皇太子さまやっちまってください~婚約破棄された上、蹴とばされて沼に沈められた私、拾った殿方に嫁ぐことになったけど……あなた達、ヤバくないですか?~
「シャーロット・サフォーク! お前とは婚約破棄させてもらう! お前は、私の愛するソフィアに身分を笠に数々の嫌がらせを行った! 非道なる所業の数々目に余る! お前は王太子である私の婚約者にふさわしくない!」
叫び声と共に婚約者であり、この王国の王太子であるオスカーに突然婚約破棄を言い渡されてしまった。
「ち、違うのです! 殿下!」
人気の少ない魔法学園の中庭の沼の橋の上とはいえ、まばらに人がいたので俄然注目を浴びてしまう。
思わずオスカー殿下に寄り添う泥棒猫の女、男爵令嬢のソフィアをキッと睨む。すると殿下にぴったりと寄り添っていた女はわざとらしく怯える。
「オスカー様……怖いのです!」
「可哀そうに……こんなに怯えて」
そう言うとソフィアをそっと優しく抱き寄せる。以前は私が抱き寄せられていたのに……。
ソフィアから視線を私に移す殿下、でもその目はまるで魔獣を見るかのような目で……。
「シャーロット! お前には愛想が尽きた。お前より美しいこのソフィアを新しい婚約者とする! お前への嫌がらせの処罰は近日中に申し渡す!」
「ですから殿下! 私の話を聞いてくださいまし! 私は何もしていません!」
悪意に歪んだ笑みを浮かべ彼が行った行動は……。
ドンと突然殿下に蹴られたと理解するのに少し時間がかかった。私の身体が橋の欄干から落ちて宙に舞ったからだ。
激しい水しぶきの音と共に私は水中に放り投げられた。私は泳ぎが得意ではない。それに突然でパニックになっていた。
「た、助けて……!」
そんな私の叫び声に対して殿下とその取り巻き達の嘲笑が耳障りだ。だが私はそれどころじゃない。私は満足に泳げないのだ。このままだと……死ぬ。そう思いつつ意識が遠のきかけた時。
「大丈夫か? 君?」
そんな声を聞いたような気がしたのだが、私の記憶はそこですーと消えるのだった。
☆☆☆
気が付くと私の唇は塞がれていた。
「―――――~~~~ッ!!!!」
あまりのことに声にならない声が出る。
「ゲホッ」
侯爵令嬢にあるまじき声をあげて口から水がたくさん出てしまった。
私はどうやらこの男性にファーストキスを奪われたらしいと理解して思わず顔が赤くなる。
「大丈夫か? さっきまで息をしてなかったんだぜ?」
「あ、ありがとうございます」
私は勝手に唇を奪った相手にお礼を言った。自分を助けるために人工呼吸をしてくれたものと理解したからだ。文句を言うのは筋違いというものだろう。
「身体がびしょ濡れだ。とにかくこれを羽織るといい」
そう言って彼は乾いた上着を差し出した。良く見ると彼は上半身裸だ。沼に飛び込む際に上着を脱いだのだろう。何気に鍛え上げられた肉体に思わず更に頬が赤くなる。
殿方の裸なぞ侯爵令嬢の私が見る機会もある筈もなく、恥ずかしさのあまり気絶してしまいそうだった。
「とにかく早く家に帰って温かい風呂に入るんだ。家は何処だ?」
「……侯爵のサフォーク家です」
それだけ聞くと、彼は突然。
「連れて行ってやる」
「ええっ!!」
慌てたものの彼はあっさりと私をお姫様抱っこすると私の家へ向かって走って行った。
☆☆☆
家へ帰ると皆が上を下への大騒ぎとなった。当たり前である。侯爵家の令嬢ともあろうものが平民の男に担がれて来たのだ。しかもドブ鼠のようにずぶ濡れの上、婚約破棄までされたというオチまでついている。
「大丈夫か? シャーロット? 可愛いお前に何かあったら、ワシは謀反を起こすぞ!」
「私は平気です、お父様。気遣って頂いて嬉しいです」
気遣ってくれるのは嬉しいがそんな簡単に謀反を起こされては敵わないので私は我慢するよりない。
「本当にあのバカ王子がお前を婚約破棄した上に橋の上から蹴り落としたのか? ……よし、今すぐあのバカを斬り捨てに行こう!」
「お待ち下さい! お兄様いけません! 私は本当に大丈夫ですから!」
思わず物騒なことを言う騎士団長でシスコン気味の兄様を止める。私は自分の不幸を悲しむより物騒なこの家族を宥めるのに必死だった。何より兄様……そんなヤバい目をするの止めて下さい。
「ふっ、ふふ。この国ごと滅ぼしてしまえばいいのね。こんなやわな国、ふふッ」
「お母様! お母様まで物騒なこと言わないで下さい!」
お母様まで怖い目で遠くを見ている。誰か止めて下さい! ある意味この人が一番危険! お母様は元帝国の皇女様だったんです!
