Act1 ダイイングメッセージ 【推理小説王道のメッセージ】
推理小説で『メッセージ』といえば、絶対にこれははずせないでしょう。
そう、ダイイングメッセージです。
古今東西、老若男女、ナイフで刺されていたら血文字で、書斎のデスクで突っ伏していたらパソコン内にと、様々な手法で残される、殺人事件とは切っても切れない関係のこのメッセージ。
だがしかし、ここRR探偵事務所は”殺人事件お断り”の探偵事務所だったのです。
「こんにちは。どうぞこちらにお掛けになって・・・・お話をうかがいます。僕は所長の赤岩タルトと申します」
少し赤みを帯び、軽くウエーブのかかった髪の毛が眉にかかるのを、指先でちょいっと撥ね除けながら、赤岩タルトは目の前の女性に微笑みかける。
女性は彼に促されるまま、おずおずと目の前のソファに腰を掛ける。
ここはRR探偵事務所。
若きめい探偵兼所長、赤岩タルトが営む私立探偵事務所である。
“めい”の字が“名”なのか“迷”なのかはご想像にお任せするとしよう。
RR探偵事務所は、アース星という星のジャペン国に存在している。
アース星は地球とよく似た(というかほとんど同じ)環境を有し、ジャペン国は地球の『日本』という国に歴史や文化などが酷似(というかほぼ一致)している。
ジャペン国と日本は友好国であり、貿易はもちろん、両国からの宇宙旅行者の往来も盛んである。
そして、ここジャペン国の通貨単位は『イィエン』であり、1イィエン=1円の固定相場のため、両替も苦労しない。
そのジャペン国の、とある町の片隅にある商店街の入り口近くに建つ、白を基調とした瀟洒な佇まいの平屋がRR探偵事務所なのである。
ソファに腰かけた女性は肩に力が入っているようで、目だけをきょろきょろさせて居心地悪そうにしている。
この女性は、初めてこの探偵事務所を訪れた依頼人だ。
“この事務所”というより、探偵に相談事をするのも初体験の様子である。
「緊張されていますか。まあ、お茶でも飲んでリラックスして下さい。・・・スフレ君、お客様にお茶を」
テーブルを挟んで女性の向かいのソファに腰を下ろした赤岩タルトは、背後に軽く顔を向け、そう言った。
事務所の入り口からすぐの場所に、来客用ソファとテーブルの置かれたこの応接スペースがある。
そして奥には簡単なキッチン。
ここで来客用のお茶の準備をしたり、たまにスタッフの食事を作ったりもしている。
「いらっしゃいませこんにちはー。今、お茶入れますね。どれがいいですか?」
赤岩タルトに“スフレ君”と呼ばれたのは青山スフレ、RR探偵事務所の(自称)探偵助手である。
普段は近くのおんぼろアパートで独り暮らしをして大学に通っている押しかけアルバイトであり、本人は『ビューティーインテリジェンス有能女子大生探偵助手兼秘書』だとかなんとか名乗っている次第だ。
この長ったらしい二つ名は、名乗る度に微妙に違えているのだが、本人のボキャブラリーも微妙なため、そろそろネタ切れとなり、最近では同じ単語を使い回している。
長らくおかっぱにしていた黒髪だったが、今は前髪はパッツン、後ろ髪は長く伸ばし、頭のてっぺんでお団子にしている。
彼女はキッチンスペースから登場し、B5のコピー用紙1枚を依頼人に手渡した。
一瞬、何か探偵業務に関する契約書の類なのかと身構えた依頼人だったが、よく見ると・・・いや、よく見なくてもそれが何なのかはすぐに判明した。
ルアックコーヒー(アイス)
糸工茶 (ホット)
麦 茶(アイス&ホット)
そ茶(アイス&ホット)
クワス【地球・ロシア】
トゥンバ【地球・ネパール】
チチャデホラ【地球・ペルー】
泡盛【地球・日本】
水道水【RR探偵事務所】
手書きのドリンクお品書きである。
丁寧には書いているが、お世辞にも美しい文字とは言えない。
依頼人は、最初に目についたコーヒーを頼もうとしたが、カッコ書きの“アイス”の字を見て、一瞬考えた。
今日は冷たい飲み物の気分ではない。
すぐ下に“ホット”の文字を見つける。
「え・・ええ・・と、これは紅茶?ですよね?」
「いいえ。糸工茶っす」
「・・・・・・」
