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王太子は傷物令嬢と結婚したい 5

 僕は早速彼女を傷物にしてしまったことを父に告げ、今度こそ婚約者に迎えることを報告した。母はやはり反対していたが、グラムハルトの例をあげると黙った。殺してやろうと思っていたが、役に立ったので、今後彼女に色目を使わないならグラムハルトは褒美として生かしておいてやっても良いかもしれない。

 ルアードの後にすぐだったらきっと反対されて、またもや婚約できなかったに違いないのだから。


 父も伴侶である母が、彼女に対して良い感情を持っていないせいか、婚約することに難色を示した。しかし、彼女を婚約者として迎えさせてくれるなら、クラン家とリオネル家の約束を反故にさせる、と約束したら二つ返事で了承してくれた。流石にあの契約はまずい、と僕が貴族院を通して父に知らせたので、なんとか解消するべく動いていたが、うまくいってなかった様だ。


 リザム家に婚約の申し込みをしたところ、彼女は池に落ちたせいで寝込んでいる、少し待って欲しいと返事をされた。いくら取り戻すためとは言え申し訳ないことをしたと思い、暇を見つけては見舞いに行った。3日ほど返事を待ったが、彼女はまだ寝込んでいるらしく、それを逆手にとってそこまで酷い状況になったのであればもうグラムハルトには嫁げないだろうから僕が責任を取ると無理やり彼女を婚約者に据えることに成功した。


 彼女の熱が下がって体力が回復したひと月後に、エヴァンジェリンと婚約の締結をすることになった。前日は楽しみで楽しみで、眠れないほどだった。やっと彼女が手元に帰って来るのだ。明日は決して失敗しない様に、邪魔が入らない様にしなければなるまい。

 そうして、早く結婚してしまおう。彼女がデビューしたら、すぐにでも結婚ができる様にしておかなければ、またどこで横やりが入るかわからない。

 無能な国王夫妻とクラン公爵家はその後にゆっくりと料理してやろう。


 翌日、婚約式は午後からなのに、彼女は午前から王宮に来てくれた。もしかして彼女も僕に会いたがってくれたのだろうか。そうだとすると、嬉しすぎる。


 王宮に彼女が近づいて来ることが分かった僕は自ら迎えに行く。僕が贈ったドレスで着飾って現れた彼女はすごく綺麗だった。自分の語彙のなさが悔やまれるほど、彼女は美しかった。エスコートさせて欲しいと伸ばした手に彼女の手が触れる。

 彼女をそのまま抱きしめたい気持ちになるが、ぐっと我慢する。まだ、彼女に謝っていないし、リザム子爵夫妻もそばにいる。


 彼女をエスコートしているが、心臓がどきどき言ってとてもうるさい。身体の熱も上がっているだろう。僕はきちんと笑えているだろうか、顔が赤くなってないだろうか、彼女の前で格好悪いところは見せたくない。


 表情筋をフル稼働させて『理想的な王子様』の微笑みを浮かべていたら、彼女から「話がある」と言われた。彼女から、僕に!聞かないはずがない。僕だっていっぱい話したいことがある。リザム子爵夫妻に断り、2人きりになれるところ、王族専用の庭へ、彼女を連れ出した。

 王宮の庭には色々な花が咲き乱れており、それに目を輝かす彼女は実に可愛かった。花など生まれてこの方美しいなどと思ったことはなかったが、それはともに見る人が悪かったのだとつくづく思った。僕は輝かんばかりの笑顔を見せる彼女をつれ、庭の奥へ向かった。


 そこで僕は思いがけない彼女の話を聞いた。

なんと彼女は『僕と婚約できない』と言い出したのだ。


 まず、僕が彼女を池に突き落としたことについて謝ろうとしたが、彼女は遮る様に言葉を続けた。どうやら、王家に頭を下げさせるという事態を避けたいらしい。どこまでも配慮ができる女性である。

その上で『自分は傷物で僕に相応しくない。自分は子爵令嬢に過ぎないので国法に反する』と彼女は口にする。

 なんて謙虚な令嬢だろうか。君が傷物になったのも、君が子爵令嬢になったのも、身の程知らずな愚か者たちが暴走したせいだ。そもそも国法で侯爵令嬢以上でないと嫁げないとあるが、君は元々公爵令嬢だし、強い魔力を秘めているから、次代の心配もない。むしろ、君が嫁いでこない方が次代がいなくなるに決まっているだろう。僕は君以外を寝室に迎えるつもりはないのだから。


