王太子は傷物令嬢をエスコートする
今回デビューするのは公爵令嬢から男爵令嬢まで合わせて26人いる。本来ならデビューの日だけは誰にでもダンスを申し込むことができるし、断られることもない。本来なら僕は26人ーーいやイリアを除くので25人かーーと踊らなければならないだろうが、今期のレディ達には悪いが、全員と踊ることはできないだろう。ファーストダンスだけは意地でもイヴと踊るつもりでいる。できれば2曲は踊りたい。その後のシモンヌ嬢とまでは普通に踊るが、サラ以降は恐らく誰とも踊れないだろう。
今回僕たちはサトゥナー、イリアと言う害虫の駆除をしなくてはならない。囮も用意したが、万一囮以外の令嬢に手を出した場合に備えて、奴らに監視役をつけることにした。けれど正直に言って王宮は広く、目が行き届きにくい。さらに目立たない場所で活動しようとする奴らの側に張り付いていたら不審に思われるだろう。
しかし、下手に影を投入すると、僕が王太子として以外の力を持っていることがバレてしまう可能性が高い。結局できることは、怪しまれない程度に何人かをここかなと思われる場所に配置することだけだった。
なので僕の友人と自称する貴族とサラの一族、それから手を組んだクラン家の傍流達でそれとなく奴らの周りを警戒することになった。場所が王宮でさえなければもう少しマシな布陣ができたのだが、今回は場所が悪い。だからと言って今回何も手を打たずに、新しい被害者が出るのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。
なので、サラと僕のどちらに一報が来ても、すぐに動ける様にするために僕らは一緒にいないといけないのだが、下手に歓談しているだけだと、デビューした令嬢が僕を誘いにくるだろう。けれどダンスを受けると動けなくなるので困る。結局サラと踊り続けるしかないという選択肢になるのだ。イヴとですら、2回までしか踊れないのに!
悔しいとは思うが仕方があるまい。母の薦める側近を片端から断りまくった弊害である。
我が国には公爵家が4つある。
北のクラン家、東のルーク家、南のテンペス家、西のダフナ家がそれに当たる。それぞれ王家に嫁いだり、降嫁したりと、準王族と言っても差し支えがないほど王家に近しいもの達だ。言ってしまうと、この4家と王族は親戚の様なものになるだろう。
クラン家は没落寸前だが、アスランが立て直すだろうし、彼は僕の右腕とも言える、今1番信頼している人間だ。
ルーク家からはグラムハルトが僕の側近として来ているが、正直信用ができない。この家は母の生家なので、今1番興盛を誇っている。グラムハルト以外にも側近候補を送ってこようとしたが断った。
テンペス家からはルアードが来ていたが、8歳でお役御免になった。僕の不興を買ったことを理解したのか、次の側近候補を送り込んでこなかった。中立派と言えば聞こえのいい日和見主義なので、そこまで権力に固執していないのが特徴だ。
そして最後にダフナ家、この家は今後、僕の敵となる可能性が1番高い。なぜなら最も神殿よりの一族なのだ。そのため、王家を神殿よりも下に見る傾向が強いため、僕の側近候補を上げてこなかった。
下手に僕1人でもなんとかなったから適当な人材にある程度の権限を与えて仕事を回していたがこうなってくるともう少し考えるべきだっただろう。
そんなことをつらつらと思いながらもデビューで名前を呼ばれるのを待っていると後ろからキンキンとうるさい声が聞こえてきた。
「まぁ、わたくしよりも先にお披露目されるなんて、ずいぶんとご立派な方かと思いきやデビュタントのルールも知らない田舎者なんて、驚きですわね。どこの誰だか存じませんけど、礼儀もご存知ないのね」
イリア・フォン・クランだ。隣にはファウストもいるのに、馬鹿な娘を抑えることもできないのかとため息をつく。
そもそもクラン家の正当な娘はイヴの方で、イリアはせいぜいがとこ、伯爵家の娘でしかない。ファウストが分を弁えてないせいで、今の地位にあるだけである。本来正当な後継者であるイヴが1番前に立つことは、僕の婚約者であることを抜きにしても当然のことなのだ。
「やあ、クラン公爵令嬢。私の婚約者に何か含むところがある様だね。このドレスは私が彼女のために手ずから用意したものなのだから、ルールを知らない田舎者とは私に対する言葉と捉えさせていただこう。
どうやら、クラン公爵家は私に対して含むところがある様だね」
イヴを馬鹿にすることは僕を馬鹿にすることだと告げる。更にファウストに向かって不敬罪だと申しつけるもやつは上手い弁解もできなかった。しかもイリアに至っては『公爵令嬢』という立場に酔っている様で、謝罪のひとつもなければ態度を改めようともしない。
更に驚いたことに、ファウストは僕がエスコートをしているのはイヴだと気づいていない様だった。恐らくイリアも気づいてないのだろう。ファウストの政治力の無さゆえ、今彼らは社交界から緩やかに弾き出されている。だからこそ、イヴの噂も耳に入ってないのだろうが、貴族にとって情報は命綱である。それすら制御できないのであればさっさと表舞台から去るべきなのである。
時間切れである。僕は酷薄な笑みを浮かべると『お前の娘の態度から見て、家では王家を馬鹿にしているのだろう、後日よびだすからな。』と告げると真っ青になってあたふたしていたが、一切無視した。
「ジェイ様、本来であれば私が対処しなければならないところを申し訳ありません」
イヴが申し訳なさそうに声をかけてくるが、これは僕の仕事だ。と答えた。
彼女に自分の家族を罰させるわけにはいかない。汚いところは全て僕に任せておいてくれていいから、イヴにはいつでも笑っていて欲しいと僕は思っている。
それなのに、彼女はなんとなく寂しげで、その横顔がとても心に刺さった。