令嬢は講義を受ける 4
「ねぇ、セオ。神官位を貰うと何か良いことがあるの?」
「うん、まず神官位を与えられると神殿に届けを出さずとも祝福ができる」
「祝福…?」
「そう、貴族を始め、婚姻した夫婦や生まれてきた子供、遠くから来た巡礼者等のハーヴェー教の信者に凶事から守るお祈りをしてあげることさ」
「それはどういう魔法なの?」
「特にこれと言って祝福に相当する魔法はないよ。彼らに幸福がある様に祈るだけさ、有料で。祝福については神殿から金額の指定はない」
「つまり、神殿に届けが不要でお金が稼げると言うことね?好きな時に誰からでも」
「さすがシェリーちゃん。その通り、察しのいい子は好きだよ。だから、祝福と称しての治療行為は禁止されている。
あくまでも祝福された人間が幸せに生きていける様祈るだけだね」
そう言ってセオは笑う。なかなかに悪どいことが許されているものである。大きな組織は腐敗しやすい。神殿にもやはり問題が少なからずありそうである。まぁ、前世においても一部ではそういう名目でお金を稼いでいた人間もいたので、どこの世界に行っても共通の手法なのかもしれない。
「実際に治療はダメだけど、大病や大怪我をしない様に祈る際に加護の魔法をかけるのは問題ないの?」
「ああ、それは禁止されていない。けれど『加護の魔法』なんて便利なものは現時点ではない。『魔法とは想像力だ』と最初に話したよね?そこまでのイメージ力を現実に持ってこれるかどうかと言う話になると、今の人間じゃまず無理じゃないかな。
大昔、加護魔法が使えたと伝えられている人がいるが、その人は聖女と呼ばれていたよ」
セオの話を聞いてRPGには攻撃力や防御力を強化したり、リジ○ネと言われる一定時間体力が回復し続けるサポート魔法が結構あった。これは試してみると面白いかもしれない。けれど聖女などと呼ばれて注目されるのは困るのでこっそり楽しむだけに止めることにして、私はできるだけ祝福はしない方向でいこう。
「次に祭事の際に希望すれば優先的に参加ができる。これは神殿長や執政官になりたいとか野望のある奴がやりたがるね。
それから異端審問をかけることができる権利もある。
ちなみに神殿から要請されて入殿した人間は神官位を与えられるが、試験を受けて合格すればどの位階であろうと、神官位を得ることができる。なかなかに難関で合格者は少ないらしいけどね」
「三位以下の魔導師でも神官になれるってことね?その場合、位階はどうなるの?」
「位階は変わらない。三位の神官より二位の神官でない方が序列は上だ。けれど、神殿長や執政官は神官位の中から選ばれる」
「努力をすれば上に行けるぞ、って希望を持たせてるのね」
そう言うとセオは苦笑する。
「それから神官は税金を払わなくて良くなる」
「税金?」
なんと、税金は天引きではないそうだ。依頼を受けた後、それに応じた額を後から神殿が支払うと大神官さまは言っていたので、てっきりそこで抜かれるのかと思っていたが…。
「そう、二位以下の神官位を持たないものは税金を毎月神殿に支払う義務がある。六位が一番高く、三位、二位と続く。位階についてはまた後から話すね」
どうも位階は六位以上まである様である。そして四位と五位は税金がいらない様だ。しかし、三位に至っては高いお金を払って入殿し、その後税金を取られ続けるとは、なかなかに厳しいのではないだろうか。
「逆に神官になれば、神殿から毎月給与が渡される。神殿からの命令で誰かを治療した場合は、その分のお金も支払われるから『固定給プラス出来高制』と言うことになるかな?」
そう言ってセオがあげた給与額は入殿祝金ほどではないが、やはり高額であった。固定給だけで三年間在籍すれば入殿祝金になるくらいである。こんなにたくさんお金をもらっても正直困るだけである。皆どうやって使っているのだろう、そして神殿はなぜこんなにも高待遇をするのだろうと不思議に思ってふと思い出す。
前世では『年金制度』というものがあった。働けるときにお金を支払っておいて、その保険料を高齢者や保障が必要な人に年金として給付するものだった。何かあった時の保障となる制度である。
けれど、一説によるとこの年金制度を始めたのは『戦時下の某国』であるらしい。つまり、『兵隊=今から死にに行く人』からこの制度でお金を徴収していた、という。
つまり、この某国ではほとんど年金は給付されておらず、集まった保険料は国のポケットに入れられたということだ。
年金制度は様々な国で模倣し、現在に至るが破綻している国も多い。この説が本当であれば、本来払うつもりがない制度が発端だから仕方ないのかもしれない。
話がずれた、戻そう。つまり、私たちは最終的に神殿が回収ができるから、これほど高い祝金や給与を支払ってもらっているのではないだろうか。
先ほどセオは、私たちを『死亡率の高い金の卵を産む鶏』と評した。しかも、私たちは入殿したら、親族縁者と縁を切ることになる。つまり、この一生かかっても使いきれない金は私たちの死後、最終的に誰のものになるのか?それは神殿のものになるのではないだろうか。だから、神殿は神官に大盤振る舞いをするのではないか、と思ったと同時にセオが口を開く。
「最後になるけど、神官になれば、還俗が許されない。例え本来なら還俗を許される三位以下の人間でも許されなくなる。
神官とそうでない人間の差はバッジを見ればわかるよ。中央に✴︎が彫られているバッジをつけている人間は神官だ」
私の推測を後押しする様な言葉である。後で、私たちの死後のお金に関してはどうなるのか聞いておく必要があるだろう。そんなにたくさんのお金は私には必要ないので、お義父さまとお義母さまに出来るだけ多く渡したい。
そんなことを思いながらも、私のバッジを見ると確かにアスタリスクがついていた。
「だいたい属性の依頼や一般的な魔法の講師に関してはこの三位が行くことが多い。
後継争いに発展しないためや神殿にパイプを作りたい人間がこの位階に多くいるけど、神殿側は彼らにあまり仕事を命じない。まぁ、金を払って無理にここにいる人間と思われてるからね。
だから彼らの収入源はこの講師代が主だ。実家から融資して貰っている人間が多くいるね。
入殿したら、籍を失くすとはあるけど、実家と接触してはいけないと言う規定はないからね」
「高い入殿料と税金を払ってまで、神殿に入る利点ってそんなにあるの?後継問題に発展しない様に揉めている家ではありがたいだろうけど…」
「あるよ、まず神殿に身内がいればその人間を通じて神殿に頼み事ができる。所属者を通じて依頼をした方が、神殿を通すよりも早いし引き受けてもらえる確率が高くなる。
それから、商家に関しては神殿が開発した商品を売る権利がもらえることがある。神殿が卸したものは各国で勝手に関税をかけてはいけないことになってるからね、結構な利益になるよ」
「神殿が開発した商品ってなに?新しい魔法以外にもあるの?」
「神殿が開発した商品は、結構色々とあるよ。近いところでは調味料の類とか衣服とかね。この辺ではあまり見ないものが多い。
神殿が開発したものに関しては特許がついているから、他の国が無断で同じものを作ったり、売ったりすることはできない。まぁ、作り方とかわからないだろうけど。後でリストを見せてあげるよ」