2巻発売記念SS ジェイドの不満 2
「あのさ、僕とイヴって少し距離があると思わないか?」
「距離があるって?」
「つまりさ、イヴと僕ってあまり、こう、婚約者って感じがしないというか……少し他人行儀のところがあるというか……僕ばっかりが夢中というか……」
そう、物語の中のジェリアは婚約者であることを盾に、キスを強請ってきたり、なんならベッドに潜りこんできたりするのだ。なんとも羨ましい話だ。イヴには是非とも、彼女を見習ってほしい。イヴになら、僕の寝室の鍵はいつでも開いているのだから。
それにイヴの意志で僕に迫ってきたら、いくらアスランだとて邪魔はしないだろう。
「それは仕方ないんじゃない?ジェイドの気持ちに釣り合うほどの想いを抱ける人間なんているの?……いや、いたとしても、ジェイドみたいな人間がぽんぽんいるような世界なんて、それはそれでいやだな」
「確かに。ジェイドみたいな人間が山ほどいたら、世界の破滅だよな」
「うるさいな。伴侶がイヴだったら誰だってこうなるさ。それに僕だけじゃなくて、ジェリアだってジャイロのことを僕に負けないくらい好きだっただろう?やっぱり、婚約者ってそういうものなんじゃないかなって思ったんだ」
「うわぁぁ……『物語のエヴァちゃん』は『物語の僕』のことを好きとか……。悲しいうえに、言い方が気色悪い~。こんなのに目を付けられるなんて、エヴァちゃん、本当に気の毒……」
わざとらしくぶるぶる震えながら、サラは怯えたような目で僕を見ている。けれど手に持った果物を食べるのを止めないあたり、そこまで本気ではないのだろう。というか、いつものことだが、人の執務室で果物とか干し肉を齧るのはやめてほしいものだ。
しかし、周りの人間はサラに騙されすぎやしないだろうか?この猿のどこをどう見たら、可憐で可哀そうな淑女に見えるのだろうか?僕の目には頭が可哀想な猿にしか見えないのだが……。
わざとらしく震えるサラの頭に、ポンと手を置くとアスランは小さくため息をつく。
「それに、あれは悪い例として挙げられているキャラクターだ。だから、ジェリアは最終的に酷い目に遭っているだろうが」
「確かに、ジェリアは国外追放となっているけど、結局セレスティーナだって身体でジャイロを誘惑していないか?つまり、愛があれば……」
「相思相愛って、ストーカーの片思いのことを言うんじゃないからな?イヴに距離を置かれているお前が同じことをしたら犯罪だからな?」
「それでも、もう少し……こう、刺繍のハンカチをくれたりとか、手作りのお菓子をくれたりとか……」
そう、物語の中での二人は身体の関係もあったが――ベッドシーンは結構生々しく書かれていた。作者はいったい何を考えているのか。自国の王太子でそんな妄想をするあたり頭がおかしい――きちんとそれ以外の交流もあったのだ。料理が得意なセレスティーナは手作りのクッキーや昼食を差し入れしてくれるのだ。
そりゃあ、もちろん、できればイヴとは早くそういう関係になりたいが、それはそれとして、そういった初々しいこともしてみたいのだ。
「一気にレベルが下がったわね。なんか悲しくなってきたわ」
「まあ、確かに寂しい話になったが……ジェイド、物語に影響されすぎだ。刺繍はともかく、手作り料理だ?王太子にそんなもん食わせられるか。万一お前に何かあったらイヴが疑われることになるだろうが」
「他の誰にも文句を言わせるもんか。良いか?財務課の男どもは、とっくの昔にイヴの手作りを食べているんだぞ?どうして婚約者たる僕が食べてないんだ?おかしいだろう?」
思わず、拳で机を叩いて力説するが、アスランとサラの視線は冷たいままだ。どうして僕のこの悔しい気持ちがわからないのか、全く理解ができない。
「あぁ、わかった!お腹が空いているのね?仕方無いわね。分けてあげる」
ふうっとため息をついた後、口の中のものをバリバリと嚙み砕いたサラは、近づいて来ると、懐から果物を出した。そして、どこか慈愛に満ちた顔でその果物を渡してきた。いったいいくつ隠し持っているんだ、この馬鹿は。
というか、サラが齧っていたときから気になっていたが、この実は……。思わず顔が引きつった僕に気づいたアスランが横からその実を受け取って検分する。そして眉を顰めると思い切りサラの顔に向かって果実を投げつけた。
「おい、これ、リャンシーの実じゃねぇか。いくらジェイドとはいえ、人に食わせる奴があるか」
さすがにサラとはいえ、女性に乱暴なと思わないでもなかったが、サラは何事もなかったような顔で果実を受け取めた。そして、そのまま果実を口に運び、齧りついた。いったいいくつ食べる気なんだか。
「大丈夫、大丈夫。毒があるのは種だけだから」
「おい、お前、さっき噛み砕いてなかったか?」
「平気平気、いっつも食べているけど、なんともないもの。美味しいよ?」
「こういう馬鹿がいるからお前に滅多なものを食わせられないんだ。分かるな?思うところはあるだろうけど諦めろ」
「イヴと猿をいっしょくたに語らないでくれるかな?イヴが僕に毒なんか漏るわけないじゃないか。アスランだってイヴの手作り料理が気にならないか?」
悔し紛れに指摘してやったら、アスランは視線を逸らした。やっぱりな、シスコンのアスランが気にならないはずがない。
「うわぁ、めんどくさいのが増えた~。イヴちゃんが自発的に作ってくれるわけないんだから、もう直接頼んでみたら?毒見役がいればいいんでしょ?」
サラはそう言ってアスランを指さした。サラにしては珍しく良い意見だとは思うが……問題は僕がイヴにそれを頼むことができるかどうかだ。




