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2巻発売記念SS ジェイドの不満 1

 本日『婚約破棄した傷物令嬢は治癒術師に弟子入りします!』の2巻が発売されます!

2巻は『神殿に到着するまでの間にエヴァンジェリンとセオドアが巻き込まれた事件』の話がメインとなっています。

 エヴァンジェリンとセオドアが信頼関係を築いていく話となっております。セオドアとエヴァンジェリンにもう少し、深く付き合っても良いと思ってくださる方、お手に取っていただけると本当に嬉しいです。


***********

このSSはジェイドとエヴァンジェリンが婚約解消する前の時間軸の、くだらない日常を描いたものです。

**********


 また、私の個人的な感想で申し訳ないのですが、本編途中に別のお話が挟まるのは実はあまり好みではないので、お知らせせずに削除する可能性がございます。

 悪しからずご了承くださいませ。

「なんだか機嫌悪そうじゃない?またエヴァちゃんとなにかあったの?」


 目の前に積まれた紙束に、舌打ちをした瞬間、いきなり窓が開いた。そして間を置かずしてサラが室内へと飛び込んできた。もう何度も窓から入って来ないように言っているはずだが、サラは一向に聞き入れようとしない。猿に人語を解せという僕の方が悪いのだろうか?

 窓から飛び込んできたサラは、シャリシャリと果物を齧りながら、近づいて来ると首を傾げた。

 きちんとしたドレスを着ているのに、どうやったら3階にある僕の執務室に窓から飛び込んでこられるのか、不思議でならないが、猿に常識を説いても仕方が無い。

 思わずため息をついた僕の隣で、アスランも同じようにため息をついた。


「窓から入って来るのはよせって、言っているだろうが」


 猿に説教をすることを諦めた僕と違い、アスランは窓を閉めながら、サラに注意をした。何度言っても聞き入れやしないのだから、無駄だとは思うのだが、優しいアスランはどうにも放っておけないらしい。

 案の定、サラは一向に気にしていないようで、ひらひらと手を上下に振っただけだった。呆れる僕たちを尻目にサラは口の中にあるものを咀嚼すると、ごくりと飲みこんだ。

 その様子は蛇のようで、色気もそっけもない。まあ、猿に色気を求めるつもりもないし、仮にサラに色気があったとしても惑わされるつもりも全くないのだから、どうでもいいと言えばどうでも良いのだが……。

 

 サラは僕らに構うことなく、再度、手にした果物に齧りついた。正直、年頃の女の子の行動ではない。アスランはもう一度ため息をつくと、ハンカチを取り出して、サラの口元を拭いた。面倒見が良いのはアスランの長所だが、下手に野生動物に手を出したら噛みつかれると思うのだが……。

 そんな親切なアスランに対して、サラは顔を背けると、思い切り顔を顰めた。その顔は威嚇する猿にそっくりだ。サラがうるさいので口に出すつもりはないが、正直ドン引きだ。蛇にせよ、猿にせよ、動物めいていて可愛さのかけらもない。


 年頃の娘がこれで良いのだろうかとサラの未来が少々心配になってくる。僕のイヴとは大違いだ――いや、比べることすらイヴに申し訳なくなるレベルだ。

 こいつ、本当にイヴと同じ年の女性なのかと、思わないでもないが、サラの躾も心配も、こいつの将来の伴侶がすべきことで、僕がすることじゃない。

 もっとはっきり言えば、厄介ごとを引き寄せる(トラブルほいほいの)サラに関わるのはごめんだ。正直、サラに関わっている暇があるなら、いろんな意味でイヴと仲良くしたい。できればアスランの目の届かないところで。


 アスランはアスランで気に入ってはいるが、イヴとの進展を邪魔する憎らしい奴でもある。ぶっちゃけると面倒なシスコンだと思っている。

 別に弄んで捨てるわけでもなし、将来は夫婦になるんだから順番なんかどうでも良いと思うのだ。……まあ、イヴの家族とはうまくやっていきたいから仕方がない、結婚するまでは我慢しよう。


