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2巻発売記念SS 好みのタイプは

2巻発売記念SSはこの話で終了です。お付き合いありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。


『婚約破棄した傷物令嬢は治癒術師に弟子入りします!』をご購入下さった皆様、本当にありがとうございます。この場を借りて御礼を申し上げます。

 

最後のSSは『セオドアとエヴァンジェリン』のお話しです。時系列的には『孤児院に向かう馬車の中』のお話です。


次回のアップは本編の続きになります。本編の続きをお待ちくださっている方もいらっしゃるようですので、頑張りたいと思います。

今暫くはパタパタしているジェイドにお付き合いをお願いいたします。

 馬車の窓から、金色の稲穂をぼんやりと見つめる。稲穂の金色と空の青さはどこぞの誰かを思い起こさせる色合いだ。なんとなく嫌な気分になって思わずため息をつく。


「疲れちゃったかな?」


 私がため息をついたのと同時にセオが声をかけてくれる。時折、ドキリとさせられるようなことはあるけれど、セオはちょっと過保護なくらい、私に甘い。


「ううん、だいじょ……」


「それとも、なにかつまらないことでも思い出した、のかな?」


 ヒッ!思わず息を呑む。やばい、これはちょっとドキッとさせられる……いや、ちょっとヒヤッとさせられるときのセオだ。

 ただでさえ、色気たっぷりなセオが、更に流し目でこちらを見るからものすごく心臓に悪い。しかも、目の奥はどこか凍えているような気がする。

 正直に言おう、私はセオのこの目が、すごく苦手なのだ。固まった私の頬に手を添えると、セオはクスリと微笑う。


「それで……?考えていたのは誰のことかな?子爵夫妻のこと?……それとも、元婚約者?」


 いきなり言い当てられて、再度息を呑む。セオはそんな私を見て、静かにため息をつくと、私の頬に伸ばした手を下ろした。そして私から目を逸らすと、窓の外に目をやった。

 痛いような沈黙が続く。セオとは王都から神殿まで約ひと月、朝目が覚めてから夜眠るまで、ほぼ一緒にいた。その間、ずっと喋っていたわけではない。話をしていない時間だってあったのだが、今と違い、沈黙は苦にならなかった。けれど、今のこの沈黙は身の置き所がなくて少々辛い。

 優しいセオを怒らせてしまったのなら、全面的に私が悪いと思う。だけど、どうしてセオが不快に思っているのかが理解ができない。いや、ジェイドのことを思い出したのがいけなかったのはなんとなく分かるが、どうしてそれでセオが不愉快になったのかが、理解できないのだ。

 確かに私とセオは一応婚約関係にあるのだが、私たちの間に愛や恋なんて甘酸っぱい感情はない。あくまで『解消を前提とした』関係でしかない。いや、私がだいぶ甘えてしまっているから、迷惑をかけっぱなしの関係と言ったほうが正しいのかもしれない。

 そんな面倒見が良いセオを不愉快にさせたのだから、謝るべきだけれど、理由が分からないのに、口先だけで謝るのは不誠実な気がする。でも、セオに嫌われるのは耐えられない。


「ねぇ、シェリーちゃん」


 どうしようかと思っていると、セオの方から声をかけてくれた。こんな時でもセオは優しくて、なんだか申し訳なくなってしまう。セオは私の顔をじっと見つめていて、未だ私の苦手な雰囲気を漂わせている。


「やっぱり、彼のことを忘れられない?入殿したことを後悔していたりするかい?」

 

 いきなり飛び出てきたセオの言葉に私は思い切り首を振る。入殿したことは後悔していない。神殿は安息の地ではなかったけれど、あのまま王都に留まったら、もっと悪い結末しか待っていなかっただろう。


「ううん、後悔なんてしてない!セオには本当に感謝しているの。だって、殿下は私のことを利用しただけで……好きなんかじゃなかったし……。共に歩む未来なんてきっとなかったもの」


「そっか……まあ、すぐに忘れられるものじゃないかもしれないけれどね。シェリーちゃんは彼のどこが好きだったの?やっぱり、地位とか、顔とか財力?」


 なんだか、けっこう失礼なことを言われているような気がするけれど……確かに、ジェイドはヒロイン(サラ)のことが好きなくせに、クラン家とリオネル家の契約破棄のために私を利用するような男性だった。

 でも、優しいところもあったし、私の話も聞いてくれて、私のことを大切にしてくれていたようにも……いや、それもポーズだったのかもしれない。だって、本当に私のことが好きだったのなら、デビュタントの夜会で、私をあそこまで馬鹿にするわけがなかっただろう。