「昨日、近所の商店街のはずれの崖の脇にある、『砂防茶房リプ1000キロ』というお店で安売りしてたんで買ってみたんです。まだ誰も飲んでませんけど」
依頼人はメニューを見直した。
無難な物を選びたいところだが、麦茶の“麦”の文字の左右それぞれ1字分の不自然な空白が気になった。
そして、そ茶の“そ”の文字がひらがなであることにも得体のしれない恐ろしさを感じる。
『粗茶ですが一服どうぞ』の“粗茶”であろうと想像できるが、そもそもメニューに『粗茶』などと書くものだろうか。
大体、粗茶と言っても玉露なのか煎茶なのか番茶なのかほうじ茶なのか抹茶なのか。
まあ、どれであっても日本茶なら無難だろうとは思ったが、その後に続く、聞いたことのない地球の飲み物を見るに、どれもこれも信用できそうにない。
かといって水道水というのも・・・・
「では、アイスコーヒーでお願いします」
「はい、かしこまりー」
青山スフレは、さっとキッチンの奥に引っ込み、ものの1、2分でお盆に載せた4つのグラスを持って出てきた。
「アイス ルアックコーヒーですー」
「ありがとうございます」
青山スフレは1つのグラスを依頼人の女性の前に置く。そして、別の1つを赤岩タルトの目の前に、もう1つを赤岩タルトの隣の席に、そして最後の1つを自分で持って反対側の隣の席に置き、そこに自身が着席した。
その様子を見ていた依頼人は少し首をかしげる。
今、テーブルには4つのグラスが置かれている。
依頼人のすぐ目の前には1つのグラス、そして向かい側には3つ。
真ん中のグラスの前には所長の赤岩タルト、そしてその向かって右隣のグラスの前には所長から“スフレ君”と呼ばれ、この飲み物を持って来てくれた若い女の子が座っている。
ちなみにこの女の子の前のグラスは、座ってすぐに本人がごくごくごくっと一気飲みしてしまったため、中身がほとんど残っていない。
そして彼女と、赤岩タルトを挟んで反対側の席のグラスの前に座っているのは・・・・・
「・・・猫ちゃん?」
依頼人が思わずつぶやいた。
赤岩タルトの左隣にちょこんと座っているのは、まるまるっとした茶トラの猫。
グラスは、その猫の目の前にも置かれている。
「猫ちゃんも飲まれるんですか?」と、依頼人が口にしようとしたその時、
「さあさあ、冷たいうちにどうぞニャ。緊張せずにゆっくりお話しして下さいニャ」
「!!!!!!!!」
突然喋った猫に絶句する依頼人。
しかし、ここアース星では、特定の動物種に対して『言語ワクチン』なるものが開発されていて、そのワクチンを接種した動物は人間の言葉を理解し、話すことができるようになるのだ。
そしてこの猫、名前はエ・クレアという雄猫なのだが、彼も言語ワクチンを接種した、いわゆる“おしゃべりにゃんこ”認定猫なのだ。
ただし、ワクチンに対応している動物種が限られている事、ワクチンが高価な事、そしてそもそも対応種であってもワクチンの“効く”個体が少ないことなどから、おしゃべりアニマルの数はまだまだ少なく、その認知度も極めて低い。
したがって、依頼人が驚くのも無理はないのである。
「オレっちはRR探偵事務所の看板猫兼探偵助手のエ・クレアなのニャ。」
人懐っこく挨拶をされて和んだところで、ふと依頼人の頭をよぎった事があった。
たった今出されたコーヒー、確かルアックコーヒーという名前だった。
聞いたことがある。ルアックコーヒーとはコピ・ルアクとも呼ばれ、そのコーヒー豆は猫の未消化の・・・
思わずコーヒーとエ・クレア助手を交互に3度見した依頼者だったが、しかし、そこは有能探偵助手のエ・クレア。依頼人の挙動をうかがい、すかさずフォローを入れる。
「オレっちはジャコウネコじゃなくて雑種の猫ニャよ」
エ・クレア助手は、依頼人が手を付けやすいように自分のグラスを器用に持ち上げ、こくこくっと飲んで見せた。
カランと氷が鳴り、濃褐色の液体がのどを潤す。
その様子に、あら?そういえば猫にコーヒーはご法度なのでは・・・と、実は猫好きの依頼人は考えた。
しかし、そこは(自称)有能探偵秘書の青山スフレ。依頼人の表情をうかがい、すかさずフォローを入れる。
「大丈夫。エ・クレアさんのグラスはコーヒーじゃなくて、たまり醤油なんで」
「それ、大丈夫なんですか?!?!?!」
