王太子は傷物令嬢と結婚したい 8
そして、その質問の際に、イヴは僕のことを『殿下』と呼んだ。いまだに僕のことをジェイと呼んでくれないのが残念である。おそらく距離がまだあるのだろう。
つまり、ジェイと呼んでもらうためには、今以上に親しくならないといけない。今以上に親しく、というのであれば、後は身体的接触だろう。いや、下心はない…とはいえなくもないというか、ないはずはない。
お仕置きが必要みたいだね?と笑うと、彼女はひぃ!と小さく声を上げる。その声も少し怯えている顔も、すごく可愛い。大丈夫、痛いことはしないとばかりににっこり微笑むとイヴは恐る恐る近づいてきた。
そのまま、彼女を膝の上に乗せて、彼女の唇に俺の唇を重ねる。慣れていないのか、がちがちである。彼女が男なれしていないことに安心しつつも、ただのマウストゥマウスではもう我慢できない自分もいる。
「イヴ、口を開けて。ぎゅっと閉じてはダメだよ」
そう言って彼女を覗き込むと涙目で「許してほしい」と彼女は請うてくる。逆効果だと教えてあげたい。赤い顔をして涙目で上目遣いにお願いなんて止まることができるはずがない。
重ねて口を開ける様にお願いすると、彼女はそっとその唇を開いた。この機を逃してはならないと、すぐ様彼女の唇を僕のそれで塞ぐ。
そしてそのまま、彼女の口内に僕の舌を入れて、彼女の舌に絡ませたり、歯列を舐めたりしていると、彼女口から艶かしい吐息が溢れ出した。
「ん、あ。はぁ」
熱の籠った声に彼女の様子をそっと伺うと、顔を真っ赤に染めながら、僕を受け入れてくれていた。しかも、そのうちに、小さくしか空いてなかった口が僕を受け入れる様におずおずと開いた。
彼女が僕を自ら受け入れてくれたのは初めてで、とても嬉しい。彼女の口内も吐息もとても甘く、癖になりそうだ。おそらく彼女はキスをしながら息をすることは出来なさそうだ、と判断して、ギリギリになったら口を離し、そしてまた塞ぐ、という行為を繰り返す。
唇を離したら、彼女は蕩けきった瞳でこちらを見るが、僕が唇を彼女に寄せるとそっと瞳を閉じてくれる。僕のことをやっと受け入れてくれている、心を許してくれた、と思うと嬉しくて仕方なく、ついついキスにも力がこもる。
すると彼女の身体から力が抜けていき、僕にしなだれかかってきた。彼女のいい匂いがする。柔らかい肢体が、僕の体に密着するかたちになり、彼女の豊満な胸が押し付けられる。これは持ち帰ってもいいんじゃないか?というかここで止まれる男っているのか?
このまま彼女の理性をとろとろに溶かして、何としても部屋に連れ込む!と息巻いていたところにすこーんと後頭部に石が当たる。
ちらりと後ろを見ると、アスランがこちらに向かっていい笑顔で微笑んでいた。アスランは口パクで、「結婚するまで我慢できない無責任な男に妹はやらん」と伝えてくる。
くっそ、アスランをこちらの陣営に引き入れた時に「邪魔するな」と言う制約を付けておけばよかった!と思うものの、将来彼は僕の側近になるし、イヴの兄だ。今は引いておくのが正解だろう。
名残惜しいが、彼女の唇を解放して、イヴと呼びかけるが返答がない。どうやらのびてしまった様だ。免疫がないにもほどがあるが、でも安心した。どうやら他の男の手垢など一切ついていない様だ。1から全て僕好みにできるなんて最高である。
アスランに文句を言われながらも、イヴを子爵家へ送ったが、翌日から熱を出した彼女は寝込んでしまったらしい。
熱を出したイヴのお見舞いに行かない選択肢などなく、彼女を訪ねたら、イヴの自室に通された。僕が手配して渡した邸だが、こうしてイヴが住むと全く印象が違う。まぁ、人が住む前と住んだ後では違うことは当然なのだが。部屋に一歩足を踏み入れるだけで、彼女の良い匂いがする。
「やりすぎたかな?ごめんね」
率直に謝ると彼女はその頬を薔薇色に染めた。ここは寝室で、彼女はベッドの上。しかも、先日僕を受け入れてくれている!
使用人たちやアスランがいなければそのまま押し倒したいくらいのシチュエーションだ。
「いいえ、不慣れな私が悪いのです。私ではジェイ様のお相手としては力不足かもしれません。あの、もし物足りないということでしたら婚…」
イヴが何やら謝罪を始めたが、そんなものは不要である。しかし、受け入れてくれたはずなのにまだ婚約解消を狙っている様で、こちらをちらちら見ながら言葉を続けようとする。
婚約解消、などと言わせてたまるか、とにっこり笑って彼女の言葉を僕の言葉で上書きする。
「今回を機に練習をたくさんしてくれるの?」
彼女は僕のなんとしても婚約を解消しないと言う強い意志を理解したのか、その言葉を続けなかった。正しい判断だと思う。キスについては善処すると言っていたので、今後も遠慮することはなさそうだ。さすがに熱を出して寝込むならば今後は控えないといけないかな、と思っていたし、アスランにも睨まれていたので我慢する気満々だったが、彼女がいいと言うなら、誰からも文句が出るまい。
そう思ってちらりとアスランを見ると、彼は深々とため息をついていた。妹の危機感の無さに困っているのだろう。だからといって僕は遠慮する気はないが。
そんなふうに思っていたら、彼女からお願いがある、と切り出された。彼女の願いなら、婚約解消以外であればなんでも聞くつもりがある。遠慮せず言ってほしい。
「私の身体には醜い傷跡が額の他に、右手の甲と太腿にございます。殿下と成婚時には治してくださると伺いましたが……。
お願いです。傷が治るまで私の身体の醜い傷跡を見ないで欲しいのです」
正直に言って心が傷んだ。彼女自身が悪いわけではないのに、心ない人間から『傷物令嬢』や『自分の身体を使って成り上がっている』などなど言われていたのは知っていた。
もちろん、そう噂していた人間にはきちんと意趣返しをしていたが、国を運営するにあたって、そんな小さな話でーーもちろん僕にとっては、小さいことではない。彼女を馬鹿にしようとするなど、許されることではないがーー重い罰を与えることはできない。それに、僕がその全てに気づいていたとも思えない。
彼女はずっとそんな中傷を聞かされ続けていたのだろう。だから彼女は自分を恥じていて、僕に見られたくない、と言うのだ。
今すぐにでも彼女の傷を治したいと思ったが、先程彼女は未だに婚約解消を言い出そうとしていた。あの傷がなければ彼女は僕の元を去っていくのではないだろうか、と思うとなかなかその決心はつかない。
彼女を逃す気はないし、逃げ出したら地の果てまででも追いかけて行って捕まえるつもりではある。
けれどだからと言って彼女に婚約解消を言い出されて傷つかないわけではないのだ。いくら僕といえど、やはり悲しい。
「わかった、約束する」
僕に言えたのは、その一言だけだった。