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毒殺王妃のため息 2

 そんな日が続いて何年か経った、ある日、珍しく陛下(ディードリッヒ様)に呼び出された。最近、ずっと機嫌が悪いと噂になっていた陛下の元へ行くのは正直恐ろしかったが、行かないわけにもいかない。


「ソレを跡継ぎにしろ」


 不安でいっぱいだった私に陛下は生まれたばかりの赤ん坊を投げるようにして、渡して来た。


『籠の小鳥の子だ』と、陛下は語った。


 陛下は籠の小鳥としか、子を為すつもりはないらしい。その証拠に陛下は私に指一本触れなかった。伴侶を見つけた王族は他の異性に興味を抱かない。ともかく伴侶を溺愛するから、それは仕方が無い。けれど、ディードリッヒ様はどこまでも徹底していた。夜の訪ないがないのは納得していた。

 けれども公的な場ですら、エスコートをしないことは問題だった。一国の王妃である私は、国王以外にエスコートされるわけにはいかなくて、――たとえ、親族の父であろうとも駄目だ――結果、いつも私は独りだった。それは私を侮らせることに繋がった。


 生まれたばかりでふやふやしている赤子をどう扱って良いか分からず、困っている私を、一瞥すると陛下はすぐに目を逸らした。


「ソレ以外に子を作る気はない。彼女の世界には私以外は不要なのだ」


 例え我が子でも、小鳥(アンジュ)の関心が自分以外に向くのは許せなくて、赤子を小鳥から引き離したらしい。しかも、今回、運よく授かった子が男児だったので、これ以上小鳥に子を産ませるつもりはないようだ。

 その発言は王族失格としか言いようがなく、昔の、『王族の務め』をしっかり理解していたディートリッヒ様なら決して口にしなかった言葉だった。

 目の前の人物を凝視する。やや痩せて、やつれているが、それでもディードリッヒ様だ。ディードリッヒ様以外の何者でもない。けれど、よく似た別人だと言われた方が納得できたと思う。それほど、私の知っているあの方とは全く、違った。籠の中の小鳥のせいなのだろうか?小鳥がいなくなったら、元のディードリッヒ様に戻るのだろうか?詮無いことを考えている私に忌々しそうに睨んだ陛下は、赤子を指さした。


「王と正妃(お前)の子として育てよ」


 それだけを言うと、私に使う時間が惜しいとばかりに、さっさと去っていった。赤ん坊は名前すら付けられていなかった。恐らく、陛下はこの子に全く関心がなく、名前のことなんか考えてないだろう。仕方なく『イギー(息子)』と名付けた。

イギーは手のかかる面倒な子供だった。昼夜問わず泣き続け、抱き上げても泣き止むことはなかった。出自を除いても、気難しいイギーを、私は全く可愛いとは思えなかった。


イギーの存在に動揺したのは、私だけではなかった。妊娠もしていなかった私が子供を産むはずがないことなんて誰にでも分かる。少ない時間でも、ディードリッヒ様が赤子を持っていた――決して抱いていたわけではない――ことも相まって、赤子(イギー)の出自は、公然の秘密だった――いや、秘密ですらなかっただろう。

 私はイギーを慈しむことができなかった。忙しくて、余裕がなかったということもあるが、何よりも、王家の人間が恐ろしかった。この赤子は無力そうに見えても、文字通り化け物の卵なのだから。

 侍女たちも乳母も私に同情し、イギーを疎んだ。結果、イギーは最低限の――命を繋ぐ程度の世話しかされなかった。籠の小鳥がイギーをどう思っているのかは知らないが、陛下がイギーを省みることはなかった。

 要するに……イギーは誰にも愛しまれずに育つことになった。


 イギーは時折、私に甘えたそうな雰囲気を見せた。それでも、私は、彼の願いを叶えてあげることはできなかった。

 恐怖。それが一番の理由だが、ずっと放っておいた子供への罪悪感もあったのだろう。時が立てば立つほど、余計にイギーにどう接すれば良いか分からなくなっていった。


 永遠に続くような無味乾燥な暮らしは急に終わりを告げた。籠の中の小鳥が死んだのだ。陛下は元に戻るどころか、更に狂った。抜き身の剣を持って城内を練り歩き、時にそれを振るった。その姿はさながら亡霊のようだった。

 陛下の状態は日増しに悪くなっていき、とうとう、城内で魔法まで放ち始めた。そのせいで被害は一気に跳ね上がった。「陛下を幽閉すべきだ」という声も少なくなかった。けれど、運が悪いことに陛下は高魔力の風魔法使いで、物理的にどこかへ閉じ込めることはできなかった。


