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王太子は傷物令嬢と結婚したい 10

「やほー」

 そんなことをアスランと話した翌日サラが満面の笑顔で中庭にいた。


「あのさ、ジェイド聞きたいことがあってきたんだけどね。

 あ、あとアスラン久しぶり」

 

 サラの襲撃はいつも突然である。彼女は僕の後ろに控えているアスランを見てすぐに彼が誰だかわかったらしい。だから、ただのバカと侮れないところがあるのだ。


 最近王宮の噂ではサラは『僕をイヴに取られた悲劇の女性』らしいが、このあっけらかんとした様子や、急に爆弾発言をぶち込んでくる彼女のどこが悲劇のヒロインなのか。悪女の間違いであろう。彼女はアスランが誰なのかをわかった上で話したいと言っているのだ。


「サラ、紹介してなかったかな?アッシュだ。ロンデール侯爵家の遠縁の…」


「あぁ、うん、大丈夫、大丈夫。知ってるから。

 今日はその話もあって来たんだけどね」


 そう言ってちらりと目線を、廊下から離れた、樹木や茂みがない中庭の中央へ向ける。誰かに見られるのはかまわないが、誰かの耳に入ることを避けたい話がしたい様である。

 出来るだけ関わり合いになりたくないが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。アスランと顔を見合わせるとサラについて行った。


 誰も聞いてないことを確認した上で頷くとサラは前置きもなく聞いて来た。


「ねぇ、ジェイド、あんた私と結婚する気あるの?」


「ない!」


 きっぱり言い切った僕に彼女はけたけたと笑った。


「だよね、私もないわ。正直、6歳の時に一目惚れしたエヴァちゃんに執着して付き纏っている様なストーカー気質の男とか、私もほんと、無理」


「言い方!もっとなんか言い方があるだろう、一途とかなんとか」


「いや、だって向こうには新しい婚約者いるのに構わず、ずーっとずーっと10年以上好きで?しかも婚約者と仲良くならない様に手まで回してたじゃない。重い!それに正直キモい。結婚しろとか言われたら死ぬわ」


 けたけたと笑いながら言葉を続けるサラ。正直に言ってお前にそこまで言われる筋合は無いと思うが、1言い返すと10になって返ってくる女なので、黙る。僕だってお前と結婚しろとか言われたら死にたくなるわ。いや、イヴがいるから死なないけど。


「それで、サラ。ジェイドを馬鹿にするのは正直胸が空くからもっとやれ、と言いたいところだけど、俺とジェイドに用があって来たんだろう?」


「あぁ、それよ、アスラン。

 母さんとね、王妃様が私をジェイドの妃にしたいみたいだけど絶対にないよね?

 私のタイプはジェイドと正反対だし、王妃とか絶対になりたくないし、ジェイドキモいし。


 それで、手を組まないか?って言いに来たの」



 サラの作戦はシンプルだった。


「私が、嫌われる令嬢になればいいのよ!ジェイドに媚びうって、グラムハルトとも仲良くして、あと、なんか顔が良さそうで、地位の高そうな人にも近づく!」


「いや、無理があるんじゃないか、それ。サラの魅力に引っかかるやつなんているのかな?」


「ちょっと言い方!そりゃね、ジェイドはアスランやエヴァちゃんの顔とか見慣れてるからわかんないだろうけどこう見えて私美少女の類に入るのよ」


「いや、顔じゃなくて行動の方だろ?」


「だから、その行動を悪くするのよ」


「「これ以上…??」」

 

 僕とアスランの声が重なったのは当然のことだと思う。


「もう、ふたりして!良い?女は本当に自分が敵わない完璧な女の子がモテるより、自分よりちょっと下ぐらいなのに、かわいこぶるせいでモテる女の子の方が嫌いなのよ」


「へぇ?」


「それに私は最近王妃様のお気に入り。うまく取り入りたいと思う人間だってたくさんいると思うのよ」


「「なるほど」」


「どこまでも私の魅力について懐疑的なのはわかったわ。

 じゃあ、あともうひとつ。私を味方にしたら、向こうの情報を流してあげる」


「正直、お互いに利益しかない契約だと思うけど相手がサラなのが引っかかるところなんだよね。サラが絡むといつも物事はうまくいかない」


「それ、口に出していい言葉じゃないわよね?

