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子爵夫人は怒りっぱなしである 16

「あら、陛下ごきげんよう?私は私の可愛い後輩にリザム子爵夫妻のことを頼まれただけですわ。それに話を聞いておりましたけど、リザム子爵夫妻の言うことに何も間違いはないではないですか。

 そもそも婚約者のデビュタントで他の女性と延々踊り続ける王太子を責めるどころか被害者を責めるなんて、妃殿下はどうかされてるんじゃありませんこと?そんな妃殿下を放置なされているなんて、陛下も同程度と思われますわよ?」


 楽しそうににやにやと笑いながら女性は続ける。妃殿下はその女性を睨んでいるが、何も言えない様子だった。ヨアキムがそっと私に教えてくれた。


「バーバラ・ハルト様だ。我が国に五人しかいないハルト様のお一人だ。王宮神殿にはバーバラ様とセオドア様が在籍されている。恐らくセオドア様が私たちを案じてお願いしてくださっていたのだろう。本当にあの方には返しきれないほどの恩を受けてしまったね」


「陛下、リザム子爵夫妻はそんな難しいことを申し上げておりませんわよ。爵位を返上して二度と王都に来ないと言っているだけではありませんか。法外な慰謝料を要求されているわけではありませんわよ?

 有能な人物から見放されるのも、粗略に扱った元婚約者の家から見放されるのも全て自業自得ではありませんの。あまりおかしなことを言い続けるのでしたら、大神殿に『この国からの要請をここ一年断る様に』要請をしても良いんですのよ?

 もちろん妃殿下がひと月に一度依頼されている美容施術に関してもお断りすることになりますわね?」


 ハルト様の言葉に驚く。美容施術とはなんだろうか。神殿に施術を依頼するには法外な費用が必要になる。それをひと月に一度も受けているのか。


「妃殿下、美容施術とはなんですか?」


「それは、殿方には関係ないことよ。バーバラ・ハルト、余計なことは口にしないでいただけるかしら?」


「あらあら、私は妃殿下に呼び捨てにされる謂れはありませんわよ。それに神殿には守秘義務はありませんのよ?何を依頼されたか、開示するかしないかはそれぞれの判断に寄りますの」


「何ですって!たかが男爵令嬢風情が!」


「私はいまや神殿の一位です。そちらこそたかが、元侯爵令嬢風情ではありませんの。

 ふふふ、殿下、気が向いたので教えて差し上げますわ。美容施術とは年齢を重ねたことで出てくるシミや皺を無くす様に魔法を使うことですわ。私の得意な魔法ですのよ、ご覧くださいな。王妃様にはシミも皺もありませんでしょ?」


「そんなことを神殿に依頼したのですか!それなら八年前にクラン公爵令嬢が怪我をした際に私の予算から治療費を出してもよかったではないですか!

 密輸の金を何に使ったのかと思っていたが、そんなつまらないことに使っておられたとは…。陛下、後程お時間をいただけますか。もう妃殿下は表に立つべきではないでしょう」


「ジェイド、馬鹿なことを言わないでちょうだい!あなた実の母を貶めるつもりなの?」


「ええ、貴女も実の息子を蔑ろにしていたでしょう、お互い様ですよ。いや、この話は後からいたしましょう」


 たしかに王妃様は年齢よりも若く見える方だが、神殿に美容施術を依頼して、それを受けていたのか。しかも殿下は密輸をとか仰った気がする。おかしなことを聞いてしまった気がする。

 殿下は蔑む様な目を妃殿下に向けた後に私達の方を振り向いて深々と頭を下げた。


「リザム子爵、夫人、本当に申し訳ない。今回のことは私の不徳の致すところです。お二人の仰ることはその通りですが、どうかもう一度私にチャンスをいただけないでしょうか?私にはどうしても彼女が必要なんです」


「今更です、私たちは貴方を信用できません。万一あの子がどう言おうと貴方にエヴァをもう二度と預けようとは思えません」


 ヨアキムは殿下にそう静かに返した。殿下は頭を上げないままだが、私もヨアキムも殿下を信じられない。またエヴァを何かに利用するつもりなのだろう。下手をしたら、クラフト伯爵令嬢との仲を隠すための隠れ蓑に使われるかもしれない。


「どうか頭をお上げ下さい。申し訳ありませんが何度、どの様に請われ様ともそのご命令だけは聞けません」


 ヨアキムはそう言って殿下の頭を上げさせると、私のそばを離れ、殿下に歩み寄った。そして「失礼」と言っていただいた邸の鍵を殿下にお返しした。


「もう二度と私たちは王都に足を踏み入れるつもりはありませんから、エヴァもこの邸に住むことはありません。

 お雇いいただいておりました使用人たちの給与は今月までの分は私共で支払い終えております。以降どうなさるかは殿下がお決めください。それからエヴァにいただきました品物も全てこちらに置いております、それも殿下がご処分なさってください。

 私も妻も娘も、殿下からは何もいただくつもりはございません」


 殿下はすがる様な瞳でこちらを見ていたが、絶対に許さないと思った。ヨアキムもそう思っているのだろう、厳しい瞳を向けていた。何故か殿下はエヴァにまだ何か用がある様だ。『エヴァが洗礼を受けるまで神殿に行ったことは言わない方が良いだろう』とヨアキムと話していたことは正解だった様だ。


「さて、陛下。もう良いでしょう、ヨアキムもリエーヌも私が領土に連れ帰ります。そうそうトラン子爵位を譲ろうと思っております。もちろん問題はないでしょう、我が領土での叙爵権は私にありますからな。

 もちろん、もう二度と王都の社交界には出席させませんがな」


「うむ、仕方があるまい…。しかし、わしがこう言っても信用ならんだろうが、エヴァンジェリン嬢のことは考え直して貰えないだろうか。

 彼女はジェイドの運命だと…」


「まぁ、王家の運命の相手って面白いですわねぇ。陛下の様に甘やかしすぎて情勢のひとつもろくに読めない人間にするかと思えば、殿下の様に放置して周りの貴族に笑われて惨めな思いをする人間を生んだりするなんて。

 どちらにしても迷惑極まりませんわね、運命の相手とやらとは結ばれない方がお相手のためにも周りのためにでも良いのではなくて?」


 ハルト様は艶やかに笑いながら、その容姿に反して毒を吐く吐く。言うことが的を射すぎて私達がこれ以上何も言うことはなかった。


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