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王太子と神殿の魔導師 3

「君はもう気づいているみたいだけれどね、改めて言うよ。私の祖母の名は『アンジュ・ルーク・ドーレ』。前ドーレ辺境伯夫人だった人だ。そこから先は言わなくて分かるだろう?」


 ジーンは僕と同じ瞳の色で、真っ直ぐ見つめてきた。僕が静かに頷くと、彼は破顔した。先ほどまで見せていた硬い顔とは違って無邪気なもので、意外だった。なぜなら、ジーンの祖母は無理やり王家に囚われた女性なのだ。しかも、表向きには『アンジュ』は病死したことになっている。そして、アンジュの後釜には王太后(リーゼ)の妹である『ミレーヌ』が嫁いでいる。つまり、彼にとってルーク系の王子である僕は憎んでも憎み切れない相手のはずだ。


「ははっ、そんな顔をしないでくれ。態度から分かってはいたけれど、本当に知っていたんだな。自分の祖母のこと」


 是とも否とも言えず、曖昧な笑顔を作ると、ジーンは「そうだな、君の立場では頷けないな」と呟いた。


「ここから先は私の独り言と思って聞いてほしい。私の祖父と祖母はおしどり夫婦と言われるほど仲の良い夫婦だったそうだ。残念ながら、祖母は()()()()()()()()のだが、死ぬ前に、娘を生んでいた。それが、私の母だ」


 ジーンは何かを吐き出すようにため息をついたが、その目には僕に対する敵意は全くなかった。話しづらいことなのだろう、できればなにか飲み物を出してやりたいな、と初めて彼のことを気遣った。

 

「祖父はともかく祖母を愛していて、()()()()()()()()主家であるルーク家を頼ったんだが、これは悪手だった。ルーク家は祖母の病気を治すための薬を王家に売ったんだ。その忠臣ぶりを認められ、元々婚約者ではあったリーゼ様は喜ばれて王家に嫁入りをした。そしてルーク家は、先の大戦の功績で侯爵家へ陞爵することが決まっていて、しかもちょうどよく、侯爵夫人の座が空いた我が家にリーゼ様の妹君である『ミレーヌ』を祖父の再婚相手として無理やりねじ込んできた。祖父は祖母のことをこの上なく愛していたはずなんだが……まあ、祖父も男だったのだろう。祖父とミレーヌ様の間には男子が二人生まれた。


 本来は嫡男が家を継ぐものなのだろうが、祖父は愛した祖母の娘である母に婿をとらせて、家督を継がせることにしたんだ。祖父の選んだ男――つまり、私の父だね――はテンペス一門の出で、穏やかで優しい、純粋な人だったらしい。父母は祖父母に負けず劣らずのおしどり夫婦で、二人の間には、私と妹のアイヴィーが生まれた。そのころには父に家督を譲っていた祖父はたいそう喜んで、僕を跡継ぎに定めたんだ。ここで終わっていたら、めでたしめでたし、なんだけれど、現実はそうはうまくいかないものだ。ともに出かけていた父と祖父が馬車の事故で命を落とし……あとは言うまでもないだろう。


 侯爵家の家督は母の異母弟が継いだ。そして、ルーク家と王家が手を回したんだろう、次代の侯爵は私だという、証書もいつの間にか破棄されていた。邪魔になった身重の母と私は神殿に送られた。外聞が悪いとでも思ったんだろう、ドーレ家は税金を払ってくれて六位……神殿の位階じゃ分かりづらいね。要するに、貴婦人としての立場をなんとか守れていた。


 けれど、ある時、サリンジャで病が流行ってね、母が罹患した。もちろん、ドーレ家が援助するはずも無く、神殿も厄介者の六位に手を差し伸べてくれるはずもなく……母は助からなかったよ。