 君が嫁いでくることになんの問題もないことを伝えるも、それでも彼女は辞退したいと繰り返す。どうやら、彼女は公爵家に戻りたくない様だ。それはそうだろう、彼女を預けている手前リザム子爵夫妻を調べたところ、とても善良で有能な貴族であることがわかった。

 僕の婚約者になれば、そんな彼らと縁を切り、あの愚劣な公爵家に戻らなければならないと思っているのだろう。だから、彼女の心配を打ち消すために、言葉を続ける。そして最後に最も伝えたかった言葉を添える。


「そうだね、国法としては王家の婚約者は侯爵令嬢以上とある。けれど、先ほども言った様に君に関しては子爵令嬢でも問題ないと陛下からすでに許しを得ていから、安心して欲しいな。もちろん他の家に養女に行く必要もないよ。

 それに、僕は君をこの上なく愛している。君以外を伴侶に迎えるつもりなんてこれっぽっちもないし、君を逃してあげるつもりもないんだよ」


 振り返った彼女は少し小首を傾げて、何かを口にするが、ジージーとセミがうるさいせいで、よく聞こえない。僕の告白に対する彼女の答えが聞こえないじゃないか。そもそも僕と彼女の仲を邪魔をしようなんて、と思うとふつふつと怒りが湧いてくる。いや、落ち着け、僕。今ここで蝉を殲滅(焼 却)するのは簡単だが、万一飛び火したらどうする。彼女には傷ひとつつけるわけにはいかない。それに深窓の御令嬢とは、荒々しいことを嫌う人が多いという。せっかく手に入れた彼女に怖がられるのも嫌だ。

 この庭の奥には東屋がある。とりあえず彼女をそこに連れて行って意思確認をしてから、行動すべきだろう。


「私は最近とても美しい小鳥を手に入れたんだ。ずっとずっと欲しかった、実に美しい小鳥なんだ。その小鳥の囀りが聞こえなくなるほどうるさい蝉は静かになる様に全て焼き殺したくなるくらい、最近では憎らしく思える」


 愛らしい僕のエヴァンジェリンの声をかき消す蝉なんて消していいか?と聞くが、彼女は少し青ざめながら、小鳥の話を続けようとする。  

 どうやら、僕の小鳥が誰のことかわからないふりをするつもりらしい。怯えているのか、少し震えている様は、実に愛らしい。そう言えば父も「伴侶は同じ時を過ごせば僕のことを好きになってくれる」とかなんとか言ってた気がする。彼女はまだ僕のことをなんとも思っていないのだろう。少し……いや、すごく残念だ。いらない異性は寄って来るのに、よりによって伴侶に好感を持たれないとは、とがっくりくる。


 けれど、僕のエヴァンジェリンを横取りしようとした人間のことを愚かと言ってくれたので、ルアードやグラムハルトを好いてはいない様だ。しかも、僕の手元に戻ってきてよかったと続けてくれたので、嬉しくなった。


 もっと彼女のことを知りたい、僕のことを知って欲しい、たくさん話をしたい。それには、やはり少しはマシになったとは言え、蝉がうるさい。再度確認を取ると、彼女は無益な殺生を好まない、と言ったので我慢することにする。今後は部屋で邪魔の入らないところで彼女の声を堪能しようと思った。


 そして話を元に戻すと、エヴァンジェリンは婚約はしたくない、と再度繰り返した。


「殿下には思う方がおられると小耳に挟みました。前回、私がうっかり足を踏み外し、池に落ちた時に居合わせたことに責任を感じておられるのは良く分かりましたが、正直心苦しゅうございます」

 

 そして事もあろうに、僕に「想い人」がいる、などと言い出したのだ。僕の想い人なんて君以外の誰がいるというんだろうか。他に僕の身の回りに女性はいない。確かに僕の肩書や外見などを目的とした、くだらない貴族の子女が寄って来ることはあるが、「心に決めた相手がいるから」と全てお断りしている。


 誰のことと思っているのかと聞くと彼女は知らない、と答えた。まさか僕の想い人は自分ではないと思っているのだろうか。

 幼い頃に「君をお嫁さんにする、ずっと守るよ」と言った言葉を忘れてしまっているのだろうか。僕の好意を受け取る気がないのではなく、僕の気持ちが全く伝わってないのか。先程愛していると告げたばかりなのだが、信用されてないのだろうか?


