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第三話 隻腕の女 その4 財閥凋落

曾太郎の死去に伴い、贈収賄疑獄、相続問題などが絡み合い、財閥の運命が大きく変わっていくとこになる。

弥生と勝彦は運命に翻弄され、さらに岡田の陰謀が明らかになり、財閥は没落して行くのだった。


 御泥木財閥の凋落

 多摩川河川敷東京都消防局災害活動センター屋外施設。

 数十台の消防車と鑑識課科捜研が、御泥木自動車車体から無償で提供されていた水素自動車を使って破壊実験を繰り返した結果、水素エンジンそのものの不具合ではなく水素タンクに外的要因が加わり破裂したと結論づけられたが、その外的要因についての解答は見つからず、未解決のまま今日に至っている。


 警視庁捜査本部二階会議室『御泥木曾太郎・雅弘爆発事故特別捜査本部』

 捜査本部長の猪俣警視正が捜査員全員に問いただしていた。

「外的要因とは一体何かね。人為的なものか、自然発生的なものかね。君らのものの挟まった言い方には全くイライラする。そんな要因で爆発するような危ない車両をよく御泥木自動車車体が作り上げたな。余程技術に自信があったのか。で、国交省の見解は?」

「はい。動作検証、安全性などで大分時間を要しましたが、最終的に保安基準をクリアし、型式認定を与えたとの報告です」

 猪俣は質問を変えた。

「巻き添えになった警察車両の二人はどうなった」

 別の捜査員が立ち上がった。

「男性警察官は今もって意識不明です。女性警察官は左の腕と足を切断、その後退職しております」

「女性警察官からは調書は取れたのか」

「突発的な事故だったので記憶が飛んでおります」

 猪俣は頭に手を当てた。

 一人の捜査員が手を上げた。

「事故発生前後の当該車両を調べたのですが、前日メンテナンスを行ったのは御泥木自動車車体厚木工場ではなく、御泥木邸地下車両基地で行った事実がありました」

 猪俣は驚いた顔をした。

「地下車両基地? 御泥木邸宅にはそんな設備があるのか」

「令嬢婦人の乗る超大型のバスもそこでメンテしているとのことで、私を含め捜査員三名で書類など確認しましたが、特段異常は見あたりませんでした。車両基地全体の説明と案内の段階で、そこの職員で執事の岡田なる人物がずっとつきまとっていましたのが、気になりましたが」

 猪俣は全捜査員に命令した。

「兎に角、現段階では車両整備不足による事故も捨てがたい。もっと検証も含め確たる証拠を集めろ。何しろ御泥木曾太郎総帥閣下は、我が警察に多大な支援をしていた。小田切警視総監がとても気に掛けている案件だ。原因究明を徹底し事故か事件か判別しなければならない。この事件は極秘内部資料として同様な事例がないか関東一円の消防署、警察署にもどんな些細なことでもよい。協力を仰げ。以上だ」

「了解」

 捜査員一同、声を揃えた。



 家具調度品の一切が付けられたリビングでは弥生と勝彦がお昼前の紅茶を啜っていた。

 それも世界最高級茶葉ではなく、国産の一般的な茶葉だ。最高の一服を知っている舌には全く馴染めないが、今となっては仕方ないことだ。

「相続資産管理の弁護団の方々、何をしているのかしらね」

弥生は紅茶を啜りながらため息をついた。

「早く相続問題を終わらせていただかないと」

「焦ってはいけませんお母様、莫大な財産ですから算定にも時間がかかっているのですよ」

 弥生は愚痴るように言った。

「あれだけあったフランス人作家ウント・モカールの茶器やイタリア人陶芸家ナンテ・ド・コッターナの花器、ダレノ・カーナの彫刻なども返してほしいわ。どれもこれも最高級品なのよ。それを何でもかんでも持ち出されてしまって……ここからでられやしないし、社交界から縁を切られてしまうわ。可哀想だと思わない? ねえ勝彦」

 弥生の愚痴を聞きながら勝彦は諭した。

「一度換金しないとならないようですから、落ち着いたら買い戻しましょうよ」

 暢気に話す勝彦は、紅茶を飲み干すと花柄を施したティカップを見つめながら言った。

「ほらこの、阿本多良徳兵衛の紅茶茶碗もなかなかのものですよ、お母様」

 勝彦の言葉に弥生は不満顔をした。

「ティカップはフランス製じゃないと……」

 二人が話している最中、リビングのドアが叩かれた。「失礼します」と、岡田が入室してきた。

「どうか、いたしましたの?」

 弥生の問いかけに岡田は答えた。

「先ほど警視庁から連絡がございまして、明日の午前十時、曾太郎様と雅弘様、帰って参ります」

 弥生はティカップを置いた。

「本当ですか、曾太郎と雅弘、ようやく帰ってきますのね? これは喜ばしいわ。岡田、お花をもっと盛大に大広間の祭壇に盛り付けて頂戴」

 弥生の喜びに岡田は顔を曇らせた。その顔を見た弥生は尋ねた。

「どうされましたか、岡田」

 少し沈黙した岡田が意を決したように話し出した。

「弥生様勝彦様……良いですか、お二方ともよくお聞き下さい。警察からの伝言では、納棺師も最善を尽くしたとのことですが、曾太郎様雅弘様のご遺体はかなり損傷が激しいとのことです」

「まあっ!」

「お顔はなんとかできたようですが、それ以外は……」

 そう言うと岡田は首を振った。事前に岡田の元に二人の写真が送信されてあり、それを見た岡田にはあまりもの損傷具合いにショックを覚えていたのだ。

「兎に角お二人がお戻りになった際には、判明することです」と、つけ加えた。


 当日、秘密裏に屋敷裏の搬入口から二人を運び込む予定だったが、何処で嗅ぎつけていたのか一週間ほど前からハイエナのように報道関係者が裏手に屯するようになっていた。

 程なくすると黒塗りの中型バス一台が屋敷裏手にやってきた。フロントと運転席助手席以外窓が無く、バスというより巨大な霊柩車だ。

 報道関係者が一斉に連写するカメラのシャッターの音。音。音。テレビクルーも騒ぎ立て一時、現場周辺は騒然となった。

 搬入口のシャッターが重々しい音と共にゆっくりと開きはじめ、バスが入るギリギリの高さで止めると守衛が急かすようにバスを招き入れ、入庫するや否や守衛とその他大勢の従業員が報道関係者の前に立ち塞がり、侵入を防ぐ騒動になった。


 御泥木家の紋が刻印された白木の棺が二つ、大広間に設えてある祭壇の前に置かれると棺を確認した岡田は二人を別室から招き寄せた。

「ご準備が整いました。どうぞ広間のほうへお越し下さい」

 仮に設えてある祭壇の線香台からは、ゆっくりと煙が立ち上り大広間に広がっている。

 二人の棺桶を認めた弥生の両目から一筋の涙がこぼれ落ちた。勝彦は口を真一文字にしたまま、棺を凝視していた。

「曾太郎様雅弘様、お戻りになりました。弥生様、勝彦様どうか冷静にお二人をご覧下さい」

 その声と共に御泥木葬儀社の職員二人が深々と頭を垂れ合掌したあと、ゆっくりと棺の蓋を開けた。

 棺の中には全体を数え切れないほど無数の切り花に覆われた中に、フランケンシュタインのように縫合された曾太郎の顔だけがあった。顔から下は色とりどりの花で覆い尽くされているが、頭以外は無い事を物語っている。

 雅弘も同様な顔をしているが曾太郎よりも行く分損傷が少ないようだ。

「ああ……」

 想像を遙かに超す曾太郎を一目見た弥生は、あまりの衝撃でその場に気を失った。

 弥生に寄り添っていた岡田は、崩れ落ちようとする弥生の身体をしっかりと受け止めた。

「お気を確かに、弥生様。手の空いた者、至急令嬢婦人専用ストレッチャーをここへ。鳳凰の間にお連れするのだ」

 わらわらと集まる従業員に目もくれず、気丈に振る舞う勝彦は、目を見開きながら白木の棺桶の縁に手を置き、二人の亡骸を見つめた。

『お父様、雅弘……どんなに苦しい思いをしたか……』

 そして勝彦は嗚咽を漏らし、両手で顔を覆った。

 沈痛な面持ちで葬儀の職員は話した。

「本日はそのまま安置し、弥生様勝彦様と共に明日の午前九時、荼毘に付します。そして来る四月一日の大日本帝国武道館での葬儀を財閥葬で取り計らいます。手順は岡田執事長も交えて詰めていきたいと思います。ではこれで、私たちは失礼します」

 御泥木葬儀社の職員たちは深々と頭を下げ、大広間から退出していった。


 御泥木邸宅三階、鳳凰の間。

 玉座に座っている勝彦と直立不動の姿の岡田がひそひそと話し込んでいる。

 隣室ではショックで寝込んでいる弥生がおり、屋敷常駐看護士が弥生を甲斐甲斐しく世話をしている。

「落ち着かれましたかな、勝彦様」

「ああ……。でもあんな酷い姿なんて……」

 勝彦は首を振りながら呻くように言うと、両手で顔を覆った。

「やはり勝彦様は次期総帥に相応しい。あのお二人の姿をしっかりと見つめておりましたので」

 勝彦は顔を覆っていた両手を振りほどいた。荒い呼吸と共に両肩を上下に揺すった。

「お為ごかしは止してくれっ。次期総帥なんてっ。ボクには無理だよっ」

 勝彦は叫ぶように心情を吐露した。

 岡田は勝彦を穏やかに励ました。

「未だそのようなことを……お気持ちを確かに、勝彦様。わたくしめが全力で勝彦様をお助け致す所存でございます。お約束致します」

 荒い呼吸と共に鼻を膨らませている勝彦は岡田を睨みつけた。

「何故、そんなにしてまでボクを助けるんだっ? 意気地なしなボクを優秀な執事が陰で支える美談にするつもりかっ。金か名誉かっ。財閥を乗っ取るつもりかっ。金ならいくらでもくれてやるっ! お前の顔なんか見たくも無いッ!」

 勝彦は荒々しく大声を出し、泣き出した。

 無理も無い。巨大財閥の行く末に舵を取らなければならない勝彦にとって、気が狂うような思いなのだ。

 それに対し、岡田はゆっくりと諭すように勝彦に話し出した。

「どうか……どうか……落ち着いて下さい、勝彦様。誤解しないでください。金や名誉なぞいりません。ましてや乗っ取るなんて、滅相もございません。ただ純粋に勝彦様をお守りしたいだけです。なんとなればわたくしには総帥閣下には恩義がございます。取るに足らない奉公人でしか無かった私を何かにつけ目をつけて頂き、さらに執事長まで引き上げてくださいましたのは、他ならぬ曾太郎総帥閣下でございます。わたくしはその恩義に答えるべく日々精進していたのでございますが、曾太郎総帥閣下亡き以上、この恩義に答えるには勝彦様、勝彦様に寄り添いお助けをする以外ありません。覚悟は出来ております、何卒……勝彦様、信じて下さい。どうしても信用頂けないなら、わたくしめは首を括る覚悟でございます」

 その岡田の言葉に興奮が収まったのか泣き止んだ勝彦は俯いた。

「……分かった……もう夜は遅い。下がってくれ。ボクも今日は疲れた……今後のことは明日またここで話し合おう」

「分かりました」

 勝彦に一礼した岡田は鳳凰の間を後にした。

『嗚呼、なんてボクは……うたがり深くなったんだろう……あんなに献身的に振る舞ってくれる岡田に暴言を振るってしまった……』

 俯いていた勝彦はふと顔を上げ、椅子からふらふらと立ち上がった。

 勝彦の胸にある疑問がわき上がった。

『首を括る覚悟? それほど、父を慕っていたのか? 恩義がある? 金もいらない? そんな馬鹿げた話があるものなのか。そう言えばいつも側にいるのが当たり前すぎて気がつかなかったが、ボクは彼、岡田治の経歴を知らない』




 四月一日。大日本帝国武道館。

 一週間前より大日本帝国武道館周辺は物々しい警戒なされるなか、御泥木曾太郎と雅弘の財閥葬がしめやかに執り行われた。

 微笑みを浮かべた巨大な二人の遺影と膨大な花束……。十三人衆を含め大半は財閥関係者と政界、社交界からも参列者もあり、賑やかな顔ぶれが揃っていたが、その中には場違いな杉田と和道の顔があった。

 遡ること数日前。一本の電話がスケロク商事にかかってきた。

「毎度ありがとうございます……」

 受け取った黒川は保留ボタンを押すと杉田に向かって話した。

「御泥木邸宅の寺島と名乗る方から社長宛にお電話ですが如何なさいますか」

 ふんぞり返っていた杉田は顎を撫でた。

「確か、執事の一人だな。出よう」

 杉田は受話器を取ると寺島と名乗る人物が話した。

「杉田社長でございますね。御泥木勝彦と替わります」

 相変わらず一方的な物言いだ。

「勝彦です」

「これはこれは。勝彦総帥から直々にお電話頂けるとは。ご用の向きは何でしょうか」

「我が父と次男の葬儀に列席して欲しい。明日には案内状が届くので参列してもらいたく連絡した」

 ぶっきらぼうな物言いに杉田は真意を図りかねた。

「わざわざ電話まで頂いて? 案内状の送付でよいでしょうに。何故また?」

「母が依頼している件の断りと、今までかかった調査費の支払いに関して、だ」

 何かある、と、杉田は直感した。

「それは契約上のプライベートな問題です。お母様と直接お話をしたいので替わって頂きませんか」

「母は今伏せっている」

「具合が悪い、と言うことですか」

「今は出られない。葬儀には間に合うように体調を整えている」

「葬儀の席で話すと言うことですか」

「そうだ」


 そのやり取りを無言で盗聴している男、岡田がいる。彼は何を企てているのか?