母が死んだ後は、ドーレ家はこれ幸いと私と妹への援助は打ち切った。まあ、あちらからしたら、死んでくれた方が安心だったんだろう。わかりたくはないが、やつらの気持ちもわかるさ。私もあいつらが死んでほしい――いや、殺してやりたいほど憎いから。


 運がいいことに私は祖父の魔力を受け継いだようで、二位になれたから、食うに困ることはなかった。けれど、二位となった私はもう還俗ができない。ドーレ家がルーク家の人間の好きにされることを歯噛みしながら見ていたよ。それでも、生きて行くためとはいえ、神殿で生きて行くことを選んだのは他の誰でもない私だ。このまま神殿に骨を埋めようと思っていたんだが……問題が生じた」


 ここまで一気に話して疲れたのだろう、ジーンは息をついた。ベッドの隣に水差しが置かれていることを思い出した僕は立ち上がって、水をコップに注ぎ、ジーンに差し出した。この話の流れで行くと、僕も恨まれているはずだ。手を払いのけられるかと思ったが、ジーンは「ありがとう」と言うと、疑いもせずに水を一気飲みした。

 正直言って僕はジーンのことが分からなかった。僕はルーク系の王子で――なにせ、母は王太后の姉のエルシーが『ルーク家の一門であるベネディ家』に嫁いで生まれた娘だ――王家とルーク家を怨敵とするジーンにとっては憎むべき相手のはずだ。それなのに、ジーンは、表面上は僕に好意的だ。ジーンはコップをテーブルの上に置くと話を続ける。


「神殿は魔力の強い人間を優遇している。ハルトは特に大事にしているが、光属性を持たない人間も、集めている。神殿の魔導師には三種類あってね、神殿から金を貰って入殿する者と、無料で入殿する者、そして金を払って入殿する者だ」


 てっきりジーンが抱えている問題について語るのかと思っていたのに、全く違う話が始まったことに肩透かしを食らった気分になるが、ジーンの話は役に立つ。神殿の内情が分かるのは有難いので、このまま黙って話を聞くことにする。


「神殿がほしい人間の魔力が五十だとする。八十以上の魔力を持っている魔導師は神殿から『入殿してくれ』と要請され、入殿したら、祝金を貰える。私の場合はこれだね。次に『五十以上八十未満』の魔導師は『入殿したい』といえば、無料で入殿できる。この二者は『二位』と呼ばれる高位魔導師で、還俗は許されない。

 最後に五十未満の魔導師だ。彼らは、神殿としてはいてもいなくても良いと思われている魔導師だ。金を払えば魔導師として所属させてやる、という立ち位置になる。彼らは三位と呼ばれ、金さえ払えば還俗できる。ハルトと二位は二位以上の人間としか、結婚できないが、三位に関しては特に制限はない。けれど、三位は二位やハルトに比べて権限がない」


 なるほど、今まで知らなかったが、よくできたシステムだ。そもそも『神殿に所属できる人間は優秀な魔導師だけ』だという前評判を振りまいておくだけで、誰もが神殿に所属したがる。その中でも、逃がしたくない優秀な人間を取り入れるために、資金を惜しまず、そう必要ではない人間からは金をとった上で確保(キープ)する。確保した本人は役に立たなくても、彼らから高い魔力を持つ人間が生まれる可能性も否定できない以上、うまい手法だと言わざるを得ない。

 しかも、三位の人間は権限がないとは言っても、周りから見たら――なにせ僕が知らなかったくらいだ。神殿外部には自分が『神殿に必要とされていない』ことはバレないだろう――神殿に所属できるほど、力がある魔導師だ。自尊心も満たされるだろう。


「私の抱える問題は来年成人する予定の私の妹、アイヴィーだ。彼女の魔力は五十前後で、ギリギリ二位になれるぐらいでね。妹まで神殿に搾取させるつもりがなかったから、ちょっと手を回して、三位に留め置いた。そして、私が師として妹を保護しているのだが、先ほど話したように、神殿は女性が少ない。しかも、妹はこの上なく、可愛い。通り過ぎた後に振り返って見るくらい、美しく、可憐なんだ。周囲にいたらぬ虫が湧いて出まくって、駆除しても駆除しても追いつかないくらいで……」

