王太子は動き出す 7
閑話休題。何が言いたいかというと、ルーク家は『王家の外戚』として、王家の威を借るようにして興盛を誇ってきた。けれど、祖母が離宮に引っ込み、母の地位が失墜しかけている今、ルーク家の足元は彼らが思っているよりも脆い。だから、諸刃の剣と分かっていても、僕を懐に入れたいのだろう。
そのうえで、キーランを始めとしたルーク家の人間はクラン家を没落させようとしているのだろうが、アスランが家に戻り、イヴが王妃になる今、それは難しいだろう。僕がさせない。
そもそも、クラン家が公爵家筆頭と言われていたのは伊達ではない。クラン公爵家は北方に広がる、肥沃で広大な領土に加え、王家の直轄領を除けば、わが国で唯一の港まで持っている。広大な土地で育った馬は頑強で、忠誠心も篤いと評判で高値で売買されている。北方の馬を所持しているというのはある種のステータスでもある。その他にも金鉱や木材など、かの地には莫大な宝が唸るほどにある。
ここ何代かのクラン公爵家は当主に恵まれなかった。身体の弱かった先々代や、女性であるサリナ、分家たちを文字通り力づくで抑えていたファウスト。彼らは各々弱みがあって、一門の人間を統率することができなかった。
そう、公爵家ほどではないとはいえ、広大で豊かな領土を持つクラン一門の人間はそれぞれ結構な力を持っている。もちろん、当主達は一癖も二癖もある人間ばかりだ。
そんな一門の人間をまとめることができて、クラン家の足を引っ張ろうとするルーク家が力を失えば、クラン公爵家はすぐにでも筆頭公爵家の地位に返り咲くことができるだろう。クラン一門の統制がとれさえすれば他の三家は物質的な面でも、武力的な面でも、クラン家には遠く及ばないのだから。
要するに、ここ数代、王家の姫が降嫁していないルーク家は僕とは血は近いが、王位を狙えるほどの血統ではないという微妙な立ち位置なのだ。まあ、王家の人間が降嫁するか、もしくは王位につけなかった僕の子供がルーク家に養子に入り、当主になれば、ルーク家も、腐っても公爵家だ。次代以降は充分王位を狙えるようになるだろう。しかし、今は四公爵家の中で一番王位に遠い家であることは間違いない。
そもそも、近年、高位貴族の家の出生率は低い。流産したり、幼いころに亡くなったりするのは珍しくない。更にそんな低い出生率で無事に育ったにもかかわらず、魔力の低い人間が殆どだ。もしかしたら、サラの一族のように、血が近くなり過ぎた弊害なのかもしれない。
本来なら血族が多ければ多いほど安全なはずの王家ですら、出生率が低い。父も僕も一人っ子で、兄弟がいない。これは王家としては致命的な欠点だ。後継争いがないという利点はあるが、それよりも万一の時のスペアが無いということの方が問題だろう。次代に関してはイヴに頑張ってもらわなければなるまい――この件に関しては僕も喜んで励ませてもらうつもりだ。
結果、王位継承権については僕がダントツで高く、その次に関しては現時点では、はっきりとしていない。本来ならば、しっかりとした序列があるはずなのだが、ここ何ヶ月かで様相が変わってきてしまっているのだ。恐らく次回の貴族院の会議は紛糾することとなるだろう。
王位継承権がしっかりしていない理由はいくつかある。
まず、僕という、替えのきかない、圧倒的な存在があること。これは僕が王家の直系であることはもちろん、魔力の高さが理由だ。家を繁栄させるために、代々の貴族たちは高い魔力を持つ当主を欲している。
しかし、近年では、貴族家に生まれても強い魔力を持っていない人間がほとんどだ。貴族たちは失われた魔力を取り戻すため、高い魔力を持つ人間を迎えることに心血を注いでいる。特に下級貴族はその傾向が顕著で、高い魔力さえ保有していれば、身分の低い娘でも、迎え入れることは珍しくない。時には非合法な手段を用いている家もあると聞く。
しかし、王族に嫁ぐ可能性が高い侯爵家や公爵家、そして彼らに嫁ぐ、格式の高い伯爵家はその手が使えない。王族に不純な血を混ぜるわけにはいかないからだ。つまり、貴族たちにとって、強い魔力を持つ僕は垂涎の的だ。
魔力は遺伝するものと考えられているので、僕の子供も、強い魔力を持つ可能性が高い――それがイヴとの子なら間違いなく、強い魔力を持つだろう。 僕と縁づくのは無理でも、僕の子供ならば家に迎えることができるかもしれない。僕の子供と縁づければ、強い魔力を持つ子供が生まれるかもしれない。何よりも王家とかかわりができれば、様々な恩恵に預かれる。そう思う貴族は少なくない。
