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魔女と竜  作者: 葵鴉 カイリ
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5話 逃れられぬ過去


『はい! もしかして10歳で行う儀式についてでしょうか!』


 どこか上擦った声、期待の目で祖父の顔を覗き込むと頬を引き攣らせ、面憎い表情で見下している事に気がついた。


祖父は表情が固く無口で何を考えているのか全くわからなかったからずっと怖かったが、この時の表情は今でも覚えている。


『あぁ、10歳になると行われる優生の儀について詳細を伝えておこうと思ってな。 トライス、我が竜族の家系は2人以上の子供を作り、優秀な遺伝子のみを残すために命をかけた決闘を行う掟がある』


普段口を開かない祖父が唐突に言い出したその言葉に全く理解ができなかった。


『命をかけた決闘……?』


『そうだ』


『それは僕にテテネラを殺せと……そうおっしゃているのですか?』


『あぁ』


否定する事なく淡々と話を続ける祖父の冷めた答え、僕は何も言えぬまま呆然と立ち尽くしていた。


一番大切な弟を殺せと命令された事に憤りを感じながらも当時の僕は力のある大人に強く反発する術を知らなかった。


『…………』


『カムリのやつには再三子供は1人までにしておけと言っておいたのに、全く……貴様ら兄弟を見ているとつくづく気分が悪い。 いいか、トライス。 呪うのなら世界を呪え』


 そう言って祖父は僕の前から姿を消した。 


 父は一人っ子だった故にその言葉の重み、本質をどこか客観的に捉えていた節があった。だから1年後、本当に祖父が掟に従い決闘を行わせるなんて考えてもいなかった。


『さぁトライス、殺れ』


『いやです、お祖父様!! お願いですやめて下さい!!』


僕と弟の首に強制的に刻印された隷属の魔法、自分の意思とは関係なく体が動き、実力差が歴然な弟の肉体に実剣を振るう。


生暖かい血液、弱まる鼓動、勝手に身体は動いてるのに肉を切る触感、顔にこびり着く鉄の匂い、震える弟の姿……


『お兄様……』


 既に立っていることすらも難しい様子のテテネラが虚な目で僕を見つめる。


 声が出なかった、違うと連呼しながらも僕の五感が現実をずっと訴えて来る。 お前が自分の手で、自分の意思で殺っているんだと。


「違う違う違う違う違う違う」


『トライス!!武器を捨てろ! 実の弟だぞ! やめろぉぉお!!』


家のテラスで両手両足を括りつけられ、泣き崩れながら息子達の死闘を見せ付けられる父様、その様子を淡々と眺めるお祖父様。


 優生の儀が始まる一ヶ月前、僕とテテネラを集めて祖父が首に魔法を掛たその時、初めて僕はお祖父様が儀式の内容を本気で実行しようとしている事に気がついた。


僕はすぐ様元々体の弱かったテテネラと争う事を拒み、病弱な者と戦う必要はないと自身の言葉の正当性を母様と一緒に父様やお祖父様に説得しようと声をあげた。


 しかしその言動が祖父の逆鱗に触れてしまったのだ。


 父様はすぐにお祖父様に赦しを乞うが父様の言葉に耳が傾けられることはなく、僕が行動を行なってから数日後に母は斬首、父様は泣き崩れる中、強制的にお祖父様に洗脳魔法を掛けられて拘束。


隷属魔法に抗い、いつまでも決着のつかない僕とテテネラに痺れを切らしたお祖父様は僕に潜在的にある竜族の力を強制的に発動させて意識の無い僕を弟に襲わせた。


ヒタヒタと小雨が降り始める中庭、意識が戻った時には僕は瀕死の弟に跨っていた。


『あ……嗚呼嗚呼嗚呼あああ嗚呼ああ』


 祖父はその時に見た僕の潜在的にある竜族の力の圧倒的なまでの力に感動しやはりお前は先祖返りだと称え、大きく喜んだ。 そして父はその横で廃人となり、最後に一言「お前のせいだ」と告げて翌日遺体で発見された。


 そしてそれから5年間、お祖父様に先祖から伝わる魔法や禁忌を僕の意思とは関係なく無理やり監禁されて叩き込まれ、その後15歳の誕生日に僕はお祖父様とその他屋敷の人間を一夜にして惨殺した。


 お祖父様の最後の言葉、その真意は定かではないが今でも鮮明に覚えている。


『これで我々の呪いは終わりを告げた……さぁ、復讐が始まるぞ』


「はぁはぁはぁ」


 乱れる呼吸、揺れる車内、貨物の入った後方の車両が小さな段差に大袈裟に音を鳴らして走行している深夜。 あれから初めて実家に帰ったせいだろう。


 悪夢のような過去が脳内に鮮明に思い出され、お前は罪から逃げられないのだとしがらみの様に現れる。


 昔なら間違いなく自殺していたな……激しい心臓を落ち着かせるために大きく深呼吸をして、息を整えながら汗を多量に含んだシャツを水魔法と風魔法で洗濯して車窓で絞ってから顔を拭う。

 

 リリと出会った時も月明かりが輝く今日みたいな夜だった。 


 ふと車窓から刺す月光を背にして車内で隣で寝ていたリリに目を向けると小さな寝息をスゥスゥと立てて深い眠りについていた。


 相変わらずだな、流石としか言いようがない。 


「これが現実で本当に良かった……」


 窓際で心地の良い風を頬で浴びてから僕は寂しさを紛らわすためにリリの頬にそっと手を当ててその寝顔に安堵した。 すると突然彼女が僕の手を握ってから嬉しそうに手の甲に頬擦りをしてきた。


 僕の事を大切に思ってくれている人が1人いるだけでこれほどまで報われるものなんだな。 満たされた心で癒えぬ傷を受け入れるために僕は彼女と手を繋ぎ再度悪夢の中へと意識を落としていった。 


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