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【間章】神殿の魔導師の怨嗟 1

 2023年9月9日に『婚約破棄した傷物令嬢は治癒術師に弟子入りします!』の第一巻が発売されました。林 マキ先生の美麗なイラストが目印となっております。

 これも一重に皆さまの応援のおかげです。ご購入下さった方、応援してくださっている方、本当にありがとうございます。

 また、2巻も2023年12月1日に発売予定です。2巻も何卒宜しくお願いいたします。

 目の前で完璧な笑顔を浮かべる男を前にため息をつきそうになるのを、こっそり飲み込む。私よりも四つも年下だというのに、どこまでも完璧に笑う従弟が実に気持ち悪い。先ほど、こちらを殺そうとしてきたことなど彼の頭の中にはないに違いない。

 確かに私は不法侵入してきたし、本気ではなかったとはいえ、ナイフも突きつけた。だから、私を殺そうとしたことは理解できる。実際に私をバルコニーから放り出した時、手加減は一切なかった。まず間違いなく、私じゃなかったら死んでいただろう。

 まあ、王族なんてあこぎな商売をしていれば、暗殺者を向けられるのは日常茶飯事で、相手はさっさと処分してしまうものなのかもしれない。けれど、それでも、つい先ほどナイフを向けた人間相手に超然とした笑顔を向けているのも、ゆったりとソファーに腰掛けているのも、どこか歪だ。それに微笑みを浮かべているのに、目の前の男の瞳の奥はどこまでも凍えている。


 この男にコンタクトをとったのは間違いだったかもしれないと思うほど、王太子の瞳は冷たい。しかし、もう私には後がない。史上最年少で七聖に抜擢されたせいでおごりたかぶっているハルトの手に妹を渡すわけにはいかない。七聖といえば聞こえはいいが『聖』 という文字を冠しているにも関わらず、奴らはどこまでも下衆な人間だ。ハルトではない人間を下に見ている――いや、人とすら思っていないだろう。妹のことだって惚れているわけではなく、数少ない貴重な、それでいて見目の良い女を手籠めにしたいだけなのだ。


 その証拠に妻に迎えるのではなく――いくら最近では婚姻という制度に縛られない人間が大多数を占めるとはいえ、わざわざ二位に昇格させるほどに執着しているはずなのに――ただ『子作りの相手』に差し出せというだけなのだ。そんな相手に可愛い妹を差し出すわけにはいかない。

 このままだとあの子は絶対に不幸になる。私は神殿から逃げられないだろうが、あの子だけは逃がしてやる。もうこれ以上あの子から何も奪わせない――いや、本来ならあの子のものだったものを取り戻してやる。そのためならなんだって利用してやるつもりだ。


 神殿にいるころからジェイド(王太子)には目をつけていた。ジェイドはルーク系の王子だが、傲慢な親族とは違い、巷の評判はとても良い。他者に優しく、民を思いやる、志の高い王子だと隣国(サリンジャ)まで響いてくるほどだ。……要するに、理想が高いだけの甘ちゃんということだ。そんな王太子は祖父と母から聞いた話によると私の従弟でもあるそうで、頼る(利用する)なら、最適の人物だ。

 いよいよ後がなかった私は渡りに船とばかりにバーバラ・ハルトの護衛に立候補して王都までやって来た。久しぶりに訪れたクライオスは裕福で、自由な風が吹いていた。サリンジャの方が様々なものがあるはずなのに、クライオスの方が栄えているように思えた。行きかう人々は「生活が苦しい」と言いながらも、人間の顔をして笑っている。サリンジャにあった閉塞感が、クライオスにはない。やはり、アイヴィーは神殿ではなく、この国で生きて行かせてやりたい。


 王宮神殿でジェイドのことを探ってみたところ、思ったよりも女癖が悪そうだが――婚約者がいるのに、他の女性と懇ろだという噂があるのが気にかかる――婚約者と乳兄妹の娘以外に女の影はなさそうだから問題ないだろう。いや、アイヴィーの愛らしさを知ったら危ないだろうか?


