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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

森の化け物は優しかった

作者: のだ

ジャンルもキーワードも何もわかっていない初心者です。どこに何を書けばいいのかもイマイチわかっておりませんので、もし間違っていたら、こっそり教えていただけると助かります……。


※pixivに掲載済

人の叫び声が響き渡った。この森では獣も出るので特に珍しいことではない。しかし、あまりに距離が近かったため、まさかこの辺りで熊でも出たのかと、気づかれないように木に半身を隠しながら様子を伺う。


そこには、地面に盗賊のような格好をした男が横たわり、それを見下すように銀髪の男は静かに佇んでいた。


「お、俺が悪かった!!どうか命だけは……!!」

『逝ね』


命乞いをする男に、冷たく吐き捨てる。その瞬間、男は何かに首を締められているかのように必死に首を掻きむしり、しかしその何かから解放されることはなくそのまま息を引き取った。


……とんでもないものを見てしまった。もし自分も見つかれば、あの男の二の舞いとなるだろう。音が鳴りそうな木の枝などを器用に避け、静かにその場を去る。


「おい」


どうやら作戦は失敗したようだった。……いや、もしかしたら自分のことではないのかもしれない。だって自分はまだ相手から見える位置には立っていないのだから。


「……後1歩でも歩けば、お前の命はないぞ」


降参だ。今度こそ私はその場で両手を上げた。こんなことなら様子など見に来なければよかったと激しく後悔をする。


「女だったのか。」

「えっ!!?」


突如 目の前に現れた男に、思わず後ろに飛び退く。何故!?ここからさっきまで男がいた場所は、一歩や二歩の距離ではない。現に、先程殺された男も少し目を細めてやっと見える程度だ。分かっていたことだけれど、こいつはやはりただ者では……というより人間ではない。


「ここで何をしている」

「私は果物を採りに来ただけで……!!ここにいたのは、誰かの叫び声が聞こえたので様子を見に来たんです!!……見に来ましたが、何もなかったようですね!!」


あくまで私は何も見ていませんの体を貫こうとする。ええ、何も見ていませんし聞いていませんので、どうか命だけはお助けを。……あれ、すでにさっきの男と同じ道を辿っていないかこれ。


「果物は。」

「は?」

「果物はその籠に入っている分だけで十分なのか?」


男は私が腕に掲げている籠を指差しながら言った。山盛りに入っているし、今日はもうこれ以上採る予定はない。


「はい。だからこれから帰るところで……」

「なら森の入り口まで送ってやる」

「道は分かるので大丈夫です!」

「……そうか。気をつけて帰るといい」

「え、ええ。お気遣いどうも」


そう言って男から離れようとしたとき、周りの雰囲気の変化にようやく気がついた。既に日は沈みかけており、木々がざわめいている。そして、僅かに聞こえる唸り声。……これは、


「囲まれている……?」

「あぁ。だがお前はその懐に忍ばせたナイフ一本で事足りるのだろう?引き止めて悪かったな。」


バレていた……!!しっかり服の下に隠していたはずなのに何故!!コレを何のつもりで持ってきているのかその意味まで気づいているのだろうか?分かった上で、私を送り届けようと?必死に思考を巡らせるが、その間にも男は私の帰り道とは逆方向に進んでいく。このままでは格好の餌食だ。


「待って!!やっぱり送ってください!!」


私は男の後を追い、腕にしがみついた。人語の伝わる危ない奴か、人語が伝わらない獣なら、私は前者に賭ける。



「あの、ありがとうございました。」

「あぁ。」


返事をすると共に踵を返し、振り返ることもなく男は今度こそ森の奥へ帰って行った。


「怖かった……。」


木にもたれ掛かり、力が抜けたようにズルズルとしゃがみ込む。あの後、無事に森の入り口まで送ってもらったわけだが、その間 獣は一切襲ってくることはなかった。勿論、何もしなかったわけではない。そして、何かをしたわけでもない。男はただ一言『動くな』と呟いた。ただそれだけだ。


隣でしがみついていた私は自由に動けるし、何か変化があったようにも思えない。ちらりと男の方を見るが、男はこちらを見ることも腕を振り払うこともせず歩き出し、無言のまま入り口に辿り着いたのだ。


