7話 ミルタリアという男
威嚇。 それは空気を沈めるように存在や自己のイメージを他者に押し付けて圧倒する事。
僕は自分が震える程度のイメージを軽く言の葉に乗せた。
瞬間、線路近くに強く咲いていた花々が列車が通り過ぎると同時に半径5mほど朽ちていく。
人間にとっては死を目の前にする程のストレスで、それをたった数秒でもサイモルは至近距離で当たったのだ。精神を崩壊させるには十分だろう。
本当人間とは非力で呆気ない。 これほど屈強な肉体を持っていても簡単に心は壊れてしまう、醜く低俗だがそのおかげで肉体的苦痛を与えるより遥かに効率的で楽に対応できた。
「あ……あぁああああああ」
血の気が引いて精神が異常をきたすサイモルに軽蔑の視線を向ける。
お祖父様がよく言っていた。
『トライス、外に出る事が出来たのならよく覚えていろ、そこら辺に居る人間畜生は一度徹底的に恐怖を植え付けてやれば大丈夫だ』
僕がそのまま自室に戻ろうとした時、死の恐怖を見せつけられたサイモルが奇声をあげて、走行中の列車から飛び降りようとし始めた。
「は!? ちょ! このばっか!!」
まさかお祖父様が言っていた大丈夫ってそういうことだったの!? 最初に突っかかってきたのは向こうだし助ける義理はないが、もう人殺しなんて勘弁だ!!
腹部に手を回して手摺を掴んで身投げするサイモルを必死に止める。
「クッソ……」
てかなんで知り合いが近くで自殺しようとしているのにこのミルタリアと言う男は一向に止める気配もなく、ケロとした顔で顎に手を当てているんだ?
どれだけ洗脳されているからって、これだけ近くで僕の威圧が全く効いていないなんてことはあるのか?
いや、今はそんなことはどうだっていい。 早くサイモルをなんとかしなければ!!
「おい! なに考え事してんだよ! こいつお前の知り合いだろ!!」
「ん? そうだがそれが?」
「なんで平然としてるんですか!」
「いや、君が今サイモルに何をしたの考えていたのさ」
なんだよコイツ、顔見知りの人間が自殺しようとしてる状況で僕の力について考えているとか気でも狂ってるのか?
「人間畜生がぁぁああ!」
それからなんとかサイモルを取り押さえて精神安定魔法で眠らせ、ミルタリアが乗っていたビジネスクラスの車両内の別室で拘束具を体に付けて監禁した。
きっとあの様子じゃ起きても錯乱状態で自殺しかねないし、正常な処置をしたと言って間違いないだろう……して、なんだこの状況は?
なんで未だに僕はミルタリアの部屋にいるんだ?
「それで? 少年の名前は?」
「…………」
ただ散歩していただけなの何でこんなことになってしまったんだよ! ミルタリアは机越しに笑顔で僕に質問してくるが、さっきから同じ質問しかしてこないしこれって完全に尋問されてるよね。
名前を答えてもバレないのだろうか? 正直リリ以外の人間と面と向かって話をしたことがないから外の人たちにとっての当たり前というのが全くもって判断しかねない。
「ミルタリア様、流石に尋問するのはどうかと……?」
「でもサイモルが突然発狂して自殺しようとしたんだぞ? 俺にはわからないがこの子は明らかに何か特殊な力を持っているとしか思えない! メルフィはどう思う?」
「どうも何も……貴方は何も感じないのですね」
「はぐっ」
訝しんで僕を見つめるミルタリアの言葉をメルフィがバッサリと切り捨て僕の方をじっと見つめる。 もしかして僕の正体がバレたのだろうか?
さっと彼女から目を逸らすと、何故か突然スカートを両手で持ち上げて深々と頭を下げてきた。
「主人が失礼いたしました。 私の名前はメルフィ・サンダバード、こちらのミルタリア・サンダバードの妻になります」
突然の挨拶に僕はただ呆気に取られた。 メルフィは凡そ僕と同い年ぐらいで黒く慎ましやかなメイドの装いをしている。髪も瞳も漆黒のように深く黒く、何だろう……何処かであったことがあるような。
「えっと……僕の名前は……」
「トライス様……でしたよね? お久しぶりです、まさかこうして会えるとは思いもよりませんでした。 覚えていらっしゃいませんか? 屋敷で数回お会いしたと思いますが」
屋敷で……数回……黒髪の……最近妙によく思い出す過去の記憶を辿って彼女のような存在に該当する人物を思い返してみる。
「……もしかして配達のお姉さん……?」
まぁ思い出すも何も外部との関わりなんてそれしかないんだけどね。 言われれば確かに僕が家族を惨殺した日の前日まで家に定期的に食料を届けて来てくれていたお姉さんが黒髪だった。
「はい、その配達のお姉さんです。 まさかまた会えるなんて……お屋敷で”トライス様以外の皆様が忽然と姿を消した”あの時以来ですね」
「は……はは」
愛想笑いしかできない、まさか竜族の敷地内に入る許可を持っていた人に巡り会うなんて運が無さすぎる。 それにしても妙な言い回しをする、皆様が屋敷から忽然と姿を消した?
その言葉に疑問を投げかけようとしたその時、どこか膨れっ面で嫉妬しているミルタリアがメルフィを見つめていた。