 しかも、彼女は『池に落ちたのは自分の不注意』と言う。やはり僕に謝らせてもくれないつもりの様だ。これは本格的に婚約を辞退する気なのだろう。冗談ではない。何度でも繰り返すが、僕は彼女と結婚したいのだ。誰が何を言おうとこれだけは譲る気はない。


 この婚約は僕の意思であることを伝えるも、彼女は自分の身体の傷を恥じている様で、頑なに婚約を拒む。たしかに彼女の身体の傷など全て消してしまいたいが、今はまだ、彼女は婚約者ではないので、僕の予算からは治療費が出せない。婚約者になれば出せるだろうが、今の彼女の態度を見るだに、傷が癒えれば「身分差」を理由に僕から離れていきそうだ。彼女の傷を治すのは結婚式当日にすることにしよう。


 さて、どう伝えれば彼女に僕の気持ちは伝わるだろうか、と考えていると、黒い蝶が彼女に向かって飛んできた。その動きはそんなに早いものではなかったが、彼女は蝶を見詰めて、避ける気配がない。そう言えば、先程彼女は「虫は苦手」と言っていたではないか。もしかして怖くて動けないのかもしれない。急いで立ち上がって彼女と蝶の間に立ち、その蝶を一刀のもとに切り捨てた。


「いつでもこの様に…」

 守ってみせるから、僕と共に歩んで欲しいと、伝えようとしたところ、今まで頑なに婚約を拒んでいた彼女がいきなり「喜んで婚約いたします」と被せる様に了承してくれた。


 『守る』と言う僕の意思にこんなに反応するなんて、何か困っていることがあるのかもしれない。一応彼女には影をつけて身の回りを守らせているが、彼女が不安に思うことが何かあるのだろう。彼女の身に危険が迫っているなら、それに対処するのは僕の役目だ。

 何か困っていることがあるから、婚約を了承してくれたのであれば、彼女は僕を頼りにしてくれているということだろう。


「エヴァンジェリン嬢。好きだよ」


 君のことが好きなんだ、絶対に守ってみせる、と言う万感の想いを込めて告白すると、彼女は思い詰めた様な顔で首を縦に振った。

 何か面倒ごとに巻き込まれていて、それに僕を巻き込んで良いかどうか悩んでいるのかもしれない。任せて欲しい。今度こそ、なにからも君を守ってみせると僕は心に誓った。


 そのあと、彼女は僕と親交を深めようとしてくれたのだろう、今の自分をどう思うか?と先程僕が話した比喩表現である小鳥を使って聞いてきてくれた。


「あぁ、ようやく手に入れたけれども、私の望まない囀り方を仕込まれたかもしれないんだ。それは我慢ならないから、調教する必要があるかもしれないんだ」


 もし君が王家に相応しくないと思っているなら、きちんと教育係をつけるしーーと言ってもエヴァンジェリンには将来困らない様に、僕の予算でこっそり王妃教育と遜色ない家庭教師を子爵家に派遣しているーー、何より他の男の色がついているなら、僕の色に染め直すつもりだから覚悟してね?

 暗にそう告げると彼女は少し身震いをした後に顔を上げて、僕に告げてきた。


 『婚約にあたって、足手まといになる様だったら切り捨ててくれて構わない、と。そしてその時は子爵家に迷惑をかけたくないから、自分一人が消える』

 そう告げる彼女は実に綺麗だった。僕や子爵家の迷惑になるのを、憂いて、決心してからの言葉だったのだろう。そんな思いやりの心が詰まった言葉を、先ほどまで頼りなげに震えていたのが嘘の様に彼女は言い切った。なんて美しい人なんだろう、と何度目かわからぬが、彼女にまた魅了される。

 こんなに素晴らしい人が僕の伴侶で、しかもようやくこの手に返ってくるのだ。なんと幸せなことだろう。


 しかも、「彼女は僕の意に染まないことをするつもりはない」と言ってくれた。僕に逃げ道を残してくれたのだろうが、そんなものは必要ない。まだ全面的に信じてくれないのが、切なくて彼女を少しからかってみる。


