これはざまぁ案件ではなく残念案件
オルターの言葉を聞いたヨハンは固まった。ヨハンにとって、それは予想外かつ衝撃的な出来事だった。
「何故だ?」
半年前に銀等級に昇格して、メンバーの入れ替えも行った。このタイミングでの解散は考えられない。
「書類上はセレスタンさんの引退・廃業が理由となっています」
「怪我でもしたのか?」
「いいえ、そうではないようです」
ヨハンが更に質問をする前に、別人がオルターに声をかけた。
「オルターくん、君は出納係に行って。ヨハンさんの対応は私がするから」
声をかけたのはオルターの上司で、窓口業務の責任者のパウラだった。オルターがその場を離れたところで、パウラが提案した。
「続きは別室で話しましょう」
「窓口で、大声で、ああいう話はして欲しくないの」
「そうだな。すまなかった」
パウラの言い分をもっともだと思ったヨハンは、素直に謝った。
若い頃は人気ナンバーワンの受付嬢だったパウラも、勤続十年を越えて二十代後半になっていた。同期や後輩の同僚たちが次々と寿退職するなか、パウラは結婚せずに仕事を続けていた。女性は十代で結婚するのが当たり前のこの世界では、よく言えば珍しい存在、悪く言えば行き遅れだった。だが周囲はそれを気にしていない。パウラは職場では必要な人材だったからだ。むしろ寿退職してくれなくてありがとう、という雰囲気だった。
パウラが結婚しなかったのは男性からモテなかったからではない。むしろ人気受付嬢だったから、窓口を訪れる冒険者からはモテた(もっとも収入が不安定で命の保証もない冒険者と結婚する受付嬢は少なかった)。パウラが結婚に踏み切れなかったのは、彼女が転生者だったからだ。
この国の宗教では、転生という考え方は否定されている。自分は転生者だなどと言えば、周囲から邪教徒として扱われてしまう。それゆえパウラは家族にも自分が転生者だと明かせなかった。それは家族との関係を築くうえで、大きなストレスになった。結婚すれば家族が増えることになる。パウラはストレスを増やすより、気楽な一人暮らしを選んだ。
「自分を馘首にした相手のことは気になる?」
そう言われたヨハンは不機嫌な表情を隠さなかった。
「セレスタンは優秀なリーダーだ」
「そう思う根拠は?」
「二十年以上もリーダーをやっていて、メンバーを一人も死なせていない」
「……それは確かに凄いわね。不愉快なことを言ってごめんなさい」
「まあ、あいつは誤解されやすいからな」
オルターが現金を載せたトレイを持って部屋に入ってきた。
「ヨハンさん、〈灰色森〉の報酬です」
「ありがとう」
ヨハンは現金を懐に収めた。だがオルターは部屋から出ていかず、そのまま空いている椅子に座った。
「金等級だった〈竜の心臓〉ほどではないけど、〈蒼穹谷〉にもギルドは関心があるの。二十年間も安定した活動を続けて、銀等級になったパーティーの突然の解散だったから」
「だから俺からも事情聴取をしたいのか?」
ヨハンは腑に落ちた表情になった。
「理解が早くて助かるわ」
ヨハンの表情がまた不機嫌になった。パウラには、それが何故かはわからなかった。
「私が聞き取り調査をしたところ、解散の原因は人間関係らしいの」
「俺に訊くってことは、原因は俺の代わりに入ったやつじゃないってことか。やっぱりセレスタンか?」
「ええ、複数のメンバーが〈蒼穹谷〉を辞めたいと言い出したのがきっかけだったみたい。そのメンバーに話を聞いてみたら、彼に対する不満を口にしたわ」
「さっきも言ったが、あいつは誤解されやすいからな」
「悪い人じゃないですけど、無神経なことを口にするんですよね」
オルターがヨハンの言葉を補うように発言をする。
「悪くないどころかメンバー思いのいいやつだ。〈蒼穹谷〉は元々は共同経営だったのを、単独出資に切り替えたのもメンバーのためだ」
「えっ、セレスタンさん、親方になったんですか?」
「おまえが辞めた後だから知らないのは当然だよ。経営が苦しくなってメンバーに出資額を返せなくなりそうになったから、金をかき集めてメンバーに出資金を返して、自分ひとりで金銭リスクを背負うことにしたんだ」
