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冒険者と資本の論理  作者: 無虚無虚
〈竜の心臓〉
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〈竜の心臓〉の顛末 後編

 帳簿を精査した結果、〈竜の心臓〉はやや赤字の経営だったことが分かった。パーティーの現在の資産は、出資金をやや下回っていた。出資金のほとんどは、ベルトールが出していた。共同経営方式にするため、他のメンバーも少額の出資をしていたが、本当に形式的なもので、雀の涙のような金額ばかりだった。

 私は当事者たちを集めて、〈竜の心臓〉の現在の資産状況と、ベルトールに支払うべき金額を伝えた。

「なんでそんなに払わなきゃいけないんだよ!」

 ヘルムが吠える。だが私は当然、相手にしない。

「ベルトールがパーティーのために、それだけのお金を出していたからだ。辞めさせる以上は、それは返さないといけない」

「パーティーの資産を処分しても、足りないじゃないか!」

「パーティーは赤字だったんだ。今までは、その赤字はベルトールが被っていたんだ。だがベルトールを辞めさせる以上、今度は君たちが被らなければいけない」

「なんで赤字だって言わなかったんだ?」

 これは私ではなく、ベルトールへの質問だろう。

「何度も話したぞ。おまえたちが贅沢をしたがる度に、赤字だからできないって、そう説明したはずだぞ」

 ベルトールにそう言われて、他のメンバーは沈黙した。どうやら身に覚えがあるらしい。

「なぜパーティーは赤字だったんですか?」

 いやいや手を上げたメンバーの一人のシュティンが訊いた。

「それは私に対する質問かね? それともベルトールへの質問かね?」

 私にそう訊かれて、ちょっと迷ったようだが、すぐに返事が返ってきた。

「中立の立場での意見が聞きたいです」

「私の見たところ、メンバーへの報酬を大きくしたことが最大の原因だったようだ。他のパーティーでは、ここまでメンバーの取り分を大きくしているところは、見た記憶がない」

 私がそう言うと、メンバーたちは更にシュンとなった。それでもシュティンは質問を続けた。

「なぜ赤字にしてまで、報酬を高くしたんですか?」

 これは私に答えられる質問ではないので、私はベルトールに視線を向けた。

「有望なメンバーを集めるためだ。みんなが思っている通り、俺は冒険者としては大したやつじゃない。そろそろ引退を考えてもおかしくない歳で、成長も見込めない。だから自分ではなく、パーティーを成長させることを目標にしたんだ。そのためには、多少の赤字は目をつむることにしたんだ」

「でも赤字を続けていたら、ベルトールさんが損をすることになるんですよ」

「いつまでも赤字を続けるつもりはなかった。金等級になったら高報酬の依頼に絞って、黒字に転換するつもりだった。もし黒字化に失敗したら、パーティーは解散するつもりだった。その場合でも、俺が被る損失は、出資金の範囲にとどまる。みんなには話していなかったが、俺は副業もやっていてね、そっちの収入があるから、出資金を失っても生活には困らないんだ」