「わかった。君は私の意になんでも従うということだね?」


「えぇ、私の出来る範囲で有れば、なんでも」


 僕の意地悪な問いに彼女は、自分の発言の大胆さに気づいたのか、頬を赤らめながら頷いてくる。すごく可愛いが、恐ろしいことにとても無防備である。こんなこと、ルアードやグラムハルトにも言ってないだろうな、とついついむっとする。


「そう、その言葉忘れないでね。それとエヴァンジェリン嬢、そんな言葉は僕以外に言わない様に。でないと……わかっているよね?」


 こうして婚約者になったのだから、距離を近づけようと僕は被っていた猫を一枚脱いで、一人称を僕へと変えた。その上で、無防備な婚約者に気をつける様に言うと、彼女は真っ赤な顔で頷いた。本当に可愛い。なんだろう、この可愛い生き物は。婚約の調印が終わったらすぐにでも僕の部屋に連れて行って僕のものにしてはだめだろうか。


 いやいや、彼女との結婚は完璧なものにしなければならないと思い返す。後日彼女が中傷に晒されるのは我慢ならない。かと言ってこのままだと横から掻っ攫われるかもしれないので、彼女を伴侶(イヴ)と呼んで良いか、聞くと彼女は首を縦に振った。これで他の人間を牽制できる。もちろん、彼女を伴侶と呼べるのは僕だけなので、他の人間にはそう呼ばせない様に言い聞かせる。エヴァンジェリンの愛称としてイヴと呼ばれるのは珍しいことではないが、他の誰にもそう呼ばせて欲しくない。


 僕のことも愛称で呼んで欲しいとお願いしたが、彼女は謙虚なのか、それとも照れ屋なのかなかなか呼んでくれない。なんとか懇願すると、顔を赤らめながら、「ジェイ様」とよんでくれた。もう、無理。いや、これなんで我慢しなきゃいけないんだ?

 僕は彼女を抱きしめる。すっぽりと僕の腕に収まる彼女にやっと取り戻した、と充足感でいっぱいになる。柔らかくて、良い匂いがする。そして彼女の豊満な胸が僕の身体に当たって落ち着かなくなる。きっと僕の今の顔は見れたものではないと思う。


 彼女はどんな表情をしているか、見たくて、彼女をみると額の左上に新しい傷跡があった。僕のつけた傷だ。正直申し訳なくて早く消したいとも思うが、この傷のおかげで彼女を取り戻せたんだと思うと、愛しくもある。

 僕は彼女の前髪をかきあげ傷をよく見る。僕の罪の証、けれど彼女と僕を繋ぐ絆、愛おしいその傷に僕はキスを落とした。


 敬称はいらないよ、と彼女の耳元で囁くと、彼女は小さくふるりと震えた。多分この様な男女の接触に慣れてないのだろう、嬉しくなってついつい彼女に口づけをすると、彼女は真っ赤になったあと、ひう、と言って意識を手放した。


 可愛い、本当に可愛い。社交会で寄ってくる貴婦人とやらと違い、どこまでも初心で、清らかな彼女に愛しさが募る。このまま連れ帰りたいと思うが、ぐっと我慢する。意識を失っている間、我慢するのだからいいよな、とばかりに彼女の唇に己のそれを重ねる。柔らかくて、とても甘い。世の中にこんなに気持ちいいことがあるのか、と正直驚くばかりである。まるで麻薬の様に中毒性がある。いつまでも何度でもしていたいが、あまり変な噂がたってもいけないので、観念して彼女を休めるところに連れて行った。


 午後からの婚約式までに目覚めてくれるかと思ったが、彼女は気絶したままだった。次の機会にしましょうか、と言う神官の言葉に僕は首を振る。前回はそれで彼女との婚約が流れてしまったのだ。手に入れられる機会は逃すべきではない。


 幸い父母があまり良い顔をしていない婚約だったので出席している人間も限られているので、彼女の醜聞に繋がることはないだろう。僕が1人で婚約式を済ませる、と言うと、周りは異例なことだと渋ったが、それを説得して、無事に式を終わらせた。あんなに可愛いイヴを人目に晒さず、僕の婚約者にできたのだから結果的にとても良かったと心の底から思った。

 あぁ、早く彼女と結婚したい。そして彼女の全てが早く欲しいものだ。

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