安堵したようにため息を吐いた時、視界にちらりと果物が目に入る。


「早く帰らなきゃ!!」


私は全力で家に駆け出した。



「おや、なんだ。あんた帰ってきたのかい」


私が家に着くと、皆はもうご飯を食べ終える頃だった。私の分は残されていない。


「こんな時間まで帰ってこないから、獣にでも食われちまったのかと思ったよ。だがしっかり果物は採ってきたようだね。……で、肝心の奴はどうしたんだい?」

「そ、それが森中探し回ったのですが見当たらなくて……。」

「なんだって!?よく何もせず帰ってこれたもんだ!!お前は飯抜きだよ!!」


おばさんはそう言いながら、籠から一つ林檎を手に取り思い切り私の頭にぶつける。元々食べさせる気などなかったくせに。


「いいかい?明日こそ奴を殺してくるんだよ」


私はぶつけられた林檎を拾いながら、コクリと頷いた。



"奴"とは、森に住んでいる化け物のことだ。そいつの声を聞いた者は死ぬ。それが街に広がっている噂。それが怖くて、皆 あまり森には近づかないようにしている。


しかし、誰も姿をみたことはなく、容姿については言いたい放題だ。3mはある、鋭い牙と角が生えているだとか。


そこで、おばさんは私にそいつを殺してこいとナイフ一本だけを渡し、外に放り出したわけだ。見つけるまでは食べ物でも収穫してこいと別の用事を頼むことも忘れずに。


おばさんは本当の叔母などではない。私の両親が不慮の事故で亡くなった後、私の押し付け合いが始まり、何かの賭けに負けて引き取ることになったそうだ。つまり私はただの厄介者。


普段から、炊事洗濯掃除など全てを押し付け、出来ていなかったら今のように飯抜きなど当たり前。私が作ったご飯なんだけど。


おばさんはさっさと私に死んでほしいのだろう。故にそんな危険な森へ1人で平気で向かわせる。


きっとあの男こそが街の噂の"奴"だ。声だけで確かに人を殺していた。だから、本当は腕にしがみついた時点で殺すべきだったのだ。


でも、もしあの場で殺していたら、私は獣に殺されていたかもしれない。仮に無事だったとしても奴にナイフの存在だってバレていたし、襲いかかろうとでもしたら逆に私がやられていただろう。


リアは心の中で必死に言い訳をする。本当はあの男のことをおばさんに報告してもよかった。殺すことは出来なかったが、容姿だけでも伝えることはできる。しかし、それをするにはあまりに彼は優しかった。


(森の入り口まで送ってやる)


「……お腹、すいたなぁ。」


明日こそ彼を殺せたらいいな。と林檎に一口齧りついた。



「そこで何をしている」

「び……っくりしたぁ。急に驚かさないでください」


急に上から降り掛かった声に驚き、思わず尻餅をつく。この男もこんなに朝早くから活動しているのか。


「何って、野菜の収穫をしてるだけですよ」

「その葉だけを食べるのか?」

「……おじさんは知らないかもですけど、この植物は茎の部分に毒があって、」

「それは知っている」


知ってるんかい。口をついて出そうになったが、ぐっと押し留める。知っているのならこれ以上話す必要もないだろう。なぜわざわざそんなことを聞くのか。


「……その茎には毒があるが、葉と茎を同時に食べることでそれは中和されるんだ」

「えっ!?」

「葉だけでは苦いだろう?」


男の言う通りであった。確かに葉の部分は食べられるが苦くて癖がある。しかし栄養素が高く、皿の隅に少しだけ乗せることが一般的だ。でも葉と茎を一緒に食べると毒が中和されるなど聞いたこともない。この男が特殊なだけでは……?


訝しげな目でちらりと見ると、男は葉を茎ごとむしり自分で食べてみせた。そしてもう一度採ると、今度は私に手渡してくる。


「騙されたと思って食べてみろ」


騙されたら死ぬんですが!!しかし毒味のようなことをさせてしまいながら、このまま自分が食べないのも後味が悪い。私は意を決して、渡された葉と茎を食べることにした。どうかこの男も人間と同じ身体をしていますように。……ぱくり。


「美っ味し〜〜!!!!」


何これとても甘い。もしかして魔法でもかけたのかと思うぐらいいつも食べてる味とは全然違う。男の方を見ると、してやったり等の顔をすることもなくいつもと変わらず無表情だった。