で、手を組むの組まないの?組まないなら、私は勝手に動くからね!」 


 アスランと顔を見合わせる。いつもサラが絡むと物事は想像の斜め上に向かうが、彼女が1人で動くともっと悪い事態に陥る。


「わかった、手を組もう。サラ」


「じゃあ、まず協力してね。今私は王宮内で『お可哀想なサラ様』なのよ。だから、『婚約者がいるにも関わらず、王太子様に引っ付いているサラ様』になったら、周りはどう思うかしらね?」


 サラはにんまりと悪魔の様に笑った。そう言えば彼女は同情されるのが嫌いだったな、とぼんやりと思う。まぁ、味方にするのも怖いが敵に回すと厄介なので、とりあえずサラの作戦に乗ることにしよう。


 サラは僕の右腕に両手を絡める様にして抱きついて来た。これがイヴなら大喜びなのに、と思いつつ、感触の違いに首を傾げたくなる。


「ちょっと、胸がないとか言ったら殺すわよ?」


 あ、やっぱり気づかれてた。サラの射殺さんばかりの視線に左手を上げて降参の意を示す。ぶつぶつ文句を言っているが、今回は流してくれる様だ。


「明日はアスランにひっついておくつもりだから。あとアスラン、今日中に顔が良くて頭も軽いバカを選別しておいてくれる?」




 それから、サラと人目につく様に一緒にいることが多くなった。確かにサラの言う通り、『お可哀想』と言う言葉より『ふしだらな』と言う目線で見てくる人間が増えて来た様に見える。珍しくサラの作戦にしてはいい方向に向かっているのだろうか。



「ねぇ、サラ。僕としてはこの作戦問題ないけど、君の方は大丈夫なのかい?正直婚姻に差し支えがありそうだけど」


 今日も今日とて中庭の樹木が生い茂る、ぱっと見誰にも見えない様に見せかけて実は結構目撃されるスポットでサラと逢引のふりをしている。


「んー?いや、『王太子の婚約者になったけど捨てられた女』より『恋多き女』の方がいいじゃない。結構、独占欲の強いやつとか、あと虚栄心の強いやつとかならこの手で押すといいのよ」


「でも、サラはその手の類の人間は好きじゃないだろう?」


「まぁね、あ、ジェイド屈んで」

 

 僕が屈むと彼女は僕の頬にキスをして来た。


「貴様、何をする…」


「しー、私をエヴァちゃんと思って見つめて!うるさ方の夫人の代表格のレイチェル侯爵夫人がこっち見てるから」


 ちらりとそちらを見ると、淑女とはかくあるべしとあちこちで素行の悪い女性を捕まえては小言を言う、貴婦人の代表格と言われているレイチェル夫人が顔色を悪くしてこちらを見ていた。どうやら、彼女に素行の悪さを見せるためにわざとやったらしい。いつも思うことだが、思い切りが良すぎるだろう。


「実は昨日、王宮神殿のチャラ神官のセオドアにもやったんだわ、これ。もちろんレイチェル夫人にも見てもらったわ!」


 レイチェル夫人は眉を顰めると、ふいと横を向いた。見なかったことにするつもりらしい。レイチェル夫人はクラン家にも、ルーク家にも属さない中立派閥の人間だが、どうやら、母の圧力がかかっている様だ。


「サラ、君、本当に女捨ててるね。僕が悪かった。君には結婚とかなんとかいう制度は必要ない。このまま森かどっかで雄々しく生きるといいよ」


 僕がそう言って笑うと、サラは怒った顔をして僕を一発殴った。もちろん、よくやる、「もう、ひどいんだから!」とか言いながらするぽかぽかではない。腹にワンパンだ。


「ちぇ、仕方ないか。ジェイド、初めてじゃないよね?」


 初めて?と僕が首を傾げると左手で手招きしながら、右手で僕の腹にもう一発入れた。結構な強さだったので、思わず屈むと今度は唇にサラのそれが重なった。やりすぎだろ、と思うが紳士として彼女を突き飛ばすわけにはいかない。


 しかし、イヴとすると信じられないくらい気持ちのいい、この行為だが、相手がサラだとあまり気持ちよくない、というか気持ち悪い。


 流石にこれには目をつぶれなかったのか、レイチェル夫人が怒りながら近づいて来た。よし、とサラが小さく溢す。そのあとはレイチェル夫人の怒りをサラと共に受け止めていた。

 たしかにレイチェル夫人は怒ると声が高くなるし、地声が大きいので、周りに対するアピールはバッチリだった。しかし、なんとなく嫌な予感もする…。


 サラが絡むとろくな事態にならないことは分かっていたはずなのに、どうして彼女の作戦に乗ってしまったのか、僕は後悔することになる。

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