私は家族に愛されていることを再確認すると、ようやく傷ついた自分を慰めることができた。
そんな形で週末を迎えた。婚約破棄されたのが金曜日で良かった。少しは自分の心を鎮める時間が欲しい。
☆☆☆
私は辺境伯であるサフォーク侯爵家の長女として生まれた。私と王太子オスカー殿下との婚約が成立したのは実に10歳の時だった。
あまりにも早い婚約には王家と我家の政略的な理由があったためだ。
我が辺境領は隣国である帝国と国境を接する重要な地を治める。その為、わが領の各地には要塞や兵士の詰め所などが多数作られて、この国で最も有力な兵を配している。
実際過去に何度も我が領は帝国との戦いの地となり、最前線であり、一度たりとも王国中枢へ帝国兵の侵入を許したことはない。当然、国王にも最も信任が厚い名家であり、王家とはいえないがしろにすることはできない身分の筈だった。
そんな家に生まれたから子供の頃から政略結婚など仕方ないことだと思っていた。
王家とサフォーク家の関係を強固にするための貴族としての役割として当然のことだと。
しかし、殿下は月に一度の茶会にも必ず顔を出され、誕生日など節々の贈り物も欠かさずされて、私は愛されているのではないかと思い、実は殿下のことを愛していた。
長い付き合いなのだ。情も移る。それが全て形だけの愛だと気が付いたのはあの殿下の愛人ソフィアの存在だった。彼女へ向ける視線、微笑、何もかもが私へのモノとは違った。
形だけの愛情に情けなくも私は愛されていると勘違いした。
その上、身に覚えない嫌がらせをしたなんて……。
それにも関わらず無様にも殿下に縋り、罵倒されて橋から沼に落とされて、殿下やその取り巻きに嘲笑われて、自分でも苦笑する。
「私、何やってたんだろう?」
「やあ! お前、元気になったんだな?」
休日の屋敷の庭で自分への疑問を投げかけた時、突然ぶしつけな言葉で私に話しかけてくる男に思わず驚く、見るとあの沼から助けてくれた平民の男だ。
「その節はありがとうございました。おかげ様で命があります」
私はペコリと頭を下げた。貴族の私が平民に頭を下げるなど、先日までならありえない話だったが、婚約破棄された私に待っているのは親戚筋の男爵家かそこそこの商人にでも嫁げればいい方だ。最悪修道院行き。何しろ王太子に婚約破棄されたのだ。私を妻に迎えることは最悪王家に弓を引く行為と見做されかねない。
「いや、俺は当然のことをしたまでだ」
当然のことと言うのは私の唇を奪ったことまで含まれてるのかな? ちょっとあれは抗議したいが思い留まった。
しかし、この男……平民じゃない。しかも王国の男じゃない。私と同じ銀髪、この王国は金髪や黒髪が多い。銀髪は帝国の血統の証であり、この大陸の希少種でもあった。そして貴族の私からして見るとがさつに話すことで平民を装っているが、その優雅な立ち振る舞いに貴族の香りを感じざるを得ない。
確かこの男は魔法学園の一般科に通っていた筈だ。訳アリ貴族か何かだろう。その辺には突っ込まないのが互いに良いだろう。当然、あまり距離を縮めていい存在である筈がない、しかし。
「でも、もしお礼をしてくれるなら人体実験に付き合ってくれないか?」
「え? 人体実験? 誰が?」
「もちろんお前が、駄目?」
「駄目に決まってます!」
何コイツ? マジで怖いんですけど? もしかしてサイコパスというヤツ? この男の美しい青い瞳とサラサラの銀髪、端正な顔の造形は美男子と評して差し支えないだろう。
だけど発言がそれをそれはもう完全に台無しにしている。
「申し訳ないのですが、他を当たって頂戴」
「そっか、それなら仕方ないな。長男のウィリアム様にでも頼んでみるか」
そう言って馬場の方に歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は思わず男を引き留めた。私はこの人に恩があるから我慢するけど、普通貴族へ平民がそんなことを言ったら侮辱罪とでもとられて、良くて一生牢屋暮らし、最悪首と胴がさよならする。
「あなた、何考えてるの? て言うか、なんでここにいるの?」
「へ? いや、俺はただ魔法の実験がしてみたかっただけなんだ。それとここにいるのはちょっと実家と喧嘩してね。家出して奥様のアリス様にかくまってもらってるんだ」
「そう言うことですのね。あなた、貴族ね?」
「まあ、肯定はできないね」
「とにかく、変なことをしたら例え貴族でもこの王国では罪に問われるから気を付けて!」
「わかったよ。ありがとう、優しいお嬢様」
そう言って手を振って私の元から去って行った。お母様にかくまわれている?