 正直に言って、先の大戦の褒賞としてドーレ家が辺境伯爵家から侯爵家に陞爵したせいで、身分的には問題ないとしても王家に妹を嫁がせるのは少々……いや、かなり抵抗がある。例え、ジェイドが本当に非の打ち所がない男だとしても、嫌だ。しかし、背に腹は代えられない。

 もし、アイヴィーがジェイドの運命だった場合は交渉して祖母のように閉じ込められないようにするしかないだろう。他に方法があるのなら、その方法を採りたいが、厄介な相手に目をつけられている今、私達が打てる手はそう無い。クライオス王家の人間(ジェイド)よりも、傲慢な七聖(ハルト)の方が遥かに性質が悪い。一か八か接触してみなければなるまい。

 風魔法の使い手として右に出る者がないと言われている私ですら、ハルトには逆らえないのだ。ハルトに勝てるかもしれない相手なんて大国のクライオス王家くらいしかないだろう。


 サリンジャはクライオス王国から独立してなった国家だ。そして神殿の正統性はクライオス王家の歴史に支えられているといっても、過言ではない。神殿の奉じるハーヴェーが顕現した姿であるオーガスト・クライオスはクライオス王家の初代国王だ。

 何度か傍流にとって代わられたことがあるとはいえ、彼の血は間違いなく、現在の王家に受け継がれている。何万年と続くクライオス王国、引いてはクライオス王家の歴史は、そのまま神殿の権威なのだ。


 だからこれほど権勢を誇っていても、クライオス王家に対して、神殿はどこか及び腰だ。他国がクライオス王家の如き振る舞いをしたらとんでもない事態に陥るだろう。

 とはいえ、何万年と続いているクライオス王国も最近では斜陽傾向にある。国にだって寿命というものがある。時に傍流が玉座を継いだとしても――いくら神の血が受け継がれているとはいえ――ひとつの血がこれほどの長期間、国を維持するのは途方もないことなのだ。普通の国家ならば、ここで国が滅びて終わりかもしれない。

 だが、クライオス王家の恐ろしいところは、いくら黄昏が訪れようとも亡びないところだ。ジェイドが生まれたように、国が亡びそうになった時には必ず、優秀な君主が生まれるのだ。大きな声では言えないようなところから。だからこそ、クライオス王家は連綿と続いているのだろう。これこそが神の御業というものかもしれない。

 もしかしたら、神殿が何某か干渉しているのかもしれないが、これ以上は私程度では調べられなかった。まあ、構わない。無知も危ういが、知りすぎるというのも、また危険なのだから。


 そんなどこか異様なクライオス王家の中でも、一層異様なジェイドだが、人格的には問題ないかもしれない。そう思った時が私にもあった。もう少し調べるべきだった……いや、例えこの従兄が油断のならない怪物だと分かってもほかに方法が無いから結局は接触しただろうから、今更か。

 バーバラ・ハルトと神殿騎士(イアン)の話を聞いていた時もジェイドの印象は変わらなかった。それどころか、甘い理想家なだけではなく、詰めまで甘いようだ、と嗤ったのを覚えている。甘かった。王侯貴族の本性が噂のままのはずがないのだから。今考えると爪を隠していたのだろう。

 情報収集のために裁判を傍聴の際に見かけた時だって、思ったよりも弱弱しく、御しやすそうだ、なんて思ったのだ。しかも、婚約者に未練たらたらの様子もあった――なぜか後ろに他の女性を控えさせてはいたが、王太子の瞳には、いかにも貴族の令嬢然とした婚約者しか映っていなかった。これなら問題ないと思ったのだが、全く油断のならない王太子だ。


 今回セオドア・ハルトが神殿に連れて行った娘――侮蔑や好奇の目に晒されてもツンとすまして、昂然と顔を上げていた、高慢な様子の貴族の娘。アレのどこが良いのか分からないが、ジェイドはあの娘にべた惚れのようだ。あの調子なら、恐らくアイヴィーには見向きもしないだろう。一度見初めた人間を手放せない、王家の性を私はよく知っている。ジェイドはあの娘を諦めないだろう。クライオス王家の性とは因果なものだ。しかし、それならば、あの娘は交渉の駒になりうる。

 書籍版のヒーローは表紙に描かれている、彼となります。WEB版ではヒーローの出番があまりなかったので、彼とヒロインの話を書下ろししております。また、特典SSといたしまして、三話を用意いたしました。



『入殿準備』


 書籍版の特典SS。入殿するにあたってセオドアがリザム子爵夫妻に提案したこと。リザム子爵夫人リエーヌ様から見たセオドアはどんな男性か?




『セオドアの好きなもの』


 電子版の特典SS。セオドアが好きなものとはなにか?事件の後、リザム邸で過ごしたセオドアとエヴァンジェリンのふわりとした話。




『ジェイドの手紙』


 TOブックス様のオンラインストア限定特典SS。エヴァンジェリンに贈るプレゼントに添える手紙を書いたが、なんとお兄様からダメ出しが入って……?ジェイドはお兄様の検閲を無事クリアできるのか?




 皆様に楽しんでいただける一冊になったのではないかと思っております。


 予約してくださった方本当にありがとうございます。楽しんでいただければ幸甚です。

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