「これって元々の葉の味なんですか?」

「あぁ。俺は採っただけで何も手は加えていない」


良いことを聞いてしまった。早速今日も家で……。と考えるが、自分の分があるのかも分からないのに作るのは癪に障るのでやめた。おばさんたちは苦味のある葉だけを食べていればいい。きっと今だって私の作り置きしてきたご飯をぐーたらと食べているに違いない。


いつものように葉だけを採り、少しだけ葉と茎が繋がっている物も入れる。私がご飯を作り終えた後、こっそりと1人で先に食べていたことが見つかった時のことは思い出したくもない。だが味見として、摘む程度なら問題はないだろう。そのときにでも食べることにしよう。


「おじさんは、いつもこの森で何をしているんですか?」

「見回り……だろうか」


森の番人かよ。いや、それで合ってるのかな。何にせよ予想通りといえば予想通りで、何も役に立つ情報などは得られなかった。


「あまり遅くなるなよ」

「え、ちょっと待……!!」


引き止める声も虚しく、森の奥へ進んでいく。私のことは本当に見回りのついででしかないのか。いやそんなことより、


「こんな昼間から家に帰れないんですけど……」


私は今日もあの男を殺せなかった。



それからも私は毎日森へ来た。そして男にも毎日出会った。暇、というわけではないのかもしれない。少し話してはすぐに去っていく。


だが、二人で話すことにも随分慣れた。野菜の他にもキノコや魚のこと等も教えてもらい、料理のレパートリーも増えていく。……家で作るものは何一つ変わらない、変えていないけれど。


そして一つだけとても重要な情報を手に入れた。それは、彼の名前だ。「ルイス」というらしい。当たり前だが、ちゃんと名前があったんだな。と失礼なことを思った。


くきゅるるる


お腹空いた……。最近では少しつまんだもの以外は口にしていない。この森でお腹いっぱい食べれる分の食料は手に入る。しかし、おばさんの前で元気な姿を見せると、殴られることは間違いないだろう。ルイスさえ殺してしまえば、どんなに食べても文句は言われないだろうけど。


「はぁ……。」

「今日は木登りか。」


突然声がかかってももう驚かない。ルイスを横目で見るだけで、私は構わず木の実の採取を続けた。あの赤い実は他の実よりも上質そうだ。腕をぐっと伸ばした時、身体がフラつく。こんなところでまともに食べていなかったつけが来るなんて。


落ちる……!!衝撃に備え目を閉じるが、いつまで経っても痛みが襲って来ることはなかった。


「大丈夫か?」


惚れるかと思った。まさかあの噂の男が助けてくれるなんて夢にも思わなかった。姫抱きのまま、ルイスは相変わらずの無表情でこちらの顔をのぞき込んでくる。いや、惚れていなかったとしてもこの至近距離でのイケおじは心臓に悪すぎる。


「だ、大丈夫です……。」 


恥ずかしさのあまり、視線だけを必死に逸らす。あまり動いて抱えにくくするのも申し訳ない。男はそっと下ろそうとするが、心地の良い腕の中、その僅かな時間で私は意識を飛ばした。



「ここ……どこ」


目が覚めると、そこは見知らぬ家だった。外はすでに真っ暗で、随分長いこと眠ってしまっていたことが分かる。


「起きたか」


顔をあげると、そこにはルイスがいた。ということは、あのままこの家まで運んできてくれたのだろう。空腹と、空腹で眠れないことによる睡眠不足。倒れるには十分すぎる要素だ。


「すみませんでした!!あの、ご迷惑をおかけしてしまい、ベッドまで……。」

「何日も食べず寝ずで過ごしていたら当たり前だ。」

「え……。」

「腹はよく鳴らすし、日に日に濃くなる隈。気づいていないとでも思ったのか?」


思っていました!!話すこと機会が増えたとはいえ、いつもすぐに居なくなるから。気恥ずかしくて少し布団に潜りこんだが、すぐに布団を剥ぎ、立ち上がった。


「すみません!!私帰らない……と、」


勢い良く立ち上がったが、すぐにふらつき布団に戻ることとなった。寝ているだけで空腹まで改善させることはないのだ。


「簡単な物なら作ってあるから、食べていくがいい。このままでは帰ることすらままならないだろう?」


ルイスはそのまま別室に行き、私も後についていく。そしてテーブルの上を見た瞬間、簡単の意味を頭の中で何度も反芻した。


簡単。簡単ってなんだっけ。見たこともない野菜の薔薇のような盛り付けと、匂いだけで涎がこぼれ落ちそうになる見るからに美味しそうなお肉。そしてこれまた豪華でカラフルな果実や、水のように透き通っているスープなど。