 あの事件の後だって……。いや、今更そんなことを考えても仕方が無い。けれど……。


「悪いこと聞いちゃったかな?じゃあ、彼のことはひとまず置いておいて、シェリーちゃんの好みのタイプを教えてくれる?」


 思わず考え込んでしまった私にセオは声をかけてくれて、少しだけ、意地悪そうに笑った。先ほどの冷たい雰囲気は霧散していて、いつものセオに戻っているみたいで、ホッとした。

 しかし、好みのタイプか……。正直、ろくでもない婚約者ズのせいで、もう恋愛は懲り懲りだ。それに前世も今世も喪女の私には、恋愛は敷居が高すぎるとは思うけれど、どうしてもと言うなら……。


「誠実で、優しいひと、かしら」


 一方の言葉だけ聞いてこちらを断罪してくるようなことがない人。ジェイドのように利用してくるような人も嫌だ。ああ、もちろん、万が一、破局した場合でも、私を害そうとしない人、というのが大前提だ。


「参ったね。それは俺に対する牽制かな?」


 私の言葉にセオは困ったように苦笑する。おかしなことを言うものだ。セオほど優しい人はそういないし――少なくとも、こんな私に優しくしてくれる男性はお義父様とセオくらいだ――師匠としてのセオは誠実だと思う。

 なにより、セオは私のことを断罪したりはしないだろう。


「牽制?セオは優しくて誠実だと思うけれど」


「それじゃあ、俺もシェリーちゃんの恋愛対象かな?」


 私の言葉にセオは艶やかに笑うとウインクをした。以前は、胡散臭いと思っていたはずなのに、久々にされたせいか、鼓動が早くなってしまう。顔も赤くなっているかもしれない。

 けれど、こんな冗談まで言えるようになったのだから、どうやら彼の機嫌はだいぶ直ったようだ。セオは私の方を見ながらにこにこしているが、セオが恋愛対象になるか、否かと言うと……。


「あとは、身の丈にあった人」


 答えは、否だ。そう、セオは私にとっては高嶺の花で、好きになっても絶対に報われない人だ。だって、セオはヒロイン(サラ)のことが好きだったのだ。私と同じように、きっと、未だサラを忘れてないはずだ。

 それにセオに疎まれるのは避けたい。以前、セオは神殿の上層部から、色々と送られてきて苦労していると言っていた。だから私たちは『仮初の婚約関係』を結んだのだ。それなのに私まで好意を寄せたら、きっとセオは困るだろうし、私を嫌うだろう。そんなことになったら、多分、私は耐えられない。

 なによりも、私は爆弾を抱えている。大切な人とあまり深く関係しない方が良い。

 私の言葉にセオは目を眇めると、低い声を出した。


「へぇ……?身の丈ね。君の言う身の丈ってどのレベルかな?」


 どのレベルも何も……私はモブキャラなので、同じようなモブで優しく誠実なひとであれば、とは思うがこれをどのように訳すべきか……。うん、ちょっと難しいかな。よし、話を変えてみよう(ごまかそう)


「そういうセオの好みのタイプはどんな人なの?」


 私の言葉にセオは目を瞠った後、顎に手を当てて考える様子を見せたが、すぐに口を開く。


「そうだね、俺は結構、好みにはうるさいよ。まず、神殿に押し付けられた女性なんて絶対にごめんだね。面食いの自覚もあるから、うんと綺麗な娘が良いな。もちろん、プロポーションも大事だね」


「プロポーション……」


 思わず呟いた私にセオは力強く頷いた。なんだろう、結構、ろくでもないことを言っているような気がするのだけれど、セオがあまりにも真剣に頷くものだから『そうかー』としか思えない。ここまで堂々と言われたら、そんなものかと納得してしまうものなのかもしれない。セオは楽しそうに続ける。


「そう、やっぱり抱き心地は大切だね。それから……」


「自立した女性?」


 そう、セオドアルートのサラは自立した大人の女性に成長するのだ。確かに、神官として有能なセオは、ただでさえ、多忙だろう。それなのに、足を引っ張る恋人なんて邪魔にしかならないだろう。


「自立した女性ね……確かに以前なら面倒ごとはごめんだとは思っていたけど。……今は……そうだね」


 そう言うとセオはひょいと立って私の隣に座った。それから耳元でそっと囁いた。


「純粋で可愛くて、放っておけない子が良いかな。俺がいないと生きていけないって思うくらい、べたべたに甘やかしたいね」


 あまりの色気に充てられて、思わず固まった私の耳にセオは唇を落とした。

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