 

 その後、ジーンは延々と妹の愛らしさと虫の駆除について語りまくった。この雰囲気は覚えがある。幼馴染のシスコン公子だ。シスコン公子の方がもうちょっと重症な気もするが……。いや、ジーンはまだ遠慮しているのかもしれないから、どっこいどっこいかもしれない。僕の周りの、妹がいる男は皆シスコンのようだ。いや、もしかしたら僕の周りと限定するのが間違いなのかもしれない。妹がいる兄は皆一様にシスコンだと考える方が腑に落ちる。

 

 だって、アスランがシスコンになる気持ちはよく分かるが――イヴは美しく、可憐で、優しく、頭脳明晰で、並び立つ者がいないほどの女性だ――ジーンの妹がイヴほどの女性のはずがない。それなのにジーンがここまでのシスコンならば、世の中の妹を持つ男性は全員シスコンだと言われた方がまだ納得ができるのだ。

 僕がこんなどうでも良いことをつらつら考えている間もジーンの妹賛歌は終わらない。肝が据わった中々冷静な男を狂わせるシスコンという病は恐ろしい。いつまで語るつもりか、興味は尽きないが、下手をしたら一晩中話し続けそうだ。僕が咳払いをすると、ようやくジーンは我に返った様で「失礼」と答え、顔を赤くした。


「それで、妹は厄介なハルトに目をつけられてしまって……そいつは七聖と言って、ハルトの中でも特に魔力が高い人間で、神殿において強い影響力を持っている存在だが、上層部に妹を伴侶に迎えたい旨、打診しやがった。そいつの希望を受けて上層部は妹の魔力を再調査して……妹が二位にもなれる実力の持ち主だとバレてしまった。そのせいで成人を機に、妹に二位になるように指示されたわけだ。その男は確かに実力はあるかもしれないが、粗暴で、傲慢でほかに囲っている女がいるんだ。とてもではないが、そんな男に妹をやるわけにはいかない。けれども、ハルトではない私には彼を退けることはできない……けれど、未だ打つ手はある。今なら妹は三位で、しっかりとした後ろ盾があれば、還俗させることができる」


 そう言った後に、ジーンはひたと僕を見つめるて、恭しく膝をつくと、静かな声音で話し始めた。


「殿下、私があなたに望むのは、アイヴィーの保護です。そして、私の代わりに、アイヴィーをドーレ侯爵家の跡取りとして後押しして欲しいのです。この条件を呑んでくれるならば、私はあなたの手となり足となりましょう。神殿の力を削ぎたいというのであれば、喜んで協力しますし、私の持てるもの全てをあなたに捧げましょう」


 口調を変えて淡々とジーンは話す。先ほどまでは神殿の二位として、また、僕の親戚として話していたが、今の彼は臣下として僕にへりくだっている。正直、彼の提案は僕にとって渡りに船だ。イヴの護衛はできるし、神殿の内情を知れる良い情報源で、更に戦力になる。何よりも、彼の一番大事なものを人質として握れる。これ以上はない程の好物件だ。

 

「わかった、君と手を組もう。至急、彼女を迎える準備をして、準備ができ次第、迎えに行こう」


 にっこり微笑んでそう言うと、嬉しそうな顔をした後に、ジーンは真顔になってとんでもないことを口にした。


「いくら、可愛いからと言って、アイヴィーに手を出すのは止めてくださいね、殿下」


……そっちこそ、僕のイヴがどれだけ魅力的でも、邪まな思いを抱くなよ、そう言ってやりたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 各人の思惑が渦巻いているところ。 [気になる点] 闇堕ちした殿下。 自分の意思だと思っているのかもしれませんが、乗せられていることに気づいてないんでしょうね。 転生チートを身につけたヒロイ…
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