6話 縁
車窓から朝日が差し込む早朝、実家に帰ってから毎日のように魘されていた睡眠が今日は嘘のように心地よく眠れた。
「おはよう、リリ」
「え……あ……な!!」
何でこれほどリリは動揺しているのだろうか? そういえば最近はリリに言われて寝室を分けていたよな。
確か理由は寝ている時は恥ずかしいとか……距離が近すぎるとか……
冴えてきた頭で今の状況に目を落とす。 密着状態の体、鼻がスレスレの顔の距離、彼女は女性で僕は男性、これは確かに異常事態だ。
「……あ、ごめん。 でもやましい気持ちなんてないから安心して!」
「ふぅん!!!!」
リリは赤面してから最後の言葉を聞いた後に激昂して僕の頬を強く打った。 早朝の閑散としている車内に響き渡る甲高い音、あれ?何で何もしてないのに怒ったんだ?そんなに宿泊車両のお金をケチったのは駄目だったの?
わからずに頭にハテナを浮かべていると、リリが肌けた服を毛布で隠して今までにない程に聞き取りやすい言葉でたった一言僕に対して言い放った。
「バカ! 出ていって!!!!」
「何でぇ!?」
*
結局追い出されてしまったわけのなのだが……
そういえば母様が実家から唯一持ってきた本で読んだことがある。 もしかしてこれが乙女心ってやつなのか?
「最初の頃はあんなに過剰に反応してなかったんだけどなぁ……もう少しあの本を熟読しておけば良かった」
今まで恋愛とか異性とかそういう類の物に縁がなかったし、どうせ伴侶など外から適当に宛てがわれるもので自分には関係ないとたかを括っていたのだが困ったな。
「ま、いいや。 特にやることもないし、通路でも見て回ろっと!」
そんなこんなで特にやることもなく、リリが着替え終わるまで車内を適当に徘徊していると激しい怒声が廊下に響き渡ってきた。
「ミルタリア! テメェ、ふざけてんのか!! クリスタルに手を出してからのお前は正気じゃねぇぞ!! 一体何人採掘場で死んだ!? あと何人殺せば気がすむ! 」
「別に人が死ぬことは必然であり、早い遅いかの違いでしょう? それよりもサイモルさん、車内で大声を出すのはやめてください。 ここは私の商会でも貴方のギルドでもない、ただの寝台列車なのですから」
「ふざけんな!! 家族あっての命だぞ! なんで人の命が重いことを一番知ってるお前がそれを見失ってんだ!」
ミルタリアという小奇麗で如何にも貴族のような細い目の男が、剛毛で毛深く僕よりもひと回りは大きそうなサイモルと呼ばれている男に大声で首元を掴まれている。
如何にも面倒臭そうな状況だがこれは参ったな……
先程ミルタリアと呼ばれていた男が言っていた様にこの列車は寝台列車で7両編成、後方の1両が荷台でエコノミークラス3両、ビジネスクラス2両、ファーストクラス1両で構成されている。
通路は車両片側に外が見える吹き抜け構造で僕は暇つぶしにエコノミークラスからファーストクラスを散歩して戻る途中だった。
何が言いたいかと言うと否が応でもここを通らないといけないってことだ。
明らかに冷静ではない険悪な雰囲気の2人の中に僕は決死の覚悟で割って入る。
「えっと……すみません、通ってもよろしいでしょうか?」
作り笑いを浮かべながら頭を下げてすぐにその場から立ち去ろうとした時、サイモルという男が僕の方に声をかけてきた。
「おい! お前……いつからそこにいた? なんで『人』の気配がないんだ……? それにこの圧力……何者だ?」
嘘だろ?古代魔法で竜としての特徴である鱗や角や尻尾は隠している筈、側から見たら『姿は完全に人』なのにどこでボロが出た?
「あー……いえ、ただの一般人です」
「は? んなわけねぇだろうが! まさかお前がミルタリアを狂わせた元凶か!?」
「……え?」
もしかして八つ当たり的な何かか?……嗚呼面倒臭い……これだから人間は嫌いなんだ、気に入らないことがあれば平然と何かに当たる。
ここで挑発に乗ってもいいけど力を振るえば唯でさえ変に勘付かれているこの男に確信を与えてしまうだろう。
何よりこの旅は荒波立てずに平和に過ごしたいんだ、今回の件で僕の身元とか探られるのは色々と厄介で……
「おい! 聞いてんのか!?」
色々と考え込んでいる僕の肩を突然サイモルが掴んで耳元で精一杯の怒鳴り声で威嚇をしている。
「あの……もういいですか? 別に迷惑をかけるつもりはなかったので……」
できる限り相手を刺激せずにこの場を穏便に……そう思いながら敢えてひ弱なフリをして男を遇らったつもりだったのだがそれが返って彼の逆鱗に触れてしまったみたいだ。
「やっぱりお前がっっ!! ぜってぇに許さねぇぞ!!」
うーん。 正直この狭い通路で逃げるのは普通に考えて無理だし……仕方ないから少しだけ本物の威嚇を見せてあげるか。
此処にいる”人間の”サイモルだけなら気絶してくれるだろうし、ミルタリアという男は……まぁ今のところは問題ないだろう。
「『『殺・り・ま・す・か・?』』」
小さく吐息を吐いてから一度瞼を閉じてそっと眼光を鋭く尖らせる。