子爵夫人は怒りっぱなしである 1
「お義父さま、お義母さま、いたらぬ娘で申し訳ありません」
そう言ってエヴァは頭を下げた。この子が謝ることなど何もない。生涯に一度きりのデビュタントで婚約者に放置された上に、異母兄妹にひどい仕打ちを受けたエヴァは被害者だ。
それなのにエヴァは私達に謝罪をしており、その身体は小さく震えている。その姿は幼い頃のエヴァを思い起こさせ、悲しみが込み上げてきた。子供のできない私たちのところに養子として来てくれた娘は、最近になってようやく私たちのことを父母と呼んでくれる様になったばかりだった。
もともとエヴァはクラン公爵家の正当な血筋の娘であった。しかし婿養子である現当主のファウストはクラン公爵家に全く血の繋がりもない、はっきり言ってしまえば伯爵子息でしかないサトゥナーを公爵家の後継に据えた。もちろん一族は異議を唱えたが、ファウストはエヴァを傷つけた代償として武力を得た為、誰も強く逆らえないままだった。一応アスラン様というエヴァの実兄の籍がクラン家にあるので、まだ公爵家として認められてはいる。
けれどいくらリオネル家との契約があるとはいえ、アスラン様が跡を継がなければクラン家は公爵家のままではいられなくなるだろう。皆そう思い、そのまま様子見をしていた。けれど誰も手を出せないままでいるうちに、とうとうエヴァは公爵家から出されることになってしまったのだ。
実はエヴァはどの家が引き取るか大きな問題になっていた。公爵家の正当な血筋の娘であり、強い魔力を保持している上に、リオネル家に嫁ぐ娘である。下手なところに養子に出すのは大変危険だったのだ。なにせ王妃教育まで受けており、何をどこまで知っているのかも分からずに扱いが困る娘でもある。けれどファウストは絶対に公爵家から出すと宣言しており、しかも子爵家以下でないと認めないと言っていたから尚更だ。
私はこの話を聞いて、エヴァを養子に迎えたいと思った。そもそも私は幼い頃から体が弱かった。一日をベッドで過ごさなければならないというほどではないが、すぐに熱を出し、外を駆け回ることなどはできなかった。お茶会に行く為に少し遠出をするだけで熱を出すことも珍しくなかった。おそらく子供は望めないだろうと医師にも言われており、結婚は諦めていた。
しかし、デビュタントの時に私はヨアキムに出会った。私は彼に恋をしたが、彼はリザム家の嫡子だったので、その想いは秘したままにしようと思っていた。けれど驚いたことにヨアキムも私に一目惚れしたと言って、告白してくれた。その上「君が病弱でも構わない、子供は養子を取ればいい」と言ってくれ、貴族には珍しく恋愛結婚をすることになった。
けれど結婚式の際にヨアキムの従兄弟が酒に酔った勢いだと思うけれど『石女を嫁にもらうなんて物好きな』と発言した。
私は末っ子で身体が弱かったこともあり、両親は私のことを溺愛していたから、この言葉に私の両親は激怒した。私の実家は南の辺境伯だったので、義両親は平謝りをしたが両親の怒りは解けず、その場でこの結婚は無かったことになりかけた。けれど私はヨアキムを愛していたので、両親に彼とどうしても結婚をしたいと泣いて訴えた。私の涙に両親は渋々折れてくれたが、私の実家とリザム子爵家には溝ができてきてしまっていた。
酔いが覚めた従兄弟は顔色を真っ青にしたが、私達に謝罪などは一切なかった。私の両親からヨアキムの従兄弟の家に圧力がかかり、彼は家から絶縁された。絶縁される時にいくばくかの金をもらったらしいが、それも全て酒に使ってしまったらしい。彼は程なく町外れの薄暗い路地で冷たくなって見つかったが、その時金は一銭も持っていなかったそうだ。
だから尚更、彼に子供を作ってあげられないことが申し訳ないとずっと思い続けていた。だから、この話は私にとって降って湧いたような素晴らしい話だった。なんとしてもエヴァを養子にしたいと思った。ヨアキムに相談したら彼もそう考えていたそうだ。けれど私が嫌がるかもしれないし、何よりその場合私の実家の名前を使うことになるかもしれないから、なかなか言い出せなかったそうだ。
元々物理的な距離があったこともあるが、結婚の際に問題が生じたことで両親とは疎遠になってしまっていた。それでも私達は両親に相談してみることにした。
今まで疎遠になっていた両親にこんな相談することは少し抵抗があったが、いざ連絡したら喜んで同意してもらえた。両親は結婚式の際に生じたトラブルで口を出し過ぎたと思い、婚家での私の立場を気遣って様子を見守ってくれていたらしい。エヴァを引き取った後で何か問題が生じた場合はいつでも手を貸してくれると言ってくれた。私の実家という後ろ盾ができたおかげで私達はエヴァを引き取ることができた。
ようやく来てくれたエヴァは本当に身一つだった。我が家としては来てくれるだけでよかったけれど、あまりのことに絶句した。エヴァだってお気に入りの小物やドレス、アクセサリーなどあっただろうに持ち出すことは許されなかったとエヴァは語った。辛うじて持ってこれたものは母の形見のピアスだけだったそうだ。もう少し気づかってあげられないものだろうか。
もちろん支度金なども一切なかった。私たちは子供が欲しいだけで金銭は目的ではなかったし、特に困っていないので良かったが、もし金銭目的で引き取るというつもりの家が引き取った場合、この子の立場はどんなものになったのか考えただけで恐ろしい。常識というものがこれっぽっちもないのだろう。