やっぱり帝国の貴族の子息か何かね。そんなことを思っていると。
「(―――――!!!!)」
声にならない声が出る。
「ちょ、ちょっとあなた何処へ行く気?」
「は? 庭師のじいさんのとこだけど?」
「なんで庭師さんのとこ行くのに弾薬庫に向かうの?」
「へ?」
どうも……この男は驚異的な方向音痴らしい。そして気が付くと私はこの男のペースにはまって……気が付いたら人体実験されていた……なんでこうなった?
「これが治癒薬なの?」
「そうだよ。モルモットでは90%成功してたんだぜ」
100%にしてから人に使用してくれないかしら?
「でも、とても身体が楽になったわ。ありがとう。でも、できれば治験薬は動物実験で100%にしてからにして頂戴」
「いや、10%は最初の実験をカウントしてただけで、残りの90%は全部連続で成功してたぜ」
それを100%と言うんだ。何なんだこのサイコパスは?
しかし、この男は決してバカではなかった。むしろ信じられない位の学力、特に魔法学に精通していた。
「俺、魔法理論を馬鹿にしたヤツラを見返してやりたいんだ」
「あなた、魔法の勉強が好きなのね? 普通、そんなの形通りだけしか勉強しないのに?」
「俺は魔法の可能性を信じている。研究して伝説のオリハルコンを生成したいんだ」
「オ、オリハルコン? ぷっ、は、はははは」
思わず笑いがこみ上げた。オリハルコンというのは神話にしか出て来ない伝説の鉱物だ。
どんな鉱物より頑丈で、魔力を蓄える性質があり、実在すれば利用方法だけはいくらでも考えることはできる。ただ、実在すればの話だ。
既に魔法の時代は終わりを告げようとしていた。昨年、我が国で歴史上初めての蒸気機関が発明された。魔法の時代は終わると言われ始めた矢先だ。そこにこんな時代錯誤の馬鹿がいるなんて。
「一体どうやって作るんですか? そんなモノ?」
私は少し馬鹿にしたように言った。実際馬鹿にしていた。
「まあオリハルコンの前段階のアダマンタイトまでは完成してるんだけど……そこから先は練成の魔法知識が不足していて先に進んでいないんだ」
いやいやいや。そんな小恥ずかしいだなんて顔でポリポリと頭をかかないでくれるかな?
アダマンタイト? それも伝説でしか出て来ない幻の金属で、それが出来ているなら研究は半分位成功している。それに練成の魔法知識? もしそれが本当なら?
