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【12月1日 2巻発売】婚約破棄した傷物令嬢は治癒術師に弟子入りします!  作者: 三角 あきせ
三部

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毒殺王妃のため息 3

 仕方なく、執務を続けた。いつしか、イギーは成長し、間もなく成人を迎えようとしていた頃、おかしなことを言い出す人間が現れた。頭が痛いことに、その派閥の筆頭は私の父だった。

 

 彼らは選りにも選って、私とイギーの子供を望んだ。私とディードリッヒ様が白い結婚だったことが周知の事実だったことが災いしたのだろう。ルーク家出身で、王家の人間として実績がある、私をまだ利用したい人間たち――主にルーク家一門の人間――が騒いだのだ。イギーが伴侶を見つけ出す前に、今度こそ、正しい血筋の子供をできるだけ、多くほしいと彼らは声高に叫んだ。

 私は未だ辛うじて女だったけれど、子供なんて望んでいなかった。生まれたての(庇護を必要とする)赤子を可愛いと思えなかった私が母親になれるはずがないのだから。

 

 相手がイギーだというのも、問題だった――あちらだって嫌だろう。

 派閥の長が父親なこともあり、最初は窘めるだけで済ませていた。それが悪かったのか、彼らはどんどん増長していき、とうとう、私やイギーに薬を盛るようになった。私はエルマのおかげで事なきを得たのだが、イギーがどうやってこの局面を乗り越えたのかは知らない。けれど、長じてからできた、イギーの側近からは苦情が出ていたので、結構酷い状況だったのだろう。

 彼らの愚かな所業を食い止めるために、できるだけ早く、イギーの伴侶を見つけようと様々な令嬢を宮殿に呼んだが、イギーの伴侶はなかなか見つからなかった。


 そんな折、彼らはとうとう、禁制の竜木を使った媚薬を私とイギーに盛ってきた。ごく少量の竜木と媚薬を合わせたその薬は、あくまで発情を目的にしたものだった。けれども、竜木を使われては放置することはできない。

竜木は王家が管理している、美しい木だ。幹や葉、花、根に至るまで、黄金もかくやとばかりに輝いている。断面(木の内部)も輝いているので、ごく小さな断片でも、すぐにそれと分かる。唯一、すり潰したら、茶色くなるという、不思議な特性を持っているため、紅茶に混入して使われることが一般的だ。無味無臭のため、見破ることは難しいが、すり潰し方が甘いと金色が残ってしまうので、運が良ければ、気づけることもある。


 竜木を服用すると、最初は強い幸福感と高揚感、強い自己肯定感などを得られるだけだ。中期になると、常に興奮状態になる。また、妄想が酷くなり、幻覚も見るようになってしまう。竜木は依存性が高く、この頃にはもう、手放せなくなっている。最終的には思考力がなくなり、快楽だけを追い求めるようになり、1gの竜木を得るために、どんなことでもするようになってしまう。

 竜木はそこいらに溢れる麻薬よりも、ずっと効果も依存性も高い。また、神経を刺激されることにより、強い多幸感を感じたうえ、感覚が鋭敏になるため、よく効く媚薬として使われることが多い。


 ずっと昔、この竜木が発見された時、媚薬として世に出回り、多くの中毒患者と、父親が分からない子供が溢れた。それが平民の間だけのことであれば、特に問題視されなかっただろう。しかし、下級貴族はもちろん、中級貴族や高位貴族、果ては王家の姫、王妃までもが父親の分からない子供を産んだから、社会問題になった。


 その当時の国王は、末期の状態で、執務ができる状況になかった。更に悪いことに、次代を担うはずの王子も竜木に犯されていたため、後継者がいなくなっていた。

 結局、王妃が孕んだ、父親の分からない子供が王位を継いだ。王妃は先代国王の妹の娘で、現在の国王の従妹に当たる、王家の血が強い娘だった。そのため、王家の血が途絶えることこそなかったが、それでも、生まれた子供は正当な血筋ではなかった。子供ができた時には、王妃は末期の状況だったので、結局、父親の名前は分からず仕舞いだった。

