王太子は後悔する 2
アスランに思い切り殴られた後、僕は王宮内で、魔法を使ったため、謹慎処分となった。『魔法を使った』という名目だが、明らかに僕にサトゥナーを殺させないための処置だろう。
魔法が使えない様に結界の張ってある部屋に入れられ、執務もさせてもらえない。本来なら、王宮で許可なく攻撃魔法を使ったら謹慎程度では済まないので、どこまでも僕に甘い対応だ。
何もすることがなければ考えるのはイヴのことばかりだ。デビュタントでファーストダンスを楽しそうに踊ってくれたのに、僕の失策で怒らせて、最後には傷つけてしまった。
殴られた痕があったと報告書にはあった。恐ろしかっただろうし、痛かっただろう。そして報告書が作成されたからには、きっとこの件は貴族達のスキャンダルの的として社交界で囁かれるだろう。
けれどごめん、イヴ。僕と一緒になったら、君にはずっとずっと醜聞が付き纏うだろう。それでも僕は君の手を離してあげられない。
君の手が、僕ではない他の誰かの手を取る事を想像するだけで、耐えられない。もしそんな事態が起きようものなら僕はその相手を殺して、その上で君の目に誰も映らないように、君をどこかに閉じ込めてしまうだろう。
多分今までよりもっと状況は悪化している。イヴを迎える事を賛成する人間はほぼいないと言っても過言ではない。彼女と一緒になるためなら、僕は王太子の地位を捨てても良いとすら思っていた。サラと彼女の一族の話をするまでは…。
今はもう、僕はこの地位を捨てたくない。何故、そんなにこの件に拘っているのかは、もう僕にはわからない。彼女を傷つけたこの計画を中止するのは容易い事だ。けれどそれでは彼女を傷つけただけでなんの成果も得られないことになる。それが嫌なのか、それともサラへの義理なのか、意地になっているだけなのか…。
僕は切れ者で、周りのことがきちんと見えているつもりだった。ルーク家を弱体化させることも母を離宮に閉じ込めることも、全て問題なくこなせているつもりだった。甘かった。僕はまだ16の成人したての若造でしかなかったと今回のことで痛感した。
僕は魔力が強く初代の再来だと言われて天狗になっていただけの只の馬鹿だ。一番大切な彼女を肝心な時に守れなくて今も謹慎を命じられてお見舞いにも行けない。
この部屋に入れられて今日で5日目だが、アスランはサトゥナーとイリアの対応に忙しいのかこの部屋を訪れては来ない。彼にも見限られたのかもしれない。
謹慎に処された後、僕を訪ねてくれたのはサラだけだった。その際に今の状況を彼女がわかる範囲で教えてくれていた。そのサラも昨日から姿を見せない。何かあったのだろうかともどかしく思う。何もできない自分が本当に悔しい。
そんなサラが今日、息せき切ってやってくると、騎士たちに何か書状を見せて、鍵を開けるように言っている。騎士たちが鍵を開けるなり、サラは部屋に飛び込んで来て、僕の手を取り走り始めた。
「今日がイリアとサトゥナーの裁判なの。
王妃様は裁判が済むまでジェイドを部屋から出さないつもりみたいだったから、この裁判でエヴァちゃんに婚約解消を迫るつもりだと思う。だから急いで陛下にジェイドの謹慎を解く許可をもらおうとしたんだけど、なかなか会ってもらえなくて…。今日やっとお会いできて許可がもらえたの。早く来て」
走りながら、サラは続ける。
「多分だけど、サトゥナーとイリアはそこまで重い罪にはならないみたい。王妃様にとっては、あの二人がもっとバカをするのを待つ方が都合がいいみたいで…。今ならサトゥナーとイリアを絶縁して処刑すれば、クラン家はアスランが継いで残るだろうから……。もっと一族郎党処刑できる様な、重い罪で裁きたいみたいなの。今まで被害に遭った令嬢たちは、名乗り出ないから、これが初犯で、しかも未遂だから。
だけど、絶対に裁判の間で魔法を使ったりしないでね。じゃないともっと身動きが取れなくなるから」
サラの言葉に怒りが込み上げる。まさか、僕のイヴに手を出したサトゥナーとイリアがこのまま生きていける、だなんて許せるはずがない。サトゥナーもイリアも絶対に許さない。どんな手を使ってでも処刑してやる。
