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傷物令嬢は婚約を断れない

「申し訳ありません、殿下。今何を仰ったのかよく聞こえなくて…もう一度仰っていただけないでしょうか?」


 私の声も聞こえなかった様だが、話を続けるのにここは不向きと思ったのか、ジェイドは微笑むと、少し離れた東屋にエスコートしてくれた。私たちが到着すると同時に待機していた侍女が紅茶を入れ、話が聞こえない位置までさっと下がる。流石に王宮の侍女である、訓練が行き届いている。


 東屋は、庭木から少し離れた位置にあるため、蝉の声はまだまだ響いているが、相手の声が聞こえなくなるほどではなくなった。

 勧められて紅茶をひと口、口に含んだところでジェイドがおもむろに話し出した。


「蝉が煩くてまともに話ができなかったね。蝉は嫌いではなかったはずなんだが………。

 実はね、私は最近とても美しい小鳥を手に入れたんだ。ずっとずっと欲しかった、実に美しい小鳥なんだ。その小鳥の囀りが聞こえなくなるほどうるさい蝉は静かになる様に全て焼き殺したくなるくらい、最近では憎らしく思える」


 恐ろしいことを言い出すものだ。口に含んだ紅茶を吐き出さなかった自分を褒めてやりたい。

 ジェイドの言葉に、蝉がうるさいからと捕まえてきてはバケツに水を張り沈めていた幼い従兄弟を思い出した。正直あの時はどん引きしたし、叱ったりもしたが、正直この王子にはどの様な忠告もしたくない……ので、後半部分は聞かなかったことにした。


「まぁ、小鳥ですか。殿下がずっと望まれていたのなら、それはそれは美しい小鳥なんでしょうね。ずっと手に入らなかったと言うことは希少な鳥なんですか?」


「あぁ、とてもとても希少な小鳥でね、本来なら私のものだったのだが、慮外者が横から掻っ攫っていってね、最近ようやく取り返したんだ」


「まぁ、殿下のものに手を出すなんて…愚かな者もいたものですわね」


 なんだかゲーム上のジェイドに比べ、暗黒面が表に出過ぎている気がする。ゲームのジェイドは裏で暗躍するものの、表ではきちんとした王子なのだ。

 このジェイドを敵に回そうと考えるなど、阿呆としか言いようがない。こんな恐ろしい生き物には関わらずに生きていくのが正解だろう。


「でも、殿下のお手元に無事に戻ったならよろしかったですわね」


「そう、それなのにうるさく鳴く邪魔者のせいでその美声を楽しめない。邪魔なものなら排除しても構わないと思わないかい?」


 またもや話が蝉の虐殺に戻ってしまった。これ以上聞かなかったふりは流石に出来ない。どうして蝉の話ーーいや小鳥の話か?ーーをそこまで続けたいか、本当によくわからないところではあるが。


「殿下の意に沿わないものがあるのは悩ましいところではありますが…」


「エヴァンジェリン嬢、君は蝉や虫が好きなのかい?ならば今回は君に免じて見逃そう」


「…正直に申し上げますと、虫は苦手ですわ。でもだからと言ってどうにかしようとは思ったことはありませんわね」


「そう。まぁ最初から怖がられても切ないし、今日は我慢することにしようか。

 それで、なんの話をしてたんだったかな?」


「ええ、殿下には思う方がおられると小耳に挟みました。前回、私がうっかり足を踏み外し、池に落ちた時に居合わせたことに責任を感じておられるのは良く分かりましたが、正直心苦しゅうございます。

 ご存知かとは思いますが、正直私は傷物の身、今更怪我の一つや二つ増えたところで何も変わりません。どうぞ、お捨て置きくださいませ」


「へぇ、たしかに私には幼い頃から心に決めた人がいるが…、君はそれを誰だと思っているのかな」


「お名前までは、存じません。

 しかし、先程も申し上げたとおり、私には醜い傷跡が今回の過失を含めて三つございます。この様な身で殿下に嫁げようはずがありません。お恥ずかしいことですが、我が家では治癒術師様に依頼すら叶いません。どうかご容赦くださいませ」


