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傷物令嬢は涙する

 屋外は密談に向いていない様に見せかけて実はとても向いている。ちなみに鬱蒼と茂った森の中や木のそば、茂みのそばはいけない。それは自分たちを隠すことになるかもしれないが、聞き耳を立てている第三者がいた場合、それも隠すことになるからである。


 どうせ隠れたつもりでも誰にどの様に見られるかわからない。それならば、遮蔽物のない平地で花を見るフリをしながら話すのが最適である。


 そんなことを思いながらふと、生い茂った木の方を見るとそこには2人の男女がいた。あー、そう言う場所は反対に注目されがちなのに…と思って注視して、初めて、男性の方は、ジェイドであることに気づいた。


 ジェイドは茶色の髪の華奢で可憐な少女と仲良く話している。相手の少女はサラだ、と直感的に気づく。2人はとても自然な雰囲気で和気藹々と話しており、ジェイドの瞳は私を見る時の様な危険な光を孕んだものではなく、ただただ愛しいものを見るものであった。


 そのあと、サラが少し背伸びをし、ジェイドの頬にキスを落とした。ジェイドは一瞬驚いた表情を見せたものの、その後破顔した。私の前では決して見せない表情だった。


 その後、サラがジェイドに向かって、ちょいちょいと小さく手招きをすると、ジェイドが身を屈める。身を屈めたジェイドの唇とサラのそれが重なる。それが長かったのか、短かったのか、私には把握ができなかったが、彼らの親密度はよくわかった。


 あぁ、やはり、ジェイドはサラを愛しているんだ、と思っていたら、涙が滲んできた。分かっていたことなのに、悲しくて、辛い。

 ジェイドに惹かれ始めたのを自覚して早々に失恋など、タイミングが悪すぎて笑えてくる。

 いや、逆にタイミングが良かったのだ。これ以上好きになった後に見たほうがショックだったに違いないのだから。

 彼は決して手が届かない人物である。今の私はきっと、サラの隠れ蓑の様な状態で、お仕置きと称してしてくる、あの甘い行為は、なんというか溜まったものを処理しているのだろう。


 それにジェイドと婚約してから、3ヶ月ーー3ヶ月で落ちるなんてチョロインかよ、という突っ込みは甘んじて受ける。ーーその間ずっと私は彼にどきどきしていたのだ。恋愛的な意味でなく、サイコパス疑惑的な意味合いで。つまり吊り橋効果もあったのではなかろうか。いやきっとそうだったに違いない。


 セオドアがいるにも関わらず、ショックを受けて立ち尽くしてしまった。隠れなくては、と思うが、足が一歩も動かない。どうしたらいいのか、今彼らに見つかって話しかけられてもまともに返せる自信がない。


 ショックを受けて佇む私を彼らから隠すようにセオドアが位置を変える。そして、緩やかに庭園の奥へ向かってエスコートしてくれたので、震えながらだが、なんとかその場を離れることができた。


「君が立場を守る必要は本当にあるかな?彼らの関係は、王宮のものにとってはすでに周知の事実だよ。

 魔法を覚えるにしても早い方がなにかと良いと思うよ。君の素質は高そうだから、神殿に所属後も問題ないと思うし」


「ハルト様、素知らぬふりをされていましたが、私のことをご存知の上で、話しかけていらっしゃったのですね」


 私がそう問いただすと、彼はにやりと笑った。ゲームの彼が絶対にしなかった表情で、なんとなくアリスのチェシャ猫を連想させた。


「美しい花に目が向くのは男として当然のことだと思って許して欲しいところだね」


「その上で、神殿に勧誘されたんですか?神殿に所属したら、所属する者以外との婚姻ができなくなることを承知の上で?」


「ふふふ、やはり婚姻についても知ってたか。

 エヴァンジェリン嬢、私のことはセオドアと呼んでくれるかな?ハルトは神殿の治癒術師の称号みたいなものだから、あんまり自分の名前と思えないんだ。君のことはイヴと呼んでも?」


「お断りします。リザムとお呼びくださいませ。セオドア様」


「ちょろそうに見せかけて、変なとこで嫌になる程、隙がない子だね。了解。セオドアと呼んでくれるのを承知してくれただけで今は良しとするよ。

 リザム嬢、たしかに私は君が王太子の婚約者であることを承知の上で声をかけ、素知らぬふりで神殿に勧誘した。そのことは否定しないよ。だって無知な人間が自分の判断ミスで失敗してもそれは自業自得ってものだろう?」


 正直ゲームの彼からは想像もつかない顔と言葉だったが、幻滅した、という気はしなかった。それどころか逆になんだかしっくり来た。だって彼は幼い頃から苦労し、世間の荒波に揉まれ続けてきた人なのだから。


「急に悪意に満ちたお言葉になりましたわね、セオドア様。私、何か気に障ることを致しましたかしら?」


「まさか、むしろ好意だよ。

 神殿についてしっかり調べているところも好感度が高いし、何より自分の身を弁えて律そうとするところは敬意に値するとすら思ってる。

 正直に言って、君は『殿下がサラちゃんのことを憎からず思っている』ことに気づいているだろう?