 魔力持ちの人間を封じるにはいくつか方法がある。陛下に施せそうな方法は二つだ。ひとつ目は魔力封じの腕輪をすること。次に、手練れの術師が魔力を封じること。しかし、腕輪は魔力が高すぎる人間がつけると壊れてしまうし、術師が封じられるのは自分よりも魔力が低い相手のみだ。

 残念ながら、陛下よりも魔力が高い人間はおらず、陛下の魔力を封じられるような腕輪も無かった。


 他に魔法使いを封じ込める方法としては、過去、魔獣や高位魔族が息絶えた土地に誘い込むという方法がある。『禁足地』とされている、その場所には魔獣や魔族の怨念や血が大地に沁み込んであり、人間の魔法を阻害しているという。うっかり足を踏み入れた者は体調不良にも悩まされ、下手をしたら、命を落とすことすらあるそうだ。

 いくら陛下とはいえ、太古の魔獣や魔族の呪いには打ち勝てないだろうが、王都には禁足地はないので――まあ、そんな危険な地がある場所を王都にはしないだろう――この案は早々に却下された。


 最後の方法は、伝説級の話だ。この世のどこかには魔力を吸い取る魔法陣があるという。その魔法陣は失伝魔法のひとつで実在するか否かも分からない。一説によると王家の鳥籠には、その魔法陣が敷かれているらしいが、それが真実か否かは時の王しか知らない。もし、真実であれば是非とも陛下を閉じ込めたいところだが、残念ながら、鳥籠の場所は王以外知らないので、この案も使えなかった。


 陛下は生きながら、死んでいるようだった。きっと、陛下の心は小鳥と共に死んでしまったのだろう。今の陛下は悲劇をまき散らす醜悪なモノでしかなく、陛下に対する憎悪の声は次第に大きくなっていった。


 見ていられなかった。いや、若き日のディートリッヒ様の面影すらない、堕ち切った姿を、見ていたくなかった。


 悩んでいた私に手を差し伸べてくれたのは、侍女のエルマだった。エルマはクラン一門であるシュティッヒ伯爵家の娘で、彼女の父は魔の森のすぐ隣の領地を持っていた。彼女いわく、魔の森の生物は、変容しており、シュティッヒ伯爵家は生物の変容について研究しているそうだ。エルマもその一翼を担っているそうで、主に植物を担当している彼女は、毒物に詳しかった。エルマは秘密裏に毒物を用意してくれた。

 エルマの用意してくれた毒を私は陛下に盛った。さすが、王というべきか、陛下に毒は効きづらかった。エルマは我が家(ルーク家)の毒に変容した魔の森の植物を掛け合わせ、更に強い毒を作ってくれた。新しい毒ができたら、それを陛下に盛り、効かなくなったら、また新しい毒を作ってもらった。何度も更新しながら、毎日、陛下に『薬』だと言って、毒を差し入れた。父をディードリッヒ様に殺されたという王宮医が処刑覚悟で私に協力してくれた。


 長期間に渡って毒を盛り続けたのだから、ディードリッヒ様の側仕えや協力者以外の王宮医も気づいていただろう。気づかないわけがない。けれど、誰も私を咎めなかったし、ディードリッヒ様を治療することもなかった。それぞれどのような思いから、見て見ぬふりをしたのかまでは分からないが……分かることは、王宮の誰もが陛下の死を望んでいたということだけだった。


 毒を盛り始めてから、崩御するまで十ヵ月ほどかかってしまったが、ようやく私はディードリッヒ様をお救いすることができた。


私がディードリッヒ様を毒殺したことなんて、皆知っていることだ。もちろんエルマのこと(毒の出どころ)は誰も知らなかったし、最後の方は王宮医のほとんどが私の味方だったので、誰が実際に陛下に毒を呑ませたかはもう誰にも分からなくなっていた。けれど、それでも、私が黒幕だということは誰もが知っていただろう。


 私は罰を受けたかった。罰を受けて死にたかったのに、私を咎める者は誰もいなかった。訴え出ても、悪い冗談として処理された。失望と共に表舞台から去ろうとしたが、周囲の人間は私の引退を許さなかった。

 王家の血が薄い私が女王になることはできないが、イギーが成長するまで、執政として王宮に残ることになった。本来ならイギーが戴冠すべきだったが、まだ幼いことや、出自が褒められたものではないことも問題だったようで、一時期国王不在の時期が生まれた。ディードリッヒ様が暴れまわったせいで、幾人もの重鎮が死んでしまったことも原因の一つだった。

 纏められる人間は私しか、いなかった。

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