16話 魔女の墓穴
昨日19時に投稿すると報告した手前、遅くなってしまい申し訳ありません
メルフィが壁に耳を当ててから部屋の扉をゆっくりと開け、外の様子を見てから部屋の中にいる僕達に声を掛ける。
「大丈夫そう……ですね……ではこれからサイモル奪還へと向かいますが、先程もお話しいたしました通りこの地下水路は迷宮のように複雑な作りになっております。 それ故にくれぐれも私から逸れない様にしてください」
「はい」
「うん!」
先に部屋から出るメルフィ、彼女の後を追うように首を出した僕とリリがその構造に目を輝かせる。
「うぉーー! 綺麗!!」
「確かに……本当に下水路なのかと疑ってしまうほど空気も綺麗だ」
田舎から出てきた僕達の反応がよほど新鮮だったのだろう、気を張り詰めていた様子のメルフィが少しだけクスリと微笑んだ。
「ふふ、ここ水上都市コルネルの地下は一般的には下水路と言われておりますが実際は7つの段層になっていて、上層部に行くほど濾過されるので地下2階の此処は実質的には濾過路になります」
「へー流石世界最大級のオーパーツ水上都市コルネル……魔法を使わずに下水を再利用なんて未知過ぎる。」
「ですよね。 私もここが出身ではないので詳しくは存じ上げないのですが、古くからの言い伝えによれば都市の最下層に閉ざされた扉が存在しておりそこに全ての真実が隠されているとか……なんとか……」
閉ざされた扉……もしかして竜王カウルと何か深い関係があるのだろうか。
「その扉についての調査は何かされているのですか?」
「されていた……というのが正しいですね。 戦争が起きるまでは都市の地下を探索する冒険家が溢れていたらしいですが最下層に到達したものはもれなく消息を絶っており、伝承によれば大昔に偶然6階層から7階層の階段まで向かっていた探索者が階段を登ってくる生存者と遭遇したとか……」
どこか冷めた表情で淡々と話すメルフィ、僕はその話に固唾を飲みながら食い入るように耳を傾ける。
「そ……それでどうなったんですか?」
「探索者はその場で引き返し後世にこう伝えました。 ”あの先へ踏み入った者は人有らざる姿へと変わり果て、その場で言の葉を紡ぎ破裂した”と……」
人間が破裂した? そんな事例が本当に存在するというのか? 世界の万物を保管しているとされる竜族の書庫でも目にしたことがない死因だ。
「言の葉ですか」
「はい、世界の真実、人が人である核心にして原初の記録、全ては言い伝えに過ぎませんが後に成功した探索者は現場を立ち入り禁止にし、7回層を禁忌黙示録〈アース〉と命名したとか……あ、一応安心してください。 今日は地下には行きませんので!」
笑顔で答えるメルフィ、ただの世間話程度で話してくれたんだろうが気になるな。 禁忌黙示録〈アース〉……どこまでが真実なのか分からないが少しだけ気に留めておこう。
「アース……青……」
僕の服の裾を持ったまま目を輝かせて周囲を見ていたリリはメルフィの言葉に反応して聞き取れない言葉を呟くと突然足を止める。 雰囲気は一変し、どこか遠くを見つめて憂ているような瞳。
「どうしたのリリ?」
僕が声をかけるとふと我に帰ったのか、再度こちらに駆け寄ってきていつもの様子で笑いかけてきた。
「んん! なんでもない!」
「そっか、もし疲れたなら早めに言ってな」
「ありがと!」
問題はなさそうだな。
「それで話は戻りますがメルフィ、サイモル奪還とその後の作戦について再度確かめてもよろしいですか?」
「そうですね、今のうちに最後の照らし合わせを行いましょう」
メルフィは周囲を注視しながら僕達の前を歩き、続けるように返答を返す。
「ではまずサイモル奪還についてですが、このまま地下2階を進みサンダバード商会の腹中へ向かいます。 サイモルがどこに囚われているかは私が投獄いたしましたので存じております。 ご安心を……」
自信に満ちた表情、私がって事は1人であの屈強な巨体を投獄したのか……そういえば気を失ってから僕とリリを担いでメルフィはこの地下まで追っ手を掻い潜りあの部屋まで避難させたんだよな?