 ベルトールがここまで話して、ほとんどのメンバーは気づいたようだ。ベルトールが自分の金を使って、パーティーとメンバーを育てていたことに。

 だが話が通じないバカというのは、本当にいるものだ。

「金に困っていないんなら、払わなくっていいだろ」

 このヘルムの言い分には、全員が呆れた。愛人らしいカミラまで、得体が知れないモノを見るような目で、ヘルムを見ていた。

「そういうわけにはいかない。金持ちが相手なら盗んでもいい、みたいな理屈は通らない」

 私がそう言うと、ヘルムは反論しようとしたのか口を開けたが、周囲の視線に気づいて、何も言わずに口を閉じた。

「ベルトールさんに支払うお金の負担は、どうやって決めるんですか?」

 シュティンとは別の、いやいや手を上げたメンバーから質問が出た。

「それは誰がいくら出すか、という話かね?」

「はい」

「追放に賛成したメンバーの中で、話し合って決めてくれ」

 私がそう答えると、メンバーたちは互いの顔を見始めた。

「みんなは他のパーティーと比べると、高額の報酬を受け取っていたんだ。大した問題じゃないだろう」

 私がそう言うと、メンバーたちはバツが悪そうな顔になった。実は〈竜の心臓〉のメンバーは、金遣いが荒いことで有名だった。周囲は〈竜の心臓〉は勢いのあるパーティーなので、さぞかし儲かっているのだろうと思っていたが、実際はベルトールが無理して報酬を高くしたせいで、メンバーの金銭感覚がおかしくなっていたのだ。

「気に入らねえ」

 ヘルムが呟くように愚痴を吐いた。そして更に愚痴を垂れ流す。

「ドケチのおっさんを追放して、贅沢三昧できると思ったのに、なんで逆に貧乏にならなきゃいけないんだ!」

 コイツは今までの話を聞いていなかったのだろうか? それとも話を理解できる頭を持ち合わせていないのだろうか?

「残ったメンバーが頑張って、パーティーを黒字にすればいいだけの話だよ。これまで以上に稼げるようになれば、これまで以上の贅沢だってできるようになるはずだ」

 面と向かって罵倒するわけにはいかないので、私は諭すように前向きの発言をした。

「金等級パーティーを買うための代金だと思って、割り切った方がいい」

 私がそう言うと、ヘルムは少し表情が変わった。だが他のメンバーの表情は暗いままだ。この追放劇の主犯は、やはりヘルムだろう。私はもう少し踏み込んだ提案をすることにした。

「いっそのこと、君が親方にならないか?」

「親方?」

「先日話した親方方式を覚えているか? 君が全てのお金を出して、親方になるんだ。そうすれば、〈竜の心臓〉は完全に君のものになる。君が全てを決めることができるようになる。君自身が誰かに譲ると決めない限り、誰も君から〈竜の心臓〉を取り上げることはできなくなる。君に稼ぐ自信があるのなら、それも一手だ」

 私にそう言われて、ヘルムは思案顔になった。

「魅力的な提案だが、金を用意しなきゃならない」

「パーティーの資産を処分すれば、ギルドからの融資で賄える金額に収まるよ。ギルドへの返済は、依頼達成の報酬からの天引きで、無理のない範囲でできるようになっている」

 ヘルムの表情が緩んだ。どうやら前向きになったらしい。他のメンバーの表情はバラバラだ。金銭的なリスクをヘルムが全部引き受けてくれることに安堵している顔もあれば、独裁者となったヘルムが何をするか不安を感じている顔もある。

 その中でベルトールだけは唯一の表情を見せていた。不機嫌だ。

 親方方式にするかの結論はその場では出なかったが、ヘルムたちにベルトールへの支払いを確約させることができたので、私はその日の話し合いを解散した。だが他のメンバーが去った後も、ベルトールは最後まで残った。

