とある騎士団長子息の後悔 3
危うく我が家は王家への叛逆罪になるところであったのを、王妃様が諌めてくれたらしい。「まだ婚約者候補に過ぎないのだから」と。
彼女の手には傷が残ってしまったが、我が家の資産では治癒術師に依頼することができなかったらしい。なので、彼女は婚約者候補を辞退することになったそうだ。そのせいで怒り心頭のクラン公爵に父が『一度だけ騎士団を公爵の依頼で動かす』約束を取り付け、それを王家と貴族院が了承し、俺の罪は許された。
そして、エヴァンジェリン嬢は傷物になったせいでどこにも嫁げなくなったとのことで、なんと俺の婚約者になった。
正直に言って「嬉しい」と「申し訳ない」が半々だった。彼女を伴侶に迎えられるのはとても嬉しいが、あんなにひどい傷を負わせてしまい、身体に傷跡を作ってしまったのだ。
彼女はそれでも俺を責めたりしなかった。静かに微笑んで「これから、よろしくお願いします」と一言言っただけだった。
謝らないとと思いながらも喉がひりついた様に熱く、何も言葉が出てこなかった。彼女は殿下と仲がよかった。殿下と結婚するはずだったろうに、と思うとさらに気分が沈んだ。
本来なら廃嫡ものだったのに、彼女のおかげで俺はまだ嫡子であった。彼女を嫁にもらうのに、廃嫡などできるか、と父は言っていた。
俺は彼女の居場所も家族も奪ったのに、彼女は反対に俺に与えてくれた。なんと言っていいか分からず、彼女がせっかく話しかけてくれるのに、何も返せなかった。
ただただ、美しい彼女を凝視するしか俺にはできなかった。何も話せない状況が続けば続くほど、彼女にだんだん話しかけられなくなった。けれど、彼女に会いたいからお茶会はやめられなかった。
何も話せないし、じっと見ているだけの俺に疲れるだろうに、エヴァンジェリン嬢はそれでも招待状を出したらいつでも来てくれた。そして静かにお茶を飲んでは何も話さず帰ってしまう。このままではいけない、と思いつつもどうすればいいか分からず、騎士団の人間に聞いているうちに、グラムが動いた。
彼女が階段から落ちる時に側にいたのに助けられなかったせいで、彼女が傷を負ったから責任を取る、と言うどこかで聞いた様な話だった。
俺は彼女の傷なんか気にしない、俺が婚約者だ、そう主張したが、その主張は聞いてもらえなかった。どうやら、俺が彼女に対して良い婚約者でないことは有名な話だったらしい。
グラムは反対する家族を説得してほぼ無理矢理と言ってもいい様な強引な手で彼女と婚約したらしい。そういや、グラムも彼女に惚れてたな、とぼんやり思った。正直悔しいとも思ったが、罪悪感から逃げられた様でほっともした。
俺は卑怯者だ、とつくづく思った。けれどどうか彼女が今度こそ幸せになるように祈った。
そして、彼女とグラムの婚約が成立した日に、俺は父に後継を弟に譲るように頼んだ。正直に言って俺には相応しくない。エヴァンジェリン嬢を娶る必要がなくなったから、罰として縁を切ってほしいと願ったところ、またもや父にぼこぼこにされた。
「逃げるな、きちんと向き合え!」
そう言って父は俺を殴り続けた。そうか、エヴァンジェリン嬢に対しても俺は逃げ続けていたんだな、と思った。次、どこかで彼女と会うことがあれば今度こそ謝罪をしたいと心の底から思った。