僕がこの手で生きてきた事を後悔するような、目に合わせた上で殺してくれと懇願する様にしてやる。
急いで裁判が行われる部屋に僕とサラは駆け込んだ。そこには父と母、宰相しかまだおらず、母は僕を見て顔を歪めた。父が許可を出した事を知らなかったのだろう。おそらく知られたら反対されるからとサラが秘密裏に動いてくれたのだろう。僕らが駆け込んですぐに、他の貴族や罪人であるサトゥナーとイリア、それからイヴがセオドア・ハルトにエスコートされて入室してきた。
裁判は粛々と進んだが、僕の頭は冷えていないままだった。そして、頭に血が上ったままの僕は、やはりどこまでも馬鹿だった。後から振り返ってみると愚かのふた文字しか僕に合う言葉はない。最低でもいいかもしれない。
どうしても奴等を処刑したかった僕は言ってはいけない一言を言ってしまったのだ。
「彼女がそなたの兄の子を孕んだ場合、それは王家を乗っ取ることになるな。つまり、王家簒奪の罪を犯しかけた言い訳がそれか?」
これは、僕自身がイヴが手込めにされかけた事を肯定してしまう言葉だ。僕の言葉に落ちつけとばかりにサラが背中を叩く。しまった、と思ったが、一度口から出てしまった言葉は取り消せない。このままでは母の目論見通り、イヴとの婚約を解消されてしまうかもしれない。
そう焦った時に、ファウストが『兄妹なので家族同士の諍いだった』と言い出した。頭にきたが、背に腹は代えられない。この手に乗ってなんとか、父と最初に約束した通りにリオネル家とクラン家の約束の反故はできた。これでひとまずはイヴとの婚約解消は避けられただろう。とりあえず今日はここまでにして、サトゥナーとイリアは闇討ちにでもするしかないかと思った時にイヴが動いた。
恐ろしい思いをした張本人であった彼女は、自分の醜聞になるであろう事を詳らかにし、理路整然と実父と異母兄妹を告発した。
僕が口を滑らせなかったら、彼女はこの様な対応をしなくても済んだのではないかと思うと消えてしまいたくなるくらい恥ずかしく、自分で自分を殴りつけたいくらいの気分だった。
彼女はセオドア・ハルトに信頼のこもった瞳を向けている。その信頼に応える様にセオドア・ハルトは彼らを異端審問にかけると言い、王宮から彼ら三人を奪い取っていった。
結局僕は何もできないどころか、彼女に自ら実父や義兄妹を裁かせるような真似をした。なんと詫びればいいのだろうか。どうやって償えば良いのだろうか。あまりにも情けなさすぎて僕はずっと彼女の瞳を見れないままだった。
そうして、彼女は『実家に戻るつもりもなく、家はアスランに継がせる』様に父に頼んでいた。しかも、『彼らの増長を許したのは国だから、クラン家に罪を問うな』と念押しまでしていた。全くもって素晴らしい女性だ、今の僕では彼女に釣り合わないだろう。
それについては、父ではなく、セオドア・ハルトが肯定していた。彼は、イヴを支えるためだろうが彼女の手を強く握っていて、イラッとする。今の僕が言えた義理ではないが、イヴに触れるなと言いたくなる。どうしても、どんなに僕が情けなくてもイヴを諦める気にはなれないのだ。
父はアスランを呼ぶと、クラン家を継ぐ事を認めた上で、彼を軽視しない様に宣言する。僕たちの計画を知らないはずのイヴがこの計画の一番の立役者だった。
褒美を与えると言う父に向かってイヴはこれがお手本とばかりに美しいカーテシーをすると一言告げた。
「どうぞ、私と王太子殿下との婚約解消をお許しくださいませ」
その時に初めて気づいた。彼女の右手の薬指には、隣に立つセオドア・ハルトの瞳と同じ色の指輪が光っていることを。
作者の力足らずでジェイドの人気が低空飛行どころか地下に潜っております。私が未熟なばかりに残念な役所になってしまいました。申し訳ないです。
これにて他視点でのお話は終わりです。次回からはイヴの視点に戻ってお話を続けて行きたいと思っておりますので、今後とも何卒宜しくお願い致します