 あぁ、イヴに会いたい。先日ちょっと無理をさせた(キスとハグの)せいで熱を出したイヴは寝込んでいて、ここ何日か会えてないから、余計に会いたい。

 とろんとした瞳で僕を見ていた、あの時のイヴは本当に可愛かった。柔らかな肢体も甘い唇も最高だった。早く結婚して、名実ともに僕のものにしたい。思い出しただけでたまらなくなり、先ほどとは違った意味で、ため息が漏れてしまう。

 さっさと仕事を終わらせてお見舞いに行きたいところだが、問題が発生してしまったのだ。まあ、良い機会といえば良い機会だから、この際イヴが寝込んでいる間に目の前の問題を片付けてしまいたい。


「誰の目があるかも分からないのに、ドアから出入りして噂になったら困るじゃない。私じゃなく、ジェイドが」


「いないはずの人間がいた方が、外聞が悪いと思うけどな」


「その場合は醜聞(スキャンダル)じゃなくて、怪談(ホラー)の類だと思うけどね」


「あのな、お前がそんな甘いことを言っているから、こんなものが出回るんだろうが。おしゃべり雀どもの妄想を甘く見るなよ。奴らは火のない所でも煙を立たせるどころか、下手をしたら、火をつけて回る奴らだぞ」


 そう言いながら、アスランは机の上の紙束をバンッと叩いた。声を荒げるアスランが珍しいのか、サラは机の上から紙を引き抜き、目を通すと、首を傾げた。イヴがしたら可愛らしく、抱き寄せたくなるような仕草でも、サラがすると猛獣が獲物を襲おうか襲うまいか迷っているような、どこか物騒な雰囲気を醸し出す。

 物騒な雰囲気をそのままにサラは口の端を少し上げて歯を見せるようにして笑った。


「なにこれ。『セレスティーナ物語』?」


 そう、まさに僕が気に食わないと思っているのは、この物語だ。サラは手元の紙に目を通し終わると、次の紙を手に取った。それを繰り返し、そこにあるものを全て読み終えると、強張った顔でぎぎぎっとこちらを振り向いた。


「もしかして……、もしかすると、これって……」


「そう、お前とジェイドがモデルだろうな。そして敵役の令嬢が……」


「まさか、エヴァちゃん⁉」


 サラの疑問に僕とアスランは重々しく頷いた。サラは強張った顔で口をぱくぱくさせている。大胆不敵なサラがここまで顔色を悪くするようなこの物語は、えげつないほど、濃厚なラブロマンスだ。ベッドシーンまである。

 正直、作者の頭を疑いたくなる、この物語はなんと僕とサラが結ばれる話なのだ。

 ヒロインの名前が『セレスティーナ』。ヒーローの名前が『ジャイロ』、敵役の令嬢の名前が『ジェリア』。微妙にもじってはあるが、この三人の外見の特徴はまさにイヴと僕とサラなのだ。


 話の筋はどこかで聞いたようなものだ。国王の命令で婚約した、我儘で、尻軽な令嬢(ジェリア)に振り回され、王太子(ジャイロ)は疲れ果てていた。そんな彼を理解し、慰めてくれていたのは幼馴染の娘、セレスティーナだった。

 個人的には、婚約者を蔑ろにするような男も、婚約者がいるのに男を寝取るような女もどうかと思うのだが、ジャイロはセレスティーナに惹かれ、セレスティーナもジャイロを愛した。二人は順調に愛を育くみ、身体の関係まで持つ。

 将来、王太子妃になりたいジェリアは、邪魔者であるセレスティーナを憎み始める。ジェリアはセレスティーナに負けじと、ジャイロを誘惑する。

 しかし、セレスティーナを愛しているジャイロはジェリアを疎み、相手にしないどころか邪険に扱う。嫉妬に狂ったジェリアはセレスティーナを暗殺しようとするが、もちろん、その陰謀は暴かれる。結局、ジャイロとセレスティーナは結ばれ、ジェリアは断罪される。