 電話を切ると杉田は和道の顔を見て内容を話した。

「……と、言うことだ」

「わざわざ電話で告知することかな、社長」

「さあね。この電話をどう思うか、だ」

「さっぱり分かんなーい」

 管弦は首をすくませた。

「何かメッセージを含んでいると思いますが、分かりませんね」と、天馬も答えた。

 逆に盲目の探偵、黒川は冷静に分析した。

「わざわざ案内状を出す、と宣言したのは断られたら困るので、念押しで連絡をしてきたのでは。話の内容からすると勝彦には何か切羽詰まった感じがします」

 杉田はニッと笑った。

「黒川探偵、するどい。私もそう思うよ。勝彦総帥は何か重要な懸案を抱えているのかもしれないぞ。でなければ電話まで掛けてきた理由が分からない。案内状が来たら和道、君も同行してくれ。花屋に化けるからトラックのほう、仕掛けをお願いする」

「仕掛け? どんな?」


 読経が流れる中葬儀が粛々と進み、参列者は花を手向け次々と巨大な遺影に手を合わせる。線香の臭いが鼻をつく。式も終盤にさしかかる頃、壇上の隅で司会者の女性が声を上げる。

「只今より、次期総帥勝彦と総帥の母弥生がご挨拶申し上げます」

 袖口より舞台中央にマイクが設置され、葬儀社の男性二人がスタンドマイクの高さを微調整する。まばゆいライトが舞台を照らす。

 舞台の裾で進行を仕切っていた岡田が待機している弥生と勝彦を促した。

「出番でございます」

 勝彦は震え慄いていた。

「お披露目ですよ。勝彦しっかりしなさい」

 弥生は叱咤激励する。

「次期総帥のあなたがしっかりしてないと。さ、早く」

「わ……分かっています……」

 とはいうものの勝彦の喉はカラカラだ。

「お二人とも、舞台の中央へお進みください。わたくしめが補佐致します」

 ライトに照らされ、ゆっくりと勝彦と弥生が舞台の袖から進み出た。その後を追うように岡田が出てきた。

 弥生と勝彦は舞台中央、マイクの前に立つ。二人の後方にワイヤレスマイクを手にした岡田が位置した。

「執事の岡田でございます。次期総帥勝彦が一言御礼申し上げます。勝彦様どうぞ」

 岡田に促された勝彦の膝が小刻みに震えている。

「我が父曾太郎の意志を受け継ぎました、御泥木勝彦と申します」

 勝彦の声はうわずっていた。

「た、多数のご列席、誠にいたみいります。……曾太郎も雅弘も、く、草葉の陰で……喜んでいると思います。そしてこれから財閥を運営して行くボクは……いや……私でございますが、皆様のご指導ご鞭撻をなくしては成り立ちません……どうか皆様、この若輩者を宜しくお願い致します」

 しわぶき声も無い静寂した大広間に勝彦の声だけが響く。

「弥生様どうぞ」

 岡田の促す声に弥生はマイクの前に立った。

「この財閥を何も知らずに突然指導者として先頭に立たされる長男でございます。皆様勝彦をどうか導いてやって下さい。叱り飛ばして下さい。勝彦は皆様のご協力、ご指導を必要としております。勝彦を、どうかよろしくお願いします」

 そして二人は深々と頭を垂れた。しかし十三人衆の面々はお互いを見やり、浮かない顔つきをしていた。

 司会女性が後を継いだ。

「ご参列の皆様、式終了後は次の間でささやかでございますが故人を偲ぶ供養の会食を設けておりますので、どうかご参加下さい」

 ぞろぞろと列席者が動き始めた。

「どうするね、社長」

「結局、招待された理由は不明だぜ。構っているほど暇じゃ無いんだ。社に戻ろう」

「せめて香典分ぐらい飲み食いしても良いんじゃないかな、社長」

 後ろ髪を引かれる思いの和道だった。

「なに、しけたこと言うんだ、早いとこずらかるぜ」

「やれやれ」

 戻ろうとする二人の背後に迫ってくる影があった。「杉田社長っ」

 多数の参列者の中から、息せき切って勝彦が走り寄ってきた。

「お忙しい中およびだてして、誠に申し訳ありません。今回お呼びしたのは他でもありません。実は気になることがありまして……」

 勝彦の丁寧な物言いは、あのぶっきらぼうだった電話と違っていた。

「気になること? でもまあ、主賓が立ち話ですか。忙しないですよ」

 移動する大勢の中、三人だけが立ち話をしている。

「単刀直入に言います」

 杉田は勝彦の言葉を制するように「弥生様との契約不履行についてですかね」

 杉田の疑念に勝彦は言った。

「いや、それもありますが、執事長の岡田についてです。杉田社長、ボクは岡田治のことを知らない」

「岡田ってあの岡田執事長?」

 そうです……と言いかけた時、岡田が勝彦に向かってきた。

「勝彦様、早くお席へ。皆が待ってます。杉田様和道様もどうぞあちらの席で」


 三時間後、葬儀は滞りなく終了し周辺の物々しい警戒も解かれた。

 武道館納品口に止めてあった大型トラック『スケロク三号車』の中で喪服から作業服に着替えた二人は、エンジンを回した。

「私には何を言っているのか分からんね、社長」

「勝彦総帥の話かい。話が尻切れトンボになったからなあ。だがどうやら次期総帥は、あの岡田に何か感じたようだな」

 左右を見回しハンドルを操作しかけようとしたその時、大型トラックの前に一人の男が立ち塞がった。

 杉田はブレーキを踏んだ。

 男は帝国新聞社の佐野だ。

『こんな所まで追っかけてきたのか……』

 杉田は顔を顰めた。

「危ねえじゃねえかっこの野郎っ!」

 杉田の怒鳴り声にも佐野は平然としていた。

「こんにちは。帝都新聞社の佐野です。覚えておいでですか?」

 佐野は柔和な顔つきだ。反対に杉田はぶっきらぼうに言う。

「ああ、この前、取材に協力してやったな」

「あの時はありがとうございました。おかげさまで良い記事が書けましたよ。編集長も喜んでくれましてねえ。でも今日は花を届けただけにしては、出てくるまでずいぶん時間がかかりましたねえ」

 慇懃無礼に話す佐野に杉田はぶっきらぼうに答えた。

「追加があるかもと言われたんでね」

「それにしては三時間も?」

 トラックのドアに手を置きながら佐野は食い下がった。決して離さないといった風情だ。

「そこの搬入口で待機してたんだよ」

「式次第はどんな感じで?」

 かま掛ける佐野に対し憤慨したよう装う杉田。

「見てないぜ。言ってるだろっ待機しただけだって。ドアから手を離せよ。おかげで大損だ、早く帰んねえと次の配送に穴が空く」

 手を離した佐野は懐から封筒を差し出した。

 ちらっと封筒をみた杉田はトラックのアクセルを踏み込んだ。

「五千円ぽっちの取材費なら入らねえぜ。先を急ぐんでな、あばよ」

「ちょっと……ちょっと待って下さいよお」

 佐野は叫びながらトラックを目で追った。走り去るトラックを見つめていたが、突然右手を振り回した。

 それが合図かのように脇から取材用大型バイクが躍り出てきた。佐野はヘルメットを受け取り、後部座席に跨がりながら運転手を促した。

「あのトラックだ。見失うなよ」

「合点だ」

 二人の乗ったバイクは並み居る車の脇をすり抜け、トラックの後を追った。大型バイクは直ぐに杉田たちの乗るトラックの後ろについた。

 首都高を順調に走っていたトラックは大師料金所を抜け産業道路に入った。降りた途端、道路はかなり混んでいた。

 左サイドミラーでは二人の乗った大型バイクが映っている。

「しつこい奴だな」

 杉田は舌打ちした。

「バイクの二人は何かね」

 事情を知らない和道は杉田に尋ねた。

「一人はブン屋だ」

「追いかけているようだが、どうするつもりだろう」

「このトラックが本当に花屋かどうか知りたいんだよ」

「知ってどうなる?」

 ハンドルを操作しながら杉田は鼻を鳴らした。

「帝都新聞社の朝刊に『花屋の謎』とか、でかでかとゴシップネタを載せる魂胆だろうさ」

「ブン屋さんも大変だな」

「ネットが発達している現状では新聞、雑誌の出る幕は無くなった。だが紙の媒体を好む人間も少なからずいるのも事実だよ」

「写真を撮られていたらいたら面倒なことになりそうだ。どうするね、社長」

「よ~く見てみな。バイクの前面にムービーが取り付けられていて動画撮影されているぜ。そこから切り出して新聞に載せる算段だな」

「では、やっぱりやるしかないか」

 杉田は和道の言葉に返事をするかのように口笛を吹いた。

 信号が替わりトラックは走り出した。

「おや? バイクが消えたぞ。さて、どうしようかね和道君」

 杉田はにやりとした。

「まあ、仕上げをご覧じろ」

 和道もウィンクを返した。和道は荷台に繋がっている後部ドアを開け、荷台に移った。機器が撤去され空間が広がる荷台だった。

「ご一行様は真後ろにいるぞ、社長」

 後部に陣取った和道はトラックの後部扉に設えてある細長い窓から確認した。バイクの二人は気がついていない。

「ここじゃマズいなあ。何とか脇道とか行けないかな社長」

「アイアイアサー」

 川崎駅東扇島線塩浜交差点から左折レーンに入ると、見張られていることを知らずに佐野たちのバイクも左折レーンに入った。

 信号待ちをするトラックとバイク。

 『やはり御泥木花器店のルートとは違う……』

 佐野は呟いた。そしてバイクの運転手に大声を上げた。

「やっぱりこいつら財閥関係じゃないぞ、花器店の支店に行くなら羽田インターで降りるはずだ。そことは反対方向に向かっている」

「このトラック、何処に行くんすか」

 若いライダーも声を張り上げた。

「分からん、後をつけて行くだけだ。こいつらの正体を暴けば君にだって金一封が出るぞ」

「そりゃ、嬉しいっす」

 左折の信号が出てトラックとバイクは曲がった。長く続く道路の中、混雑していたのが嘘のように順調に走り始めた。川崎港海底トンネルを出ると輪を描くように片側一車線の道路国道三五七線に進入した。左手にはいくつもの巨大な物流関係の建物がそびえ立つ。信号機の無い一直線の舗装された産業道路だが、道路は行き交う大型トラックの影響で所々アスファルトに亀裂が入っていたりして荒れている。

「どうだ和道」

「バイクの後ろには車はいない。やるのはいまだな」

 相変わらずバイクは悟られまいとしてトラック後方をつけている。

「相棒、まかせたぜ」

 陽気そうな杉田の返事に和道は呟く。

「願わくば骨折程度で収まって欲しいが」

 和道は傍らのハンドルを力ずくで引き下げた。トラックの下部から大きめの石が数個、勢いよく跳ね回った。

「わ」

 石の一つが大型バイクの前輪に当たった。

 予期せぬ出来事にハンドルが取られ、制御不能となったバイクは横転し、二人は勢いよく宙に舞い上がった。動画を撮っていたカメラも吹っ飛び、アスファルトの道路に勢いよく叩きつけられ無残にも拉げた。

 杉田たちの乗ったトラックは何事も無くそのまま走り去る。

 転げ落ちた佐野は強かに頭をアスファルト地面に打ち付けたが、幸いなことにヘルメットがカバーした。

 一瞬脳しんとうを起こした佐野だったが「痛え痛え」と脚を抱え転げ回る声に我に返った。

「だ、大丈夫かっ」

 佐野は運転者ににじり寄り声を掛け、喚いた。

「チクショー、こんなところで。なんてこったっ」


 後日、警察の現場検証で大型バイクの単独事故、と処理された。


 スケロク商事に戻った杉田は事務所の人間と話し込んでいた。

「しつこい奴だったが無事に帰社できたのは和道君の仕掛けのおかげだな」

 杉田は半分壊れかけている椅子にどすんと腰を下ろした。草臥れた革張りの椅子が悲鳴を上げる。

「スケロク三号車には色々仕掛けを施しているからね」

 和道は鼻高々だ。

 杉田は両手を広げた。

「ニュアンスから考えると、勝彦が言いたかったのは執事長の岡田を経歴とか人物像とか調べて欲しいと言うことじゃないかな。彼は今まで当たり前のように岡田に依存していたが、何か感じ取ったんだろうよ。だが分かっているのは『岡田治』と言う名前だけだ。さあて、どっから手をつけるかなあ」

「へえ勝彦さんからの調査依頼かさ」

 聞いていた管弦の言葉に杉田はこたえる。

「勝彦総帥直々の依頼だ。断れんよ」

「いくらで請け負ったのサ」

 杉田は肩をすくませ戯けた。

「決めてないんだなぁ、それが」

 天馬は不満そうな顔をした。

「ええ? おかしいですよ杉田社長。見積もりを出して両者納得したら仕事にかかる、と言う説明を管弦さんから受けていますけども」

 杉田は頬を上げ笑った。

「世の中ままならないこともあるんだよ。それに葬儀の席での立ち話じゃあ、そりゃあ無理ってな話だぜ。後日見積請求だな」

「当座の費用はどうしますか」

 黒川の問いかけに杉田が答えた。

「持ち出しだあな。ま、そんな訳で余り金はかけられない」

「なんだか他人事のような……」

 天馬はため息をついた。

 思いついて杉田はポケットから携帯を取りだし、電話をし始めた。数回のコール後相手が出た。

「小曽礼さんですか、スケロク商事の杉田です」

「ご無沙汰しております」

 小曽礼の弾んだ声が響いた。

「お忙しいところ申し訳ないですが、岡田執事長の経歴とか履歴書、調べることは出来ませんか」

「丁度サーバーの前にいますので、直ぐに調べられますよ。少々お待ちください」

 キーボードを叩いている打鍵音が電話口から漏れたがややあって「おかしい……」と小曽礼の言葉が飛び出た。

「何がおかしいですか」

 異変を感じた杉田に小曽礼が意外なことを話し出した。

「岡田執事長に関する履歴書や経歴書が消されています」

「ホントですか」

「ええ。従業員名簿もありましたが履歴書など岡田執事長に関する書類がサーバー上では全く見あたりません。紙の資料を金庫から出さないとなりませんが、事務長の許可が必要ですので時間がかかります……」