「本当にアダマンタイトは成功してるの? もしあるのなら見せてごらんなさい」
「ああ。ここに少しあるぜ」
パンツのポケットから小さな宝石のような銀色の金属の塊を取り出す。
「ちょっと見せて?」
「ああ」
男から小さな鉱石を受け取った途端に私は嘆息した。
「……ほ、本物のようね」
「まあね」
本物だろう。私は貴族の娘が普段から持ち歩く自決用のナイフで鉱石を傷つけた。最も硬いミスリル銀に魔法付与された筈のナイフはいとも簡単に刃先が欠けた。
その上、その金属は魔力を有している上、金属とは思えない位軽い。
それは伝説のアダマンタイトの特長と一致する。偽造は不可能だ。
気が付くと私はこの男の研究に興味津々となった。私も勉強は好きだ。何の役に立つと言われても先のことはわからないが、知識を入れて、考えることは大好きだ。
そして、私の専攻は練成魔法なのだ。私はこの男の研究に協力したくなった。
どうせ先に待っているのは修道女。それまで好きなことをして生きていたい。
「ねえ、私、専攻は練成魔法なの。あなたの研究に役立てるわよ、その……仲間に加えてくれない?」
「じゃあ、時々人体実験させてくれる?」
「それは嫌!」
とは言え、私とこの男は共同研究することになった。
「じゃ、これから練成魔法のこと教えてくれ」
「うん、わかったわ」
「じゃあ、これからよろしく頼む。えっと?」
「シャーロット!」
「俺はアーサー。シャーロット、今後、よろしく頼む」
こうして二人の共同作業が始まった。昼は学園で勉強して夜はアーサーと魔法の研究に打ち込む。
研究をしていると今までの自分が哀れに思えて来た。自由がこんなに素晴らしいものだなんて! 自分の好きな研究に勤しんで王太子妃の勉強もしないで決まってしまった未来ではない自分の未来を創る。私の人生は生まれた時から決まっていた。家と国のために結婚して跡取りを生んで育て、死んでいくだけ。なんて不憫な人生だったんだろうか?
それに引き換え未来がさっぱりわからない私。未来がわからないことってこんなにも夢が持てるなんて知らなかった。
研究に没頭するアーサー君の顔を見て、一瞬アーサー君と夫婦になる未来を考える。思わずフルフルと顔を振る。無い無い、いくら顔が良くて、綺麗な銀髪に青い素敵な目で情熱的で、意外と優しくて……でもこの人は確実に変人だ。天才によくあるタイプだ。一人でアダマンタイトなんか作ってしまうような天才でも、この非常識さは一緒に所帯を持ったら苦労する未来しか見えない。私は現実主義なのだ。例え、アーサー君の傍に顔が近づくと顔が赤くなるのを実感したり、耳元で何か囁かれるとぼーとしてしまうことがあっても、それとこれとは別なのだ。
「ふーん。君は蘇生薬を精錬したいんだね?」
「そうよ、アーサー君から教わった魔法基礎理論と応用理論、それと私の持っている錬成魔法理論を組み合わせたら、伝説の蘇生薬だって完成しそうよ」
「それは素晴らしいね。戦争なんかで活かせそうだね」
「全く、男の子はそういう発想になるのね。戦争なんかじゃなくて病院でたくさんの人の命が救えるんだよ。とても素敵なことと思わない?」
思わず笑みが溢れる。自分でも、今とってもいい顔してるんだろうなーて思う。だって凄く気持ちが昂っている。いつしか私はアーサー君、この馬鹿に感化されて研究馬鹿になっていた。
結構大変だけど、とても充実した日々を送っている。
ちなみに私の口調はアーサー君のおかげで侯爵令嬢のそれでなく、平民並になった。
そんな最中、またしてもあの馬鹿王太子とその女、男爵家令嬢ソフィアに嫌がらせされようとは思ってもいなかった。
婚約破棄をされたおかげで私の地位は落ちるところまで落ちた。つい先日まで王太子妃候補だった私はただの侯爵令嬢、いや、修道院へ行くしかない私は平民並の存在だ。
そんな私の周りから一人、また一人と友人達が消えて行った。彼女らに罪はない。私と関わることが危険だから仕方がない。王太子を敵に回したい人間なぞいないだろう。
だが、今の私にはこの孤独はむしろありがたかった。昼食や休憩中に魔法理論の本を読み漁る時間ができた。そして、いつものように図書館から本を借りて校舎に向かう途中それは起きた。
「今だ、やれ!」
「きゃッ!?」
思わず叫び声を上げてしまう。水を浴びせかけられた。水を生成する魔法を応用したのだろう。
「ドブ鼠には相応しいな!」
「はは、違いない!」
殿下の取り巻き達だ。こんな嫌がらせするなんて!