「うん、けれど私には君が怪我をした際に居合わせた上、助けられなかったという過失がある。王家の者として責任を取らせてほしい」


 突き落としたくせによく言うよ、と思いながらもジェイドを真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。ついでに慰謝料も払ってくれれば良いんだけど、と思っているが流石にそれは口には出せない。


「私の過失で、殿下の過失ではありません。どうしても気になると仰るのであれば、今回の傷だけ癒やしていただくのはいかがでしょうか」


「君の傷跡については私も責任を感じている。できれば今すぐにでも治癒術師を手配して消したいところだが、先程君が言った様に君の身には傷跡が三つある。

 治癒術師に聞いたところ、一つだけの怪我を治すことはできないそうなんだ。治癒するのであれば全ての傷が消えるらしい。現時点で、君の身の怪我を癒すとしたら、全ての傷が癒える。それではリオネル家やベネディ家に、何もしていないにもかかわらず、王家から褒美を与えたことになる」


 人を物扱いかよ、これだから封建社会は、とイライラするが、たかが子爵令嬢がそれを言えるはずもない。ならばさっさと婚約を断って帰るだけである。


「左様ですか。それでは何も望みません。どうぞこのままお話を無かったことにしていただけませんか」


「エヴァンジェリン嬢、私は君との婚約を望んでいるんだよ?

 大丈夫、君が正式に僕に嫁いできたら、その怪我は全て癒すと約束するよ」


「けれど、殿下」


 そう言った時にふわりと蝶々が花から離れ、私の近くへ、飛んできた。黒く美しいその蝶はリザム子爵家の家紋のモチーフに似ており、思わず見つめたところ、急に殿下が立ち上がり、私のそばに来ると、その蝶をまっぷたつにした。


「いつでも、この様に…」


「喜んで!喜んで婚約いたします」


 殿下の声に、間髪を容れず私は答えた。言うことを聞かないなら、子爵家をいつでもこの様に潰せると彼は私にわかりやすく、示したのだ。

 なんで恐ろしい脅迫の仕方をするのだ。関わり合いになりたくなかったが、こうなってしまっては仕方がない。


「そうかい、よかった。エヴァンジェリン嬢。(聞き分けのいい子は)好きだよ」


 こんな凶悪な告白は初めてである。( )の中は、私の想像だが、間違っていないと断言できる!

 私などが今更王家の役に立つとは思えないし、なんの利があるかもわからないが、こいつにだけは逆らってはならないと本能が警告している。とりあえず、このまま恐ろしい話を続ける気にはなれないので、話題を元に戻すことにしよう。


「こここ小鳥と言えば、私は動物は大好きなんですの。今度ぜひ見せていただけないでしょうか?」


「あぁ、ようやく手に入れたけれども、私の望まない囀り方を仕込まれたかもしれないんだ。それは我慢ならないから、調教する必要があるかもしれないんだ」


「まぁぁ、そそそうなんですか」


 囀り方ひとつですら、思いのままにならないとは王家のものになると、大変である。まだ見ぬ小鳥に心から同情する。小鳥ですらこの厳しさ、絶対に王家には関わりたくない。


 しかし、先ほどからジェイドと会話しているが、なんというか、サイコパスの匂いがしてくる。言葉の端端に不穏な単語が見え隠れ…いや、隠れてないか、ばっちり登場している。


 この人、真性のサイコパスではないだろうかと本気で怖くなってくる。

 もしかして彼が私を迎えたいのは『傷物になり、婚約者を何度か挿げ替えられても平気な顔をしている私』なのかもしれない。そんな女なら、どれだけ虐げても問題ないと思っているのではないだろうか。

 

 冗談ではない、子爵夫妻の迷惑にならない様に私はただただ流されてきただけで痛いのも怖いのもごめんである。


 しかし、シナリオ通りならジェイドはサラを愛しているはずなので、進行状況にもよるが、必ず1年から2年後には婚約解消ができるはずである。とりあえず、当たらず触らず、今までの婚約者達同様、あまり関わり合いにならない様に過ごしていけばいいはずである。なので、このまま黙って婚約者役を続けていればいつかは解放されるはず……だと思いたい。

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― 新着の感想 ―
[一言] おいおいおい…何て面白そう過ぎる展開なんだ…
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