乙女ゲームの世界と思うのですが 攻略対象者3
最後にルアード・テンペス・イースター・リオネルは、騎士団長の子息である。燃える様な赤い髪と緑の瞳を持っている。年齢は私と同じ、15歳の伯爵家の子息である。
そして彼はわたしが、公爵家から養子に出される理由を作った張本人であり、グラムハルトの前のわたしの婚約者だった。
元々わたしは魔力の強さが群を抜いていたため、王太子の婚約者の筆頭候補だったのだ。そして、ルアードは王太子の側近候補だったので、彼とも幼馴染だった。
私は婚約者候補とはいえ、ほぼ決まっていたため、お妃教育を受けていたので、毎日王宮に通っていた。
しかし、8歳の頃、庭を通りかかったとき、いきなり彼が練習用の剣ーーとは言え鉄剣だーーで斬りかかってきたのだ。頭を殴られると思い、咄嗟に手で頭を庇ったため、右手の甲を殴られてしまいーー練習用の剣を持った8歳児とはいえ、すでに身体が大きかったジェイドの力は強く、やはり大量出血となりーー、手に傷が残ってしまったのだ。こちらも神経には傷がなく、動かすことに支障はないが、やはり冬の寒い季節は痛む。
この手の甲の傷も割としっかり残っており、手袋を着用せずに外に出ることができなくなった。
治癒術師にかかれば治ったのだろうが、伯爵家の資産では治療費を払えず、公爵家もほかに子供がいないわけではなくーー義妹がいたのでーー、わたしのために高額な治療費を払おうとしなかった。
その結果、傷のあるわたしは王家に嫁ぐわけにいかなくなり、ルアードが責任を取ってわたしの婚約者になることで話がついた。
そして、公爵家の長女を伯爵家に嫁がせることを良しとしなかった父は、これ幸いとばかりににわたしを子爵家に養女に出したのだ。実父は私と兄を嫌っており、義兄と義妹に全ての財産を譲りたかったので渡りに船というものだったのだろう。
王太子の筆頭婚約者を傷つけたことは醜聞であり、しかも伯爵家が治療費を払えない、公爵家も娘を見捨てたとは外聞が悪いため、エヴァンジェリン・フォン・クランは病死したことになり、子爵家は遠縁の娘を養女にしたことになったのだーー実際子爵家は公爵家の遠縁である。
そして、父は伯爵家に『娘が王家に嫁げなくなった代償』として、王国騎士団を好きな時に一度だけ出動させる権利を得た。恐らく父はこの出動権を狙っていたのだろう。王家と貴族院を介したにもかかわらず、さらっとこの約束を取り付けてきたが、これは恐ろしいことである。父はいつでもクーデターを起こす力を得たのだ。
王国騎士団を遠方に派遣して、その間に公爵家の騎士が王宮を襲えば、国の乗っ取りは簡単にできるのだから。
こんなに恐ろしい事態を引き起こしたにも関わらず、ルアードはあろうことか、この事件に関して「わたしが動かず泰然と構えていたら寸止めできたものを、下手に動いたから怪我をさせた」と主張したのだ。考えなしの大馬鹿である。もちろん騎士団長にぼこぼこにされていた。
わたしを娶るため、廃嫡にこそされ無かったが、王太子の側近候補は外された。当然の帰結だと思うのだが、自分の待遇に不満を感じた彼はわたしを逆恨みし、会うたびに睨みつけ、口も利かなかった。正直彼との婚約が流れた時は飛び上がって喜んだものだ。まあ、その後のグラムハルトも大概に失礼な相手だったが、それでもルアードより、ましであった。
プリキスでのルアードは、幼馴染の女の子が怪我をする場面に居合わせたにもかかわらず、彼女を助けられなかったため、その責任を取って婚約することになった、と彼が語っている。
しかし、それなのにサラを愛してしまい、苦悩する、と言う設定だ。ーーこの世界では彼は加害者でしかない。ゲームとずれているのか、ゲームの彼が嘘をついているのか知らないが、どちらにせよ、最低である。ルアードルートでは、最終的に彼はサラを取り、幼馴染の少女とは婚約破棄をするのだから。
傷もので、しかもその歳の令嬢がーーゲーム開始は16歳だーー婚約破棄をされ、次が決まるはずはなく、恐らく彼女は神殿に行くことになっただろう。ちなみに幼馴染の少女については、彼の妄想ではないかと言うレベルに顔も名前も出てこない。
ただただルアードが自分は不実だとかなんとか言いながらぐだぐだ悩み、最終的にサラを選ぶと言う騎士の風上にも置けない行動を取る奴である。
おそらく、この名前も出てこない幼馴染が私のポジションだったはずである。それがなぜか次々と高位の攻略対象者の婚約者になっていくというのは、シナリオと違いすぎる。