華奢な少女と侮っていたが一体なのものなんだ? いやいや、今はそんな詮索は止そう。 それよりもメルフィの言葉に籠った自信から察するに計画については一任して問題なさそうだな。
牢屋については最悪魔法で強制的に破壊すればいいし場所さえ分かればおおよそは対処できそうだ。
「メルふぃ!構造、教えて、トラいす!動き方、決める!」
やる気に満ちた表情で両手を前に出して拳を握るリリが鼻息を荒げて顔を覗き込む。
「確かに地の利は向こう側にありますし、その点は聞いておきたいな」
「畏まりました。 商会の構造に関しましては地下2階地上3階の5階構造で、地下1階から地上へは北の方角に幅約5mの1本道を辿れば出られます。地上1階から3階は建物の左右に存在する2つの螺旋階段から登ることができ、3階へと向かう階段に関しては2階中央にあるものしかありません」
地下から地上への道は5m幅が1本……想像以上に広い。
「敵、多くて3、4人体制でくる、」
僕が言う前にリリが口を開く。
「ですね、私も地下での戦闘はそうなると予想しております。 しかし商会……失礼、敵側はクリスタルによる戦力強化をしておりますので、全員が魔法使い程度の戦力を持っていると想定するのが妥当かと」
「魔法使い……か、確かにクリスタルを含んだ魔道具なら人間でも擬似的な魔法が扱えると考えるのは確かに妥当だな」
そうなれば一番面倒なのはこの都市に存在する人間の自身の命を顧みない習性だ。
僕が竜族と分かっているなら簡単なことでは死なないとたかを括って自滅覚悟の特攻を行いかねない。
「トラいす、魔法、何使える?」
「一応全種類問題なく使えはするが連続での使用は出来ないな」
「そう、魔法、炎を扱われると厄介、トラいす、念の為基本水魔法で対処、私とメルふぃで前衛、朝建物、外から見た感じ木造……それなら地上に出たらすぐ火責め、あり……?」
リリが顎に手を当ててメルフィの情報から作戦を立案する。
確かに地下での戦闘で炎を扱うのは狭い空間の酸素が燃焼されて酸欠で命を落としかねないから愚策中の愚策、しかし向こうはそれを平然とできる。
「普通なら共倒れすることになるし警戒しなくても良さそうな事だが、街の人たちを見るに命を軽視している傾向が見て取れる……それなら特攻で挑んでくるのもまたあり得るな」
「うん。 最悪、肉壁で一気にくるかも、トラいすの命だけあればいい、それならそういう行動する」
「だな、俺を殺さなければいいんだから十分にあり得る……ってなんで俺が酸欠で死なないって知ってるの?」
「?」
首を傾げて誤魔化すリリ、もしかして僕の正体に気がついてるとか?
案外察しのいいリリだ、僕がひた隠しにしてるから気がついていないフリをしているだけって可能性は全然あり得そうで困る。
「と、とにかく! 地下についてはそれでいいだろう。 地上については却下だ、そんなことしたら火の手が螺旋階段を伝って一気に燃え広がってしまう」
「駄目?」
「駄目だよ、今回の目的はあくまで大ごとになる前に速やかに対処すること! 商会を燃やしたりでもすれば変に噂だってしまうしそれに……」
あくまで予想だがミルタリアは僕を指名手配こそすれど正体までは明かしてないと思う。 理由としては竜族唯一の生き残りである僕を大きな戦力と考えているからだ。
そもそも以前戦争を吹っ掛けてきたイーラス側から偵察にきている輩はコルネルに必ずいるだろうし、だからこそ大々的に僕の正体を公言するなんてありえない。
ただ公言はしてないにせよ指名手配されていることは間違い無いのだろうからここで炎魔法を使って商会を壊滅でもさせたなら間違いなく悪目立ちして、イーラス側に魔法使いとして僕の名前が伝わりそこからシエズ村……正体がバレるまで容易に想像できる。
色々と思うところはあるが、何より1番の理由はリリに人殺しの罪を背負わせたくないからだ。
人殺しってのは″あと″になって自分を苦しめる。 それは人に馴染み、人を愛し、幸せを噛み締める度に……
「と、トライス様……主人は商会の3階に……」
申し訳なさそうに小声でメルフィが袖を引っ張ってきた。
「そ、それにメルフィから請け負った依頼はミルタリアからクリスタルを引き剥がして元に戻すことだし! 全滅したら約束守れない! だから約束して欲しい、絶対に人は殺さないって」
「そっか……うん!なら他の方法考える!約束!」
「うん、約束だ」
今はまだそんな事に気が付かなくっていい。どこか落ち込んだ様子だがなんとか納得してくれたリリの笑顔に安堵する。
僕はとメルフィは同じタイミングで少し大きめのため息を吐いてからお互いに顔を見合わせて愛想笑いをした。
「では地上についてはサイモル次第ってことにしますか?」
「そうですね、そうしましょうか」
「分かった!」
作戦会議を行いながら僕達は気を引き締めて下水路を警戒しながら奥へと歩みを進めた。