「分かりました」

 杉田は電話を切ると無意識にタバコに手を出そうとしたが、黒川の気配を感じ、引っ込めた。

「そうです、健康によくありません」

 黒川は呟くように言う。

「黒川探偵、今の小曽礼さんの報告を聞いてどう思う」

 杉田は黒川に質問した。

「そうですね、人事書類関係は残しておかなければなりません」

「さあて、そうなると、だ」

 杉田は腕を組んだ。

「知られては困るから岡田自らが書類を処分した、と考えても不自然ではないだろうな」

 黒川が続けた。

「そこまでする必要は何でしょうか。何かとんでもない秘密の臭いがしますね」

「こうなると、だ、岡田治は謎の男、ということだ……。勝彦はそれすらも知らないのか。自分で調べようって気が無いんだな。さ~すが財閥の御曹司、お坊ちゃまだね。そりゃそうと、直ぐ分かると安直に思っていたんだがな。別の方法を探すしかないか」

 杉田の頭脳がめまぐるしく回った。

「和道君、この岡田治をネットで調べてくれ」

「ま、そりゃいいが……ダークウェブだと十万円はかかるぞ、どうするかね社長」

「そこは君の手腕で」

「やれやれ……」

「天馬君ちょっとこっちに来てくれるか」

 杉田は天馬を呼んで耳打ちをする。

「解りました、やってみます」


 午後八時、加藤の携帯が鳴った。

「おお、楓ちゃんか」

 酔っ払っているのか加藤は朗らかな声を上げた。

「……と言う動きで、今週もみんな真面目に働いていて、怪しいところはありませんよ」

「そうかそうか。調査票に記載しとくよ」

 明らかに加藤は上機嫌のようだ。そこで天馬は突然、猫なで声を上げた。

「ねえ~叔父様ぁ」

 満更でもなさそうな加藤の声が携帯に響く。

「何だい楓」

「ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけど、いいかしらぁ」

「楓の頼み事とは初めてだな……御泥木財閥の岡田執事長? 経歴?」

「叔父様も仕事があるから無理は言えませんけど、分かる範囲で。叔父様お願いッ」

「楓からそう言われるとなあ。断れんなあ」

 加藤は上機嫌で答えた。

「無理しないでね、叔父様ぁ」

「分かった分かった」

 電話切った後天馬はしかめっ面をした。

「あ~舌が腐りそう」

 次に重伝に連絡を取った。

「この前愚痴を聞いてくれてありがとね。あはは、また今度会おうよ。……はい? 岡田執事長? なんとなく胡散臭いと思ってたけどね、担当外されちゃっているからなあ……。まあ、何処までしらべられるか分かんないけど。そう言えば爆破事故の件で内部資料が回ってきた」

「え、そうなの。総帥の事故の件、何か分かれば教えて欲しいんだけど」

 電話口で重伝はため息をついた。

「総帥の事故の件も? でもねえ民間人となったアンタに話したら機密漏洩になるよ。下手すりゃ二人ともブタ箱行きだよ。でも、どうして?」

「いずれ話すよ。今はちょっと秘密、と言うことでお願い」

「しょーがないねえ」



 財閥葬が済んだ二日後、御泥木邸大広間にて。

 祭壇の前で財産管理人に選任された弁護団、行政書士など二十数名が、机を挟んで弥生と勝彦と面会していた。

「今回の司会を務めます岡田です。早速ですが財産管理人代表、尻茂地しりもち吾郎先生、お願いします」

 尻茂地は書類に目を通しながら、二人に話し出した。

「弥生様、勝彦様、お手元の書類をご覧いただきたい。精査した結果、曾太郎総帥閣下の総資産は九百八十億円にのぼります。詳細は書類後半にまとめてありますので後ほど目を通しておいてください。現金は御泥木銀行本店に十億円ありますが、資産の大半は御泥木財閥関連の株式とその他有価証券並びに書画骨董品、この邸宅、朝霧高原、蓼科、北海道網走などにある別荘九棟です。掻い摘まんで申し上げますと、相続基礎控除はお二人で八千四百万円、残り九百七十九億あまりが相続課税対象になります」

「基礎控除はたったそれだけ?」

 憤慨する弥生に勝彦はたしなめる。

「お母様、落ち着いて。後で意見を述べましょうよ」

 尻茂地は二人を見ながら続けた。

「宜しいですか……課税対象の五割が相続税の対象となり、国庫に納めるのは四百八十九億余り、そのうち我々弁護士、税理士に支払われるべき報酬が九億。残りがお二人に再分配されます。相続税は原則現金一括納入ですので、土地建物、株式、書画骨董品など全て現金化に着手しております。しかしながら問題の一つは、ここの邸宅と別荘九棟合計十棟の土地建物があまりにも巨大すぎて、そのままでは買い手が付きません。特にここのお屋敷算定額は百億、別荘九棟の合計で百八十億。このままでは何処の大手不動産、建築業界も買い手がつかない状態です」

 勝彦が質問した。

「ではどうすれば良いのでしょうか」

 尻茂地は続ける。

「別荘は解体して更地にし分譲地に出来れば、買えないこともないかもしれない、と。……しかしながら解体費用も数億に上り、またそうしても買い叩かれるのは火を見るより明らかです。このお屋敷も解体したうえで高級分譲マンションを建て、売りに出せば何とかなるのでは無いか、と業界筋は見ております」

「解体?」

 勝彦は声を上げた。弥生も同調するように憤慨した。

「そんな事絶対許しませんわっ。私たちの思い出を壊すなんて非常識ですっ」

 二人の剣幕に尻茂地は困った顔をした。

「このお屋敷だけは残るよう最善を尽くしますが下野されることも考えておいて下さい」

「でも……」と言いかけた勝彦だったが、岡田は無表情で尻茂地を促した。

「ご意見は後ほど承ります。先生、先を進めてください」

「物納という考え方もありますが、所轄官庁と打ち合わせしましたところ、やはり巨額すぎて物納は難しい、との見解です。相続税を支払った後は少なくとも別荘九棟は解体しかありません。……財閥グループの株式も現金化します。一度手放して再度株式を取得しますが……問題の二つ目はグループ全体十三社全ての買い取りは、不可能と思われます」

 勝彦は言った。

「先ほどでは相続税を払っても五百億近くが手元に残るとの説明でしたね。それで充分に買い戻せるのではありませんか」

 勝彦の疑問に尻茂地は答える。

「金額の問題では無く今までの曾太郎総帥閣下の強引なやり方に反発する勢力が一定数おります」

「反発する勢力?」

「弥生様勝彦様におかれましては初耳だと思われますが、曾太郎総帥閣下は反対意見を押し切ってかなり強引にしかも独断で決定された事案に対し、拒否反応を示している勢力がいるのです。曾太郎総帥閣下亡き以上、グループに属する必要は無くなったと考える企業体、具体的には御泥木銀行、御泥木自動車車体、御泥木総合病院などは財閥グループから抜けたがっております。買い戻すにしても仕手戦など苦労されると思われます。残りの財産があっても直ぐに消えてしまう可能性があります」

「駄目よっ。曾太郎が苦労して築き上げたのですのよっ、絶対反対ですわよっ」

 弥生は尽く抵抗した。

「令嬢婦人、冷静になってください」

 尻茂地は静かに言う。

「回避は不可能です。今のところ曾太郎総帥閣下を慕う企業は学園関係だけです。さらに問題の三つ目があります。……地下従業員八十名の処遇です」

 尻茂地は岡田の顔をちらっと見た。

「屋敷の維持管理のために雇われているような方たちです。地下の従業員は曾太郎個人資産で賄われており、はっきり申しますと、曾太郎商店、と言いきっても良いですよ。曾太郎総帥閣下の収入で雇っておいでですので収入が無くなる以上、全員解雇し再就職の斡旋もしなければなりません。当然財閥関係に再就職をお願いしていますが、この屋敷の根幹に触れるものたちですので、中々難しい問題を孕んでおります。それにここを離れる従業員には幾ばくかの退職金の支払いも発生します。これは相続した金額から支払いしか無いですが、お二人ともこの屋敷に住み続けられるとしても、反対に維持費の問題が出てきます。この巨大な屋敷を維持管理するには、お二人では到底無理な話です。そのために規模を縮小して再雇用の手もありますが、どちらにしろ一度、全員辞めて頂くしかありません。それと……申し上げにくいですが岡田さん以下六名の執事は執事としての再就職は難しいか、と……」

 観念したように岡田が口を開く。

「執事という職業は今の世の中には存在無しない職業です。私は無給でも弥生様、勝彦様のお二人についていく覚悟でございますが、先生、五名のものは何とか出来ないものでしょうか」

「ホテル支配人とかありますが、まあ、我々管財人一同努力します。……では財産分与、相続税関係は以上になります」

 話を聞き終えた弥生は荒い息をたて、机を、どん、と叩いた。弥生の表情は今まで誰にも見せたことのない鬼の形相だ。

「イヤですわ、こんなことってあります? この屋敷を解体だなんてとんでもありませんわっ! 別荘も株式も骨董品の類も全て取り上げられたうえに退職金の支払いなんてっ。いくら私たち二人の手元に残ると言うのですかっ」

 弥生は金の亡者のような振る舞いを見せるが無理も無い。

 富山では有名な酒造メーカーの次女として、幼少の頃から何不自由なく暮らしていた弥生だった。欲しいものは惜しげもなく与えられ、我欲のままに過ごしてきた経緯があるのだ。

 そして祖父母の紹介で曾太郎と出会った弥生は、曾太郎に気に入られ御泥木家の嫁として嫁いだ。華やかな社交界に颯爽とデビューし、そして御泥木家お世継ぎの男子を二人も設け、さらに実家の酒造メーカーが霞んでしまうほどの裕福な人生を謳歌していた。湯水の如く浪費し、贅沢に暮らしていた弥生にとって、それが曾太郎の死によって暗転するとは思いもよらなかったことだ。

 尻茂地は諭すように言った。

「令嬢婦人、落ち着いてください。法律の前では我々だけでどうにもならないことです。それに納税期限はとっくに過ぎています。あまりにも膨大な作業なので省庁関係者には時間的猶予を頂いておりましたが、それも間近に迫ってきています。一刻も無駄には出来ないのです」

 それからの数時間、弥生は抵抗を重ねたが、今や退っ引きならない事態になっていた。そしてさらに数日後、弥生に予想していないことが降りかかった。




 明くる日のスケロク商事事務所。

「同姓同名で幾人かヒットしたが、執事の職業としては誰一人出てこなかったよ。顔写真でも追ってみたがね、戦果無しだ」

 夜通し検索していた和道は、やや草臥れた表情で杉田に報告を入れると大欠伸をした。

「そうか。ダークなんとかでも調べてみたのかな」

 杉田は和道に問いただした。

「ダークサイドウェッブだとかなり高額になる。金かけられないと社長が言うから苦労したんだ」

 杉田は下唇を突き出す。

「金を掛ける、とはどれくらいかあ」

 和道は答える。

「仮想通貨で約五十万円。どうする社長。出しても良いかな?」

 杉田は突然、和道を拝みはじめた。

「これこの通り、和道大明神、そのお力で何とか、無料で。お願いお頼み申す」

 和道は呆れた。

「あたしゃあ神様じゃないんだけど」



 その頃、秋田県警本部に電話が入った。

「秋田県牝鹿の原子力委員会分科会東北総括の分科会支部長には、多額の賄賂が流れている。調べてくれ」

「噂としてはあるようですがね。で、あなたのお名前は?」

「名乗るものではない。分科会支部長は強欲だ。さらに賄賂を要求している。マスコミ各社にもたれ込む」

 憤るように言うだけ言うと切れた。

「ガセネタでは?」

「ガセにしてはどうだろう。電話の主は相当頭にきてたれ込んだんだろう」

「まあ、一般市民からの通報だ。無駄でもいいから身辺を洗ってみるよう上長に報告してくるか」

 こうして秋田県警は捜査班を組み秘密裏に捜査を開始はじめたが、徐々に大きな犯罪として取り扱われることになった。



 重伝は上長に呼び出されていた。

「ご苦労だ、重伝」

「お呼び頂いたご用件、承ります」

 上長の前で重伝は敬礼した。

「他でもない。秋田県牝鹿で分科会支部長に賄賂の疑惑が持ち上がった。君の手腕を見込んで、警視庁捜査本部二階会議室『御泥木曾太郎・雅弘爆発事故特別捜査本部』と合同で猪俣本部長の下、捜査に当たってもらいたいが、どうかね」

 上長からの意外な言葉に重伝は驚いた。

「外された本官を?」

「どうだ、嫌か」

「光栄です。身を粉にして奮励努力します」

「そうか。これが秋田県警から提出された書類一式だ。猪俣捜査本部長と共に汚職事件の解明に努めてくれ給え」

 上長は机の上に分厚い書類を置き、手に取るように促した。

「書類を精査するように。さらに君の部下として六十名の刑事を充てる」

 重伝が受けた書類には、秋田県警独自が極秘調査で分科会支部長宅の身辺調査を開始し、家宅捜査を実施した、と報告されていた。その中で賄賂を渡したと思しき会社、数社の名前が列記されていた。

 マスコミ各社はその行方を書き連ね、ネット上でもちょっとした騒ぎになっていたが、一地方都市の事件と言う位置づけでしかなく、それ以上の報道は大きくは広がらなかった、と書き示されている。その中には当然、御泥木電源開発社の名前も入っている。

 早速、猪俣と会議を重ね、列記されている各企業を手分けして事情聴取を開始した。重伝は新人刑事中田と組んで柄久多がらくた製作所代表取締役、柄久多洋之助の事情聴取に及んだ。