森の番人ではなく、森にレストランでも開いてシェフをしたほうがいい。絶対向いていると思う。


「こ、これ食べてもいいんですか?」

「あぁ、全部お前のだ」


この量を全て!?嬉しいが食べきれるだろうか。かなり不安だが、残すという文字は私の辞書にはない。よく食べる女の子は可愛いと本でも読んだことがある。


……だから何だ。別に私はこのおじさんに恋をしているわけではないので、そこはどうでもいい。バシッと頬を両手で叩き、腹をくくりフォークとナイフを手に持つ。


「いただきます」


……美味しすぎる!!手始めにスープから手にかけたが、見た目に反してコクのある味。しかしそれもしつこすぎず、何杯だっていけそうだ。

次に野菜、お肉と手につけ、もうほっぺたが落ちそうだ。何日も食べていなかったはずなのに、どれも胃に優しい味で、ものともしなかった。


食べている途中、ルイスが「最近の子は両手ではなく頬を叩いて食べるのか」とぽそりと呟いた言葉に吹き出しそうになったが、なんとか耐えた。ごめんなさい、そんなことはないよルイスさん。両手で合ってます。


「ごちそうさまでした!!」


今度はちゃんと手を合わせて鳴らす。食器を下げようと持ち上げるが、そのままでいい。と言われ、素直にそれに従う。この家の勝手も分からないため、こればかりは仕方がない。


「とても美味しかったです!!本っ当にありがとうございました。」


私は満面の笑みでお礼を言った。料理の味を思い出してはニヤニヤが止まらない。あんなに美味しいご飯を食べたのは生まれて初めてだった。やはりこの人は森に住んでいるだけあるなと改めて思った。


「送っていく。」


ルイスは立ち上がり家を出て、私も置いていかれぬよう隣を歩く。きっとこの人は悪い人ではない。悪い人だったら、こんなに世話を焼いてくれることなんてないはずだ。この男を殺すのではなく、街の誤解を解いたほうがいい気がする。


しかし、それをするには出会いが引っかかった。あのとき、ルイスは命乞いをする男を淡々と殺していた。あの男は一体この人に何をしたのだろうか。


何故、街に噂が広まり化け物などと恐れられているのか。


「ねぇ、ルイスさ、」

「今日は夜更かしはするなよ」


どうやらもう森の入り口についたようで、相変わらずルイスは私の言葉を聞くこともなく、森へ帰っていた。街を朝日が照らし始めている。


「夜更かし、ね。」


したくてしているわけではないのだけれど。これから襲いかかるであろう暴力に震えたが、先程までの夢のような時間を思い返しては気を紛らわし、帰路へと急いだ。


「あんた!!こんな朝方まで何やってたんだい!!奴を殺したわけでもないくせに、勝手に休養までとって!!私らの朝飯が用意できていないくせに、どこをほっつき歩いて飯まで食ってんだ!!」


帰ってくるなり、おばさんは私の頭をフライパンで殴りかかる。ポタポタと頭から血が滴るが、おじさんは知らんぷりだ。目玉焼きだってぐちゃぐちゃであるが、おばさんだって料理が完全に出来ないわけではないのだし、たまにサボったぐらい許してくれてもいいのではないか。


「まぁその辺にしといたら?ちゃんといつものように食料は採ってきてるみたいだし」

「でも、こいつは……!!」

「いいから」


そう言って、おばさんを止めたのは、おばさんの子どものディランだ。子どもと言っても20歳は超えている。正確な年齢は忘れた。


こいつが止めてきたのは正直意外だった。おばさんと一緒になって蹴ったり髪の毛を引っ張ったりだって何度もされたことがある。ディランはこそっとおばさんに耳打ちをすると、おばさんはみるみる顔色が変わった。


