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子爵夫人は怒りっぱなしである 5

 翌朝エヴァが起きたとエリスが知らせに来てくれたので、エヴァのところへ行き静かにヨアキムは昨日の提案をした。


「ねぇ、エヴァ。気を悪くしないで聞いて欲しい。君は元々王太子の筆頭婚約者候補だったが、それが叶わなくなったので我が家に来てくれたのだが、私は子爵でしかない。何かあった時に君を守れる力はあまりないんだ……悔しいことだが」


 私は静かに息を吐いた。そして手を少し握りしめて、ゆっくり息を吸うと私も続けた。声が震えてないかどうか気にしながら、私も言葉を紡ぐ。


「だからね、貴女はもう実家に大手を振って帰れるのではないかしら?その方があなたのためになるんじゃないかと私たちは思うのよ。クラン公爵家には私たちからお話しするわ」


 エヴは私たちの方を見ると目をぱちぱちとさせた。これはエヴァが驚いている時の癖だ。込み上げてきそうになった涙をぐっと抑える。静かにあの子の返答を待つと、エヴァは静かに答えた。


「お義父様とお義母様にはご迷惑になるかもしれませんが、私の家族はお二人だけです。他に帰るところなんてありませんわ。

 エヴァンジェリン・フォン・クランは8歳の時に病気で亡くなったのです。……死者は生き返らないものですわ」


 そう言うなり、エヴァは私に抱きついてくれた。今まであの子から私に抱きついてきたことはなかった。抱きしめていいのだろうか…?ヨアキムの顔を見ると彼も驚いた様な顔をしたが、真面目な顔で頷いたので、恐る恐るエヴァを抱きしめる。私が抱きしめ返すと更にエヴァの手に力が篭った。

 この子を手放さなくてもいいのだろうか。けれど、それではこの子の将来はどうなるのだろうか。子爵家出身の王妃などと呼ばれるのだろうか……。昨日決心したつもりなのに、心が揺れる。エヴァが良いと言ってくれるのならと、つい思ってしまう。涙を流さない様に注意をしているのに、それでも声が震える。


「ありがとう、エヴァ。私もあなたのことは実の娘の様に愛しく思っているわ。私は体が弱くて、子供がなせなかったの。ヨアキムは構わない、二人で暮らそうって言ってくれたけど、ずっと申し訳なくて…寂しかったわ。でも貴女が来てくれて本当に嬉しかったの。本当は、私だって貴女を手放したくなかったからそう言ってもらえて、嬉しい。でも、大事に思うからこそ聞きたいの、頼りない私たちだけど本当にいいの?」


「私の家族はお二人だけです」


 私の問いにエヴァは微笑みながら続けた。その答えにヨアキムと私はたまらなくなってエヴァを抱きしめた。エヴァも、ヨアキムも私も泣いていた。エヴァは私達二人を真摯な瞳で見つめながら続ける。


「お義父様、お義母様。私、実はこの婚約についてはお断りできないかと思っているのです」


 私たちはエヴァの言葉にとても驚いた。なにしろ王太子はーー私は胡散臭いと思っているがーー令嬢たちの間ではとても人気があり、更にエヴァと幼い頃は仲が良かったらしいからだ。


「小耳に挟んだことなんですが、殿下は思う方がいるそうなんです。うっかり池に落ちた私のそばにいたせいで、殿下のお気持ちを蔑ろにすることは私の望むところではありません。なにより公爵家に戻らない以上、私は子爵家の娘ですので、王家に嫁ぐことなどできませんもの。

 そもそも、私は傷物の身。この醜い傷跡を持ったまま、高位貴族の元へ嫁ごうなどとは思っておりません」


 エヴァは目を伏せて言葉を続ける。初めてあの日何があったのかわかったが、その話が嘘だったということはすぐにわかった。エヴァは嘘をつく時、目を伏せる癖があるのだ。きっと何か口に出せないことがあったのだろう。

 そしてエヴァも殿下が他に想う相手がいることを知っており、その上で殿下の気持ちを慮って身をひこうとしていると思うと切なくて悔しくてたまらない。なぜエヴァにはいつもこの様に愚かな男しか寄って来ないのだろう。エヴァはこんなにいい子なのに!しかもエヴァが気に病んで止まない傷だってその愚か者たちがつけたものなのだ。


「グラムハルト様と婚約を解消した後は、後妻や平民でも良いので、子爵家のためになるところに嫁ぎたいと思っております。何より王宮に上がっては二人になかなか会えなくなりますから、婚約はお断りしたいのです」


 そんな健気なエヴァに私は言葉を失う。どうして、こんなにいい子が不幸な目に遭わなくてはならないのだろうか?神が本当にいるならこの子を助けてあげて欲しい。

 絶句している私の隣でヨアキムが微笑みながらエヴァに告げた。


「王家の意向に異を唱えることにはなるが、下手に責任を取らせるために婚約するより良いことだろうね。ただ、エヴァの婚姻先については今後ゆっくり話すことにしよう。お婿さんを取ってこの家を継いでもらうと言うのが、一番私たちの望む形ということだけは伝えておくよ」


 それは私達が将来思い描いていた未来だった。辛く当たるルアードや無視して過ごすグラムハルトとの婚約を解消できたら、エヴァにこの家を継いでもらいたい、そうしたらこの子とずっと過ごせる。そしてエヴァを大事にしてくれる人ならどんな人でも反対しないと私たちは話していた。


 エヴァは遠慮したが「私達がそうしたいのだ」と強く告げると嬉しそうに微笑んでくれた。

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