 数日が経ち、重伝は柄久多洋之助と顔を合わせていた。

「柄久多社長、分科会支部長宅の家宅捜査で判明した事について伺います。分科会支部長宅から約二千万円、柄久多洋之助からの入金として計上されていることが分かりました」

 東京千代田区に本社を置いている柄久多製作所の社長は、無機質な取調室で身体を縮め冷や汗をかいている。

「そ……それは……その……」

 重伝の追求に耐えかねている洋之助は盛んに汗を拭っている。

「当局の調べではこの現金は分科会支部長に渡されていることが判明しています。はっきり言ってこれは賄賂でしょう?」

「イヤ……それは……寄付を致したのでありまして……決して賄賂などと言うものではございません」

 握りしめているハンカチはすでにぐっしょりだ。

「寄付? 個人に寄付、とはどういう意味でしょうか。柄久多洋之助さん、はっきり言って下さいませんか」

 柄久多は俯き黙り込んだ。彼にはそれしか方法が浮かばなかったのだ。

「女警官と思って馬鹿にしているんでしょう?」

 重伝にとっても、柄久多洋之助が自白すれば事件の解明に一歩進むと思い、必死だ。

「あ……そんな事は……」

「ではこのお金は何だ、というのでしょうか?」

 重伝はヘビのような目で柄久多洋之助を睨みつけた。

「穏やかに質問してますが、送致となると検察はもっと厳しい追及します。それでも良いですか? ここで吐けば楽になりますよ」

 重伝の追求に柄久多洋之助は両手を机の上についた。

「申し訳ない……刑事さん。確かに二千万は分科会支部長に寄付と称して手渡しました……」

 柄久多洋之助は観念するように喋り始めた。

「お願いです、ここで私が逮捕されたら柄久多製作所はお終いです。苦労して育て上げた三十年が吹っ飛んでしまいます。見逃して欲しいなんて言いません。柄久多製作所が存続できるなら、何でも致します。どうか潰さないよう切にお願いする次第です」

 ワンマン社長の柄久多洋之助は、一代で日本有数の発電設備会社に成長させた。さらに成長を期するため核融合炉の建設を計画したのだが、試験炉を作成するにも広大な土地と後ろ盾がどうしても必要だった。

 そこで柄久多洋之助は秋田県牝鹿の土地に目をつけ交渉に入ったのだが、そこは分科会支部長が仕切っている土地であり、その場所にはいくつかの電源開発会社がすでに食い込んでいる。

 新参者の柄久多製作所は分科会支部長とそれとなく話していたが、土地の貸借として要求したのが寄付と称する賄賂だった。

「それで二千万円を用意した、と」

「そうなんですが……さらに……」

「上積みを要求されたのでしょうね」

 重伝のするどい言葉に洋之助は見上げた。

「要求は果てしなかったのです。私らには到底上積みなど出来なかったのですが……分科会支部長が言うには『二億円寄付する企業がある』と仄めかしたんですよ。それはどのメーカーでも出せない恐ろしいまでの要求です」

 予想外の言葉に重伝は眉をひそめた。

「二億円とはまた……」

「その企業は二億どころか土地の貸借のためにはそれ以上出すとのことでした。とてもじゃありませんが巨額な現金など出せるはずもありません。そんな事がまかり通れば企業の存続も危うくなります。各社次々と手を引きました。しかしその中でも一社が……」

 柄久多洋之助は押し黙ると俯いた。

「柄久多洋之助さん、はっきり言ってください」

 決心したのか、額の汗を拭きながら柄久多洋之助は顔を上げた。

「ここに来る前に顧問弁護士に相談しました。弁護士によると刑を軽くして頂くための司法取引があるとのことですが、それを交えてお話しを……」

 


 警視庁捜査三課会議室。

 重伝を中心に数名の刑事が机の上に広げられた書類や図面を見ながらひそひそと話をしている。

「柄久多製作所は、よく、司法取引に応じたもんだな」

 一人の刑事がぐっとコーヒーを飲み干した。

 重伝は顔を上げる。

「そうだ。柄久多製作所は司法取引に応じた。それによると二億を超える資金提供したのが御泥木電源開発社だという」

 別の刑事が疑問を呈した。

「報告書では、用地取得に御泥木電源開発社も一枚咬んでいるが資金提供がなされていない、と示されておりますが、御泥木電源開発社だけは清廉潔白なのでしょうか」

 重伝は反論する。

「二億円は分科会支部長の手に渡っているのは事実だ。だが、誰が、どうやって、二億円もの現金を渡したのか」

 重伝は腕組みをした。

「あの分科会長は現金に異常に固執する性癖があると言われている。現金以外の取引は拒否する、と思うが、御泥木電源開発社が現金を運び入れた形跡がないとすれば……」

 重伝の思考を遮るかのように一人が言い出した。

「重伝刑事、こうなれば御泥木電源開発社のガサ入れが必要ではないでしょうか」

 その提案とは裏腹に、重伝は唐突に弥生の言葉を思い出した。

『手紙を届けただけと証言していたが……まさか?』

 重伝はある結論を出した。

「イヤ違う。確たる証拠が無い以上、御泥木電源開発社の家宅捜査は無駄だ。家宅捜査は御泥木電源開発社ではない」

 重伝は見守る刑事たちを諭すように決断を下した。

「家宅捜索は御泥木邸宅だ」

「御泥木邸ですか……」

 刑事達は吃驚した顔をした。

「御泥木電源開発社ではない? 何故、また?」

「心当たりがある。明日、当該裁判所に捜査令状を要請するように上長に報告する」

 辺りは闇に包まれ帳はじめた頃、自宅に帰ろうとして支度していた重伝琴葉は大事なことを思い出した。

『そうだ、楓の頼み事忘れてた。胡散臭い岡田の動きと、今は内緒、と楓の言葉、なんだか妙に気になる。楓も御泥木邸宅になにか感じているのか?』



 重伝が結論を出す数時間前、宝来警察署の加藤副署長も部下からの報告を聞いていた。

「岡田に関するデータはなかったと言うことかね?」

「そうです。押収したサーバーや書類には岡田に関する資料がなにひとつ見つからないそうです」

「そりゃおかしいなあ。新総裁の補佐をしている訳だから氏素性の不明な輩を雇っているはずは無い」

「消された後があるかもしれないと言うことで復元を依頼するようです」

 報告を聞いている最中に、一人の刑事が副署長室のドアを叩いた。

「小林、入ります」

「うむ、ご苦労」

「警視庁情報室から、バックアップ用データサーバーから岡田の書類が一つ見つかったとの報告が入りました」

「ほう、それは?」

「連帯保証人選出届です」

 そう言うと小林は複写した紙を加藤に手渡した。

 加藤はじっくりと見つめた。

 御泥木邸宅に入る際には、曾太郎は保証人を求めていた。書類には損害が発生した場合に本人とそれ以外の保証人が全て償う記載があった。そしてそこには保証人の住所氏名年齢の記載と岡田直筆のサインがあった。

『岡田を知る唯一の手がかりがこれだけとは。しかし楓は何を探っているんだ……』

 加藤は急に武者震いをした。


 天馬は杉田とスケロク商事二階の会議室兼倉庫で内緒話のようにヒソヒソと話をしていた。

「叔父の調べでは連帯保証人選任届を見つけました。伯父が送ってきてくれた写真を印刷したのがこれです」

 渡された印刷物を杉田は手に取った。それには岡田の直筆と思われる筆跡と保証人の名前が書かれていた。

「連帯保証人は林田ナコミ……続柄は母方の親戚か。しかしあれだけ用意周到な岡田が連帯保証人選任届だけを消さなかったのは何故だったんだろう」

「消し忘れでは無いでしょうか」と天馬。「いくら用意周到な人間でも魔が差す事もあるのでは」

 杉田は納得したように頷いた。

「考えられることもないか……まあ、ともかくこれで岡田の氏素性に一歩近づけたという訳だ。しかしなんだね、君の叔父さんは、実に面白い。実に大胆だ」

「何故ですか」

 天馬の疑問に杉田は笑った。

「重要な事案をこうも簡単に一民間人である君に渡したんだからな。叔父さん共々重大な罪なるぞぉ。私も加担したんだから、スケロク商事も潰れるな」

 戯ける杉田の脅しに天馬はくすりと笑った。

「伯父は昔っから大胆です。現役時代でも捜査のために暴力団と組んだ事もあるってききました」

 さらに天馬は言葉を継いだ。

「同期からは爆発事故は外的要因の可能性が高いと言うことですが、検証には未だ時間がかかるようです」

「こりゃあ共謀犯確定だ」

 天馬の言葉に杉田は腕を組み考え込んだが、腕をほどくと、いきなり机をドン、と叩いた。

「あの爆発事故は偶発ではない。何らか人為的な操作があったのだっ」

 あまりの勢いに天馬はビクッとした。

「なんですかいきなり。証拠はあるのですか」

 杉田は天馬の顔を見てにやりとした。

「証拠はないさ。だが君の言葉に確信したよ。曾太郎と次男は何らかの方法で爆殺されたのだ」

 天馬は驚いた顔をした。

「爆殺って……穏やかではありません。もしそうなら、なおさら証拠を掴まないと」

 天馬を見ながら杉田は頭を指さした。

「全てはこの頭の中の発想さ。天馬君……いいかい、ここは警察ではないんだよ。推理するのは自由さ。……それよりまず、岡田が何処でどういう暮らしをしていたか、どんな仕事に就いていたか、まるきり分からない。連帯保証人の林田ナコミだってどんな関係の女なのか、分からん。さあて、下に行くか」

 二人は事務所に着くと和道に連帯保証人選任届の説明した。

「いくら何でもこれだけでは雲を掴むような話だよ、社長」

「連帯保証人の住所からすると和歌山県大道村、と言うことが分かっているから、岡田治は少なくとも村の小学校に登校していたんではないかな。すると、だ……」

 杉田は頭を掻いた。

「村の小学校から卒業名簿なんか手に入らないだろうか」

 杉田の提案に和道は冷静に答える。

「年齢からすると四十数年は経っている。ダークサイドから同窓会名簿とか手に入るかもしれないが、良いのか社長、経費を掛けても……」

 またもや杉田は拝み倒したが和道はにべもなかった。

「今までは仲間内から融通を利かせてもらったものだが、今度は無理だよ」

「じゃあ、いくらかかるんだい?」

 和道からきっぱり断られた杉田は渋い顔をした。

「百万はかかるだろうな」

 あっけらかんと答える和道に杉田は突っ込んだ。

「それはお前さんの取り分が入ってるんだろう?」

 和道は諸手を挙げた。

「社長は何もかもお見通しだな。分かったよ、格安ですむよう探ってみるよ」

「さすがァ和道君」


 二日もしないうちに資料が揃った。朝礼が終わり全員が仕事場に散った後、和道は杉田に当時の名簿を渡した。

「当時の耶蘇義小学校卒業名簿が手に入ったよ、社長。そこの村では耶蘇義小学校しかない。仮想通貨で五万かかったよ」

「おや、百万ではなかったのかい」

 和道は口をへの字に曲げた。

「意地悪だな、社長」

 杉田は印刷された薄っぺらい名簿を見て驚いた。

「二十三名?」

 和道は杉田の言葉を継いだ。

「そう、それだけだ。二十三名のうち男の子は十一名。だがその名簿の中には岡田治の名はない。さらに耶蘇義小学校は今では廃校になっている」

「廃校?」

「当時から少子化がかなり進んで耶蘇義中学校とともにコミュニテイハウスになっている。だからそこからも調べることは不可能だろうね」

「コミュニテイハウスと言ったって、当時のデータぐらいあるんじゃないか?」

「もうかなり昔の話になっているから、当時のデータは残っているかどうか、だな」

 確かに和道の言うとおり『岡田』の名前はない。しかし杉田の目では十一の男子の中、一人の名前に目が留まった。その時閃いた。

「分かった」

 興奮した杉田の言い方に和道は驚いた。

「なんだね、いきなり」

 杉田は名簿のある一点を指さしながら和道の席に近寄った。

「この名前を見ろよ」

 和道は指さしている名前を不思議そうに見た。

「林田重吉? 保証人と同じ名字だ……」

「探しても見つからない訳だ。岡田治は偽名だよ。林田重吉、これが奴の本名さ」

「はあ? 岡田は林田なのか……さっぱり分からんよ」

「林に岡を引っかけたのかもな。さて、一つのナゾは解けたが、偽名を使ってまで曾太郎に近づいた理由は何だろ……こうなったら、和歌山まで行って林田ナコミを探し出してなんとしてもとっちめないとな」

「おいおい社長、和歌山まで行く経費はどうするんだね。経費は掛けられないと言っていたじゃないか」

「まかせてくれ」

 杉田は笑いながら腰を上げた。

「自分のポケットマネーでいってくる。さアて、計画をたてるとするか」

 そう言いながら杉田はさっさと自室に引っ込んでいった。

「会社の運営はどうするつもりだね」

「なんだかさあ、嬉しそうじゃん」

 管弦が言った。

 公休日で自室でぼうっとしていた御手洗の内線が突然鳴り始めた。

「雄馬、二階の会議室に来てくれんか」

 杉田の求めに、またなんかやらかして小言をもらうのかと思った御手洗は、ビクビクしながら倉庫兼会議室に赴いた。

「役者の道、未だ諦めないのかな?」

「そうよぉ……次のオーデションでは絶対受かるんだからぁ。それより何の用ですぅ」

「役者ならカツラ、持ってるだろ?」

 いきなりの杉田に御手洗は面食らった。

「あと、伊達眼鏡なんか貸してくれないか」


 大型のバックを引きずりながら杉田は階段を降りてきた。

「ケンジ、帰ってきたか?」

 半分壊れかけの長椅子から祖父江は顔を出した。

「帰社したところすまないが、俺を新横浜まで送ってくれ」

「これからですか、ボス」

「ああ、頼むよ。それと和道君、明日からの仕事の割り振りは頼んだぞ」

 和道は唖然とした。

「藪から棒に何だね?」

「いいから、任せたぞ。さあケンジ、行こうか」


 新横浜から広島行き下り新幹線に乗った杉田は新大阪で在来線に乗り換え、和歌山駅を目指した。駅に到着した時には、日がとっぷりと暮れ辺りは闇に包まれていた。

 運良く駅前のビジネスホテルの一部屋が空いていて、杉田はそこに転がり込んだ。

 食事も取らずに林田重吉の顔写真と岡田治の写真を虫眼鏡で丹念に見比べていたが、顔つきは岡田と大分違う。

 杉田はある結論に達した。

『奴は……なんて悪賢い奴だ……整形をしているんだっ』




「社長、どうしちちまったンかさ。もう三日も音信不通だよ」

 管弦はため息をついた。

「和道さん、連絡つかないのですか」

 天馬の問いかけに和道もため息交じりに答えた。

「何をどうしているのかさっぱりだよ。こっちから電話してもでないし」

 電話応対している黒川が和道に報告する。

「鈴木塗装店から手元作業員三名、明日何とか手配できないか、と依頼が入りましたが、どう答えましょうか。場所は弘明寺です」

「弘明寺かね、ここからだと運転手が必要だろう。明日か……社長なら即断するだろうが……瑠那、誰か空いているかい?」

「ええと……」

 管弦は黒板を見つめた。

「直美とサヤカは空いてるようだけど」

 和道は当惑した。

「女性二名で勘弁してくれるかな」

 ようやく和道が受話器を取り上げたが、すでに電話が切れていた。

「仕事、減っちまったね」とがっかりした管弦。「明日の仕事は草むしりと風呂場のカビ取り清掃、網戸の張り替えしか無いよ。直ぐ終わっちまうよ。どうするかサ」

 受話器を下ろすと和道は両手で頭髪を掻きむしった。

「社長のように営業センスは無いし、決断力も無い私には荷が重すぎる。何とか連絡取れないものかねえ」

 その後次々と依頼が入るが、どれもこれも受注にはいたらなかった……。

 