「……こいつが……?……でも……」

「……だから……それで……」


ところどころしか会話が聞こえず首を傾げる。良くない話をしているのだろうが、何にせよこれ以上暴力を振るわれることがなさそうなことに私は安堵した。


「今日はしっかり部屋で休むんだよ」


さっき私に勝手に休養をとるなと言ったばかりではなかったか?あぁ、勝手がだめで、言われてからなら取っていいのか。私は「はい」と返事をし、言われた通り部屋に戻った。


「……料理美味しかったな。」


見たことない料理に、食べた事のない味ばかり。あの森には私の知らないものがまだまだ沢山ある。おばさんは私についでだと言って森へ食料を採りに行かせるが、この街にだって畑や鶏小屋はあるし、隣街から来る商売人も多く、森へ行くよりそちらで調達する人のほうが遥かに多い。


まるで独り占めをしているようで気分がいい。しかし、私は食事よりも彼のことを思い出しては首を振りかき消していた。木から落ちたからとはいえ、あの大きな腕に抱かれた感覚と至近距離の顔。


「〜〜っ!!」


早く会いたいなぁ。と布団をぎゅっと抱きしめ、眠りについた。先程まで寝ていたとはいえ、まだまだここ最近の疲れは取れていないらしい。


その裏でこそこそと何かを企む会話があることに私は気づかなかった。



「リア。あんた今日も昨日の奴に会ってくるんだろう?」

「え、昨日の奴って……」


まさかルイスさんに会っていることがバレた!?いや、「どこをほっつき歩いていた」と言っていたから、気づいてはいないはず。


「誰と会ってきたかは知らないけれど、世話になった人がいるんだろう?そいつにこれを持っていきな」


渡されたのはワインだった。この人にもこういう普通の感覚があったのかと少し驚く。


「ありがとうございます。」


ワインとナイフと籠を持ち、今日も私は森へと向かう。


「よく休めたか?」

「はい。お陰様で……」


失態を犯し、世話をしてもらった罪悪感と気恥ずかしさで中々目を合わせられない。というか、まだ森に来たばかりなのだけれど、いつもより出会うのが早い気がする。まさか、私が来るのを待ってくれていたとか。


なんて、そんな都合のいい話があるわけない。たまたまルイスがこの辺を通っただけなのだろう。


「あの、これなんですけど、おば……親代わりの方が、このワインをルイスさんにって、」

「……俺に?」

「いや、ルイスさんというか、お世話になった人にって言っていました。」


そう説明すると、納得したようにルイスは頷いた。会ったことも見たこともない人に、自分のことを知られていたら、警戒心を抱くのは当たり前だ。


「礼を言う」


ルイスはそう言いながら手でコルクを抜いた。匂いを嗅ぎ、少し眉間にシワを寄せた後、直接瓶に口をつけて傾ける。


……え、今飲むの!?私はびっくりして思わず凝視した。確かに飲んでくれたらいいな。とは思っていたが、まさか今この瞬間に飲むとは微塵も思っていなかった。あまりに豪快すぎる。


「……こういうのは早めに済ませたいタチでな」


"こういうの"とはどういうことだろう。お礼のやり取り?それとも実はワインが苦手で早めになくならせたかったとか。それなら申し訳なさすぎるので、是非別の物を持ってきて挽回させてほしい。小さな瓶であったことが、不幸中の幸いだったかもしれない。


空っぽになった瓶を手に持ち、ルイスは私を睨みつける。それは彼が初めてみせた表情だった。


「時は満ちた。か?お前がその気なら、俺も相手になってやろう」

「え、何、なんの話……」

「お前がいつも持ち歩いているナイフは、獣ではなく俺を殺すためのものだろう?」


ルイスはハッと馬鹿にしたように吐き捨てる。確かにナイフはそのための物だけれど、これはもう使う気なんてなくて、そもそも使う気があるならとっくに使っているし、毎日空腹で過ごす必要だってなかった。


何故、急にルイスが怒りだしたのかが私には分からない。


「毎日、俺を殺せる機会を伺っていたのだろう?」

「ち、違います!私は……」

「家の者に言われたんじゃないか?森の化け物を殺せ、と。」


全て分かった上で、私を殺さずに優しく接してくれていたのか。あまりに情報が多く、処理が追いつかない。なぜ、なんで、いつから、言いたいことが多すぎるが故に、何から話せばいいのかが分からず、口をパクパクとさせる。