 王妃の実家のダフナ家の後押しでその子供は王位に就いたが、これは王家が、傍系に取って代わられたことに他ならない。貴族の令嬢達も父親が分からない子供を数多産んだため、国内は荒れに荒れた。貴族たちは竜木を切り倒し、燃やそうとしたが、その煙はまた新たな被害者を数多く生み出した。

 また、竜木の再生力はすさまじく、切られてから、ふた月もしないうちに、切り株から新たな芽が出、すぐに大木へと成長した。また、種から成長したものもあり、結局は切り倒す前の森へと成長した。不思議なことに、竜木は燃やす前の本数とほぼ同一で一本も増えていなかった。竜木を燃やすことを断念した貴族達は、監視する一族を作り、管理することした。


 その後神殿とも、竜木の管理権について揉めたが、なんとか王国が勝利した。


 以降は竜木の性能は、王家と四公爵家だけが把握し、監視者の一族が管理することになった。だから、竜木を持ち出すことは困難なはずなのに、戦争や、その立て直しもできない内の国王の錯乱からの崩御で国が乱れていたせいだろう。愚かな人間――その筆頭は恐らく父だ――が持ち出したのだろう。


当時の王宮はガタガタで、私も侮られていたので、竜木の密輸を告発しても、すぐに握りつぶされた。けれど、竜木を使った人間はどうあっても放置はできない。

しかも、(王妃)イギー(王太子)、二人に竜木を盛るということは、かつての悲劇の再来――つまり、反逆罪にあたる。反逆罪を企んだものはもちろん、竜木を使った者も、竜木の秘密を知った者も、放置するわけにはいかない。

 販売ルートを探って一網打尽にするつもりだったが、中々つかめず、時間ばかりが過ぎた。そのうちに父も手段を選ばなくなってきており、私に出す紅茶に常に竜木を入れるよう、命じた。もう猶予はなかった。


 仕方なく私は反撃に出た。まず、首謀者たる父を殺した。弟も、殺した。私を殺そうとしていたくせに、笑えることに、自分が殺されると思っていなかったのだろう。実にあっけなかった。父と弟が死んだ後は、私を阻むものはいなかった。とはいえ、権力を持っている者はさすがに捕まえられなかったので、殺すことしかできなかった。地位の低い者は詳細を知らなかった。彼らの証言で、何人かを捕まえることはできたが、所詮トカゲの尻尾だ。闇に潜った者の方が多かっただろう。


 巷で、私は『毒殺王妃』と呼ばれたが、気にならなかった。この国を愛しているかと問われれば首を傾げるだろう。けれど、この国には、大切な人がいた――その人は、もういない。恋愛ではなかったし、彼も私を愛してはいなかった。けれど、それでも、私にとって彼は大事な人だった。――その人(ディードリッヒ様)から預かったままのこの国を、私は守らなければならないのだから。


 ようやく、この件を片付け終わったのと、時を同じくして、イギーはようやく、伴侶を見つけた。ベネディ侯爵家に嫁いだ私の姉、エルシーの娘、イザベラがイギーの伴侶だった。イザベラの第一印象はあまり良いものではなく――実に王族の伴侶らしい娘だと思った。とてもではないが、王妃は務まらないだろう。

けれども、王族から伴侶を引き離すことなんてできないことは分かっている。王妃教育を続けたけれど、当の本人(イザベラ)がやる気を出さないのだ。成功するはずもない。結局、教育が終わることはなく、幾人かの補佐が着くこととなった。


 イギーの成人後は、隠居するつもりだったが、周囲に引き留められ、叶わなかった。毒殺王妃とまで呼ばれた私を引き留めてどうしたいのか――罪を問うことなんかできないだろう。今や私はこの国の頂点だ。いや、もし罪を問うつもりがあるなら、さっさとしてほしいものだ。未練なんかない――。