 さかのぼぼること三日前の早朝。駅前のタクシー乗り場から乗り込んだ白髪で伊達眼鏡をかけた杉田は行き先を告げた。人なつこそうな初老の運転手は眼鏡をズリあげた。

「大道村かね。こっからやと一時間ほどかかるけんど」

「ああ、やってくれ」

「おいよ」

 杉田の答えに運転手はカーナビに住所を打ち込み確認すると発車した。

 信号の多い市街地を抜け、佐分利交差点を右に曲がると、左右に畑が広がる長閑な風景に一変した。その畑を横目で見ながら信号機も少ない道路をタクシーは順調に進んでいった。

「お客さん、どっから来たんかね」

「横浜だ」

「えらい遠うからお越し頂いてん」

「大道村には耶蘇義小学校があると聞いたんだが」

「ああ、それならかなり前に廃校になった。エライ勢いで少子化が始まってな。若い衆は都会に出るしな。大道村は、今では見る影も無う寂れてるけど、大昔は宿場町でえらい賑おうてたんだ」

 運転手ととりとめの無い話をしていると程なくして目的地に着いた。

「この住所だとここだ」

 杉田の降りた先には「林田電動機器開発」の看板が掲げられていた。

 ペンキが剥げかかった古びた看板の前に杉田は降り立った。ガラス戸の向こうには何やら工具が散らばり、コンバインだろうか、バラされた大型農機具のエンジンがむき出しになって転がっている。

「ちょっと待っててくれないか、用事が済んだらまた和歌山駅のほうに戻りたいんだ」

「おいよ、わしだってこんなところで客待ちする訳には行かんさけ、待ってんで」

 ちょっとした料金が手に入ると思っている運転手は朗らかだ。

「ごめん下さい」

 杉田はガラス戸を開けた。「はい」と言う声が聞こえ、奥座敷から高齢の女性が顔を出した。

 杉田は名刺を渡した。

「探偵さん? なんでまたこげな所へ。あらまあ、横浜からきなすった?」

 老婆は名刺を見ながら顔を上げた。

 杉田は岡田の写真を老婆に差し出す。

「早速ですがこの写真を見ていただけますか」

 受け取った老婆は写真を見つめた。

「しらんお人や」

 老婆は写真を放り投げた。

「林田ナコミさんは、この男を存じ上げないと」

「そうや」

「では何故、岡田治の連帯保証人になったのですか」

 いきなりの言葉にナコミは吃驚した顔をした。

「岡田治? 連帯保証人? なんのことでっしゃろ」

 あくまでもとぼける林田に、杉田は持っていた鞄を開けナコミの眼前に突き出した。

「ナコミさん正直にお答えください。ここの署名は誰が書いたのですか」

 杉田の追求に正座している林田ナコミの身体が小刻みに震えだした。

「し、しらんですがよ」

「この署名は直筆ですね。他人が書いたとは到底思えない」

「けえってくれっ!」

 老婆は喚き散らした。

「真実が分かるまでここをどきません」

「け、警察を呼ぶどッ警察をッ」

 そう言いながら林田ナコミは躙り寄り電話の受話器を取った。

 杉田は鼻を鳴らした。

「どうぞ、ご随意に。不用意に呼べばあなたの立場も危うくなりますよ。それでも良いですか」

 杉田は林田ナコミの後ろ姿を見つめた。林田ナコミは全身で荒い呼吸をしていたが、暫くすると取り上げていた受話器を観念したかのように力なく置いた。

「とうとうこの時が来たか。のう、探偵さん。内緒にしてくれんか」

 そして老婆は喋り始めた。

「岡田治じゃが、実はわえの長男、林田重吉じゃ」


 昭和のモーターリゼーション勃興期に林田電動機器開発に誕生した。自動車用エンジンだけで無く、農耕機具、発電機その他、大小様々な用途に使えるべくあらゆるエンジンの開発製造しメーカーに卸していた。

 その中でも重吉の父親、茂はアイデアマンでガソリン、軽油だけで無くバイオ燃料とした多種多様なエンジンを作る傍ら、長男重吉の他に次男勘輔も工業高校を卒業すると茂と共に様々なエンジンを開発していった。その中には水素エンジンの構想があった。

 設計図は出来たが、実用化するには膨大な費用と大規模な製作工場が必要だった。

 いくら技術やアイデアがあっても、所詮中小企業の域でしか無い。ましてや大都市にも遠い林田電動機器開発会社は他社から開発されるかもしれないと内心穏やかでは無かった。

 そこで茂は設計図を持って各自動車会社に売り込みを図りに東京へいった。どこもかしこも門前払いだったが唯一、御泥木自動車車体だけが興味を示した。


 そこまで言う老婆、ナコミは思い出したかのように啜り泣きはじめた。

「ある晩……」

「ある晩?」

 杉田は次の言葉を待つように促した。

 ナコミは顔を上げ、杉田を見つめた。

「茂は工場で首を攣ったんじゃ」

 老婆の衝撃的な一言に杉田は驚きを隠せなかった。

「なんとっ」


 茂が首を括ったその日は警察も来て大騒ぎだったが首を攣った原因ははっきりとしなかった。

 しかし重吉と勘輔は父親が御泥木自動車車体に騙されたと悟っていた。

 御泥木自動車車体が突如、水素エンジンの開発を大々的に公表したからだ。つまり、林田電動機器開発が血道を上げて開発した水素エンジンを横取りしたのだ。そして口封じとして幾ばくかの金額を支払ったのが御泥木曾太郎だった。

 いくら林田電動機器開発会社が声を上げようにも、日本経済を牛耳る巨大な御泥木財閥の前には太刀打ちできなかった。

 理不尽な振る舞いを受けた兄弟は、父親の敵として曾太郎を怨んだ。そして復讐を誓った。

「復讐と言ったんですね?」

「わえにはそう聞こえた。探偵さん、内緒にしとくれ。お願いだ。重吉が捕まったら、わえには……」

「辛い思いを起こさせてしまったな」

「ええんや。三十数年前のこと、思い起こさせてくれて」


 四日後、杉田は事務所に戻ってきた。

 早速和道は愚痴った。

「社長が不在の間は全く仕事にならなかったよ」

「仕事の割り振りは任せたはずだがなあ」

 暢気に切り出す杉田の言葉に管弦は不満たらたらだ。

「和道さんの優柔不断な性格で、台無しにした仕事のなんと多いことか」

「瑠那さん、それはちょっと言いすぎではないかしら? 和道さん良く処理していたと思いますよ」

 管弦の不満に和道を弁護するように天馬は答えた。

「だってサ、四日間で売り上げは二万円にもならないんだから!」

 管弦は反論した。

「無いよりましじゃない?」

 普段は温厚な天馬が、珍しく管弦に噛みついた。

「何だと、もういっぺん言ってみろッ」

 管弦はいきりたった。シュッと言う音と共に右袖口からナイフが飛び出た。

 不自由ながらも恐れもせず天馬は立ち上がった。

「あたしは新参者でもあたしのほうが年上よっ!」

 二人のやり取りを見て杉田は一喝した。

「やめろッ、二人とも、頭を冷やせっ!」

 杉田の剣幕に二人は押し黙った。

「楓、瑠那。二人とも帰宅を命ずる。荷物をまとめて帰れっ」

 杉田の命令に二人は戸惑ったが、あまりの荒々しい命令には背けなかった。管弦は自室に、天馬は事務所を出た。

 言い放った杉田はギシギシと鳴る椅子に身を任せ物思いにふけった。それは岡田の、いや、重吉の真意を如何にして吐き出させるか、と言う事しか無かった。

 直ぐには答えは出ない。それは数日を要する、と杉田は結論した。




 ゴールデンウィークに浮かれている五月上旬。

 邸宅前に到着した数台の大型輸送車両から警官が飛び出してくると、辺りに規制線を張り巡らせはじめた。

 御泥木御殿の周辺では多数の報道関係者が、慌ただしく規制線の横に集まりはじめた。

 何が始まるのだろう、と様子を見に来る近隣住民と野次馬が集まってそれが輪になった。

 マイクを手にしている記者が興奮するように喋っている。

「何が起きたのでしょうか。御泥木邸宅を囲うように規制線が張られ、複数の警察車両が進入を拒むように停車されております。あ……今、警備員の手によって邸宅に入る鉄格子の門扉が開かれました。そこを数台、警察車両が入りました。何かが起きたようです……」

 たどり着いた先では玄関ドアが大きく開かれ、玄関先には弥生と勝彦、岡田その他数名が警察官の来訪を待ち受けていた。警察車両から複数の男女が降り立つと、眼光鋭い数人の刑事が玄関先で弥生と対峙した。

「御泥木弥生ね」

 刑事たちを押しのけ、重伝が弥生の前に進み出た。

 重伝は懐から捜査令状を取り出し弥生の眼前に突きつけた。

「贈賄容疑で御泥木邸宅の家宅捜査を行う。本件の目的は……」

 じっと聞きいていた岡田が言う。

「いきなりなんだね。何かの間違いでは?」

 岡田の口調に重伝は無視した。

「邸宅を調べる」

 有無を言わせない迫力だ。

 それが号令のように次々と捜査関係者が邸宅になだれ込み、証拠資料押収のため夥しい数の段ボールが運び込まれ、地下一階の執務室からはその場でパソコンやタブレット、帳簿や銀行口座の類を次々と確認し、疑わしき物品はごっそりと運び出された。

 事務長と小曽礼が騒然とした光景を見つめる。

「どうしましょう。パソコンがないと入出金関係や経理関係が一切解らなくなります」

 事務長は頭を抱えた。

「仕方ない。当分手書き伝票で凌ぐしかない。直ぐ返却されると良いのだが」

「そこの金庫、開けてください」

 捜査員の一人が事務長に命令する。

 やれやれ、と首を振りながら金庫を開放すると捜査員が現金を数えはじめた。

 大広間に設置してある祭壇にも捜査員が取り囲んだ。

「祭壇裏や骨壺も調べる。くれぐれも粗相の無いように丁寧にな」

 がらんとした応接間に弥生と勝彦は所在なげに座っていた。廊下では捜査員が忙しなく動き回っている。

「いくら警察でもこの立ち振る舞いは許せませんわ。いきなりずかずかと入り込んで」

 苛立ちを隠せない弥生は寄り添うように立っている岡田に命じた。

「岡田、弁護士を手配して。それと小田切警視総監に厳重な抗議を」

「かしこまりました」


 重伝は二人の刑事とともに曾太郎の部屋に入った。

「なんだい、ここは」

 中年の刑事が驚いた。

 日当たりの良い部屋だが壁面には巨大なモニターが設えられ、周りには数台のスピーカー、幾多の端末情報装置が整然と並べられていたからだ。

「ここは総帥閣下が財閥関係者との連絡をするための会議室です。それと自室をかねております」

 執事の寺島が案内をする。

 重伝以下数名の捜査員が手分けして机の引出やチェストなどあらゆる場所を捜索しはじめた。引出の中も夥しい書類があり丁寧に段ボールに詰め込んでいく。

 引出の中を探っていると大きめの手帳が見つかり、新人の中田が手に取りパラパラとめくっていたが、ある日付のところで手が止まった。

「重伝さん、ちょっと良いですか。この日の記述見てください」

「確か……弥生が秋田に向かう前々日だね」

 曾太郎直筆の走り書きで『二億用意』と書かれている。

「賄賂の金じゃないでしょうか?」

 新人の中田は興奮した言い方だったが、重伝は冷静だった。

「参考にはなるけど、この走り書きではどうとでも取れるから賄賂の証拠としては薄い。でもこれは重要な証拠になるかも」

 そう言いながら重伝は付箋をつけビニール袋に手帳を収め段ボールに入れた。

 押収物は多数に渡り、追加で大型トラックも出入りし、終了するのも一日がかりの有様だった。


 ガサ入れから十日経っていたが、未だに重伝たちは膨大な押収物と格闘していた。

 捜査員の一人が結論づけるように重伝に言った。

「押収したパソコン、入出金関係書類でも今のところ現金が流れた事実は掴めていません」

 重伝はイライラししながら立ち上がり、会議室内を熊のように彷徨いていた。

「現金は渡っているのは確かなんだ」

 一人の刑事が報告した。

「地下事務所の金庫なんですがね、曾太郎総帥閣下は各財閥関係会社からの顧問料や相談料という名目で金が支払われていたとの報告があります。これは全て曾太郎の収入とされております。集められた現金はサーバーの帳簿と共に出し入れが頻繁に行われています。捜査員の説明ですと地下従業員の給料に充ててるという話ですが、従業員賃金台帳と照らし合わせても、一億円近くが合いません」

「それは事実?」

「目下、精査中です」

『それが事実なら一億の金がどこかに流れたかもしれない。二億の記述の意味合いはこれに相当するのかもしれないが……しかしこれでは賄賂の証拠では不十分だ。確たる証拠を見つけないと言い逃れるだけだ』