だから、僕の命を積極的に狙う貴族はいなかったし、僕の廃位を望む貴族も少ない。下手に廃位にしようものなら、後々後継問題を引き起こさないよう、子供を作れない処置をされる可能性が高いからだ。金の卵をうむガチョウは殺してしまうよりも、利用した方が良いと思っているのだ。
要するに僕はルーク家だけでなく、貴族連中にも、舐められているのだ。以前は気づいてなかったが、今は自分がどのように見られているか、少しは理解できているつもりだ。まあ、当分は舐められたままでいてやろう。
それから、僕とイヴの婚約、クラン家の問題、王妃とルーク家の関係。更に国同士の関係や、貴族間の利権の奪い合いのせいで、王位継承権二位が誰になるのか、皆目見当がつかない。
とりあえず僕がとびぬけて高く、後はそれぞれ問題があるのだ。
父は一人っ子だったが、祖父は妹がいた――僕にとっては伯祖母だ。王家の一番の近縁は、この伯祖母が生んだ子供になるが、あいにく伯祖母は隣国であるエルグランドの国王に嫁いでいる。つまり、伯祖母の子供は現在のエルグランド国王だ。
もちろん、エルグランド国王である従叔父には、わが国の王位継承権はない。王位に着いていない従叔父もいるが、エルグランドの血が濃い人間がクライオスの頂点に立つのはどうかと反対する声が大きい。
伯祖母には娘もおり――従叔母と呼ぶべきだろう――従叔母はわが国に戻り、ダフナ家の分家であるディラード家に嫁ぎ、母同様、二男一女を設けた。しかし、いくらディラード家に入ったとしても、彼らはエルグランドの血が濃すぎる。ディラード嬢がグリシャの婚約者になったことにより、ディラード家の兄弟の継承権を上げようとキーランが影ながら手を回しているが、恐らく難しいだろう。
なぜならば、彼らの継承権については、ダフナ公爵家が強い拒否を示しているからだ。ダフナ領はエルグランドに隣接しており、よく迷惑をかけられているせいか、ともかくエルグランドとは仲が悪い。『クライオスに頼り切りの国の王族が国王になっては、クライオスが亡ぶ』とダフナ家は主張しており、それに賛同する貴族も多い。
次に王家と血が近いのは、曽祖父の妹が降嫁しているクラン家の令息――要するにアスランだ。アスランは血統も正しく、これと言った欠点がない。だが、問題がないわけでもない。
まず、ファウストの暴走のせいで、行方不明になっていたこと――本来なら大問題になるところだが、クラン家が弱体化し、王家とルーク家が力を持ったせいで誰も貴族院の議題にあげることができなかった。もちろん、正統な後継者が消えれば、席が空くと下衆な考えを持った人間もいただろう。
それに、アスランの所在がはっきりしたとしても、問題が無くなるわけではない。もし、アスランが王位に就くことになれば、他にクラン家直系の男児がいないため、クラン家の後継がいなくなる。アスランが立太子すればイヴがサリナのように婿をとるべきだろうが、入り婿が暴走したばかりのクラン公爵家にまたもや、婿を迎えることは避けたいと思っている人間は多い。
それに加え、イヴは僕の婚約者だ。王家の人間が自らの運命を前にして我慢できるはずがない、これは貴族の共通認識だ。まず間違いなく王太子のお手付きになっているはずで、他の貴族が婿入りしようとは思わないだろう。下手をしたら托卵される可能性が高く、その場合は托卵された子供が公爵家を継ぐことになる。そうしたら、婿入りした男はただのお飾りになってしまい、自分の子孫は残せなくなる。……この想像は考えただけで相手を殺したくなるので、この辺でやめておこう。
つまり、アスランが王位に就けば、クラン家の正統な血は絶えることになる。もちろん、その場合はクラン家の一門のうちの一家が公爵家を継ぐことになるだろうが、筆頭公爵家の当主の座を分家が継ぐことに難色を示す者も多く、それならば、アスランの継承順位を下げるべきだと主張する者も少なくない。
アスランの次の候補者は、ダフナ家だろう。けれど、あの家はサリンジャに寄り添いすぎてきな臭い。このように、候補者にはそれぞれ問題があるのだが、要するにルーク家に王位が転がり込んでくる可能性は限りなく低いということだけは確かだ。ほぼゼロと言っても良い。
だからこそ、キーランはどれだけ浅はかでも王妃にすり寄っていたのだ。そして今度は僕にすり寄りたいのだろう。