その話を聞いたパウラは、ヨハンとは別の見解を考えた。セレスタンはメンバーの報酬を高めに保証することによって、メンバーの引き止めを図ったのではないだろうか。将来的に出資金が増えて返ってくるのであれば、メンバーは多少報酬が低くても我慢する。だがその見込がなくなれば、メンバーは簡単にパーティーを離れてしまう。報酬を高めに維持しようとすれば、その代わりにパーティーの資産が増えてもメンバーには還元しないという取引をするしかない。ヨハンとパウラ、どちらの見解が正しいかはセレスタン本人にしかわからない。ひょっとしたら二人とも間違っているのかもしれない。
「でも皮肉ですね。共同経営のままだったら、ヨハンさんは馘首になってなかったと思いますよ。少なくとも俺だったら反対票を投じてましたよ。ヨハンさんがセレスタンさんとの間に立っていてくれたから、みんなは〈蒼穹谷〉に居られたんですよ」
「買い被るなよ。俺は板挟みになっていただけだ」
そう言うヨハンは複雑な表情をしていた。
パウラとセレスタンは顔見知り程度の関係しかない。そのパウラはここまでの話を聞いて、セレスタンは前世で言うところの発達障害ではないかと考えた。冒険者としては突出した能力を持っているのかもしれないが、コミュニケーション能力は低いらしい。アスなんとかとか、スペクトルなんとかとかいう発達障害の特徴と似ているように思える。もっともパウラは前世で医者だったわけではなく、発達障害については教養程度の知識しかないので、セレスタンと話すことができたとしても、診断を下すことはできない。
もしそうだとすると、セレスタンはヨハンという理解者がいたおかげで、〈蒼穹谷〉のリーダーを務めることができたということになる。ではセレスタンは何故ヨハンを馘首にしたのだろうか? された本人に訊くのは心苦しかったが、ギルドの幹部の末席に名を連ねている以上、パウラは訊くしかなかった。
「ヨハンさんは何故〈蒼穹谷〉を辞めることになったんですか?」
「セレスタンは営業ができる人間が欲しかったんだ。直接依頼で経営を立て直すつもりだったからな。だから冒険で一番役に立たなそうな俺を切るしかなかったんだ」
それを聞いてパウラは納得した。ギルドに仲介手数料を払わなくて済む直接依頼は確かに利益率が大きい。だが依頼人との交渉は自分たちでやることになる。実はそれが大変なことだというのは、冒険者のほとんどは実際にやってみるまで理解できない。失注やトラブルを経験して、直接依頼を諦めるパーティーも少なくない。銀等級になるのと同時に営業要員を確保したセレスタンは有能なのだろう。ただリストラする人員の選択は間違えたようだ。
ではヨハンが〈蒼穹谷〉に戻れば解散は回避できるのではないだろうか? パウラは一瞬そう思ったが、そんな単純な話ではないとすぐに思い直した。事態がここまで拗れてしまったのだから、そんなに簡単に戻れるはずがない。人間関係のもつれは最終的には当事者間で解決するしかなく、ギルドが余計な嘴を突っ込むと藪蛇になりかねない。
パウラはギルド長にどう報告するか考えた。この世界では発達障害は知られていないから、そこは表現を工夫しないといけない。誰が悪いというわけではなく、セレスタンが良かれと思ってやった人事がたまたま裏目に出てしまった。そういう結論で報告しようと決めた。
「ヨハンさん、今日は貴重な時間を潰してしまい、すみませんでした」
「貴重だって? とんでもない。時間ならいっぱいあるよ。今の俺は『五号』だからな」
事情聴取は終わったから帰っていい、そういうつもりの言葉に思わぬ返しをされて、パウラはどう答えてよいかわからなくなった。
ヨハンは立ち上がると、オルターに声をかけた。
「求人票が見たい。頼めるか」
パウラを残して二人は部屋を出ていった。
※1 『アスペルガー症候群』のつもり
※2 『スペクトラム障害』のつもり