 重伝は焦っていた。それでなくても上長からハッパをかけられているのだ。発見できないとなると警視庁のメンツは丸つぶれだ。

「失礼しますっ」

 突然若い刑事が飛び込んできた。

「新人の中田か、どうした」

「重伝刑事、今し方まで映像解析班と一緒に防犯カメラをしらみつぶしに調べていたんですが、これを見て下さい。映像から切り出した写真です」

 中田は写真数葉、机の上に並べた。その写真には右上方から撮られた女が写っていた。

「拡大した写真のこちらです」

 重伝は驚いた。

「御泥木弥生?」

「次は、この女の後に重そうなアルミ鞄を持った男がついてきている写真です。さらにこれ。女と男を警戒するように取り囲む男性集団。制服についている紋章を解析した結果、これは御泥木警備会社のものと判明しました」

「やるな、新人」

「でかした、中田君」

 口々に褒められた中田は頭を掻いた。

 一枚の写真を取り上げたベテラン刑事が写真の隅を指し示した。

「しかし中田、ここに記されている時刻は合致しているのか、検証したか」

「もちろんです」

 初々しい中田は胸を張った。

「電波時計内蔵の次世代型防犯カメラです」

 それらの写真を唇をかみしめて見ていた重伝は唐突に閃いた。

「そうか……そういうことか」

「何か分かりましたか重伝刑事」

 刑事たちが見つめる中、推理を説明した。

「賄賂は御泥木自動車車体から直々に渡されたのではなく、御泥木弥生が部下を従えて現金を運び込んだ……そう、あの時……弥生は手紙を渡しに行っただけ、と抗弁していたが、実際は手紙と共に現金を渡した。だから御泥木自動車車体とは無関係に弥生が運び入れたのだ。そうに違いない」

「状況は揃ったんではないですか。弥生をしょっ引いて自白させましょう」

 いきりたつような刑事の言葉に重伝は腕を組み考え込んだ。

「上長と相談してみるが、これだけでは。……任意の事情聴取で行くしか無いだろう」

「事情聴取に素直に答えますかね」

「これだけ世間を騒がす御泥木財閥だ、吐かなければマスコミは騒ぎ立て、警視総監は矢面に立たされる。捜査本部も解散、だね。今までのみんなの苦労が全て水の泡になる……」

 重大な帰路に立たされている重伝たちだった。

 しかし。



 

 重伝とその部下二名が御泥木屋敷の玄関先に立っていた。

 重伝は弥生の顔を覗き込んだ。

「御泥木弥生さん、ちょっとお話を聞きたいと思いますがご同行願いませんか」

 岡田が重伝の前に立ち塞がった。

「刑事さん、それはどういう事ですかな?」

「あくまでも参考人としての同行依頼です」

 岡田は眉間に皺を寄せた。

「令嬢婦人をどうするつもりだね。任意なら拒否しても構わんだろう」

 重伝はにこりとして肯定した。

「もとより拒否してもよいですよ。ただ心証が悪くなりますよ」

 岡田は憤慨した。

「物品を押収された上に、さらに弥生様まで持ち去ろうという魂胆は如何なものか。弥生様、断固拒否しましょう」

 重伝と岡田のやり取りに弥生は女の意地を見せた。

「同行致しますわ」

 岡田は慌てた。

「弥生様ッ! お止め下さいっ」

 岡田の切羽詰まった勧告に弥生は岡田を諭すように言った。

「贈収賄だかなんだか解りませんけど、何もお話しすることはありませんことよ」

「お母様、お母様はここにいて下さらないと」

 二人のやり取りに勝彦は身震いした。

 弥生は勝彦を見つめた。

「大丈夫よ。直ぐに解ることですから。さ、刑事さん参りましょう」

 そう言うと弥生は玄関から颯爽と出て行った。

「弥生様ッ」

「お母様ッ」

 二人は口々に叫んだが、弥生は振り向くことなく捜査車両に乗り込んだ。


 邸宅前で待機している数台のパトカーのその傍らで、興奮したように報道陣が騒ぎ立てる。

「一体何が起きたのでしょうか。ここで一度スタジオに戻します」

 朝の報道スタジオが映し出され男女の司会者の姿に切り替わった。

「物々しい警察車両ですね。御泥木曾太郎氏の葬儀から間もないのに」

 女性司会者に評論家と称する男が反応する。

「元々御泥木曾太郎氏に関しては色々焦臭い話が出回っておりましてね、曾太郎氏の死去に伴いそれが表面化したのではないかと……」

 突然現場記者からの声が響いた。

「報道スタジオ、報道スタジオ、聞こえますか?」

 女司会者が慌てたように言う。

「何か動きがあった模様です。中継現場に切り替えます」

 女の声に伴って画面は現場に切り替わった。

 一台の黒塗りの警察車両が御泥木邸の門から出てきた。

「令嬢婦人が乗っているぞ」

 夥しい数のフラッシュが次々と焚かれる。閃光の中に一瞬、弥生の顔が映った。



 寒々とした空間に重伝が弥生と対峙していた。

 部屋の隅には刑事が聞き耳を立て、さらにカメラが二人を狙い、ミラー越しに別室で刑事二名が待機している。

 重伝は腕組みをして弥生の前に立っている。

 弥生は座ったまま重伝の顔を見つめている。

 やおら重伝は口を開いた。

「事情をお伺いしたいと思っております。お解りでしょう。賄賂の件です」

「賄賂? 何のことでしょうか、わたくしにはさっぱり分かりませんことよ」

「しらを切っても無駄です。この手帳の他に状況証拠が多数見つかりましたので……昨年の夏、秋田県牝鹿にある東北総括分科会に十数名の部下と共に訪問してますね?」

 それについては弥生は否定しなかった。「そうよ」

「前回、手紙を渡しただけと言う証言でしたが、あれから調べますと深夜まで話し合っていたとの証言があります。何を話していたのですか」

 弥生はシラを切るように横を向いた。

「部下が話をしていただけで詳しい内容は理解してませんの」

 重伝の目が光る。

「会議自体は午後七時で終わっております。その後分科会建屋で夕食会が始まり午後九時に散会しております。その後あなたは建屋に残って分科会支部長と面会していますね」

 じっと聞いていた弥生だが反論した。

「いいえ、わたくしは夕食会が終わった後は体を休めるためにバスに戻りましたのよ」

 その言葉の後、弥生と重伝は無言でにらみ合った。

 ヒリヒリとした時間が経ったあと重伝は言う。

「それは違いますね」

 弥生は眉間に皺を寄せ、重伝を見つめた。

「ウソではありません事よ。証拠はあるのですか。見せて頂きたい物ですわ」

 重伝は弥生の前に写真を数枚広げた。

「これは当時の防犯カメラの映像です」

 護衛と共にはっきりと映し出された映像に弥生ははっとなった。勝彦も映っている……。

 重伝はたたみかけた。

「時刻を見てください。深夜午前二時ですよ。カメラの時刻がずれているかもしれないと思って検証しましたが電波時計内蔵の防犯カメラです。時間が狂う訳はないですよ」

 真綿で首を絞められるようにだんだんと追い込まれる弥生だ。しかしなおも抗うように重伝を睨んだ。

「そんな証拠でわたくしをどうしようとおっしゃるの? 意味ありませんことよ」

 重伝が確信めいたように言う。

「それ以外にも証拠はあります。司法取引に応じた人物から証言を得ています」

 弥生は追い込まれるかのように戦慄いた。

「とある人物って、誰ですの?」

 その問いかけを無視するように重伝は厳かに話した。

「この手帳見覚えありますか」

「主人が使っていた手帳のようですわね」

 重伝はあるページを広げた。

「ここにに書かれてる数字を見てください。二億と書かれています。この数字にお心当たりはありますよね、弥生さん。この二億」

「知りませんわ、そんなお金なんて……」

 弥生の反論に重伝の唇がピクリと動いた。

「中田、今の聴きましたか」

「はい、しっかりと」

「映像は?」

「正常です」

 新人刑事ははっきりと返事をする。無言の間が流れる。

『なんなのこの雰囲気は……』

 弥生は不安になった。

 重伝は冷ややかな目で弥生の顔を見つめ、やや間をおくと口を開いた。

「二億と言いましたが、『二億円』とは申し上げておりませんよ」

 弥生ははっとした。

「そ……そんな……言葉尻をあげつらうなんて……卑怯じゃございません?」

 重伝はたたみかけた。

「心にやましいことがあってお金、と言ったんでしょう。そもそも二億は小切手かもしれませんし、仮想通貨、宝石、有価証券の類と言うこともいえますよ。それを何故、現金、とはっきり言い切ったのですか。……御泥木弥生さん、もうちょっとお話しを続けましょうよ。現金と称したのは何故ですか」

 顔を真っ赤にして気色ばむ弥生は抵抗し続けた。

「普通、そう聞かれれば、現金、と思いますのが一般的じゃありません?」

 重伝は無表情だが、それは牙をむいたオオカミのようだ。

「札束は重いでしょう。それにむき出しでは無くアルミ製の頑丈なケースで持参した事も割り出しています……。何故そんな事をしてまで現金を運んだのですか」

 弥生はぷいっと横を向き無言を貫いた。

「証言拒否ですか。任意聴取ですからそれも良いでしょう。しかしそれは弥生さん、証言拒否は後々不利になりますよ。答えないならこちらから答えましょうか。それは……」

 弥生はぐっと重伝を睨んだ。女同士の対決だ。

 重伝は言い放った。

「分科会会長は現金を望んだからです」

 鏡の向こうでは刑事達が話し合っていた。

「贈賄容疑確定だな。逮捕状の請求を」

「まあまて。結末を見てからでも遅くない」



「お母様の帰りが遅い……」

 鳳凰の間で一人椅子に座り、ぶつぶつと呟いた。掛け時計を見ると午後十時をまわっていた。

 そこへ岡田が顔を出した。

「勝彦様に申し上げます」

「おお、岡田、どうしました?」

「弥生様、本日はお戻りにはなりません。次の間で寝室を用意しましたので、今夜はここでお休みくださいませ」

 岡田の顔には疲労感が漂っている。今し方まで警察とやり取りを続けていたからだ。

「帰らないとは、どういう事」

「事情聴取が続いております」

 否定するように勝彦は頭を振る。

「そんな……お母様を虐めて何の得になると言うのでしょうか。早く戻ってきて欲しい。岡田、何か方法はありませんか」

 岡田は俯く。

「事の成り行きを静観するしかありません。勝彦様、今は落ち着く時です。なんとか解放されるように策を考えます。もう遅いですから、体に差し支えます。お休みくださいませ。明日は朝八時から会議があります」

 渋々勝彦は岡田の指令に従った。

 次の間には天蓋が設えられたベッドにふかふかの羽布団に適温の室内。

 用意されていたパジャマに着替えベッドに潜り込んだが『お母様……』

 嗚咽を漏らした勝彦の枕は涙で濡れていった。


 勝彦が涙に暮れる数時間前。

 弥生は取調室で女警察官数名に取り囲まれ立たされていた。

「衣服は下着も全て脱いで、その籠の中へ入れて下さい」

 予期しない警察官の言葉に弥生の全身が小刻みに震えた。

「は……裸になれ、とおっしゃるの?」

「凶器や薬物を隠し持っていないことを確認するための身体検査です」

「そんな……」

 羞恥心で弥生の顔は真っ赤になった。

「決まりです」

 警官は平然と述べた。

 弥生は躊躇っていたが、警官が恫喝した。

「脱げっ」

 悔しそうに唇をかみしめると怒りから涙がこぼれ落ちた。同性とはいえ裸にされるのは屈辱以外無い。

「顔を上げるっ。両手は水平にっ。両足は開くっ」

 女警察官数名の前で裸にされた弥生は、全身を調べ上げられた。

「よし、怪しいところはない。……これを着なさい」

 警官の一人が下着と灰色の囚人服を差し出した。さらに弥生は警察署四階の留置室前に立たされた。

「本日はここで」

 留置室の鍵が開けられ、促されるまま弥生は入った。

 そこは左側にはトイレが、右側にはベッドと薄べったい布団一式があつらえてある。部屋の真ん中最上部に、明かり取りなのか鉄格子で設えた狭い窓ガラスがある寒々とした空間だ。

 入ると直ぐに冷たい響きと共に鍵が掛けられた。

 突っ立ていた弥生だったが、所在なげにベッドの端に腰掛けた。

 まもなく男の看守が遅い夕食を運んできた。

「下げてくださいな」

 格子戸下の狭い空間から差し入れた看守は無表情だ。

「とりあえずおいとくぜ」




 冷えた独房に拘留され、ベッドの上に両膝を抱えている弥生がいた。

 弥生にとって連日の事情聴取は耐え難いものだった。何度も同じ質問をされ、頭の中はパニック状態だ。髪の毛はばさつき、血の気がうせた唇に頬も痩け、天の邪鬼のように青白い形相に変わっていた。