 ひとつだけ確実なことは、私はどこまでも、執務から逃げられないということだけだ。イギーが王位に着きたいと言い出したら、いつでも表舞台から去るつもりだったが、イギーは遠くから私を眺めるだけで、声すらかけてこなかった。

 イギーが何をしているのか、何を考えているのか、知らないまま、私は執務に追われ続けた。


 そんなある日、イザベラが小さな赤ん坊を連れてきた。イギーとイザベラの子供らしい。その赤ん坊は大きな声で泣き叫び、イザベラを困らせていた。昔のイギーを思い出させる赤ん坊に近づくのは嫌だったが、逃げるのも癪だった。ひと撫でだけして去ろうとしたら、私の顔を見た赤子はぴたりと泣き止んだ。

 そして、小さな手で私の人差し指を握ると無邪気に笑った。

 今まで姉弟の子供や、その子の子供を何人も見てきたけれど、何も思わなかった。いや、うっとおしいと思っていた。私にとって赤ん坊とは愛すべきものではなく、避けるべきものだった。

 けれど、この時、初めて、赤ん坊を可愛いと思った。選りにも選ってあのイザベラの子供だというのは皮肉だが、それでも、『キャッキャッ』と声を上げて笑う赤ん坊は可愛かった。


 気になって、幾日か後に会いに行った。初対面時、私を見て笑ったのは偶然かもしれないと思っていたが、赤ん坊は私の姿を見ると、またもや、笑った。とんでもなく、可愛かった。それからは執務の隙をついて、三日に一度は会いに行った。赤ん坊はどれだけ泣いていようと私の顔を見たら笑った。

 たったそれだけのことかと笑う人間もいるかもしれない。けれど、私にとってはそれだけで、十分だった。


 私はどんどん赤ん坊に夢中になって、気が付けば、毎日こっそりと会いに行くようになっていた。毎日会いに行けば、当然のことだが、私の顔を見ても、泣き止まない日もあった。

 私がこの赤ん坊を可愛いと思うのは泣かないからだと思っていたが、そうではなかった。小さな体で一生懸命泣いている姿も可愛良いと思えたし、あまりにも泣き止まないときは心配にすらなった。

 目に入れても痛くないというのはこういうことなのかと思った。赤ん坊はどこまでも可愛かったし、こんな私でも、子供を――誰かをこんなにも愛せるのだと思わせてくれた赤ん坊に感謝もした。この小さな生命は、あらゆる意味で私にとって救いだった。


 とはいえ、私が可愛がっていることが、他の人間に気づかれると面倒なことになりかねないので、会いに行く時は内密にした。私の息がかかっている人間がいる時にだけ、秘密の通路を使って会いに行った。

赤ん坊が成長していく姿を見るのは嬉しかったが、成長した子供にどう対応して良いか分からなかった。なにせ、私は毒殺王妃と呼ばれても――本当のことだから仕方ないのかもしれないけれど――誰も違和感を覚えないほど、威圧感があるのだ。いままで会ってきた子供たちは私の顔を見るだけで固まったり、果てには泣き出したり、お漏らしをしてしまう子供もいた。それほど、私は恐れられる存在だった。

 別に他の子供に怖がられるのは気にならなかったが、この赤ん坊――ジェイドにだけは怖がられたくなかった。この可愛らしい顔が、私を見て恐怖に歪むところを見るのはどうしても耐えられなかった。だから、ジェイドが成長するほど、距離をとった。距離をとっても私にとってジェイドは特別で、手の者をつけた。傷ひとつつかないように守らせ、どんな些細なことでも報告させた。

 小さなジェイドが伴侶を見つけたと報告があったのは、随分早かった。正直に言っても許されるのなら……私は絶望した。


だって王家の伴侶は決して幸福なものではないのだから。

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