「結局は、お前も他の人間と変わらないのだな」


その声はあまりに悲しく、そして憎しみに満ちていた。


「ル、ルイスさんは、なぜ人を殺すのですか。あ、あの初めて出会った時も」


やっとのことで絞り出した言葉は、ずっと疑問に思っていたこと。そうだ。最初からルイスが人さえ殺さなければ、森の化け物なんて街の噂は流れなかっただろう。


「……ペットを飼っている自分の家の庭で、他人にゴミをその辺に捨てられたらどう思う」


急に何の話をされているのか理解できず、私は困惑した。


「まだ小さな赤ん坊を捨てる奴をどう思う。他人の家に火を付け、その赤子ごと燃やす奴をどう思う」


おじさんは、私をじっと見据え冷徹に吐き捨てる。


「お前は、自分に刃を向ける者も許すのか」


……言葉が出なかった。これは例え話ではなく、ルイスが今までに人間にやられたことだろう。

森にゴミを放置され、きっと沢山の動物は死んだ。捨てられた赤ん坊も拾って育てていたが、家ごと燃やされ失った。"奴"という理由だけで、刃を向けられた。


ルイスの怒りは最もだった。それなのに、この人は今でも人間という理由だけでは決めつけず、私がナイフを所持していても手を出さない限り、普通に接してくれていたのだ。


私だから、ではない。ただ無害な人には、無害であった。それだけのことだった。


なのに、私は今まさに彼に殺されようとしている。ナイフを向けたわけでもないのに。


「……どうして、私を」

「"どうして"か。毒入りのワインを渡しておいてよく言う。俺に効かなくて残念だったな?」


私は目を見開いた。まさかワインに毒が入っていたなんて。だからルイスは私が遂に実行したと認識したのだ。しかし、おばさんは、私がルイスに会うことは知らないはず。なぜ、毒を盛ったワインを……?


「私は……!!」

『黙れ』


その瞬間、私は声が出なくなった。今まで一度も私に使われることのなかった呪いの声。これでは弁解すら出来ない。必死に声を出そうと足掻いていたとき、ルイスの後ろに人影が見えた。


「(ルイスさん!!!!)」


ルイスは布で口を覆われ、瞬く間に腕を後ろ手に縛られる。後ろから出てきたのはディランだった。


「よくやったリア!!こいつを油断させるために日々通っていたんだろ?」

「まさか本当にこいつと会っていたとはね。意外と良い顔してるじゃないか。ま、私の旦那には負けるけど」

「やめろ。照れるだろうが」


下品な声で笑うそいつらを冷めた目で見つめた。目が腐ってるんじゃないのか。どう見てもルイスさんのほうがイケメンだ。


「お前が毎日森に行って、化け物に出会えなかったとしても、夜の森で獣に襲われず無事に帰ってくること自体がそもそも不自然なんだよ。だから、ある仮説を立ててみたんだ。実はお前は既に化け物と出会ってる。そして、上手く懐柔してる。とかね」


「ディランに言われたときは、正直信じられなかったが、後をつけてきた甲斐があったよ。森の化け物も口さえ封じてしまえば怖くないね」


「最期に言い残すことはあるか?あぁ、その状態じゃ喋れないか。じゃあ、仕方ないな。首は俺がいただく!!」


おじさんがルイスに剣を振り下ろし、私は思わず目を閉じてしまった。しかし、いくら待っても音が聞こえることはなかった。


目を開けると、おばさんもディランも微動だにせず、おじさんも剣を振り上げた状態で止まっている。


皆が狼狽える中、ルイスは手のロープを外し、口の布を下にずり下げた。


「それも、噂だろう?俺の本質は"目"にある。声はおまけ程度だと思ってくれていい。俺に視えないものがあるとでも思うのか?お前たちを呼び寄せるために、わざと拘束されたんだ。」


あぁ、この人には敵わない。それが素直な感想だった。初めて出会ったときから、殺すことが不可能なことは分かってしまったが、この人と対等にやりあえる者などきっとこの世にいないだろう。


視ただけで動きを止める、意のままに支配できるなど、誰が勝てるものか。


私は自分の命を諦めた。これが最期なのだ。ルイスさんに、その瞳に射抜かれながら死ねるなら本望だ。一つ言うことがあるとすれば、こいつらと一緒に殺されるのが不本意だということぐらい。