「それ、もう一杯!」
「そうはいかないわ!」
私はアーサー君との研究の成果である魔法障壁の魔法を使った。魔力で壁を作るこの魔法は雨の日をとても快適にしてくれる便利な魔法だ。だけど、こんな使い方もできる。
「な、なんだ? なんで水が弾かれるんだ?」
「お前! 生意気だぞ!」
「先生が来るわよ? いいのかしら?」
「くそ。この悪女め!」
「覚えていろ!」
私はすっかり悪女にされているらしい。例の王太子の新婚約者ソフィアに虐めを行ったと喧伝されたからだろう。だからと言って、私を虐めていいと言う理由にはならないと思うが。
そして、虐めは加速して行った。席を立って帰って来ると教科書がなかったり、突然階段から突き落とされそうになったりとドンドン加速して行った。
あくる日は殿下まで虐めに加担していた。
「この悪女め! くらえ!」
「水だけじゃなく火もくれてやる!」
そう言って殿下を始め、取り巻き達が私に色々な魔法をぶつけてきた。
駄目だ。こんなにたくさんの人の魔法攻撃、私の魔法の壁じゃ防ぎきれない。
__た、助けて! 誰か!
その時、突然殿下達の頭の上から大量の水が……バシャーと降りかかる。
「げ!? なんだ? 突然?」
「クソッ!? こっちの方が濡れ鼠じゃねえか!」
私を虐めていた殿下達はズブ濡れになって帰って行った。
今のは一体? あんな量の水を生成することなんて出来ることじゃない。
その不思議な現象に驚いていると、廊下の向こう側にアーサー君の顔が見えた。
こちらを向いてニッコリ笑う。彼の仕業か……。
「君を助けられて良かったよ。流石に見てみぬフリは出来なかったな」
「ありがとう、アーサー君。でも、気取られないよう気をつけてね。殿下を敵に回すとね」
「ああ、上手くやるよ。それとこれをあげるよ。さっきの水魔法はこれで威力を上げたんだ」
そっか、この研究馬鹿はドンドンと研究対象を増やしてしまうけど……魔力を上げるアイテムを完成させたのか……信じられない成果だ。このアイテムなら、魔法の壁も強く出来るな。
「それにしてもアーサー君の魔法研究は凄いわね。伝説のアイテムがドンドン出来てしまう」
「そうかい? 君の錬成魔法の知識のおかげでもあるけど、そんなことを言ってくれたのは君が初めてだよ」
「何で? こんな凄いのに?」
「ははッ。家では魔法の研究なんてしないで蒸気機関の勉強でもしろって言われてね。魔法なんて時代遅れって、それで家を飛び出して来たんだ」
いつも屈託なく笑うアーサー君の初めて見る曇った顔。それにこんな弱気なアーサー君は初めて見る。いつも能天気で破天荒で、方向音痴で……研究馬鹿の非常識。そのアーサー君が、こんな。
気がつくと私は思わず言ってしまった。
「そんなの気にしない! アーサー君の魔法は素敵だよ。どんなに凄いことか、その人達はきっとアーサー君の魔法の凄さがわかってないんだよ!!」
「……ああ、ありがとう――そんなことを言ってくれたのは君だけだよ、シャル」
いつの間にかアーサー君は私のことを愛称で呼ぶ様になっていた。
もちろん貴族なら厳しく戒めるべきだがそんなことはしない。
今の私の夢は貴族籍を離れて平民として生きること。魔法で生計を立てようと考えていた。
オリハルコン、蘇生薬、それらが出来たら当然可能だ。
だがそんな私達に奇妙な逆転現象が起きていた。アーサー君は何故か蘇生薬の研究に没頭した。この馬鹿は見境がないから何でもひらめくと研究を始めてしまうが、オリハルコンの研究だけは放っておくことはなかった。なのに何故か蘇生薬に没頭し始めた。
結果的に私がオリハルコンの研究に打ち込む形になった、そして。
「完成した!」
「私もよ!!」
なんと私とアーサー君は同時にオリハルコンと蘇生薬を完成させた。信じられない奇跡!
確実に歴史に名が刻める。私は平民としてもやっていけると自信をつけた、だが。
「俺はちょっと実家に帰って来るよ。オリハルコンは君の発明、蘇生薬は俺の発明でいいか?」
「え? いいの? どちらもほとんどアーサー君の研究の結果よ?」
「共同研究なんだからいいじゃないか?」
そう言って微笑む。止めて、惚れたくない。こんな非常識人、私は堅実な平民の商人とでも結婚して普通で質素だけど素敵な旦那様に守られて幸せな人生を歩みたいのだ。
そう言ってアーサー君は実家に帰った。そして1週間、私への虐めは加速した。
守ってくれる人はいない、アーサー君とも多分二度と会えないだろう、そう思っていた時にそれは起きた。
「や、止めて! そこまでするのはおかしいと思う!」
「何だ? お前、今から平民のような話し方になったか? 殊勝な心がけだが、必要ない」
「そうよ。あなたはそこから飛び降りて自殺するのだから、ぷ、ぷぷ」
私は殿下に校舎の屋上に呼び出されて屋上の縁に追いやられていた。4階建の屋上から落ちたら……。
私のすぐ後ろは何もない。
「お、お願い。こんなこと止めて? 私は何もしていない!」
「何をとぼけてるの? 王太子妃になる私に虐めを行ったじゃない?」
とぼけているのはそちら、何処に証拠がある?