 ジェリアは嫉妬深く、悪女のような書かれ方をしているが、悪いのはジャイロとセレスティーナだ。そもそも大事にできないなら婚約なんてすべきではないし、婚約者がいる相手に手を出す女の方が悪女だろう。この三人の中で、一番常識的なのはジェリアだと思う。少なくとも、僕は彼女の気持ちが一番よく分かる。婚約者に集るハエを邪魔に思うのも排除しようとするのも当然のことだ。僕だってイヴに集るハエは全て叩き潰す自信がある。


 この話を書いたのは、城の侍女の一人だ。侍女は何を血迷ったのか、こんなろくでもない話を綴り、周囲の人間に見せて回ったのだ。結果、このろくでもない物語は城内で流行(はやり)に流行った。世も末だ。しかも、流行ったのが城内だったせいで、僕の手の者もなかなか気づけず、ようやく気づいた頃には、イヴを排斥しようとする派閥が作られていた。

 妄想だけなら見逃してやったものを、こんなものを書いて周囲に見せて回るなど、命が惜しくないに違いない。


「えっと……。なにこれ?なんで私とジェイドができているの?ジェイドがエヴァちゃんに振られても、私はジェイドなんかと絶対に結婚しないわよ!初恋拗らせまくって、相手の子を囲うために、根回しをするような陰険な男なんてお断りよ!世界で最後の男女になっても絶対に嫌!気持ち悪いもん!無理無理無理!絶対に無理!」


「なんで僕が振られたことになっているんだ!僕とイヴはうまくいって……」


 言いかけて、つい、言葉が止まった。そう、このくだらない小説を読んで気づいたことがあったのだ。


「えっ?なに?……まさか……振られたの?」


「振られてない!ただ……」


 恐る恐る聞いて来たサラに反論してはみたものの、どうにも語尾が弱くなる。そんな僕を指さしながら、サラはアスランに向かって叫んだ。


「本性がバレたの?ちょっとやめてよ!なんのためにアスランがついているのよ⁉無事結婚するまで、エヴァちゃんにはジェイドの本性は隠しきってくれなきゃ!本性がバレたら当然嫌われるでしょうが!」


「本性はバレてないさ。エヴァは、ほら、()()だから」


「あぁ、そうね。これだけジェイドに執着されて気づかないあたり、確かにね。……じゃあ、なんでジェイドは落ち込んでいるの?まさかエヴァちゃんが受け入れられてないことに落ち込んでいるとか言わないわよね?そんな可愛いげのある性格じゃないもの」


「それが、俺もなにがなんだか……。このばかげた話を読んでからずっとこんな感じなんだ」


「小説を書いた人間を捕まえる方法を考えているとか?もしくは量刑を考えているとか?」


「ジェイドにそんな可愛げがあるもんか。作者はもうとっ捕まえているし、処罰も済んでいる。それどころか排斥派の目立った奴らも対処している。全員、処刑すると言ってきかないのを止めるのにどれだけ苦労したことか」


 肩をすくめるアスランに思わず声を荒げてしまう。この話をアスランも読んだはずだ。それなのに、この反応は解せない。僕のイヴを馬鹿にしたんだぞ?ただで済ませるはずがない。


将来の王太子妃(イヴ)を馬鹿にするような話を書いた人間(大馬鹿)は言うまでもないが、こんな荒唐無稽な話を信じて王太子の婚約者を排斥しようとする人間(馬鹿)なんて百害あって一利なしだ。そんな軽い頭は必要ないだろう?」


「うぅわぁ……。彼女たちがどんな刑罰を受けたかは私の心の安寧のために聞かないでおくわ。それで?じゃあなんで落ち込んでいるの?」


 正直、白状するのは少し抵抗があるが、僕一人では解決できない気がする。それに、一時の恥で、明るい未来を手にできるのなら、相談してみてもいいかもしれない。

 ……後から思うと、この時の僕は焦りのあまりちょっとおかしくなっていたんだと思う。よくよく考えてみれば、シスコンのアスランと野生の猿に恋愛相談なんてしても、解決するはずなんてないものを。

 時を戻せるのなら、この時の僕に『やめておけ』と言ってやりたい。

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