その時、喉の重みがなくなったことに気がついた。


「……声が、出せる?」

「お前に選ばせてやる。こいつらを、お前はどうしたい?」


それは最後の機会といってもよかった。回答を間違えば、私は死ぬ。いや、間違えずとも死ぬかも知れないけれど。


こいつらを、どうしたい……?私は3人を静かに見据えた。いつも私に雑用を押し付け、何かあるとすぐに飯は抜き、暴力を振るうおばさん。普段は何も言ってこないが、おばさんの肩を持ち、同じように私を見下しているおじさん。おばさんが居ない場所では自分が代役とでもいうように、何かと私を陥れるディラン。


命乞いでもしようとしているのか、必死にこちらに何かを目で訴えかけてきているが、同情の余地はない。そして、何よりもこいつらは私の逆鱗に触れたのだ。


「3人とも殺したいです。私はこいつらと違って貴方を殺そうとなどしていません。ワインの毒も知らなかった。……なんて言っても証拠はないので、それは信じなくていいです。ただ私は、貴方に、ルイスさんに刃を向けられたことが許せない!!」


私の愛する(ヒト)に!!


その瞬間、初めて自分の気持ちを自覚した。……自覚とは違うかもしれない。元々わかっていた。それを認めたのだ。


「……今度は俺が聞いてやる。最期に言い残すことはあるか?」


3人は口の呪いだけを解かれ、ここぞとばかりにわめきだした。


「お願いです!!私だけはお助けを!!」

「いや、俺を、俺を助けてくれ!!」

「馬鹿かおまえら!選択権がリアにあるなら、そっちに言うべきだろ!!今まで悪かった。これからは優しくするから、だから、俺を……!!」


誰か一人だけを助けるなどと一言も言っていないのに、自分だけは助かろうとするこの始末。


ルイスさんは呆れ、私の方を振り返る。私は黙って首を振った。


「さようなら。」

『苦しんで逝け』


私の言葉を合図に、ルイスさんは呪いの言葉を吐いた。


「あ、あぁぁああ!!!痛い!!痛いよぉぉ!!」

「痛い痛い痛い!!息が、苦し……」

「た、助け……ぐぁぁぁあ!!!!」


苦しんでいる姿を見て、いい気味だと思ってしまう私は性格が悪いのだろうか。彼らの断末魔の叫びもこれが最後だと思うと悪くないと思う。数分後、彼らはそのまま息を引き取った。


「さて、残るはお前だけだが、覚悟は出来ているな?」

「……はい。ですが、どうか一つだけお願いがあります。」

「……何だ」

「私を声でなく、あなたの手で殺してください。」


例え、少しの間でもあなたと過ごす時だけが、私は幸せだったのだ。許されなくてもいい。だけど、叶うのならあなたに覚えていてもらいたい。そしてもう一度貴方に触れたい。


ルイスは「良いだろう」と了承すると、私の首を片手で持ち上げた。ふふ、優しいなぁ。やっぱり私は貴方を愛してる。


リアは少しでも多くルイスに触れたくて、自分の首を締めている腕を両手で包み込む。包み込んだつもりだった。


スカッ


「!!??」


腕に触れようとした手はそのまま空をきった。何が起きているの!?その間にも首はどんどん締まり手に力が入らなくなっていく。瞬間、首の圧迫がなくなり、私は地面に倒れ込んだ。


「ゲホッ、ゴホッ、な、何……。」

「お前、俺に触れることができなくなったのか?」


ルイスは驚きと歓喜を含んだ表情で私を見下ろす。それはルイスが初めて見せた笑顔だった。


「はは、はははっ、いいだろう。お前が私を殺そうとしたことはないという言葉、信じてやる。」


私は信じてくれた嬉しさと、助かったという安堵と全ての感情がぐちゃぐちゃになり、まるで産声のように泣き声をあげた。


その間、ルイスは何をするわけでもなく、ただ隣にいてくれた。その優しさに私は一層泣いてしまった。


「今日はもう遅い。また明日来るがいい」


そう言って、ルイスはいつものように森の入り口まで送ってくれた。初めて言ってくれた"また明日"。私はまた泣きそうにながらも「はい!」と返事をして帰路につく。


誰も居ない家がこんなに安心するものだとは思っていなかった。何にも怯えずに眠れるのは数年ぶりだった。



今日も私は森へ行く。ルイスに出会っては何事もなかったかのように、いつものように他愛のない話をして。


あいつらの死体は次の日には消えていた。きっとルイスが片付けてくれたのだろう。どう処理したのかは私は聞かないし興味がない。平和な日常。


ただ、あなたに触れられないことだけがこんなに寂しい。手に触れることすらもう私には叶わない。何度原因を聞いても、ルイスが答えてくれることはなく、それどころか触れられない私を見て、嬉しそうに微笑むのだ。