「何処に証拠があるの?」
「お前が配下の貴族令嬢に命じてソフィアの教科書を焼却機で焼かせたという確かな情報を得たんだ!」
「それでどうしたんですか?」
「もちろん、配下の令嬢を問い詰めて自白させた。そして命じたのがにっくきお前だったのだ!」
「その自白した令嬢の名は?」
「そんなことどうでもいいじゃない?」
あの女が私の追求に焦る。いい機会だ。何とか汚名を返上したい。
「私が犯人なら言えるでしょ? 虐めの実行犯は誰だったのですか?」
「ああ、あの女はラッセル家のオリビアだ」
「男爵家の?」
「ああ。間違いない」
「それは妙ですね、ラッセル家はうちのサフォーク家とは仇敵ですよ?」
「はっ? そんなバカな! いや、確かに」
信じられない、こんな初歩的なことで嵌められていたなんて……むしろラッセル家のオリビアはこの男爵家の女、ソフィアとは親戚筋だった筈だ。
「で、私がソフィア様を虐めたという証拠は?」
「はっ? だから、男爵家のオリビアが白状した! それで十分だ!」
「誰が信じます? 少し考えただけでおかしいですよね。そもそも、そんな証言では証拠能力が不十分です。仮に教科書の件が私が行ったこととしましょう。他の件の証拠は?」
「し、しかしお前は散々みなの目の前でソフィアに罵声を浴びせたというではないか?」
「婚約者を誑かす相手を牽制するなと?」
「いや、お前はその意地悪な顔でソフィアに嫌味の限りを!」
「婚約者に愛想を振りまく女に、嫌みの一つも言うなと?」
「……」
全くこんなデタラメを信じるなんて、それに誰が意地悪そうな顔? となりにいるソフィアの顔を見てなかったのかしら? あれこそが意地悪な顔だと思う。
そもそも私は何も言っていない。ソフィアには腹が立ったが、何もできなかった。
侯爵令嬢の私は自身の婚約者の心が自分から離れていくのをただ見て見ぬふりをしていた。
「ツッコミどころ満載ですけど、私は誓ってソフィア嬢には何もしていないし、何も言っていません。それで一番肝心なことを聞きますが、よろしいですか?」
無言になった殿下に止めを刺しに行くつもりの私。
さしたる証拠もなく婚約破棄をしてくれやがった相応のことの理解をしてもらおう。
「殿下はさしたる証拠もなく、婚約破棄を私に言い渡しになられた? 私のサフォーク家は古くから王家に仕える家と自負しています。こんなおかしな婚約破棄に私達が納得しますか?」
「……」
「な・っ・と・く・し・ま・す・か・?」
「……しない、か」
全く、こんな滅茶苦茶な婚約破棄など。あの時、言い返せず縋るしかなかった自分が恥ずかしい。
「うるさい! お前なんて!」
今度はソフィアに蹴とばされて4階から落ちそうになった。
「きゃッ!!」
流石に死んだと思った、再び宙に舞う感覚、だが、私の身体が落ちていくことはなかった。
「は?」
「え?」
みな驚きの声を上げる。それはそうだ、私の身体は宙に浮いている。こんなことができるのは?
「アーサー君!」
「シャル、ギリギリ間に合った!」
私をいつかのように助けてくれたのはアーサー君だった、だが。
「ア、アーサー君?」
アーサー君のそばに着地した。そして私の手を取り、腰に手を添えて。
「……その恰好?」
「ああ、俺、帝国の皇太子なんだ」
豪奢な恰好だけど軽く言うアーサー君に私は眩暈がしそうだ。
だが、アーサー君は殿下とソフィアに目を向けると見たこともない怒りの表情を見せた。
「なあ、シャル。やっちまっていいかな?」
「はい、やっちまってください皇太子さま!」
私は調子に乗ってそう言った。アーサー君、いやアーサー様なら私の無念を晴らしてくれる。
実際に彼はその力を持っている。帝国の皇太子の前には我が国の王太子なぞ下位の存在だ。
「オスカー・アストレイ! ソフィア・ハーレー! お前たちは無実のサフォーク家の令嬢に理不尽な婚約破棄を行い、あまつさえ虐めを行った! その罪、帝国皇太子アーサー・ユングリングの名において貴様らを裁かせてもらう!」
「そんな! いくら帝国の皇太子でもここは王国! 勝手に裁くなどおかしい!」
「そうです! それにその女が私を虐めてのは事実です!」
まあ、殿下、いやこのクソの言うことはもっともだが、どうせアーサー様は何か考えているのだろう。それにしてもこのソフィアという女、まだとぼける気か?
