王太子は傷物令嬢の結婚したい 7
また次のお茶会でイヴが問う。
「ジェイ様、例えばなんですけど。
部屋でそばに騎士がおらず、リラックスした状態で、横になっていたため、手元に武器がない状況で不埒者が侵入してきそうな場合、どこにお隠れになりますか?」
ぼくの部屋に騎士がいない状態はまずない。この国に王子は僕だけだから、非常に大事にされている。ふむ、その上で騎士がいない状況になり、しかもぼくがリラックスしているとなれば、それはぼくの部屋にイヴがいる時だけであろう。
イヴが部屋にいるなら、思い切り可愛がりたいし、可愛いイヴを僕以外の誰にも見せる気はないから、騎士たちには扉の前で護衛しろ、と言うだろう。
では質問の意図はこうだ。僕と彼女が2人きりで仲良くしている時に、慮外者が部屋に入ってきそうだ。どうするか。
彼女は僕の後ろにいてもらってーー世の中で一番安全な場所だーー僕は入ってきた人間を制圧する。制圧するなら、死角から攻撃するのが一番だ。それはどこか?開けてすぐ扉の後ろを見るものはまずいない。だから、答えはこうだ。
「うーん、そうだね。扉の後ろとか先制攻撃が仕掛けられるところかな?」
「では、あの。在室されていられる時に、ノックされて扉をジェイ様自ら開いた時に手にナイフを持っている男がいた場合、どうなさいますか?」
彼女が問いを重ねる。同じ質問でないだろうかと思ったが、今度は隠れる暇がない場合の状況についての質問だろう。
部屋に誰も護衛や侍従がいないなら、絶対にそこにはイヴがいる。ならば守らないと言う選択肢はない。
「ナイフを奪い取って相手を制圧するよ。大丈夫、こう見えて僕は格闘は得意なんだ」
そう告げるとイヴの顔色はまたもや悪くなった。やはり危険が迫っているらしい。僕が守ると言っているが、身分が釣り合わないなどと僕を尊重しすぎる嫌いのあるイヴだ。僕を巻き込んではいけないと思っているのだろうか?
しかし、この設問は守って欲しいというよりも、僕が危険な立場に立った時にどう動くか、と考えさせている様な気もする。つまり、僕にも危険が迫っているという警告なのか…。
何かを知っている、そして狙われている、ならば全て話して欲しいとは思うが、問い詰めて彼女の負担になるのも怖い。ゆっくりと彼女を待とう。ただし、護衛の数は今の倍にすることに決めた。
護衛を倍にし、彼女の行動を調べさせたら、彼女は毎日一定の時間にベランダに出て外を眺める習慣があることがわかった。そのあたりの時間に周りを警戒させると、案の定、密輸犯と遭遇し、捕まえることに成功した。イヴをあそこまで怖がらせて、しかも居場所まで特定していたなど度し難い。
もう二度とイヴに怖い思いをさせるつもりはないので、絶対に牢から生きて出すつもりはない。生まれてきたことを後悔させてやる、と思いながら、尋問をしたところ密輸の黒幕はなんと母、ひいてはルーク家だった。
イヴはここまで知っていたのだろうか?いや、知っていたに違いない。だから、僕にはっきりと言えなかったのだ。彼女は助けて欲しいと恐怖に怯えながらも僕の心を守ってくれていたのだ!しかも、僕に危険が及ぶ可能性も考えて忠告までしてくれていた。なんて心優しく思慮深い女性だろう、ますます彼女が愛おしくなった。
また次の茶会でおずおずと彼女は問う。
「ジェイ様、例えばですが、執務室に盗聴魔法が仕掛けられたとします。その場合犯人は誰だと思いますか?」
僕の執務室に盗聴魔法を仕掛けることができるのはぼくが周りに置いている人間だけだ。一番怪しいのは、グラムハルトだろう。イヴをぼくに取られて悔しい思いをしているだろうし、何より、奴は母と同じ勢力に所属している。
この質問はSOSの一環に見せかけて僕への警告かもしれないとそこまで考えた時に、僕の唯一の弱点である彼女に対しても、同じ措置をしている可能性があることに気づく。
「もちろん、私の側近達かな?イヴ、君の部屋やプライベートルームに何か仕掛けられたの?」
