2巻発売記念SS ジェイドの不満 4
最近ジェイドの様子がおかしい。どこか上の空というか、なにかを考え込んでいるような感じがする。
今日も今日とてなぜか紅茶をがぶ飲みしている。そんなに喉が渇いているのか、それともよっぽど言い難いことがあるのか。
どうにも様子がおかしいので、護衛騎士のアッシュ様に視線を向けてみたが、なにやら良い笑顔を向けられて、終わってしまう。なんだろう、アッシュ様の様子までおかしい気がする。
仕方が無く、ジェイドにどうしたのかと声をかけてみたら、なにやら鋭い目で睨まれてしまった。なんというのか、ジェイドが私を見る目は仄暗く、瞳の奥に妙な輝きがある。そのまま私をじーっと見つめるジェイドに、冷や汗が出る。
いったい何が起こっているのだろう?ジェイドが私に深いキスをしたのも、なんなら、その、なんというか……私の身体に触れてきたのもつい先日のことだというのに……。
もしかしたら、シナリオが進んで、サラと何某かの進展があったのだろうか。もし、そうなら、私とジェイドの婚約はそろそろ終わるのかもしれない。元々私はサラとジェイドの物語においては邪魔者でしかないし、婚約破棄は私が望んでいたことでもあった。だから、歓迎すべき事態なのだろうが、なんだか寂しいと思ってしまう。
いけない、いけない。これは危険な兆候なのだと分かっているのに、気が付くと私は少しでも長くジェイドと居たいと思ってしまう。それではいけないというのに、流されてはいけないというのに……。
みっともなくジェイドの婚約者の座にしがみつこうとすれば、待っているのは破滅だ。私が断罪なんかされようものなら、子爵家までも巻き込んでしまう。あの優しい義両親を巻き込むことだけは絶対に避けなければならない。
それに、私なんかが、ゲームのメインヒーローに選ばれるはずがない。だから、私ができることはただひとつ。ジェイドに疎まれないように過ごして、彼の都合の良い時期に身を引くことだけだ。
ぼんやりとしていたジェイドは、暫くしてから我に返ったようで、気まずさげに笑うと「考えごとをしていた」と取り繕うような言葉を口にした。
やはり、今までとは何かが違う気がする。間違いない、距離を置くべき時期が来たのだろう。それならば、今よりももっとジェイドとの接触を避けなければならない。
「お忙しいのにお時間をいただいてしまって申し訳ありません。今日はこのあたりで失礼いたしますね」
せっかくの好機だ。使わない手はないだろう。今日はこのまま帰らせてもらうことにする。私が席を立ったら、ジェイドは慌てたように再度、なにやら言い訳を始めたが、どう考えてもこの場に居続けるのは悪手だ。絶対にジェイドの邪魔にしかなっていない。
けれど、だからと言ってジェイドを責めるようなことをしてはいけない。そう、少しでも私に瑕疵があれば、いつ、どのように断罪されるか分からないのだから。少しでもリスクは避けるべきだ。変ないちゃもんをつけられないためにも、下手に未練を残さないためにも、今後の接触は避けるべきだろう。だから、正しい答えはこれだ。
「ご無理をなさるとよくありませんもの。……もしかして、いつもこうしてお時間をとっていただくのはご負担になっていらっしゃるのでは……?」
そう『あくまでジェイドの体調が心配だから、会う時間を減らしたい』という態を取るのだ。こう言えば角も立たないし、自然と距離がとれるのではないだろうか。
「そんなことはないよ。こうしてイヴとお茶をする時間は僕にとって一番大切な時間なんだ」
ジェイドも席を立って、私の下へ来ると手を握ってきた。握られた手が熱くて、なんだかドキドキする。
「ねぇ、イヴ。そんな悲しいことを言わないで。本当なら、毎日会いたいところを我慢しているのに。そんな僕にこれ以上お預けを食らわせるつもりかい?もし、そんなひどいことを言うなら……」
そう言ってジェイドは空いている左手で、私の顎を持ち上げた。そして親指で唇をすーっと撫でた。
「その口を塞いでしまおうか?」
至近距離に近づいたジェイドの顔に鼓動が早くなる。多分私の顔は茹蛸に負けないくらい真っ赤だと思う。いやいやいやいや、今日はジェイドのことを『殿下』と呼んでないし、お仕置きされるようなことはしていないはずだ。だから、そんなことされる謂れはないはずだ。そもそもなんでジェイドは私を引き留めようとするのか⁉ 思わず後退った私の手を引くと、ジェイドは私のことを抱きしめた。
「それとも、僕の気持ちを君の身体に教え込まないと駄目かな?」
人の耳元でなんてことを囁くんだ、この腹黒王子は……!先日のことを思い出してしまって、もうどうして良いか分からなくなる。正直、喪女には荷が重すぎる。
「ひゃ……ひゃんと会いにきましゅ……」
なんとか返事した声は自分でも情けなくなるほど、呂律が回ってなかった。