「飯の時間だ」

 お盆を持った看守は食事を差し入れたが、掠れた声で弥生は拒否する。

「……下げてください……」

「あったかいうちに食っちまえよ」

 そう言う看守は看守室に戻った後、同僚と話し込んだ。

「ハンストも三日目だ。水だけしか飲まんなんて、意地になってやがる。天下に轟く御泥木財閥令嬢婦人とはいえ、こうなると哀れなもんだなあ」

「優雅に育っただけに、臭い飯は喰わんってか」

 ゲラゲラと二人は笑った。

「明日には送致されるんだろ? となると、惨めな貴婦人は今日で見納めだな」

 もう一方が答える。

「ここを出ていけば俺たちには用なしさ。楽しませてくれたぜ」

「全くだ」

 二人はさらに淫らな笑い声を上げた。


 明くる日、マスコミは騒ぎ立てた。

「警察署からの中継です。厳重な警護で御泥木弥生の乗車は確認できませんが、検察庁に送られるのは疑いない事です」

 鳳凰の間に設置されている巨大画面を食い入るように見つめる勝彦は気が気では無かった。

「岡田、岡田ッ」

 悲愴な勝彦の喚き声に岡田は顔を出した。

「お呼びでございましょうか」

「早く、早くっ。お母様と会えるように段取りをッ」

 勝彦の剣幕に岡田は眉をひそめた。

「弁護士と話し合って、保釈金を整えております。いま暫くお待ちください」

 一礼して退席した岡田だったが、地下事務所に戻りながら思っていた。

『この異常な親子は、もうすでに親子の域を超えている……』

 他方、岡田が去ったあと勝彦は中継画面に虚ろな目を向けた。


 同時刻スケロク商事事務所では杉田をはじめテレビ中継を見ていた。中継が暗転し、スタジオでのコメンテーターたちの姿に切り替わった。

「経済評論家の島村さん、今後の展開として御泥木弥生氏はどうなりますでしょうか」

「少なくとも起訴されれば、今まで日本経済を引っ張ってきた御泥木財閥グループの経済価値は低下していくと思いますね」

「するとどのような事が考えられますか」

「財閥としての価値劣化は日本のみならず自由経済社会に与える影響は計り知れません」

「次に経済学専門の大江戸教授に話を伺います。先生はどのようにお考えになりますか……」

 事務所のテレビをを食い入るように画面を見つめていた願成寺がため息をついた。

「どうなっちまうんだろうねえ」

「どうもこうも、なるようになるんじゃないンかさ」

 管弦は願成寺に答えた。

「あああ?」

 願成寺は叫ぶと、乱れはじめた画面を唖然と見つめた。音声は聞き取れるが、画面にはモザイクが走り視聴できない状態に陥っていった。

「良いところに、なんだよお。アンテナがおかしくなったんか」

 願成寺を見つめた和道が首を振る。

「アンテナじゃ無い。我が社にとって一番古いテレビだし、これは故障だね。限界だ」

 願成寺は憤懣やるかたないようだ。願成寺は椅子にふんぞり返っている杉田を見ながら言った。

「じゃあ、社長、買い換えようよ」

 ぶつぶつ言う願成寺に机の上に両足を伸ばしながら杉田は柔やかに答えた。

「叩けばなおるさ」

「そっか」

 願成寺が立ち上がった。

 女とはいえ、ちからがある願成寺は液晶画面裏を数回勢いよく叩きはじめた。しかしその衝撃で画像と音声がぷつりと切れ、真っ暗な画面のままになった。

「あ~あ~、サヤカ、やっちまったね」

 結末を予測していた管弦は大笑いだ。

「だッて叩けば直るって社長が」

 願成寺は不満げだ。

「このデジタル時代に叩けば直るなんて……馬鹿げた話ね」

 呆れ顔の天馬に杉田は答える。

「買い換える理由が出来たな」

「買い換えるったって今、見られなきゃ意味ないよ」

 不満そうに言う願成寺に机から両足を降ろすと、杉田は引出を開け、和道の目の前に一万円札をひらひらさせた。

「和道、隣の中古屋に行ってテレビ買ってきてくれ。予算一万円以内だ」

 壊れたテレビからアンテナを外しながら和道が杉田の顔を見た。

「これはどうする?」

「隣の中古屋で引き取ってもらえるかな」

「分かった」

 一万円受け取った和道は壊れたテレビを抱え事務所を後にした。

「なに中古って。もう、自分の部屋でみるっ」

 願成寺はそそくさと事務所を後にした。

「でもさあ、今後弥生さんはどうなるかなあ」

 階段を駆け上がる願成寺の後ろ姿をみながら言う管弦に杉田は答えた。

「令嬢婦人、と言うより評論家が言うように、財閥グループ全体に問題が起きるだろうな。逮捕起訴となれば、財閥グループにはネガティブな印象が与えられてしまう。日本経済から否定される事を恐れ、財閥関係者は御泥木の看板を下ろすだろうし、そうなれば間違いなく財閥は瓦解する」

「へえ? そうなの?」

「私はラジオでしか情報を聞くことは出来ませんが」

 徐に黒川は口を開いた。

「社長と同じような意見が出されています。それに相続関係で、総帥閣下の隠し子騒動が起きているようです。それも一人や二人でないようです。さらに曾太郎から特許侵害を受けた、と裁判沙汰がいくつも湧き上がっております。曾太郎が亡くなり弥生が起訴、となればカリスマ性のない次期総帥には財閥関係を維持することは、まず無理でしょう。弥生自身も社交界の復帰は無くなりますね」

 和道は冷ややかな反応する黒川に言う。

「随分冷酷な言い方をするんだな、黒川君は」

「冷酷もなにも、冷静に分析判断すればそうなることは明白です」

 黒川の言葉に管弦は身震いした。

「これが御泥木財閥の末路なんて、身ぐるみ剥がされそうで、ホ~ント、やだやだ」

 杉田は総括した。

「有象無象が顔を出したな。どれもこれも莫大な相続を巡っての事だ。あれだけの資産を残した曾太郎だが、隠し子だの裁判だの、勝彦総帥は頭が痛いだろうがな、まあ、俺たちには関係ない話だ」

 天馬は儚んだ。

「なんだか社長も黒川さんも御泥木財閥の行く末を予測しているようで怖いわ」

「それより俺たちには未だ仕上げが待っている」

「仕上げって?」

 管弦は天馬と顔を合わせた。

 杉田が言う前に、和道が意気揚々としてむき出しのテレビを持って帰ってきた。

「二百円残ったぞ、社長」

「でかした」




 弥生が逮捕されてから半月後。

「何ですって?」

 重伝の握りしめていた受話器が小刻みに震えた。

「上層部からの通達だ。御泥木弥生の弁護団から保釈金が提供された。裁判所が認めたので、保釈する。さらに検察側の事情聴取は弥生の居宅で行う。本件にあたり坂下を副本部長に充てる。おって指示するが君は別の贈収賄事件を担当してもらう」

 重伝は受話器に向かって叫んだ。

「あれだけ騒がれた本件から外されるのは上長、納得がいきませんっ」

 しかし内線の主は重伝の立腹する言葉に反応すること無く冷たく言い放つ。

「贈収賄捜査では御泥木弥生の逮捕、送致した君の大いなる行動力は高く評価できる。その行動力で今後の捜査活動も期待する。頼んだぞ」

 上司は一方的に言うだけ言うと電話を切った。

 受話器を呆然と見つめる重伝……。

『納得できないッ、一体何が起きたというのよッ……』

 重伝は受話器を叩きつけた。

「上長に掛け合ってくるっ」

 周りの同僚数名が重伝の身体を押さえにかかった。

「そう、いきり立つのはよせっ、重伝、冷静になれ。上長の決定は絶対だ、それに上長だって、その上からの指示だ。いくら掛け合っても無駄だよ」

「今までの捜査、何だったのよっ」

 怒りに震え憤る重伝に同僚が落ち着かせようとした。

「君の苦労も分かるが、相手は落ちぶれたとはいえ御泥木財閥の令嬢婦人だ。それに曾太郎は警察や検察にも幅を利かせていた権力者だ。保釈金以外、なにかの圧力があったに違いない」

 重伝は怒りをあからさまにした。

「警察が一個人に忖度するっ? 信じられないっ」

 同僚がたしなめる。

「まあまあ、落ち着けよ琴葉。君が怒るのも無理はない。そんな言い方されたら俺たちだって。しかし考えてもみろ、正論が通らない社会もあるんだ」

 興奮する重伝は喚く。

「正義は何処に行ったのよ! 我慢できないっ!」

 憤然とした表情の重伝は振りほどくと机を蹴飛ばし署内を出て行った。

「おいおい、職場放棄かよ……上には体調不良で早退したと報告するか」

 一人がぼやいた。


 明くる朝、重伝は目を覚ました。

「ここどこ?」

 白い天井が目に入ったが天井はグルグルと回っていた。

「おはよう、琴葉。ここはあたしの部屋よ」

 重伝はバスローブに身を包み込んでいる天馬を認めた。

「楓の部屋?」

 重伝は全く記憶になかった。

「何も覚えていないのね」

「うん……痛っ」

 重伝は頭を抱えた。

「何たってここに運び込むのに大変だったんだから」

 天馬が言うには、飲み屋で酔い潰れている琴葉に困り果てた店主が、重伝から聞き出した天馬に連絡を入れ迎えに来てくれと言うことだった。ほっておけないと感じた天馬は真夜中にタクシーを手配、運転手に無理を言って天馬の部屋にやっと運び込んだ。しかし重伝は喚き散らし泣き叫び、あまりの騒音に両隣と階下からクレームが入り、明け方近くには警察官が事情を聴取するためにやってくる始末だった。

 飲み代の支払いとタクシー代、クレーム処理、と散々な目に遭った天馬だったが。

「何たって一人にしとくと危ないとおもってここに運び入れたんだよ。おかげで琴葉にベッドが占領され、あたしは床でごろ寝。それより、大丈夫? 目が回っているようだけど?」

「大丈夫……なんだけど……今、何時?」

「十時を回っているよ」

 重伝は素っ頓狂な声を上げた。

「大変っ、すぐ行かなきゃ。駅、駅はどっち?」

「今タクシーを手配するから、そんな状態じゃ電車なんて無理よ。持ち合わせある? 無いなら一万円貸しとくよ」

「すまねえ……楓」



 閑散としたダイニングに一人、ハムエッグにパン、ホットコーヒーと僅かなサラダと言う質素な朝食を取っていた。

『これから先はこうなのか……』

 以前は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた給仕係はいない。しかも地下事務所では人員が半数以下になっていた。

 医療従事者も解雇され、高額な検査機器など売り払われ、医療事務室はがらんとした空間になり果てていた。

 各所に点在していた防犯カメラの電源も落とされ最早ダミーカメラになり果てていた。庭師もいなくなり荘厳だった庭も荒れ果てたままになっている。

 経理担当の小曽礼は残っていたが、事務長と共に脚立に登り、切れた電球や応接間の窓拭き清掃など行っている。

 僅かに残っている職員が手分けして邸宅の維持を行っている有様だ。人員が削られている以上、残された人間はこの広大な屋敷の維持管理に二役三役も立ち回らねばならない。

 惨めに思っている勝彦にドアがノックされ岡田が一礼しながら顔を出した。

「勝彦様」

 急に現れた岡田に勝彦は顔を上げる。

「何?」

「弥生様、二時間ほどでこちらにお戻りになります」

「本当?」

 勝彦の顔がぱっと明るくなった。

「とりあえず保釈金と関係者に根回ししました。以後、邸宅にて弥生様の取り調べは続きますが」

「よくやったな、岡田。礼を言うぞ」

 二時間後、窶れた姿の弥生は玄関先で勝彦に迎えられた。

「お母様、お帰りなさい……あ、でもその姿は?」

 ヨロヨロと歩く弥生の目は落ちくぼみバサバサの髪の毛に、顔には染みが浮き上がっている。勝彦にとって今まで見たことが無い、弥生のうらぶれた姿だ。

「弥生様」

 執事の二人が弥生に駆け寄ったが、勝彦は追い払った。

「お母様は、ボクが部屋に連れて行く」

 そう言うと勝彦は弥生の肩を抱いた。勝彦に寄りかかる弥生は、生気を失っているかのようにグッタリとして身を任せている。彼女の自尊心はズタズタに切り裂かれ、華やかな社交界には、もう戻れない身体になっていた。

「可哀想に……警察に大分痛めつけられたのでしょう。さあ、兎に角横になってください、お母様」

 勝彦は労るように言うと、三階竜王の間に招きベッドに導いた。

 横になる弥生。やっと安堵のため息がする。

「勝彦、ありがとう」

 弥生は弱々しく勝彦に礼を述べると、勝彦は羽毛布団を弥生に掛けた。

 直ぐに弥生は寝息を立てた。

「可哀想なお母様……」

 そう言いながら勝彦は、弥生のバサバサした髪の毛をなで上げ、弥生に口づけをした……。




 夏が勢いよく駆け抜ける八月盛夏。

 御泥木曾太郎の相続問題もほぼ解決し、屋敷周辺に屯していたマスコミ各社の喧噪も無くなり、屋敷周辺の住民もホッとしていた。

 在宅起訴された弥生は華やかな社交界から身を引き、すっかり荒れた生活となっていた。勝彦は相変わらず岡田の指導の下で動いていた。

 御泥木財閥グループ十三社も御泥木電源開発社は政府の命により強制的に解散された。

 前代未聞の爆発事故を起こした御泥木車体工業はオッサン自動車に引き取られ、のちに吸収された。御泥木家自慢だった弥生号もスクラップにされ、今や影も形もない。

 御泥木宇宙開発が打ち上げた通信衛星『驚愕一号』も年内には停波し、ゴミ衛星として中空を彷徨うだけになる。

 勝彦の元に残ったのは、曾太郎を慕う御泥木学園と御泥木宇宙開発、御泥木水産だけとなった。それも株式増資に伴い仕手戦に巻き込まれ、受け継がれた遺産も大半が消えていった。さらにその三社も次の世代が代表となればどうなるか解らない危うさがあった。


 定休日の火曜日。

 事務所では杉田と和道が話し込んでいる。

「随分時間を掛けているが、この先どうするのかね、社長」

 杉田は両足を机の上に載せている。

「岡田、じゃない、林田重吉をどうやってとっちめるか、だろ」

「そうだよ、和歌山から帰って随分経っているぞ。そんな暢気でいいのかな」

 杉田は意味ありげに、ニッと笑った。

「和歌山で探りを入れたことぐらい、とっくに重吉の耳に入っているはずさ。直ぐに乗り込まないのは隙を与えるためさ。トンズラするかと思っていたんだが、未だ屋敷で院政を振るっている。それよりもなにより、ナコミには重吉と同じ様に偽名を使い架空住所の嘘っぱちの名刺を渡したから、林田も相当困っていただろう」

「何、そんないかさまを?」

 和道は驚いた。

「いかさまだろうが何だろうが、重吉だって偽名を使い、さらに整形もしているんだ。そのお返しで御手洗から白髪頭のカツラを被り伊達眼鏡を掛け、変装してナコミに接触したんだ。重吉に比べてかわいいもんよ」

