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傷物令嬢はデビュタントに備える

 その後、ジェイドと会ったのは、サラとジェイドの逢引を見てから、1週間後だった。ジェイドが公務でなかなか時間が取れなかったらしいが、その期間は私にとって、ありがたいものであった。

 1週間も経つ頃には私もだいぶ落ち着いてきており、何事もなかったかのように彼と話をすることができた。彼の勧めた詩集や小説の話を当たり障りなく話して、お茶会を終えることが続いた。

 私も以前よりも更に、注意してジェイ様、としか呼ばないように努めたので、あれ以来彼からのお仕置きもない。


 ジェイドは私の額の傷跡を見ることが好きなので会うたびに私の前髪をかき分け、その傷にキスを落とす。以前はどきどきしていたが、ここ最近その行為に関しても冷静に受け止めることができる様になっていた。


 表面上何も変わらないように見せかけて、やはり私とジェイドの関係は以前よりも遠くなったような気がする。


 そんな曖昧な関係のまま、ひと月を過ぎた頃、珍しく書籍の話以外をジェイドが口にした。


「そう言えば、そろそろ君のデビュタントだね」


 ジェイドの言葉に驚く。そういえば、ゲームの開始時期はデビュタントの前だった。つまり今もうゲームのシナリオは始まっていると思われる。

 この国ではその年に16歳になる貴族は、子息は7月10日、子女は9月10日に一斉に王宮に呼ばれ、お披露目が行われる。

 そして今年は、私とサラ、それに異母妹のイリアーー彼女は私と同じ年なのだーーがデビュタントを迎えるという、なんとも胃もたれしそうなイベントなのだ。


「ええ、お義父様がエスコートしてくださると張り切っておりますわ」


「子爵には残念なことだろうけど、君のエスコート役は私が務めるからね、イヴ。もちろん、ドレスも贈らせてほしい」


「ジェイ様、できれば義父の長年の夢を奪わないで差し上げてくださいませ。これからは、ジェイ様はいつでも私をエスコートできますでしょう?」


 それに、ジェイドはサラのエスコートをしたいのではないだろうか。ゲームではサラのエスコートはいつもジェイドがしていた。もちろん、それぞれの攻略対象者のルートに入ったら他の人物がエスコートしていたが。誰とも親しくない時は決まってメインヒーローのジェイドの役割だった。確かデビュタントも課金アイテムなどがなければジェイドが務めることになっていたはずだ。


 実際にこのひと月で、仲睦まじく語り合うサラとジェイドを何度か見かけている。セオドアとはあれ以降会話こそ交わしてないが、彼も2人を見ていたのか、2人の近くにおり、時折目があった。以前は好みではない等言っていたが、やはりセオドアもサラのことを想っているのだろう。


 そう言えば、セオドアとの会話を思い出した時に、違和感を感じた言葉があった。

 彼はサラのことを肉食獣の様な目、と言ったが原作の彼女はそんな感じではない。もしかしたらサラも転生者かもしれないと、ふと思ったが、それでもジェイドもセオドアも結局は彼女を愛するだろうから、どうでも良いことだろう。


「僕とのお茶会の時間に他のことを考えるなんて、余裕があるね、イヴ?」


 ジェイドの言葉に、思考を中断する。


「申し訳ありません、ジェイ様。デビュタントと聞いて少し緊張してしまったようです」


「ふーん、他の誰かのことを考えてたんじゃないの?」


「義父のことですか?えぇ、できれば義父にエスコートをして欲しいとは思っておりますが…」


 さらりとジェイドの言葉をかわす。ここでセオドアのことを考えていたことがバレてしまうとなんとなくめんどくさいことになりそうだからだ。


「悪いけど、僕も譲るつもりはないよ。デビュタントは結婚できる年になったというお披露目だ。だから、婚約者がいるのであれば、婚約者がエスコートして、売約済みであることを示す必要があるからね。

 このデビュタントで正式にイヴとの婚約を発表する予定なんだから、絶対にこればかりは譲らない」


 ジェイドはそう言うが、私たちの婚約はここ何年かのうちに解消するはずである。それにサラはどうするのだろうか。しかし、それを面と向かっては言えない。


「ジェイ様、私は義父が張り切っておりますので、エスコート役に困ることはありませんが、ジェイ様の身近の方でお困りの方はいらっしゃいませんか?

 それに、婚約の発表ももう少し日をおいても良いかと…」


「僕の身近?婚約者たる君を放ってまでエスコートしないといけない相手はいないね。婚約の発表も譲る気はないよ。変な虫が湧いても困るしね。

 珍しく粘るけど、何かあった?それとも、以前君が僕とした約束を忘れたのかな?」


 最終的には、彼のその言葉に従うしかなく、私はジェイドにエスコートをしてもらうことになってしまった。

 これでは、本当に私が、『サラとジェイドを引き裂く悪役令嬢』の様で、嬉しさよりも怖さが先に立った。

 ……なので、私の恋心は、きっと無事葬られたに違いない。



 デビュタントの前日にジェイドからドレスが贈られてきた。それを開けて驚く。デビュタントの時のドレスは白が通例にも関わらず、贈られてきたらドレスはジェイドの瞳を淡く淡く染め抜いた様な、白に近い、けれどもしっかりと青いドレスに金の刺繍がしてあったからである。


 婚約者がいる場合でも白に相手の髪色や瞳で刺繍を入れるのが常であるのに対し、これはかなり目立つ。というか掟破りではないかとすら思うのだが。これを着ろと、ジェイドは本気で言っているのだろうか。

 急いで彼に手違いではないかとの手紙を送ったが、間違いないとの返事が返ってきた。こうなってしまえば、私に着ないという選択肢はない。揃いのアクセサリーも身につけると、明らかに豪奢すぎて浮くだろうが、仕方ない。

 こんな衣装でデビューした令嬢はゲームではいなかったと思うのだがーーサラですら白だったーー、明日はどうなることやら、と頭を抱えたくなった。


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