メンバーのうち、出資したい人だけが出資すればよいようにするんです」
「今の制度とどう違うのだ?」
説明の仕方がまずかったせいで、レゴールさんに訊かれました。
「パウラくんは、出資する人数は一人と全員の中間でもいい、と言いたいんじゃないか」
ランツェルさんが代わりに説明してくれました。
「はい、その通りです」
「それが健全な運営とどう繋がるのだ?」
そう質問したのはレゴールさんですが、全員がそう訊きたそうな顔をしていました。
「メンバーの役割分担を明確にします」
前世風にいうと、社員を管理職と従業員に分けるということですが、現世の人たちにこの例え話は通じません。
「それはさっき君が言った話だね。だが正直なところ、それが本当に健全な運営に繋がるとは、まだ確信が持てないんだが」
ギルド長にまたダメ出しされそうになりました。
「役割分担の明確化には、いくつかのメリットがあります」
「メンバーが得意な分野に専念できるというのは分かるが、それ以外にメリットがあるのかね?」
発言の途中でランツェルさんに割り込まれちゃいました。
「はい、人材の流動化です」
また割り込まれるかと思って一拍空けたのですが、誰も何も言わなかったので、先を続けます。
「現在の制度では、メンバーの変更は柔軟に行えません。ほとんどのパーティーは共同経営方式ですが、メンバーの変更は全員の合意が原則なので、時間がかかります」
「つまり、出資したメンバーだけの合意で変更できるようにしよう、ということかね?」
さすがに事務方のトップのランツェルさんは頭がいいです。
「はい、それもありますが、出資していないメンバーは自由に辞めることができます。今の所属パーティーは不健全だ、そう思われたパーティーはメンバーを繋ぎとめることが難しくなります」
私がそう答えたら、出席者のみなさんは考え込んだ表情になりました。
「金等級から転落したときの〈竜の心臓〉のようにか」
ギルド長がいい例えを出してくれたので、それを利用させてもらいます。
「〈竜の心臓〉に早めに見切りをつけたシュティンさんやビアスさん、それにエレーネさんは別のパーティーで活躍しています」
「確かに彼らは銀か銀に近い銅で主力になっているな」
ランツェルさんがフォローしてくれましたが、チラッとレゴールさんを見るのは止めてほしいです。私までレゴールさんに睨まれるじゃないですか!
「金等級の優秀なメンバーこそ健全なパーティーに移籍すべし、というさっきの君の主張と一致するわけか」
そう言ったレゴールさんは私を睨まず、納得したような表情をしていました。安心していいんでしょうか?
「だがそうすると、メンバーが出資するメリットは何があるのかね?」
現役冒険者のレゴールさんは、ランツェルさんと比べると脳筋レベルが高そうです。
「ひとつは、パーティーの運営に参加できるということです。今のパーティーに愛着があって、より良くしたいと思うメンバーは出資するんじゃないでしょうか」
そう言ったのですが、出席したみなさんの反応が薄かったので、先を続けます。
「パーティーが黒字を続けていれば、出資したお金は辞めるときに増えて返ってきます。健全な運営をしていれば、出資したいメンバーは増えるはずです。出資者が増えれば、パーティーが運用できる資金が増えるので、パーティーにもメリットがあります」
前世にあった持株会にちょっと似ています(中身は全然違いますが)。
「それに出資していないメンバーはいつ辞めさせられるか分かりませんが、出資していれば自分を辞めさせようという動きがあっても、投票で反対票を一票投じることができるので、少し安全になります」
私がそう言ったら、ギルド長が予想外の反応を示しました。
「メンバーを簡単に辞めさせられるというのは、問題があるな」
ギルド長は失業問題を気にしているのでしょうか?