そんなに触れられることが嫌だったのか。それなのに、なぜルイスは私がこんなに側にいることを許すのだろう。


「ねぇ、ルイスさん」

「なんだ」

「私達の関係って何ですか?」


私はベッドに横になり、本を読みながらルイスに問う。だって、どう考えてもおかしい。また家に行ってみたいなぁ。と冗談で言っただけなのに、簡単に家に入れてしまうし、今では森も家もどちらも同じぐらいのペースで過ごしている。


それにも関わらず、ルイスと私は触れることができないため、常に一定の距離を保ち続けている。


「関係に、名前など必要ないだろう」


その通りだが、そういう話をしているわけではなく。私は、あなたと恋仲になりたい。


パタンと本を閉じ、ソファに座っているルイスの上を跨ぐようにして、寄りかかる。


「……そこにいると、本が読みづらいんだが」


こんな時ぐらい、本より私の方をみてほしい。私があなたに触れられなくなった日、あなたは信じてくれた。ならこの言葉も嘘ではないと分かってくれるだろうか。


「ルイスさん、あなたが好きです。ねぇ、どうやったらあなたに触れられますか。」


彼の頬に触れようとするが、そこに感触はない。近いのに誰より遠い。私が死んだわけでも、ルイスが死んだわけでもないのに、どうしてこんなにもどかしいのか。


「愛してるの」


ルイスは片手で本を閉じて近くに置き、私の髪を梳くように、頬に触れた。彼の手は冷たかった。


「つめた……って、え?なんで、触れ……」

「そんなこと、とっくに分かっている」


困惑する私を余所に、ルイスは私の身体をそっと抱きしめる。冷たいのに、とても暖かい。私は涙が止まらなかった。


「俺を愛しているから、お前は俺に触れられない。お前からはな」


ということは、今までも彼は私に触れることが出来たのに、私がもどかしそうにしているのをずっと笑っていたのか。そういえばあの時、ルイスは少しの間、私の首を締め続けていたような……?今まで忘れていた私も間抜けだが、それを黙っていたルイスも相当性格が悪いと思う。


「好きでもない女を揶揄うのは楽しかったですか?」

「好きでもない女を何故部屋に入れることがある?」


ああ言えばこう言う!!挑発すると馬鹿にするように返してくるが、こんなに喧嘩腰の言葉が嬉しくなったのは初めてだ。もう少し言い方があるのではないだろうか。


「私は、あなたのものになりたいし、私のものになってほしい。だから、私はあなたに触れたいんです。ねぇ、どうしたら」


ルイスは私の肩を押し、ソファに転がした。その際に背中を打たぬよう支えることも忘れずに。なんて器用で、どこまで私をときめかせたら気が済むの。私は素敵な言葉なんて全て言い尽くしてしまった。後に残るのはただの欲望だけだというのに。


「お前から俺に触れるには、俺を忘れるか、俺と同じになるしかない。お前にその覚悟があるのか。」


ルイスを忘れるなど選択肢にあるわけがない。そして、同じになるということは、"森の化け物"になるということだろう。そんなこと、あなたに触れられない悲しさに比べたらなんてことない。


そしてこの状況で、同じになるために何をするかが分からないほど、私も子どもではなかった。


「上等です。」


私がニヤリと笑うと、彼もそれに返すように笑う。口づけを交わし、身体を重ねる。ねぇ、好き。大好きなんです。だから、私あなたに言ってみたいことがあるの。



「これで、私もあなたと同じ?」

「試してみるか?」

「……私が何を言っても許してくれますか?」


ルイスは暫し考えるような仕草をするが、静かに頷き了承をする。


「だが、代わりに俺の言葉も許してもらおう」

「あら、意地悪な人。なら、同時に言いましょうか?」


『永遠に俺/私を愛せ』


それは最低な呪い(アイ)の言葉。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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