 和道はあきれたように両手を広げる。

「怪人二十面相のような変装名人かね」

「それを言うならファントマだ。ま、そんな事より、ずらからないのはよっぽど屋敷にいるほうが安全と思っているのか。どちらにしろふてぶてしい奴だよ、林田重吉って奴は」

 杉田は急に両足を降ろしたかと思うと、引出からタバコを取り出し、火をつけた。

「おいおい、事務所は禁煙だよ、社長」

 杉田は旨そうに煙を吐く。

「そう堅いこと言うなって」

 茶目っ気たっぷりにウィンクする杉田に和道は両手を頭に乗せる。

「なら、いっそのこと、警察にたれ込むかね」

 杉田は天井に向けて紫煙を吐き出す。

「それも良いなあ。加藤副署長に花、持たせるか? あるいは楓の同僚にチクるか。そのほうが手っ取り早いけどなあ。……どちらにしろ我が社には利益はない」

 そういいながら二、三度タバコを吹かすと灰皿に揉み消し、いきなり立ち上がった。

「さて、乗り込むとするか」

 和道は吃驚した。

「また、いきなりなんだね」

「俺の計画を話す。和道、ちょっと耳を貸せ」



 数日後、ポンコツの大型トラックが御泥木邸宅裏駐車場に向かっていた。あれだけいた報道関係者は、弥生の逮捕起訴で決着がついたと見え、皆無だ。

 裏手の駐車場に着くと、それが合図のようにシャッターが上がりはじめた。動かしていたのは小曽礼だった。

「岡田執事長は今、自分の執務室にいます。勝彦総帥には別の執事が対応しています」

 小曽礼はそう告げた。

「了解。小曽礼さんも計画通り位置についていて欲しい。さて、これから本番だ、みんなしくじるなよ。一つでも間違えてみろ、計画はおじゃんだ」

 杉田が言うと、おう……と言う声が荷室から響いた。


 地下事務所の自室で林田はここを逃げ出すかどうか判断に苦慮していた。

『あれから二ヶ月……母を問い詰めたのはどこのどいつだ。直ぐに動きがあると身構えていたが、何もない。何故だ』

 あれ以来、何か起きたら自決できるように、林田は上着の内ポケットに中型ナイフを忍ばせている。

 頭を冷やす為に自室を出た林田は廊下を彷徨いた。

 ふと見ると、ガラス越しに返却されているサーバーの前で、熱心にキーを叩いている小曽礼の横顔があった。

 気になった林田は、悟られないようにドアを開け、小曽礼の背後に向かった。息を潜めながら、そっと肩越しに画面を見ると、何か調べているようだった。

 検索窓には『岡田治』と記されている。

『私のことを調べている?』

 林田の頭に血が上った。

 幸いなことに検索に夢中になっていて、小曽礼は林田の存在に気がついていない。


「何を調べているんだね」

 不意に、背後からの岡田の声がかかり小曽礼はビクッとして手を止めた。

 岡田は小曽礼の両肩に手を置いた。

「調べると言っても……」

 小曽礼は言い淀んだ。

「分かっているぞ。わたしの過去を探っていることはな。誰に頼まれた?」

 冷淡に言い放つ岡田だ。岡田は思いきり小曽礼の両肩を掴み上げた。

「痛いッ、岡田さん、止めて」

 小曽礼は振りほどこうとしたが、どう藻掻いても離れることが出来ない強力な力だ。

「私の過去を知りたがっているのは誰だね。あの得体の知れない探偵か? 君は答えを知っているはずだ、いい給え」

 岡田は鬼のような形相だ。岡田の指がさらに小曽礼の両肩に食い込む。

「痛い痛い」

 答えられない小曽礼は顔を歪め喚いた。

 小曽礼の肩に手をかけた岡田が、上着のポケットからナイフを取り出し、冷酷に言い放った。

「あの曾太郎総帥閣下のように君も闇に葬らねばならんようだ。お前はこの邸宅の屋上から将来を悲観して身を投げた、としよう。それともここで自殺したことにしてもいいぞ。後始末は任せてくれ。さ、立ってもらおう。こっちを向け」

 観念したかのように小曽礼は立ち上がり、ゆっくりと岡田のほうに顔を向けた。

 突如、岡田は目を見張った。

「誰だ、お前は?」

 振り向いた小曽礼、いや、小曽礼にそっくり化けた御手洗がニッと笑った。

「お久しぶり」

「ナイフを捨てろっ」

 林田の背後から荒立った声と共にに、いきなり杉田が祖父江と共に現れた。予期しない展開に林田重吉は顔を歪めた。

「岡田……いや、林田重吉……観念しな」

「杉田? くそうッ、いつの間にっ。……得体の知れない探偵、とはさては貴様のことだったのかっ」

 鬼のような形相で林田は御手洗を突き飛ばし、杉田にナイフを両手に握りしめ、喉元に突き立てた。

 しかし、いち早く動いた祖父江の左脚が飛んだ。同時に祖父江の強烈な右フックが林田の腹に食い込んだ。

 宙を舞うナイフが乾いた音と共に床に落ち、衝撃で蹌踉めいた林田はゲホゲホと咳き込み呻いた。

「色々調べさせてもらったぜ、林田重吉さんよ」

 肩で息をつく林田は杉田を睨む。

「……お前か、あの探偵は。母には偽名を使った名刺を渡したんだなっ」

 杉田はほくそ笑んだ。

「そりゃあアンタも同じだろう? 俺はアンタと同じ事をしたまでさ。だがな、整形まではしてないぜ。顔形を変えてまで曾太郎に近づいたのは、やっぱり……怨みか?」

「当たり前だッ」

 林田は大声を上げた。

「父が心血を注いで開発した水素エンジンを、さも、御泥木自動車工業が開発したように装いやがった……ウチらのような下町工場じゃ喚いても、当時曾太郎は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。絶対太刀打ちできなかった。それに父の話など聞く耳を持つものなどいなかった……」

 林田は吐くように叫んだ。

「同じ目に遭わせてやりたかったんだッ……これは父に対する復讐だッ」

 興奮する林田の叫びに杉田は冷静だった。

「しかしよく、この屋敷に潜り込めたもんだな」

「この屋敷では常時使用人を募集している。応募条件は非常に高度なものだったが、この機会を逃したら一生悔いが残ると思った私は、工場は弟に任せ、父の恨みを晴らすため、必死の思いで条件に見合う資格を取った。そして苦労の末この屋敷に入る事が出来た。さらに己を殺し曾太郎に取り入られるべく振る舞った」

 岡田の目は燃えていた。

「そして見事にやり遂げた……か。だがよ、復讐が終われば用なしだろ? この御泥木御殿からさっさと姿を消すだろうが、何故そうしない?」

 岡田はふっとため息をつき、そして薄笑いを浮かべた。

「情が移ってしまったのだ……。長年御泥木財閥と関わって曾太郎の復讐のためだけにここにいたはずだったが、いざ、復讐劇が終わった途端、弥生と勝彦に哀れみを感じたのだ。……曾太郎の命だけを絶つことが林田家の目的だったが、次男雅弘を巻き添えにしてしまったのは、私のシナリオには筋書きには無かった。……私は復讐の為、己を殺し、偽り尽くしてきたのだが、弥生と雅弘、勝彦には罪はない」

 杉田は肩をすぼめた。

「その結果、弥生と勝彦を何とかしたいと思ったんかい。哀れだぜ、お前さんは。……分からないのは爆発させた仕掛けがだが?」

「弟を呼んで彼の部下と共にエンジンとタンクに遅延爆破回路を仕掛けた。二台とも仕掛けようとしたが、どうしても巧くいかず一台だけで時間切れになった。当時、曾太郎はどっちに乗るか分からなかった。一か八かの賭に出た」

「そうか。先頭の車が爆発したが、曾太郎の乗った後続車も巻き込まれ、結果的に爆殺は成功したッて訳か……」

 林田は咳き込みながら呟いた。

「なんとでも言ってくれ……曾太郎を殺したのは私だ。自殺する気も失せた。さあここまで話したのだ、警察に連れてってもらおう。一切を白状する」

 目を瞑り観念した林田だったが、杉田の言葉は意外だった。

「潔いがね、お前さんが復讐劇をしようがしまいが、これから先、お前さんが御泥木財閥を影で牛耳ろうと、さっさとトンズラしようと、我が社の利益には何もならないんだなあ」

 林田はゆっくりと立ち上がった。それを見て祖父江は身構えた。

「何だと……? 犯人であるこの私を見逃すのか」

 祖父江の一撃は相当なものだったに違いない。林田の足はふらついている。

「みのがす? 何言ってんだ。さっきから言ってるだろう? 我が社には何の利益もならないって。俺たちは勝彦や警察にチクらないぜ。何しろ証拠がないんでね。ただ、組織がものを言う警視庁だ。そのうち証拠を積み上げ動きだすだろう。そうなればアンタの運命もしれたものになるぜ」

 そう言いながら杉田は林田を見つめた。

「早いとこ、ずらかった方がいいんじゃないか?」

 腹に手を当てている林田はきっぱりと言った。

「私には未だ、勝彦を育て上げなければならん仕事がある。それに……逃げ出すには未だ時間がある」

 杉田は、パンパン、と手を叩いた。

「ほっほー、見上げたもんだ。俺はこれ以上なにもいわんぜよ。ただし、だ、忘れたとか言わせないぜ。この御手洗が勝彦に化けて会議をやり過ごしたこととか、弥生令嬢婦人が一方的に契約を破棄した契約不履行とか……まあ、和歌山まで出向いた経費はサービスするよ。しかしあんたが逮捕されりゃあ経費は全ておじゃんだ。どうする、林田さんよ」

 にやりと笑う杉田に林田はあの危機的状況を思い出した。

「あの時の報酬はそのままだったな。いくら欲しい?」

 杉田は片頬を上げた。

「またア……いくら欲しいなんて、いかにも俺は金の亡者のような言い方じゃないか。いいかい、林田。ビジネスだよビジネス。ビジネスライクにやろうぜ」




 金四大探偵社ヨコハマ応接室の机の上には、六億円の札束が置かれている。

 須藤のまえで岡田の代理人と名乗る男と数人が対峙している。

 須藤と坂田は無言で札束を眺めている。

 やがて岡田の代理人が口を開いた。

「岡田総帥補佐からの指示で持参した。杉田様と等分に分けよ、と。岡田総帥補佐からの伝言は以上だ」

 両手を組みながら須藤は代理人を見つめた。

「岡田執事長では無いのか」

「岡田執事長は勝彦総帥と二人三脚で執務に当たるため、総帥補佐となった」

「えらく出世したものだな」

 須藤の皮肉に代理人は無視した。

「これを受け取った以上、御社と御泥木家は一切の関わりが無くなる」

 須藤は首を竦めた。

「ああ、分かった分かった」

 須藤の返事に代理人はお付きの者を従えて部屋から出ていった。

 須藤達の緊張の糸が切れた。

「ふう。なんていう威圧感だ。久々に緊張したぜ」

「あれが財閥パワーなんですかねえ」

 坂田も感じていた。

「しかし、岡田って奴も執事頭からエライ出世をしたもんだ。アイツは長男をゴーストに仕立てて、自分で財閥を自由にコントロールしようって魂胆だぜ。とんでもなく頭が回るヤツだ」

「しかし社長、六億とはとんでもない金額ですね。御泥木財閥との関わりを知られたくないことですかねえ?」

 須藤は言う。

「手切れ金ってことだな。それにしちゃあ全く途方もない金額だぜ。さすが腐ってもスーパー財閥だ」

「スケロク商事にはいくら渡しますかね」

「杉田ンところか? ……そうだな……口止め料として五百万渡すか」

 坂田はその額に吃驚した。

「え? いくら何でもぼりすぎじゃあ?」

 欲に目が眩んでいる須藤はニタニタと笑った。

「なあに、仕事回してやったんだぜ。それで充分さ。そうでなくても令嬢婦人から一千万とか、俺らの目の前で金が素通りしたんだ。儲け損ないだ、畜生め。今回は岡田と直接のやりとりだ。金額なんて分かりっこない。そんなわけで五百万円で充分さ、杉田も泣いて喜ぶだろうぜ。坂田、極上のブランデーもってこい。祝杯だ」

 須藤は高らかに笑い声を上げた。

「たった五百万かい」

 机の上に肘をつき指を絡ませていた杉田は呟いた。

「昔からタヌキだからな。信用できないと思って盗聴器を仕掛けておいたんだが、こうも効果を上げるとはな」

 側で聞き入っていた的場が不思議に思った。

「親方、何時仕掛けたんで?」

 杉田はクスリと笑った。

「ほら、最初に君と一緒に事務所に呼ばれたときさ」

「わからんかったでがす」

「五百万で手を打つつもりかな、社長。私は納得できないな」

 和道は不満そうだ。

 杉田は皮肉っぽく言った。

「元々この騒動は須藤から回って来た仕事だったからな。さァて、ばれる前に手土産持参がてら回収するとしようか。たった五百万も頂いたと言うことでね」

 杉田のパソコンのスピーカーから須藤達の高笑いが響いている。

「その必要はないよ、社長」

 むすっとした表情の和道は引出から押しボタンスイッチを取りだした。

 和道がスイッチを押すと、いきなりスピーカーから「ボンッ」と言う音が響き、以後沈黙した。

「おいおい和道、何をしたんだ……」

 和道はウィンクした。

「こんなこともあろうかと思ってね、盗聴器に花火を仕掛けておいただけだよ」

 杉田は呆けた顔をした。

「花火? 花火にしちゃあ大きな音だったぜ」

 和道はとぼけた。

「分量間違えたかな」



 翌朝、金四大探偵社から三億円が振り込まれた。


第三話 隻腕の女 その4 財閥凋落 完



如何でしたでしょうか。

長らくお待たせしたわりには、尻切れトンボ感があるかと。ひとまず御泥木財閥関係の話は終わりに致しますが、全く終わりではありません。幾多の謎が残されたままです。


出奔した綾樫博士、毛那須心美、二人の待ち受ける運命は?

天馬が巻き添えになり、ひったくられた鞄の中には何があったのか?

今回触れてませんが、天誅教会の謎も残ったままです。


未だ幾多の謎が解き明かされておりませんが、ここで一度、財閥関係を離れまして古くからあるウィルスをモチーフにした『第四話 突然変異体_X』をお届けする予定です。


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