「でも経営判断でメンバーを辞めさせるのを禁じるのは、現実的ではないと思います」
「だが突然パーティーを辞めさせられた冒険者の全員が、さっき君が名前を挙げた者たちのように上手く立ち回れるわけじゃない」
なろう系小説の追放モノですと、辞めさせられた方が大成功して辞めさせた方が没落しますけど、現世の現実を見る限り、そんなことは滅多に起きませんね。
「それでしたら、パーティーの都合で出資していないメンバーを辞めさせる場合は、生活の足しになるように少しお金を渡すようにしたらどうでしょうか?」
前世の失業保険ですね。
「誰が金を渡すのかね?」
ギルド長に訊かれちゃいました。確かに説明不足ですね。
「辞めさせるパーティーです。渡す金額は慎重に検討しなければなりませんが、出費を伴うとなれば、むやみに解雇はできなくなるのではないでしょうか」
「金額を決めるのは難しそうだな」とランツェルさん。「少なすぎると意味がないし、多すぎるのも問題になりそうだな」
「だが問題のあるメンバーを簡単に辞めさせられないというのは、逆に問題が大きいぞ」とレゴールさん。現役の冒険者パーティーの親方らしい発言です。
「それでしたら、雇ってから一定の期間はお金を渡さなくても辞めさせられることができるようにしたらどうでしょうか」
前世の試用期間ですね。
「それは、入ってからしばらくはタダ働きさせるということかね?」
ギルド長に誤解されました。
「そうではありません。働いた分はちゃんと報酬は払います。パーティー側の判断で辞めさせる場合は、入って間もなくならお金を渡さなくてもいいという意味です」
「期間限定で辞めさせやすくするということかね?」
今度はギルド長に理解してもらえたようです。
「はい。その間に問題があるかどうか、見極めればよいと思います」
「問題のないメンバーまで簡単に辞めさせられないか?」
ギルド長はどこまで心配性なのでしょう。
「そんなことをして、パーティーにメリットがありますか?」
「……確かになさそうだな」
ギルド長は納得してくれそうですが、そうじゃない人もいました。
「それは新たなトラブルの原因になりそうだな」
私の直接のボスのラウレオさんが初めて発言しました。窓口業務の責任者で、悪質なクレーマーには苦労しているので、トラブルの予感には敏感です。
「ラウレオさんが予想するトラブルとは、どのようなものでしょう?」
「自分には問題がないのに不当に解雇されたと泣きついてくる冒険者が出てこないか?」
あー、確かに面倒くさそうですね。でもそれって、隠れていたトラブルが表面化しただけじゃないでしょうか。
「そうなるかもしれませんが、逆に言えば問題がある冒険者やパーティーを炙り出せることになりませんか。問題は早い段階で表面化した方が、傷は浅くてすみます」
私の言葉にギルド長は感心したような表情をしてくれましたが、ラウレオさんには嫌そうな顔をされました。
「パウラくんが言っていることは、理想主義すぎる。もう少し現実的な発言をしてくれないかね」
ラウレオさんはそう言いましたが、十分現実的だと思うんですけど。
「君が楽をしたいだけではないのかね」
ギルド長は辛辣です。私は上司にそんな態度は取れませんが、さすがに組織のトップは違います。ラウレオさんはランツェルさんの子飼いで自分の派閥じゃないから、遠慮がありません。
「パウラくんの提案は検討の価値がある。冒険者からの相談件数が増えたのなら職員に手当を出すし、必要なら人員も増やす。それでも不満かね」
「ギルド長がそう仰るのなら」
さすがにラウレオさんもここは引き下がりました。
「机上の議論だけで完璧な制度は創れません。実際に運用して、問題が見つかったら改善していけばよいのではないでしょうか」
自分はマウントを取るつもりはないとアピールします。なにしろラウレオさんは私の直接の上司ですから。
「パウラくんが色々提案してれたので、ここで少し整理しよう」とランツェルさん。「まずは用語を定義したらどうだろう。その方が理解しやすくなると思う」
ランツェルさんの提案で、会議室の石版(前世の黒板みたいなものです)に用語を書き出してみました。
「まずパーティーに出資したメンバーは、そのまま『出資メンバー』にしたいと思います」
反対意見は出なかったので、次に行きます。
「出資していないメンバーは、『雇われメンバー』でどうでしょうか?」
私がそう訊いたら、ギルド長がちょっと嫌そうな顔をしました。
「もう少し語感のいい言葉はないかね?」
「でしたら雇われているという意味で、『被雇用メンバー』でしょうか?」
「それなら『雇われメンバー』の方が分かりやすいだろう」
レゴールさんがそう言ったら、出席者のほとんどがうなずきました。
「そうか。じゃあそれでいい」
ギルド長も絶対に嫌というわけではなかったようです。
「パーティーの都合で雇われメンバーを辞めさせるときに渡すお金は『退職金』でどうでしょうか?」
これも反対意見は出ません。前世の退職金とは違いますが、それを気にする人間がいるとしたら、私だけです。
「退職金を払わなくてもいい期間は、お試しで雇っているという意味で、『試用期間』でどうです?」
これも反対意見は出ませんでした。
「用語はこんなところか。これを見て気づいたのだが、雇われメンバーはいつでもパーティーを辞めることができるのかね?」
ギルド長の質問に、私はうなずきました。
「今の親方方式のメンバーと同じ扱いでいいと思います。非常識なタイミングでなければ自由でいいんじゃないでしょうか」
「非常識なタイミングとは?」
ギルド長が食い下がります。
「そうですね。戦闘中に『パーティーを辞める』と言って逃げ出すとか?」
「分かり易いが、さすがにそれは極端だろう」
レゴールさんに呆れられちゃいました。
「私は冒険者ではないので、具体例を挙げろと言われましても、ちょっと思いつきません」
ここは言い訳をしつつ、逃げることにします。
「ふむ、経験者でないと分からない部分があるのは確かだな」
ギルド長は納得してくれたようです。
「雇われメンバーが自分の意志で辞める場合は、退職金は払わないのだね?」
ギルド長は全部に納得はしていなかったようです。
「はい、そうです」
「パーティーが辞めさせたいメンバーに、自主退職を強要したりはしないかね?」
前世でも退職の強要は問題になりましたね。現世には労基はありませんから、ギルドがやるしかないでしょう。
「自主退職の強要は禁止し、あった場合はギルドが仲裁するしかないと思います」
私がそう答えたら、ラウレオさんがまた嫌そうな顔をしました。
「仲裁というが、具体的にはどうするのかね?」
今度はランツェルさんの質問です。
「個々のケースによって違うと思います」
「仲裁とはそういうものだよ。何か具体的なケースを挙げてくれ」
ランツェルさんに怒られちゃいました。
「……例えば無理にパーティーに残ることがどちらの利益にもならない場合は、退職金を割増で支払わせるのが現実的かと」
「なぜ割増にするんだ?」とレゴールさん。払う側の立場ですから、この疑問は当然でしょう。
「やってはいけない強要をやったパーティーへの罰則です。それにやられたメンバーはつらい思いをしたのですから、それに対する償いの意味もあります」
「パーティーがそれを拒んだら?」
今度はレゴールさんに食い下がられました。まさかと思いますが、踏み倒したいんでしょうか?