「さっきからのやり取りは聞いていた。言い逃れはできん。それに、ここに貴様らの王の委任状がある!」
懐から1枚の書類を取り出し、二人に見せるアーサー様。
「ひっ! 本物!」
「う、嘘ですよね? 殿下?」
二人は抱き合って明らかに怖気づく。書類に捺印されていたのは紛れもなく国王の朱印。
「ち、違うのです! 私はただ殿下に言い寄られただけで、シャーロット様には何も!」
「このクソ女ぁ!」
真実の愛はどうした? 途端に見苦しい言い合いを始める二人。
「この愚か者共!」
そこに突然現れたのは国王陛下御自身だった。
「な、何故父上が自らこんなところに?」
「王国存亡の危機の今、こんなところ? 今、わが国は存亡の危機に瀕しておるのだぞ?」
「そ、そんな大げさな」
結構大げさだと思う、お父様は帝国に参内していて不在の国王が帰り次第問い詰めて、場合によっては謀反を起こすとか言っていたし、兄上は騎士団を率いてオリバー殿下を切り捨てると言い放っていた。お母様にいたっては、この王国を焦土に変えてやろうかしらとほくそ笑んでいた。
私のお母様は元帝国皇女、サフォーク家はやや帝国側に近づいている。それを引き戻すために私とオリバー殿下の婚約となったのだ。
それを婚約破棄など国王陛下の顔色が悪くなるのも無理はない。正直陛下が帰ってきたらかなりヤバいことになると思っていた。
「して、国王よ。二人にどのような処分が妥当か?」
「我が子……せめて毒杯と言いたいが、ここは公開処刑しかあるまい。そこの愚かな女もだ!」
「ひ、ひぃ!」
「そ、そんなおかしい! 王太子の私が公開処刑など!」
「バカ者! 我が王国の盾であり、有数の穀倉地帯であるサフォーク辺境領を敵に回して我らに未来はあるか! サフォーク家にも帝国の皇太子殿にも納得して頂ける処分が必要じゃ!」
「そ、そんな……」
「嫌よ。私はただ!」
「連れて行け!」
さっきまでとうって変わって絶望に顔を歪ませる二人。その二人を騎士が連行する。
☆☆☆
一旦は場が収まり、平穏が訪れたがアーサー君は相変わらず私を振り回す。
「いや、実は王国に来ていたのは婚約者も探していてね。ちょうどいい貴族の娘がいたんだ」
「へ?……」
あれ? おかしいおかしい。なんか嫌な予感がする。
私は平民として自由に生きる意思を固めたばかりなのだ。 アーサー君のことは……好きだけど。私は現実派なのだ。こんな破天荒な男性と結婚したら大変な未来しか見えない。ましてや帝国の皇女? いや、無理。
「婚約して欲しい」
「あの、アーサー様? アーサー様は帝国の皇太子、良く考えて行動なさいまし。お父上の了承は得ていられましたか? 皇族に自由な結婚なんてあり得ませんことよ」
「父も了承している。先日君と共同開発で治癒薬とオリハルコンの開発に成功した件を伝えたら、たいそう気に入って頂いたし、それが君を我が皇室へ招く最大の理由だ」
「一体何で?」
王国の辺境伯の娘とはいえ、突然皇室へ嫁ぐなど信じられないことだ。
「俺は父に反発していて、婚約者は自分で決めたいと言っていたんだ。父が納得する女性を連れて来たら、その人との仲を認めて欲しいと願ったんだ。父はオリハルコンが完成したら考えてもいいと言ってくれてね。それで君を推させてもらった」
勝手なことしないでください。迷惑です!
