【間章】女将から見た2人 1
うちの常連と言っても良いセオドアから二人分の部屋を確保してほしいと連絡があったのは、二年ぶりのことだった。
またかい、とため息をつく。あの男は自分を重ねるのか、不幸な人間に弱い。自分のできる限りで力になってやろうとするが、反面、自分の内側に踏み込まれることをひどく嫌う。
優しげな言葉と雰囲気は人を安心させるのか、今までも何ヶ月かに一回誰かを神殿に連れて来ていた。けれど連れて来た人間が洗礼を受けるとここまで、とばかりに線を引いてしまう。
連れて来た人間が男の場合は特に問題ないが、女の場合は揉める。女はセオドアに依存し、側にいて欲しいとねだることが多かった。それはあの子の望むところではないのだろう、『これ以上してあげられることはないよ』と言っていつも突き放していた。
突き放された女の子は結局大神殿に所属するか、近隣の神殿に行くしかなくなるのだ。それが何度か続いたから注意したことがある。
「連れて来たからには責任があるだろう、せめて神殿を紹介するなり、神殿に慣れるまで一緒にいてあげるなりしなよ」
「私にできることは『神殿に案内することだけ』だって最初から言っておいたよ。洗礼を受けた時点で別れることは伝えておいたんだから」
「伝えてたって言ったって、どうしても期待するもんだろ。あんたが連れて来てるんだから。しかも、道中優しくしてやってんだろう?」
「詳しい事情は俺からは言えないけど、彼女たちは神殿に所属したいと自分から言い出して、所属する方が幸せになれるからと私に案内を頼んだんだ。私はきちんと『案内するだけだから、洗礼後はさよならだ。きちんと自分の身の振り方を考えるように』って言ってるんだ。まぁ、神殿に所属したらどうなるかとか詳しい話はしてないけど、自らの今後のことを他人任せで何も考えてないのであれば、自分たちが悪いんだから、そこまで責任は持てないよ。
そもそもちゃんと事前に今後は自分で責任を持てと言ってるんだから、どうするか考えて来ていない自分が悪いだろう、子供じゃないんだから。それに神殿に所属してたら飢え死にすることだけはないだろう」
「だからと言ってねぇ」
「逃がし屋が客の面倒を一生見るかい?面倒を見るのは逃がしている間だけだろう?
それに、私が誰とも恋愛をする気がないってことは知ってるだろう?彼女たちに下手に期待させない方が親切ってもんでしょ」
酒を煽りながらそう答えるセオドアにため息を落とす。この男が煽る様に酒を飲む時はむしゃくしゃしている時だ。女性を神殿に案内し、彼女たちに縋られたのに突き放した後は大体いつもこうやって飲んでいる。
「それなら、連れて来なければいいじゃないか。あんただって後味が悪いと思ってるんだろ?」
「女将さん、あんたも大概お節介だね。『連れて行ってくれなきゃ死ぬ』とか喚く女や、嫁ぎ先に問題があって『助けてくれ』と泣く女を放っておけと?
後者はともかく、前者は実際に死なないだろと思って放っておこうとしたら、本当に喉をついたんだ。即死だった。手の施しようがなかった」
セオドアはあたしと同じ、魔力があることで不幸になった人間だ。彼は捨てられた子供である――彼の魔力が高すぎたせいで、浮気を疑われた母親共々父親に捨てられた。父親は二人をほぼ身ひとつで追い出したので、生きていくのに相当苦労したそうだ。
何度目かに連れて来た女がしつこく付き纏ったので、かなり手酷く突き放した後、べろべろに酔ったセオがあたしに語った話だ。
だから、セオドアは恋愛を忌避している。あたしもそうだが、セオはあたし以上に教会から次代を望まれている。あたしみたいな二位の女ですら畑扱いなのだ。光属性持ちの男は神殿から種馬扱いをされている。けれど、セオドアは神殿から次代を作る様に女を送られても抱けなかったそうだ。「気持ちが悪くて吐いた」と彼は語った。
「だから、俺に恋愛は無理。女の子に依存されても困るんだ。連れて来るだけはするさ、けれどそれ以上を私に期待しないで欲しい。それに何より、神殿の世話係にはきちんと今後の世話を頼んでいる。
だから、俺が連れて来た子で死んだ子はいないと思うよ」
あたしからはこれ以上口うるさく言えない。だってあたしはこの子の顔見知りなだけで、親じゃない。そしてこの子の苦悩もよくわかる。あたしもこの子も自分の魔力に振り回された人間だ。この子は親に捨てられたけど、あたしは親に売られた。
あたしは結構大きな宿屋の娘だった。正直宿屋の仕事は好きだった。気持ち良く過ごしてもらうために部屋を掃除するのも、疲れを癒してもらうための料理を作るのも、お客さんから旅の話を聞くのも楽しくて、こんな日がずっと続くのだと思った。
けれど、父が友人の連帯保証人になり、その友人が逃げてしまったことで、ずっと続くと思ってたあたしの日常は終わってしまった。
我が家は莫大な借金を負ってしまったのだ。とうとう宿屋を閉めなければならないとなった時に偶然我が家に泊まっていた神官様があたしに『強い魔力を感じるから神殿で属性の確認をするといい』と言った。両親は大喜びであたしを神殿に送り出した。
結論、あたしは残念ながら光属性は持ってないけど、規格外に強い火の魔力を持っていた。珍しいことに神殿は、光属性持ちではないあたしに二位として所属して欲しいと打診してきた。ただ、強制ではないということなので、あたしは帰りたかった。両親に帰ると手紙を送ったところ、『帰ってくるな、お前が神殿に所属してくれれば宿屋は続けられる。』だった。
そもそも父が連帯保証人になったせいでこの状況になったのだ、と思ったが帰っても生活の保証がない。下手をしたら娼館に売られるかもしれない。それなら、まだ神殿に所属した方がいいだろう。
神殿に入殿するだけでとんでもない大金をもらった。両親には手切金として――あたしの『養育費』と言っても高すぎる額だったが――大金を送った。我が家が負った借金の何倍もの金だ。その金に添えて手紙を送った。
『お言葉通り、神殿に入ります。そうしたら実家とは縁を切らなくてはいけないそうです。
なので、もう二度と会うことはないでしょう。今までお世話になりました。お送りするのは手切金です。どうぞ末長くお幸せに。
娘は死んだものと思ってください。さようなら』
両親からは『勝手をするな、金を送れ』と催促の手紙が何度も届いたが、全て無視した。元住んでいた地方から神殿に来た人間に聞いたら、両親は結局宿を畳み、あたしの手切金で遊んで暮らしているそうだった。
金がなくなったのか、最後は恥知らずにも、神殿までやってきて「あたしに会わせろ」と騒いだらしい。とうとう大神官様が出ていき、神殿に入殿したら「家族とは縁を切るものだ、これ以上騒ぐなら神殿に逆らうものとして罪を問う」と宣言したら両親はすごすごと帰って行った。流石に背教者と認定されたらどうなるかは知っていたのだろう。
その後、神殿に来た人間に聞いたところ、結局両親は宿屋を再開せず、どこかへ行ってしまったそうだ。悲しくも何ともなかった。