「ギルドが成功報酬から天引きして、パーティーの代わりにメンバーに支払うのはどうでしょう?」
「そこまでするのかね!」
レゴールさんが大声で言いました。新人なら泣き出すところですが、私は新人ではありません。
「悪質なケースには、毅然とした対応をした方がよいと思います」
「実際にそこまでするケースは多くはないだろうが、毅然とした対応には私も賛成だ」
ギルド長がフォローしてくれました。
「だが問題のあるメンバーまで辞めさせられないのは、問題だぞ」
「そのために試用期間があるんだ」
「突然問題を起こすメンバーだってときどきいる。それはお前も経験があるだろう」
レゴールさんとギルド長がバチバチを始めそうです。ギルドの雰囲気が険悪になるのは困るので、怖いけど仲裁を試みます。
「問題を起こした冒険者への処罰は、出資のルールと関係ありませんから、切り離して考えませんか」
私がそう言ったら、幸運にも二人とも私の言葉を考えてくれました。
「パウラくんの言う通りだな」とギルド長。
「問題を起こした冒険者への罰則は、別に考えればいいか」とレゴールさん。
「罰則のルールならすでにある。二人には紙に写して渡すから、それを読んで変更が必要か考えてから議論すればいい話だろう」とランツェルさん。ランツェルさんに美味しいところを持っていかれた気がします。
「そういうわけで、パウラくん、二人に渡してくれたまえ」
ランツェルさん、私がやるんですか!
「はい。わかりました」
ギルドの雇われ職員の私には、ボスのボスに逆らう勇気はありません。
「ランツェルには、パウラくんの提案を元に、規則の改正案を作ってもらおう。それを元にして、また話し合いを行うことにする。今日はこれで解散にしよう」
最後にギルド長がかたきを討ってくれたような気がしました。
会議が終わって受付に戻ったところ、ギルド長に呼び出しを受けました。ギルド長の執務室に行きます。
「パウラくん、ご苦労だった」
そう言われても、まだ通常業務が残っているんですが。
「ありがとうございます」
前世からの社畜精神で、条件反射でお礼を言いました。でもちょうどいい機会なので訊いてみることにします。
「あの、一介の受付嬢の私が、なぜあの会議に呼ばれたのですか?」
ちょっと偉い人たちの会議に呼ばれることが、少し前からあったんです。私の質問に、ギルド長は意外そうな顔をしました。
「もちろん君が有能だからだ。有能な職員に目をかけるのは、組織の長としては当然だろう」
ギルド長は私を自分の派閥に引き入れたいのでしょうか? ギルドの職員のほとんどは、ランツェルさんの派閥です。でも私は無派閥でいたいんですよね。
「ありがとうございます」
私の社畜精神が、また勝手に条件反射で返事をしました。
「さっきの会議でも君はいい提案をしてくれた。呼んだ甲斐があったよ」
「はい、がんばります」
私は何をがんばるんでしょうか? 自分が二重人格で、社畜精神が勝手に喋っている感じです。
「罰則のルールだが、私は自分で調べるから、紙に書いて渡すのはレゴールだけでいいよ」
ギルド長は配慮してくれましたが、余計な仕事は完全にはなくならないんですね。
「わかりました。では受付の仕事に戻ります」
神様は転生したときになぜチートを授けてくれなかったのでしょうか? チートがあれば冒険者になって、半自由業になれたのに。転生してまで社畜はしたくなかったです。