彼女にやんわりと聞くとやはり彼女は『仮定の話』と返した。彼女の仮定の話は、『表立って言えない告発』のことばかりであった。早急に彼女の家と僕の執務室をチェックさせたところ、やはり盗聴魔法が仕掛けられていた。
魔法にはその人間の特質の様なものが残る。
僕の執務室に付けられたものは、母の手の者の様だった。僕の執務室については気づかなかったふりでそのままにしておく。いずれ偽物の情報を流してやろう。
彼女の家にも見に行ったところ、盗聴魔法が2種類仕掛けられていた。ひとつは母の手のものだったが、もうひとつについては覚えがない特質のものだった。仕掛けた相手は探すにしても、彼女の家の盗聴魔法をそのままにできない。しかし、この邸は子爵家としては普通だが、僕から見ると『ざる警備』である。一度外してもまたつけられる可能性が高い。
それに彼女が怖い思いをした邸に留まり続けるのもどうかと思ったので、すぐに盗聴対策をした、城の近くの邸をひとつ購入し、リザム子爵家へ下賜した。もちろん護衛もきちんと雇って渡したことは言うまでもない。
また、別の日に質問される。彼女の問いは表立ってできない告発だから、注意して聞かなければならない。少し緊張する。
「ジェイ様、不敬かもしれませんが、例えばの話です。
一緒に食事をする相手に毒を盛って殺さなければならないとした場合、ちなみに食事はいつもの様に、前菜からデザートまで順番に運ばれてきます。どのメニューに毒を盛りますか?」
「すべての料理に少量ずつ盛るかな。それも出来るだけ毎日」
僕ならば、一口で死ぬ毒ではなく降り積もったら死ぬものを少量に分けて与える。なぜなら毒を飲まされた場合、王宮に住む治癒術師にすぐに治療してもらえるからだ。それよりも少しずつ体力を削っていき、バレない様に身体が衰えてくる、病の様にみせた方が確実だろう。
治癒術師は傷は治せても病の治癒はよほど腕の良いものしかできないと言われている。今、国にいる治癒術師たちでも難しいそうだ。ならば病で生命を落とした様に持っていくだけだ。
それに王家の食事には毒味がつく。強い毒なら1発で死ぬが、弱い毒物なら気づかれるリスクも減る。
もしかしたら、僕に毒殺の計画があるのかもしれない。そう思って調べさせたら、僕付きのメイドが毒薬を所持していた。彼女は母の手の者で、「殿下に飲ませるつもりはなかった」と泣いたが信じられるはずもない。しかも僕に使うつもりじゃなかったのなら、誰に使うつもりだったんだ!考えられるのはイヴである。僕に使うよりも許さない。いずれ母を引き摺り下ろすために使うので、誰にも知られない場所に収監することにした。
「あの、最後の質問です。目の前に殿下ご自身の手で誅しなければならない相手がおり、目の前で崖から落ちそうになっています。相手は棒のような物に捕まっています。崖から落とすためにどうしますか?」
「そうだね、いつまで耐えられるか見ているのも楽しいけど、一本ずつ指を離していくのも面白いかもね?」
最後の質問は、今後母についてどうするか、というものだった。僕がサラを受け入れず、イヴを選んだため、僕と母の間は拗れてしまっている。袂を分かったと言ってもいいだろう。
とはいえ、現国王夫妻は暗愚な君主なので遠からず排除したに違いない。国王は伴侶の言いなりであり、その伴侶は自分が贅沢をする金を捻出するために直轄地の貴重な資源を密輸している。母とて腐っても王妃なので、主導で事業として行えばよかったものを、母も父に嫌われたくないのか、もしくは一族にもっと金を落としたいのか、父に黙って密輸に手を染めているのだから、救いようがない。
こちらは密輸の証拠も毒殺しようとした証拠もそろえている。正直に言って母の破滅は免れない状況だ。もちろんその時は父も一緒に落ちていってもらうつもりだ。
どこまで持つか笑いながら見ていてもいいが、あまり時間をかけるとイヴが危険な目に遭う可能性も高くなる。ならば、少しずつ少しずつ力を削っていくのも楽しいかもしれない。
彼らが頼りにしている重臣を少しずつ取り上げていけば、どうなるだろう。とても楽しみだ。