令嬢は師匠について考える
「女将さん、その辺にしておいてくれないか。ここはいつから、宿屋でなくて情報屋になったのかな?朝の忙しい時間に一宿泊客を構ってる時間はないだろう?」
本当にセオはいつも私が困っている時に助けてくれている。そして彼の助けに慣れてしまっている自分が確かにいる。これはいけない兆候である。
「おはよう、シェリーちゃん。いくら日が昇ったからと言って一人でフラフラしない様に。危ないだろう?」
セオは女将さんを軽く窘めると、私に向き直って爽やかに声をかけ、過保護なことを言い出す。けれど、昨日私も彼が言った事と同じことを思っていたので、彼がそう言うのも仕方がない気もする。
無意識的に彼を頼っているのは良くないことなので、これからは意識的に独り立ちをできるように考えなければならない。
「おはよう、セオ。一人で散歩くらいなら平気だと思うの。それにさっきご指摘いただいて気づいたんだけど、私あなたに頼りすぎじゃないかしら?」
「女将さん、あんまり彼女に変なことを吹き込まないでくれないかな。この子のことは心配しなくていいから」
私の言葉にセオは女将さんを責めるようなことを言いながら、私の腰を抱く。どう考えても私に甘すぎると思う。いつも思うが、なぜ彼はこんなにもよくしてくれるのだろうか?
私の彼の印象は、最初は推しだけどなんとなく胡散臭い人だった。次に私と同じ辛い片思いをしている人で、その次は私を気遣い、寄り添ってくれる人。
そして私のために苦しい思いをしながらもそれを隠し通そうとする彼は、最終的には信頼できる人になった。今は頼り過ぎてて問題であると思っている。
彼の献身的な行為や、私への言動、態度を側で見ていて、彼を信頼できる人と思った。もう彼のことは攻略対象者の一人としては見ていない。
けれど、彼は私のことをどう思っているのだろうか。大切にしてもらっているのはわかっている。けれどこんなに濃密な時間を過ごしたにも関わらず、彼と親しくし始めたのは最近のことなので、他の人に対してどの様な対応をしているか私は知らない。プレイボーイと名高い彼だ。他の人間にも同じ様に振る舞っている――とは言え流石に禁忌を破ってまで治療をしてもらったのは、あまりにもぼろぼろなせいで同情された私だけだろうが――かもしれないと思っていたが、女将さんの口ぶりではどうやら違う様だ。
ゲームでも彼はプレイボーイとされていたし、実際に王宮で漏れ聞く話ではやはり女性には優しい様だ。実際に色っぽくかっこいいし、面倒見も良いのでモテるようではある。
ただし、大神官様は『二位以下との性交を禁じる』と仰っていたことから肉体関係にある女性は少ないのではないだろうか。
閑話休題、ともかく彼が私のことをどう思って、どうしてこんなに親切なのか全くわからない。どの様な思惑があるのだろうか。ちらりと彼を見るが、にこやかに笑っているだけであり、よくわからない。
セオは私の腰を抱いたまま、顔を近づけてくる。正直落ち着かないのであまり近づかないで欲しい。彼はその体勢で甘く囁いてくる。
「シェリーちゃん、今日付き合って欲しいところがあるんだけど…」
「うん、行く、どこでもついて行くから!」
だから、離れてと思いつつ彼から離れようとするが、彼はクスリと笑うとさらに私を引き寄せよるので、できるだけ手を突っ張って、距離を稼ごうとする。好みの顔にここまで接近されると正直落ち着かない。頼れるお師匠様と思っているのだが、何度も言うが推しと同じ顔なのだ。前世で言うところの憧れのアイドルに至近距離で顔を覗き込まれる様で、流石に照れる。
「だから、無防備すぎっていつも言ってるだろう、これで俺が悪いところに連れて行こうとしたらどうするつもりなんだい?」
「え?ないでしょう。今から師弟として暮らすのにそんな険悪な関係になりたいと思わないでしょう?
ともかく、どこでもついて行くから、離れて。セオ、もう本当に距離が近いったら!」
「その件についてはシェリーちゃんにだけは、どうこう言われたくないところだけど…。仕方ないね。その代わりちゃんと付き合ってね」