思わず大声を出してしまう依頼人。
「・・・だ・・・大丈夫なのニャ。いつもの事なのニャ。(小)麦(粉)茶よりはマシなのニャ・・・ゲフッ」
「絶対大丈夫じゃないですよね?!というか、今、何茶って言いました?!」
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そんなこんなで飲み物漫談が一区切りつき、ようやく探偵たちは本題に入った。
「では、依頼内容をうかがいましょうか」
赤岩タルトは少し前のめりになり、テーブルの上に両手を乗せてその指を組んだ。
依頼人は、居住まいを正し、赤岩タルトを真っ直ぐに見据えて話をきりだした。
「実は、このダイイングメッセージの解読を・・・」
「ちょっと待ったぁぁぁーーーーー!!!!!」
依頼人の言葉を青山スフレが遮る。
「え?どうかなさったんですか?」
「い、今、ダ・・ダイイングメッセージって言いましたっ?!」
「はい。言いましたけど」
依頼人はきょとんとしている。
「ダイニングメッセージじゃなくて?」
「はい。食堂ではなくて寝室に書かれていました」
「ウエットスーツとかレギュレーターとかウエイトとか書かれてました?」
「いえ。ダイビングメッセージではないですね」
「自分は9号なのに15号の指輪を渡してきた彼氏への抗議の手紙だったりとか?」
「大リングメッセージではありません」
「肉まんの肉だねの中に 物を乗せたり昇降の際に使ったりする道具が入っていたりとか?」
「台IN具メッセージでもないですね」
「依頼人さん、よく解るのニャ」
「案外、スフレ君と波長が合うのかもしれないね」
エ・クレア助手と赤岩タルトは顔を寄せてヒソヒソと話す。
そんな様子を気にする風でもなく、依頼者は青山スフレに説明する。
「ダイイングメッセージですよ。探偵さん方ならお馴染みでしょう?」
「・・・・え・・ええと・・・馴染みは・・・なきにしもあらざりけらないようなこともあったりなかったりでして・・つまり・・あなたの身の回りで・・その・・事件が起こった・・・と?」
「はい。先日、私の職場で殺人事・・・・」
「わぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!」
「え?どうかなさったんですか?」
「い、今、さ・・殺人事件って言いそうになりましたっ?!」
「はい。言おうとしましたけど」
依頼人はぽかんとしている。
「猿人事件じゃなくて?」
「“猿人”と書いたら普通、“えんじん”と読みますよね」
「何か悪い部分を取り除いて、全く新しいものにしたりとか?」
「刷新事件ではないです」
「インデックス・・・」
「索引事件でもありませんね」
「絶対、ネタ合わせしてるニャよね?」
「初対面のはずだよ」
エ・クレア助手と赤岩タルトは肩をくっつけてゴニョゴニョと話す。
そんな様子に気付くわけもなく、青山スフレが叫ぶ。
「駄目っす!うちは殺人事件はNGなんです!」
「ええっ?!探偵事務所なのに?!」
「うちはハートフル・ピースフル・ワンダフルな探偵事務所なんで、殺人事件はお断りしてるんっす!」
「普段は迷子のペット探しとかご近所のちょっとした困りごとを調査してるのニャ」
「いえ。とある島に招待された10人の客人に次々と襲いかかる奇奇怪怪な事件を解決したり、行方も正体も不明の女性の謎を解くべく人里離れた山奥の屋敷に潜入したりと、大きな難事件の調査もしているんですよ」
と、赤岩タルトがドヤ顔で補足説明をする。
(※詳しくは『私と猫と迷探偵と』本編をご覧下さい ←宣伝)
「では今回の殺人事件も・・・」
「それは駄目っす!」
「無理なのニャ!」
「残念ながらお受けできませんね」
にべもなく断られた依頼者は、すごすごとRR探偵事務所を後にするしかなかったのであった。
結局、『メッセージ』も『推理』も出てこない章となってしまいました。
”推理”ジャンルとして大丈夫なのだろうかという一抹の不安が頭をよぎりますが、この小説は”推理小説”の皮をかぶった”コメディ小説”ですので、ご了承のうえお楽しみいただけたら幸いです。
次章もよろしくお願いします。