 そして、それなのに自分が婚約者の椅子に座らせられたことに関して疑問も抱いている」


「……なぜ、そうお思いになりましたの?」


「君はもう少し自分という存在を知った方がいいね。初めて見る顔だと先ほどは言ったけど、この王宮で君を初めて見る人間はほぼいないと思っていいよ。だって、殿下が凄い無理とゴリ押しをして婚約者に据えた令嬢だからね。皆、興味津々だよ」


「凄い無理とゴリ押しですか?」


「そりゃあね、元はどうあれ、子爵家の令嬢を婚約者に据えようというんだから」


 セオドアは私が元公爵令嬢であることを知っていると仄めかす。どこでどうやって調べたものか、彼の背後に誰がいるのか、気になるところではあるが、今の私は、はっきり言ってショックであまり、頭が回っていない。


「……殿下のお心が私にないことも噂で聞いておりましたので問題ありません。

 親切にお教えくださり、ありがとうございます。先ほど見たものは真夏の午後の夢とでも思ってお忘れくださいませ」


「へぇ?あの2人が想い合っているのを知ってて婚約したの?なぜ?サラちゃんから奪えると思ったのかな?」


「いいえ、あの2人は……」


 筆頭攻略対象者と主役だから、結ばれないはずがないと思うが、そのまま言えるわけにはいかず、少し口籠る。そしてなんとか言葉を紡ぐ。


「運命の恋人同士だと思っております。

けれど、殿下は私が怪我をした際に居合わせたことに責任を感じられた様ですわね。一度は辞退いたしましたが、結局今の状況になっています」


「その傷跡も私が消してあげよう。そうしたら殿下は君との婚約を続ける必要もないし、君は大手を振って神殿に所属できる」


 しつこく神殿に勧誘する言葉を繰り返す彼になるほど、と感心する。ゲームとやや異なる部分を見せるが、さすが、セオドアである。サラとジェイドのことを応援するために、邪魔者である私を排除するために神殿へ勧誘にきたのだろう。


「セオドア様、あなたがあの方のために私を勧誘にきたことは察しました。

 けれどあなたが心配なさらずとも、最終的に殿下は私と婚約を解消し、あの方の手を取るでしょう。

 ですので、あなたがこうして無理をして私に話しかける必要も、神殿に勧誘する必要もありません。私は身の程を弁えているつもりでおります。どうぞお捨て置きくださいませ」


「あの方って、サラちゃん?どうして私が彼女のために動く必要が?」


「あなたも、あの2人の恋に辛い思いをされていらっしゃるのでは?」


「まさか!私はゲテモノはあまり好きじゃない。珍味ってのはたまーに食べるから美味しいわけで毎日食べたいわけじゃないね。それに彼女の目は獲物を狙う肉食獣の目だ。私は女性を抱くのは好きだけど、抱かれるのは好みではない」


 そう言ってセオドアは私の手をぎゅっとにぎった。


「わからないかな?それともわかった上でわからないふりをしている?」


 握りしめられた手が痛くて、セオドアを仰ぎ見る。私を見つめる、セオドアの目はジェイドが私を見るときの様な仄暗い光を放っていた。


「あなたが何を仰りたいのか、わかりかねます。気分が優れませんの。失礼してよろしいでしょうか」


「そうだね…今日のところはここまでにしておこうか。けれどこれだけは覚えておいて。

 もし、君が婚約破棄されて神殿の門を叩くときには、一番に私に知らせてほしい」


 そう言ってセオドアは馬車までエスコートしてくれた。今日のところは、と言っていたが、たとえ推しキャラと言えど、攻略対象者にはできれば近づきたくない。最近悪役令嬢の様な立ち位置になってきている私である。何が起こるかわからない。シナリオに巻き込まれるのはごめんである。


 ジェイドとお茶会の予定があったが、気分が優れないので、帰る旨を託けて、帰宅することにした。正直今日のジェイドとどんな顔で会えばいいか、わからないし、ひどい言葉を投げつけそうで怖かった。


 帰り着くなり、私は部屋に閉じ籠った。皆が心配するだろうと思いながらも、今笑える気がしなかった。涙がぽろぽろ溢れる。

 知っていたはずなのに、馬鹿だ、と思う。けれど、ジェイドのことを好きになってしまっていたのだ。明日からは表面上は変わらないよう接しなくてはならないが、できるだけ心を動かさないようにしなくてはならない。下手に嫉妬に狂った場合の末路はきっと破滅に違いない。

 この恋心はなかったものとして捨ててしまわなくてはならない。だから、馬鹿な恋心のためにせめて自分だけは泣いておこう。

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