「ギルド長には考えがあるんだろうが、なんでヘルムに親方を勧めたんだ? あいつはパーティーの経営なんてできない。確実に〈竜の心臓〉を潰すぞ」

 二人きりになったら、さっそく私に噛み付いてきた。

「君が〈竜の心臓〉に愛着があるのは理解できる。だが〈竜の心臓〉は君の所有物じゃない。どのみち君は〈竜の心臓〉を手放すしかなかったんだ」

「それは分かっているが……」

「乗っ取りを阻止したかったら、君は親方になるべきだったんだ」

「バカいえ。俺みたいな二流が親方じゃあ、まともなメンバーは集まらない」

「ギルドとしても金等級パーティーを失うのは痛いが、未来永劫続くパーティーなんてない。パーティーの離合集散なんてよくある話だ」

「ギルド長の立場ならそうだろうが、俺にとっては〈竜の心臓〉は特別だったんだ」

「私も昔は現役だったよ。パーティーを作ったことも、潰したことも何度もある。そのときはいつも、そのパーティーは特別な存在だった」

 ベルトールは何やら内心で葛藤しているような様子を見せた。

「ギルド長の言いたいことは分かるし、たぶん言ってることは正しいんだろう。だがまだ納得できない」

「君が初めて育てた金等級だからな。だが金等級を育てたという実績は残る」

「残るのは、金等級になった途端、パーティーを乗っ取られた間抜けという評判だろうよ」

 今度は私の方が表情を作るのに困った。ベルトールが言っていることは正しい。

「すまん、ギルド長を困らせるつもりはなかった」

「構わんさ。会員の世話をするのはギルドの役目だ。愚痴に付き合うぐらいは何でもない」

「愚痴ではなく、質問をさせてくれ。なぜヘルムに親方を勧めたんだ?」

「その方が早く解決すると思ったからだ。残りのメンバーは一枚岩じゃないみたいだから、彼らの中で話し合いをさせたら、なかなか結論が出ないだろう。〈竜の心臓〉が再分裂する可能性もあった。だが全ての責任と権限を一人に押し付ければ、とりあえず話はまとまる。君だって金が手に入らず宙ぶらりんのままじゃ困るだろうと思ったんだ。副収入がいくらあるのかは知らないがね」

「お気遣いには感謝するよ──嫌味じゃないぞ」

「そんな風には思わないし、嫌味だったとしても気にしない。気にしていたら、この役職は務まらないからな」

「……ずいぶん敵が多そうだな」

「実際、多いよ。中にも外にもね。程度の差はあれ、組織のトップなんてそんなものだろう。前代表殿?」

「……違いない」

 ベルトールは深くため息をつくと、吐き出すように言った。

「俺は何を間違えたんだろうな」

「君はその答えをすでに知っていると思うけどね」

「と言うと?」

「君自身が言ったじゃないか。『冒険をするだけが冒険者の仕事じゃない』ってね」

「……パーティーの運営に、あいつらを積極的に関わらせるべきだった?」

 私はうなずいた。

「それが共同経営方式というものだよ」


 ベルトールはヘルムたちから返金を受け取った後は、冒険者ギルドに顔を出すことはなくなった。街で聞いた噂では、副業を本業にしたらしい。事実上の冒険者業の廃業だ。引退を考えてもおかしくない年齢だったし、あんなことがあった後では、そうなっても無理はない。

 親方になったヘルムは、パーティーの資産をほとんど処分しなかった。処分するとこれまでの好待遇が維持できなくなるからだ。福利厚生のためにパーティーが買った一軒家、そこに備えてあった武具や薬品等のストック、それらを処分すればベルトールへの返金のほとんどは捻出できただろう。だが快適な環境に慣れてしまったヘルムには、それができなかった。その結果、ヘルムは個人でギルドだけでなく、街の金貸しからも多額の借金をすることになった。

 だが〈竜の心臓〉の凋落は、金銭問題ではなく人間関係から始まった。ヘルムが親方になってから、〈竜の心臓〉の人間関係はどんどんおかしくなったらしい。それでも金等級パーティーとして活躍していた間は問題は隠蔽されていたが、依頼に失敗してから歯車が狂い、それは最後まで修正できなかった。

 一度の失敗なら金等級でもあってもおかしくない。だがパーティー内部で責任追及が始まり、それがメンバー間の連携にまで悪影響をもたらした。〈竜の心臓〉は何度も依頼を失敗し、金等級から転落すると、メンバーが次々と辞めるようになった。ヘルムは新しいメンバーを補充しようとしたが、あの追放劇を知っている冒険者たちは加わろうとしなかった。

 坂道を転げ落ちるように、〈竜の心臓〉は等級を下げていった。当然ヘルムは借金を返せなくなった。そしてある日突然、ヘルムはこの街から姿を消した。夜逃げをしたのだ。ここまで派手な転落劇は珍しいが、夜逃げをする冒険者は、実はそれほど珍しくはない。だから〈竜の心臓〉はしばらく話題になったが、そのうち誰も話題にしなくなった。

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