しかし、王室どころか皇室の皇太子が事実上の恋愛結婚をするなんてありえない。ここはおそらくアーサー様が迷子になっているに違いない。
「家柄は? 皇室ともあろう家系がサフォーク家程度では問題が?」
「問題は家柄ではなく、能力だよ。君は入学試験は一位、現在も学年首席、そうだろ?」
「……そ、そうですが、それが?」
「私に執務能力があると思っているのかい?」
いや、ある訳がない。この男にあるのは非常識な天才性だけだ。でも、だからと言って執務を私に代行させるとか酷くないですか?
「もう、君のお父上の了承は得ている。それに君の辺境領と王国は一触即発の状態だ。どちらが上で下かをはっきりさせることは君のお父上にとってまたとない政略結婚でもあるんだ。随分と喜んでおられたよ、君のお父上は、あはっ」
あはっじゃないでしょ? 何ですか? この悪辣な敏腕ぶりは? それでもアーサー君ですか!
アーサー君が外堀を埋めに来ている。これが魔法以外無頓着のアーサー君?
「そ、そんな~」
「そんなに私との婚約は嫌なのか?」
「撤回してくれないとどこか遠くに逃げます!」
「そこまで?」
当たり前でしょう? この非常識の嫁になぞなったら国を背負って大変な人生しか見えない。私はできれば素敵な普通の旦那様に守られてひっそりと普通の幸せな暮らしがしたいのだ。
「でも、アーサー君なら私よりずっと綺麗な人の方がいいんじゃ?」
「君はとっても綺麗だよ」
「ふえっ!?」
アーサー君にそっと髪を撫でられた。なんでそんな簡単に異性の身体の一部に触れることができるんですかぁ? 今までそんなそぶりもなかった癖に、今更?
「私に微笑んでくれないか? でも君の微笑みを見たら間違いなく尊過ぎて俺は死ぬだろう」
「ほえ!?」
いや、言い過ぎじゃないですか? それに……。
「あの、私が微笑んだら死ぬって……それならやっぱりこの婚約は止めた方が?」
「だから蘇生薬を作った」
「ええっ!」
何でそんなに熱い目で私を見ているの? それに本気で私の微笑み見たら死ぬと思ったの?
だから蘇生薬をあんなに一生懸命?……オリハルコンより優先して……そんなに?
ああ、アーサー君が変なことを言ってるぞ。そんな、アーサー君が素っ頓狂なこと言わないなんて! いや私の方がおかしくなりそう!
頭がクルクル回る私をよそに素早く私の目の前に跪いて、片手を取り、触れるか触れないかの手慣れたキス。精悍なその顔には迷いなどないように見える。
「そ、そんなこと急に言われても!」
ささやかな抵抗を試みるが、外堀を埋められた上、内堀も既に埋められそうになっている私。
だから、この人誰? ほんとにあの朴念仁のアーサー君?
「こんなやり方をしたことは謝罪する。だが、俺は気が付いたんだ。一緒に研究をしていて、君と一緒にいるとどんなに楽しいか? 俺は君が好きになったんだ。君を一生守る。絶対に君を幸せにする」
「え? あ、でも?」
「俺に君を幸せにする権利をくれないか?」
「え、ええっと、あの?」
だからなんでこうなったの?
あの研究馬鹿のアーサー君はどこに行ったの?
ていうか、この人誰?
「シャル……俺は君を愛している」
低く男らしい甘い声。
「俺は君の優しさに惹かれた……オリハルコンができないと好きな人とは結ばれないと諦めていた。でも、もう諦める必要はない」
強い眼差しで私をしっかりと見つめる……私だけをアーサー君の瞳が映している。
優しく私の手を取り、離してくれない。
「か、考えさせてください」
「俺は君だけを愛し続ける。誓約する。俺に生きる希望を与えて欲しい。君がいれば私は希望を持てるんだ。いつまで考えてくれても構わない」
はにかみながらも精悍な顔つきで、笑みを浮かべる。素敵な、これは本物の愛?
でも、この人、方向音痴で研究馬鹿で非常識で朴念仁のアーサー君だよね?
この男の人って誰?
え? アーサー君? あれ?
「私の婚約者になってくれないか?」
「はい」
気が付くと私は小さな声で返事をしていた。
広告の下↓の方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】をクリックして【★★★★★】にしていただきたいです!!
続きが気になる方、面白い思った方!
ブックマーク是非是非お願い致します!
1つのブックマーク、1つの評価が本当に執筆の励みに繋がります!
評価やブックマーク頂くと泣いて喜びの舞を踊ってしまいます!